第五章 「将来的なお金の管理についての建設的提言」
5.8 既訳について
本書にはもちろん、既訳がある。それも一つではなく、二と三分の二種類ある。
一つは、原書刊行の翌年に出た、岡部菅司・内山直訳『貨幣改革問題』(岩波書店)だ が、これはもちろんすでに絶版となっている。続いて数十年たっても一向に全訳が終わり そうにない、ケインズ全集(東洋経済新報社)第4巻に収録された、『貨幣改革論』(中内 恒夫訳、1978)がある。これは訳文としてはちょっと古風だが、いまもそれなりに読める 訳だ。これは中公クラシックスのケインズ『貨幣改革論・若き日の信条』(宮崎義一・中 内恒夫訳、中央公論社、2005)にも収録されている。
で……実は本書の三分の一くらいについては別の訳がある。本書の三分の一程度が『説 得論集』に収録されており、これは宮崎義一訳(ケインズ全集第九巻、1981)と山岡洋一
訳(2010)が存在する。このうち、後者はかなり手に入れやすいし、また訳も定評ある山
岡洋一訳なのであぶなげない。
これらはいずれも優れた訳で、今回の拙訳がそれに比較して大きな改善となっているわ けではない。全訳で、訳文はいくぶん現代化されているし、少しはましになっているとは 思う。この訳の利点はむしろ、ネット上でだれもが読める形で公開されている点だ。ネッ ト上の http://www.genpaku.org/keynes/monetaryreform/ でこの邦訳の全文が読 める。また、訳のまちがいなどについても、同じurlで随時公開するので、ご参照いただ きたい。お気づきの点などは訳者までご一報いただければ、こちらに反映する。
本書の翻訳は決してむずかしいものではない。もちろん現在では馴染みのない金本位制 の話が頻出するので苦労した部分はあった。しかし、文章はきわめて平明だ。ケインズ経 済学が大きな派閥となっている原因の一つは『一般理論』があまりにつめこみすぎて晦渋 なため、「ケインズ『一般理論』の真意は何か」というのがいつまでも議論できてしまうこ とだ。だが『お金の改革論』は何が言いたかったのか、などという議論はまったくない。
先のデ=ロングも、文としてこっちのほうがずっとわかりやすいと述べている。だがそれ でも、ネット公開中に227thday氏からいろいろまちがいの指摘を受けた。ありがとう。
また、本書を担当された所澤淳氏にも感謝する。ありがとう。
2014年5月 プノンペンにて 山形浩生([email protected])
* なお、蛇足を一つ。本書でケインズは、一般物価水準という概念を普通に使い、実 質と名目の議論をきわめて一般的な形で行っている。ところが『一般理論』では突然、一 般物価水準というのが信用できないと言い出す(同書の第4章)。そして実質化に「賃金 単位」なる変なものを使い始め、これが『一般理論』のわかりにくさに拍車をかけている。
なぜケインズは一般物価水準不信に陥ってしまったのか? 興味のあるところだ。