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企業の経営と電子マネーを活用した戦略

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 64-78)

キャッシュレス決済の主流は長らくクレジットカードによる決済であったが、2001年、

新たなキャッシュレス決済手段として、Edy が電子マネーのサービスを開始した。また同 年、JR東日本では業務改善を目的とした乗車券機能付きICカードSuicaを発行し、2004 年にはマネーの機能を加えた電子マネーSuicaとなった47。SuicaはIC乗車券で利便性を体 感した利用者に支持をされ、首都圏を中心に交通系電子マネーとして普及が進んだ。これ に刺激を受けた流通企業のセブン&アイとイオンは、2007年に電子マネーを発行し、交通 系電子マネーと流通系電子マネーという2つの流れができあがった。前章では電子マネー が現金管理コストの削減に有効であることについて言及したが、本章では企業の経営と電 子マネーの関係性について、主に経営戦略の視点から考察し、仮説2を検証する。

7-1-1 電子マネーの普及に関する経緯

2001年にサービスを開始したEdyは、従来のキャッシュレスの決済であるクレジットカ ードのビジネスモデルを踏襲した。自社でカード会員と加盟店を獲得し、加盟店からの利 用手数料を収益とするモデルである。前払い式であるため、利用者に対する売掛金管理(利 用代金の回収業務)が不要であり、クレジットカード事業に比べると管理コストは少ない。

ただ、電子マネーの1回あたりの決済額は低額であるため、利用者が増大しない限り、収 益は確保できない。

事業に対する収入と収益性の低さについては上田(2010)が触れている。電子マネーに 関する事業は収入の限られる設備産業であり、少額決済のため手数料規模が小さいため、

決済事業単独での黒字確保が至難の業であることを指摘している。さらに、収入の低さか ら、銀行などの金融機関が電子マネーという新たな決済サービスへの進出に積極的ではな く、結果として電子マネーのサービスは非金融事業者が提供していることを説明している。

プリペイド式ICカード型電子マネーの発行枚数が最大であるのはEdyであるが、決済件 数が主要電子マネーの中で唯一伸びていない。Edy は大型加盟店を確保できなかったので ある。電子マネーの普及には、利便性の向上や利用のためのインフラの整備が必要である。

Edy は決済時間の短縮という利便性に関する機能は他の電子マネーと同様であるが、チャ ージができる場所を十分に確保できなかった。Suicaが駅や自社系列店舗でチャージできた り、nanacoや WAONが店舗レジや自社 ATMでチャージが可能であったりすることと比 べると、劣勢に立たされるのは自然のことであろう。チャージ環境も整わなかったことが Edyの伸び悩みにつながったのである。

Suica が普及した要因は、JR東日本が提供していたイオカードにあるだろう。イオカー

47 電子マネーサービス開始前に発行されたSuicaではマネーサービスが利用できず、Suicaの利用者は窓 口や自動券売機で、電子マネーが利用できることを示すキャラクターのペンギンが描かれたICカード に交換する必要があった。2004年以降に発行されたSuicaはすべて電子マネー対応のカードである。

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ドは自動改札機に直接挿入して乗車できるプリペイドカードであり、券売機できっぷを購 入する手間と購入するきっぷの金額を確認する手間を省略した。首都圏の鉄道は入りくん でおり、自動券売機の上部に掲示された運賃表から目的地を見つけるには時間がかかり、

かつ券売機の前には購入者が列をなす。イオカードはその不便さを解消するカードであっ た。佐藤(2010)48も電子マネーの導入前にプリペイド方式が導入されており、利用者はそ のような利用に慣れていたことがSuicaの普及要因であったと指摘している。

2001年に発行されたSuicaは2004年に電子マネーの機能が加わった。2007年にはJR 東日本を除く首都圏の交通事業者による電子マネーPASMOがサービスを開始し、Suicaと の相互利用によって首都圏の交通はSuicaまたはPASMOで利用できるようになった。

Suica の利用範囲は鉄道事業の範囲内に留まらず、街中でも利用できるようになった。

2007 年にはイオングループで利用可能となり、2011 年にはセブン-イレブンでも利用でき るようになった。Suicaの決済サービスが2大流通企業へと進出したのである。使用領域が 広がることによってSuicaは電子マネーとしても広く認知され、JR東日本の決済事業にお けるコアなサービスの1つとなっていった。

JR 東日本は、Suica のプラットフォームを他社に提供することで、Suica の利用による 手数料収入とプラットフォームの提供によるシステム収入を得ることが可能となった。こ れにより、JR 東日本は専業系クレジットカード会社と同様のビジネスモデルを手に入れ、

カード会社としての機能を備えるようになったのである。Suicaは、チャージ環境を利用者 の身近に設置したこと、電子マネーの便利さを体感させたことに加え、IC チップをクレジ ットカードに載せたクレジットカード・電子マネーの一体型カードの発行やモバイル携帯 端末搭載へのICチップ搭載など、利便性の向上を図ってきた。

