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新規近赤外蛍光性レシオ型 pH プローブの開発

第三章 非対称 SiR を母核とした新規レシオ型 pH プローブの開発

第三節 新規近赤外蛍光性レシオ型 pH プローブの開発

Figure 3-3-1. pH values in the different subcellular compartments.

細胞は取り込んだタンパク質や有機化合物の代謝、細胞構成成分の合成、輸送など、様々 な生化学反応を高い時空間分解能で行い、生命機能を維持している。これらの生化学反応 を効率良く行うために細胞内には様々な小器官(オルガネラ)が存在し、各オルガネラは種々 の生化学反応に最適な固有のpHを保持している(Figure 3-3-1)35

pHは細胞機能の重要な調整因子であるため、オルガネラのpHが変化することでオルガ ネラの機能は大きく変化する。例えば、細胞内に取り込んだタンパク質を分解するエンド サイトーシス経路において、エンドソーム内のpHは初期エンドソーム⇒後期エンドソーム

⇒リソソームとエンドソームの成熟に従って酸性化し、それに応じてエンドソーム内で起 こる生化学反応もタンパク質の選別(初期エンドソーム)からタンパク質の分解(リソソーム) へと変化する。このように細胞内のpHは細胞内で起こる化学反応に深く関わっており、細 胞内pHを測定することは、細胞内で起きている生命現象を解明するために非常に重要であ る。

細胞内pHの測定に最も汎用されている手法はOff/On型pHプローブを用いた蛍光イメ ージング法である(Figure 3-3-2a,b)。Off/On型pHプローブはpH変化に伴い蛍光強度が増 大するという特徴を有している。この蛍光強度の変化を蛍光顕微鏡やプレートリーダー等 の機器により検出することで、生きたままの細胞内のpHを簡便に測定することができる。

Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 2010,11, 50-61.(一部改)

2)Cell, 1984,37, 789-800.

1)J. Biol. Chem., 1998,273, 19625-19633.

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Figure 3-3-2. (a,b) Schematic images of Off/On pH probes and (c,d) ratiometric pH probes.

(b,d; ref: Thermofisher HP https://www.thermofisher.com)

Off/On型pHプローブは励起および蛍光検出をそれぞれ1波長のみで行うため、比較的

単純な光学系でも利用可能であるという利点がある。しかしながら、Off/On型pH プロー ブはプローブの局在変化、細胞内からの漏出、光褪色等による蛍光プローブの細胞内濃度 の変化や、細胞や組織の厚さの差(共焦点蛍光顕微鏡を除く)、細胞や組織の自家蛍光や光 の吸収・散乱係数の差などによる蛍光強度の増減をpH変化として観測してしまうため、細 胞内のpHを定量的に測定することは困難である。

これらの観測対象分子以外の要因の影響を受けにくくする蛍光イメージング手法として、

レシオ型蛍光プローブを用いたレシオ測定法が用いられている(Figure 3-3-2c,d)。レシオ測 定とは、異なる二波長の励起波長または蛍光検出波長を用いて同じ試料の測定を行い、そ れらの蛍光強度比(レシオ)を測定する手法である。レシオ測定に用いられるレシオ型蛍光プ ローブは、生体分子との選択的な反応の前後で吸収波長または蛍光波長が大きく変化する 必要がある。

例えば、最も汎用されているレシオ型pHプローブであるSNARF-1の488 nmで励起し た際の蛍光スペクトルを見ると、水溶液の pH が酸性化するにつれて蛍光極大波長が 633 nmから585 nmまで48 nmと大きく短波長化する(Figure 3-3-2d)。すなわち、pH変化に

応じて585 nm付近の蛍光強度と633 nm付近の蛍光強度のレシオが変化する。これによっ

て、蛍光イメージング時に585 nmと633 nmの二波長で測光し、それらの蛍光強度のレシ オを測定することで、pH変化以外の影響を受けることなく、定量的なpHイメージングが 可能となる。レシオ型のpHプローブはその有用性から多くの生命科学研究において用いら れ、pHの関わる生命現象の解明に貢献してきた36

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Figure 3-3-3. Photophysical and spectral properties of (a) 2 µM SNARF-1, (b) 2 µM BCECF and (c) 2 µM SiRpH1 (76) at various pH values in 100 mM NaPi buffer containing 0.2% DMSO.

