• 検索結果がありません。

新技術の導入と現金管理コストの削減効果

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 54-64)

前章では、現金決済によって生じる管理コストに対し、コスト削減をいかに行うかが注 視されていることを述べた。そして問題が、商品販売やサービス提供時に支払いを行うレ ジ周辺の業務プロセスに存在し、その改善が望まれていることを認識した。これらの問題 を解決するには現金の取扱量を減らすことが必要であり、キャッシュレス決済を導入する ことが解決策になるであろうと推測される。そこで本章では、キャッシュレス決済とレジ のセルフ化の導入を融合させることで、現金管理コストの削減へとつながることについて 論じる。

ここでは、キャッシュレス決済をサービスとして捉え、電子マネーを既存サービスに対 する新しい技術の導入として捉える。そして、新しい技術の導入が、そのサービスに対し どのような効果をもたらすかについて、サービス・イノベーションの概念の観点より検討 を加える。その後、小売業において、現金管理コストの面から問題視されているレジの改 善状況とキャッレスの導入状況について述べる。そして、最後に、キャッシュレス決済の 導入に関して障害となっている諸問題について説明し、その方向性について論じた上で、

仮説1を検証する。

6-1 サービスにおける新技術の導入

一般に、あるサービスに新技術が導入されることで、現状が大きく改善される状態をサ ービス・イノベーションという。電子マネーは低額の商取引におけるキャッシュレス決済 という新しい技術によって、サービスの改善を果たした。利用者は小銭の使用から解放さ れ、また、決済にかかる時間短縮をもたらした。電子マネーはキャッシュレス決済の市場 でサービス・イノベーションを起こしたと考えられる。

南・西岡(2014)は、サービス・イノベーションは顧客満足と生産性とのトレードオフ を新技術の援用により解消することと、顧客が便益を享受する新市場を創出することの2 点において捉える傾向があるとしている。その上で、サービス・イノベーションが新技術 の援用によって製品やサービス、プロセスの顕著な向上を目的とするのではなく、顧客に おける成果の問題として捉える点に特徴があるとしている。すなわち、サービス・イノベ ーションは顧客の満足度をあげるものでなければならないと主張するのである。さらに、

顧客満足と生産性とのトレードオフの解消について、サービスの持つ特徴が関連するとし ている。サービスの特徴は、顧客の参加を必要とすること、無形であり経験的なものであ ること、労働集約的状況のもとで提供されるということが、サービス品質の標準化や生産 性の向上を難しくしていると主張している。サービスの品質評価には、顧客側の知覚や満 足度の度合いが影響する。個々の顧客に対してサービスをカスタマイズすることにより顧 客の満足度は上がるが、サービスの提供効率は悪くなる。すなわち、顧客満足と効率性は

51

トレードオフの関係であり、南・西岡(2014)はセルフサービス化の推進よってこの問題 の解消ができるとしている。そこで南・西岡は、ホテルのチェックアウト時の自動精算機 導入についての事例を示し、フロントでの対応よりも自動精算機によるチェックアウトの 方が利便性や満足度が高いことに触れている。この事例では、単に業務プロセスの一部を 自動化するだけではなく、提供するサービスのうちどの部分をセルフ化し、どの部分を接 客対応するかで効率性と満足度の向上が同時に追求できることを示している。これは、サ ービス・イノベーションを行うにあたり、まずは業務プロセスを細分化し、業務プロセス の再設計を行うことが必要であることを示唆している。それにより、機械化や自動化で代 替可能な業務については新しい技術を導入して生産性の向上を図ればよい。近年では人口 知能(AI)の研究が進み、2045年には AIが人間の知能を超越するのではないかと言われ ているが、全てが自動化されるわけではなく、サービスの提供とサービスの自動化は業務 内容によって峻別されるに違いない。

篠崎(2003)は、技術の導入がプラスの効果を生む過程において、既存の内部環境や外 部環境にも新たな対応が求められるとし、既存の仕組みの再設計等が必要であるとしてい る。また、定型化された反復継続型の仕事では分業化のメリットが大きいとしている。そ の理由として、反復継続型の仕事に新しい技術が導入されることで人間の労働が機械作業 に代わり、人的コストの削減につながるとしている。さらに、サービス・イノベーション が、競合他社のみならず顧客の行動に対して劇的な影響を与えるのに十分な訴求力があり、