元来、Suicaの目的は自動改札機のメンテナンスコストを低減することにあった。自動改

札機に投入された磁気乗車券やイオカードを高速で移動させる機械内部では、ゴムローラ をはじめとして摩耗する部品が多い。非接触型ICカード乗車券専用の自動改札機は摩耗す る部品点数が少ないため、多くの自動改札機を抱えるJR東日本にとってメンテナンスコス トの削減効果は絶大である。そのような目的で開発された電子マネーのシステムが、プラ ットフォームビジネスという新たな事業の提供へとつながった。鉄道事業以外にも利用の 場所を広げ、加盟店手数料収入という新しい収益源の確保にも成功した。

イオンもまた、JR東日本と同様に WAON の利用をグループ外へと積極的に拡大してお り、プラットフォームビジネスを展開している。これに対しセブン&アイはnanacoのプラ ットフォームの他社への提供は最小限に留めている。それは、nanacoの発行目的が自社グ ループ内における顧客の情報収集としている点にある。同じ流通系電子マネーでも、イオ ンとセブン&アイは異なる戦略をとったのである。

7-1-2 電子マネーにおける提携戦略と自社に閉じた戦略

48 佐藤(2010)p.27.

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Suica と WAONは独自のプラットフォームを企業外に展開し、他社との提携を行った。

一方、自社グループ内におけるマーケティングツールとしての機能を期待して導入された

のがnanacoである。ここでは、提携戦略と自社内に閉じた戦略についての検討を加える。

浅羽(1998)49は、ネットワーク外部性50が働く市場では、競争圧力だけではなく、企業 間の協力を促す力が企業に加えられ、多様な企業との間で複雑な相互作用が生じるとして いる。また、この場合のネットワーク外部性について、Rofles(1974)を引用し、予想さ れるネットワークのユーザー数やマーケットシェアの増大に伴い、財から得られる増益が 増大するという性質を有するとしている。ネットワーク外部性が働く市場とは、同じ市場 内で異なる企業が協力関係を築くことによって全体としての市場のパイが広がり、互いの 利益が増大することを意味している。さらにこのような市場では、ライバル企業間の関係 においても、競争関係よりも協調関係が全面に出てくるとしている。

ネットワーク外部性の働く市場で、critical mass51を達成するためには、2つの戦略をと ることができるとしている。critical mass とは、市場の中である特定のマーケットシェア を獲得すると、市場内におけるその企業や同一集団のマーケットシェアが飛躍的に拡大す るようなシェアの地点を指している。自社単独でcritical massを狙う場合は自社内に閉じ た戦略が取られ、他社と協力しながらcritical massを達成しようとする場合は提携戦略が 取られる。

自社内に閉じた戦略における企業行動については従来の行動と大差がない。製品であれ ば、なるべく早期に良いものをより低価格で提供したり、知的所有権を主張して模倣を防 いだり、時には追随できない技術変更を行うことで、自社の競争優位を継続する。一方、

提携戦略は自社の技術を公開し、ライバル関係である企業とも提携して協力関係を構築し、

全体のパイを広げて互いの利益を享受する戦略である。トヨタ自動車が水素自動車の仕組 みをオープンにしたのは、水素自動車の販売台数が一定量に達しないと街中に水素スタン ドが設けられず、結果的に水素自動車の普及につながらないからである。企業間における 補完性の関係が不可欠である。

浅羽(1998)52は3つの戦略の決定要因を上げている。1つ目は他社に対する自社の相対 的能力、2つ目は市場特性、3つ目は競争特性である。他社に対する自社の相対的能力が高 い場合はライバル企業との間に技術面で圧倒的な差があり、自社の技術やサービスが優位 性を保っている場合は自社内に閉じた戦略をとる。市場特性を考慮する場合、ネットワー クの外部性が働いていても、同一市場内で消費者の好みやニーズが異なっている時、それ

49 浅羽(1998)pp.42-52.

50 山岡他は、決済手段が「規模の経済性」や「ネットワークの外部性」といった特質を有するとし、クレ ジットカードは使える加盟店が増えるほどカードを持つ利便性が大きくなる。一方、商店側にとっては、

カードを持つ人が多くなるほど加盟店になるメリットも大きくなるとし、ネットワークの外部性が手形 交換やネッティング等、幅広い決済インフラに共通して見られると指摘している。山岡他(2016)p.4, p.8.

51 山岡他は新しい決済手段の普及度合いが一定の臨界点を超えると、その後急激に広まるといった性質が 見られるとし、決済システムにおいてcritical massが存在することを指摘している。山岡他(2016)

p.4.

52 浅羽(1998)pp.42-52.

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 64-78)