現在、生物学研究に汎用されているレシオ型 pH プローブは seminaphthorhodafluor (SNARF)類および、2′,7′-bis(2-carboxyethyl)-5-(and-6-)-carboxyfluorescein (BCECF)に代 表されるフルオレセイン類の2種類である(Figure 3-3-3a,b)。

SNARF-1はpH依存的に蛍光波長が大きく変化する一波長励起二波長測光型であり、488

nmの励起光を切り替えることなく2波長の蛍光検出によりレシオ測定を行えるため、撮像 時間が短くて済み、迅速な生命現象を捉えるのに適している。一方でpKa = 7.6であるため、

応用先は細胞質のpH測定に限られる。また、SNARF-1は蛍光量子収率がOHフォームで

0.03、Oフォームで0.09と比較的低いため強い励起光を必要とすること、また光褪色を起

こしやすい蛍光団であるため、長時間のイメージングには適さないことが知られている36

BCECFに代表されるフルオレセイン類は二波長励起一波長測光型であり、等吸収点であ

る440 nmとピークトップ近傍の488 nmで励起することでレシオpHイメージングが可能

となる。フルオレセイン類は SNARF-1同様に中性付近に pKaを有しているため、細胞質 のpHイメージングに適している。その一方で、レシオ型pHプローブはpKaよりも酸性側

/塩基性側の pH での輝度の差が小さいほどレシオ測定が容易になるが、フルオレセイン類

は pKaの酸性側で輝度が低くなるためレシオ測定が難しく(Figure 3-3-3b)、また光褪色を 起こしやすいことが知られている36

(a) SNARF-1 (b) BCECF

Fluorescence spectra pKa= 7.5 ε514x Φfl (pH 6.0) = 1.6 x 103 ε514x Φfl (pH 9.0) = 1.7 x 103

pKa= 7.0 ε440x Φfl (pH 5.0) = 7.3 x 103 ε490x Φfl (pH 9.0) = 4.5 x 104

0 200 400

500 600 700 800

F.I. (a.u.)

Wavelength (nm) pH 6.0 pH 6.5 pH 7.0 pH 7.4 pH 8.0 pH 9.0 pH

6.0

9.0

6.0 585 nm 9.0

633 nm

Ex = 514 nm

0 200 400 600 800 1000

400 450 500 550 600

F.I. (a.u.)

Wavelength (nm)

pH 5.0 pH 6.0 pH 7.0 pH 7.4 pH 8.0 pH 9.0 5.0

pH 9.0

Em = 535 nm 440 nm

490 nm

x 0.16

Excitation spectra

(c) SiRpH1

pKa= 6.7 ε580x Φfl (pH 5.0) = 4.5 x 103 ε663x Φfl (pH 9.0) = 5.1 x 103 x 0.94

Excitation spectra

x 0.88

0 400 800 1200 1600

450 550 650 750

F. I. (a.u.)

Wavelength (nm)

pH 5.0 pH 5.5 pH 6.0 pH 6.5 pH 7.0 pH 7.4 pH 8.0 pH 9.0

Em = 675 nm 580 nm

663 nm

pH 5.0

9.0 5.0

9.0

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以上のように、既存のレシオ型pH プローブは、①フェノール基に由来する中性付近の pKaを持つため酸性オルガネラなど細胞質以外の小器官のpH測定が難しく、化学修飾によ る pKaの調整も難しい。②pKaの両側の輝度差が大きくレシオ測定が難しい。③光褪色に 弱く長時間のイメージングが難しい等の問題点があった。しかしながら、代替となるpHプ ローブが存在しないため、これまで本来適さないフルオレセイン誘導体を用いて酸性オル ガネラのpH測定が行われてきた37, 38

一方、SiRpH1 (76)は、①ピペラジンアミノ基のプロトン化によりレシオが変化するため、

アミノ基上に導入する置換基により pKaを自由に調整できる。②pKaの両側の輝度が同程 度であり、レシオ測定に適している(Figure 3-3-3c)。③ローダミンを母核としており、光褪 色に強い等のレシオ型pHプローブの母核として優れた性質を有することが分かった。

そのため、本蛍光団を用いてレシオ型pHプローブを開発することにより、既存のプロー ブが抱える問題点を解決し、pHに関わる様々な生命現象の解明に貢献できると考えた。

Figure 3-3-4. Molecular design of unsymmetrical SiR-based ratiometric pH probes.

上図に非対称SiRを母核としたレシオ型pHプローブの分子設計を示す(Figure 3-3-4)。

キサンテン環にインドリン構造とピペラジン構造を有する非対称 SiR は、脂肪族アミノ基 がプロトン化されると蛍光性を有したまま吸収波長が約80 nmと大きく短波長化するため、

580 nmと660 nmの二波長で励起し、680 -750 nmで蛍光測光する二波長励起一波長測光

の近赤外蛍光性レシオ型pHプローブとなる。また、キサンテン環のピペラジンアミノ基に 任意の置換基を導入することで pKaを自由に調整できるため、弱塩基性、中性、弱酸性環 境等の細胞内の様々なオルガネラのpH測定に適したレシオ型pHプローブを開発すること ができる。

初めに、酸性オルガネラのpH測定に適したpKa (= 5~6)を有するプローブの開発を行い、

デキストランやトランスフェリン等の特定のオルガネラに取り込まれる生体高分子に標識 し、酸性オルガネラのpH測定を行うこととした。

pKa調整部位

580 nmの励起光 663 nmの励起光

NIR-fluorescent NIR-fluorescent

色素の安定性向上

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