その便益を顧客が知覚できるようなパフォーマンスの向上を生むものであるとしている。

6-2 取引コストと電子マネー

売上を伸ばすことは企業にとって重要であるが、利益の確保もまた大事である。売上は 景気の波の影響を受ける。毎期の利益を確保するには、経営管理にかかるコストの削減も 重要である。取引を行うに当たり、コストを負担するのは取引に参加するすべての者であ る。流通企業と消費者が取引を行う際にも、両者がそれぞれコストを負担している。

中田(2010)は、決済手段の利用時におけるコストについて言及している。利用者は取 引時にいくつかの決済手段を選択することができる。その際にかかるコストは固定費、物 理的要因費用、金利逸失費用に分類されるという。

固定費は 1 回の取引において等しくかかるコストであり、取引金額の大小には左右され ない。固定費は時間コストとアベイラビリティ・コストからなり、時間コストは決済時に 要する時間である。現金決済、クレジットカード決済、電子マネー決済など、決済方法は 様々であるが、最もコストの負担が少ないのは電子マネーによる決済である。電子マネー は瞬時決済のため要する時間はほとんどない。アベイラビリティ・コストは、選択した決 済手段が利用できるかどうかを判断するのに必要な時間のコストである。ほとんどのとこ ろで現金決済が可能であるから、消費者は財やサービスの購入にあたり現金決済が可能で あるかどうかの確認をすることはない。自由度がキャッシュレス決済と比べ優位である。

52

クレジットカードが使用できるか否かは店頭に掲示されていることが多いのに比べ、電子 マネーが使用できるかどうかはわかりにくい。同じキャッシュレス決済であるが、システ ムが登場してからの期間が長いクレジットカードに一日の長がある

物理的要因費用はハンドリング・コスト、セキュリティ・コスト、破損コストに分類さ れる。ハンドリング・コストとは決済手段の持ち運びや管理に要するコストである。現金 は紙幣というアナログの決済手段であり、決済金額と貨幣の重量に比例関係がある。基本 的には紛失時の補償がない。大手企業では手形や小切手、あるいは銀行送金で決済が行わ れているのは、現金によるハンドリング・コストを回避するためである。クレジットカー ドや電子マネーはいわばデジタルの決済手段であり、決済金額と重量は無関係である。ハ ンドリング・コストは皆無といっても過言ではない。セキュリティ・コストは決済手段の 安全性に関わるものであり、現金や無記名式の電子マネーにおける紛失や盗難時のコスト である。電子マネーの中でも記名式のものは紛失・盗難時に第三者による利用を停止する ことができるため、セキュリティ・リスクは小さい。クレジットカードはカード会社が保 険をかけており、悪意のある第三者の利用時には消費者は代金の支払いを回避することが できる。セキュリティ・コストは記名式の電子マネーよりも小さい。破損コストは決済ツ ールの破損により失われる金銭価値を指す。現金は破損や汚損しても一定以上の条件を満 たせば金融機関で交換が可能である。電子マネーやクレジットカードも媒体の破損は起こ るが、それにより金銭価値が消滅することはない。強いていえば、カードの再発行に要す る期間は当該カードが使えないため、機会損失となる場合がある。

金利逸失費用(または金利獲得便益)は、取引と決済の時期のずれによって生じるロス である。銀行口座から事前に財やサービスの購入費用を準備し、実際に購入するまでは手 許に現金がある状態となっている。現金は利息を生まないものであるから、手許にある期 間が長ければ長いほど、金利相当分を逸失していることになる。クレジットカードの利用 代金は後払いである。少なくとも取引から 1 カ月程度は代金の支払いを猶予される。財や サービスの提供を受けながら、同時に金利を享受することになる。中田は、クレジットカ ード決済は現金をより長く預金口座にとどめることができるため、金利収入獲得の機会が 広がるとし、これを金利獲得ベネフィット(マイナスの金利逸失コスト)と呼んでいる。

中田(2010)を援用し、企業の視点から生じる取引コストについて,電子マネーを中心 に考察しよう。固定費である時間コストについては、消費者と同じく、決済が瞬時に行わ れるので、現金決済に比べるとコスト負担は小さい。仮に現金決済に30秒、電子マネー決 済に3秒を要するとすれば、同一時間に処理できる顧客との取引数は10倍になる。逆に考 えれば、決済窓口(例えばレジ)を10分の1にしても同じ量を捌くことができるのである。

アベイラビリティ・コストの負担は現金決済よりも大きいと考えられる。新たなシステム の導入や利用可能であることの周知などを行わなければならないからである。物理的要因 費用であるハンドリング・コストについて、現金決済の場合は釣り銭の用意や現金の計算、

現金の移送といったコストがかかる。電子マネー専用のレジの場合はデータ管理だけとな

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 54-64)