金 永昊・大坂奈未子・千原 佳穂
VI. 文化的用語の翻訳の問題
「山形ガイドマップ」を見ると,松尾芭蕉について下記のような説明が見られる。
〇 ① 하이쿠를짓는② 마쯔오바쇼가들렀을때에읊은시「③ 고요한바위에스며드는 매미의소리」
(① 俳句を作る ② 松尾芭蕉が寄った時に詠んだ詩「③ 閑かさや岩にしみ入る蝉の声」)
〇 ① 하이쿠를짓는 ② 마쯔오바쇼의기행문「오쿠노호소미치」에관련되는 (①俳句を作る ②松尾芭蕉の紀行文「奥の細道」に関連する)
まず,② では第II章で指摘した外国語表記法に従えば,「마쓰오」と統一して表記するの が正しい。次に,① の「하이쿠를짓는(俳句を作る)」について検討してみると,この箇所 は日本語版にはない。おそらく,日本人なら誰もが松尾芭蕉については知っているはずだが,
韓国人にとっては誰なのか分からないので,「하이쿠를짓는(俳句を作る)」という説明が 付け加えられたものと考えられる。しかし,「짓는」は「(文章を)作る」以外にも「(ご飯を)
炊く」「(建物を)建てる」「(名前を)つける」などのたくさんの意味を持つ。また,韓国人 にとって「하이쿠(俳句)」という言葉の意味が分からないと,松尾芭蕉は料理を作る料理 人なのか,建物を建てる大工なのか,名前を付ける人なのか,一度読んだだけでは理解しに くく,「기행문(紀行文)」のところでやっと意味が推測できるようになる。もし,補足説明 が必要なら,「하이쿠라는시의시인마쓰오바쇼(俳句という詩の詩人松尾芭蕉)」にするか,
観光資料の韓国語訳における誤訳分析
俳人を意味する「하이쿠시인(俳句詩人)」という言葉を入れたほうが良いと思われる。
更に欲を言えば,③ の「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の翻訳はもちろん間違ってはい ないが,世界の言語の中で俳句を最も日本語に近く翻訳出来るのは韓国語であるという点か ら述べると,少し物足りない訳である。つまり,「蝉の声」のところが「매미의소리(蝉の音)」
と訳されているのを擬人化して「매미목소리(蝉の声)」にし,俳句の最も大きな特徴であ る5・7・5の音律と切れ字を生かして,「고요하구나바위에스며드는매미목소리」とすれば,
韓国人が詠んでも日本の俳句の情趣がそのまま感じられる韓国式俳句と言えるのではないだ ろうか。
以下は,2種類の盛岡観光案内パンフレットの中で,盛岡名物「じゃじゃ麺」について説 明しているものである。
盛岡じゃじゃ麺は,パンフレットに書かれた説明の通り,平ったいうどんの麺に炒めた肉 が入った味噌を載せ,好みによってニンニク・生姜・辣油・酢などをかけ,みじん切りした ネギときゅうりを混ぜて食べるもので,最後に少しだけ残して卵とスープを入れて食べる。
これは本来,中国北部から来た「炸醤麺」が日本式に変わったもので,韓国にも炸醤麺の影 響を受けた「자장면(チャジャン麺)」という料理がある。しかし,韓国の「자장면(チャジャ ン麺)」は,盛岡じゃじゃ麺と形は少し似ているかもしれないが,春醤と言われる黒い色の 味噌を使ったもので,味も違い,食べ方も違うほぼ別の料理である。
韓国には存在しないじゃじゃ麺を翻訳する際,【図13】の左のように意味を考慮せずに音 読した「자자면(ジャジャ麺)」と表記すべきであろうか,あるいはじゃじゃ麺とは異なる ものの,似たような食べ物として韓国式の「チャジャン麺」に当てはめて「자장면(チャジャ ン麺)」と表記すべきであろうか。あるいは「모리오카식자장면(盛岡式チャジャン麺)」
と表記すべきであろうか。筆者はどちらでも良いと思うが,最低限表記のみは統一しなけれ ばならないと考えている。同じ食べ物に対して,ある資料では「자자면」と表記し,ある資 料では「자장면」と表記した場合,それを読む人は別々の料理として誤解する可能性がある
【図13】 盛岡観光案内パンフレットの「じゃじゃ麺」についての説明
からである。
最後に,もりおか歴史文化館の料金案内表について触れておきたい。
これを見ると「초등중학교(初等中学校)」の料金が100円になっているが,韓国には「初 等中学校」という制度がない。韓国の教育制度では「초등학교(初等学校)」「중학교(中学 校)」と言うので,そこから「학교(学校)」を外して,「초등중학교(初等中学校)」という 用語を使用したのではないかと考えられる。もちろん,これでも最低限の意味は通じるが,
韓国では小学校と中学校を合わせて,「초・중학교(初・中学校)」という言い方をするので,
そのように訂正する必要がある。
VII. おわりに
下に紹介する2つの資料は,東北地域だけでなく,全国のあらゆる地域で見られる不自然 な訳の代表的なものである。これまで,主に宮城県・岩手県・山形県の観光資料において見 られる誤訳について検討してきたが,下記資料の問題点を紹介し,その原因及び改善に向け ての提言を述べることによって本稿の結びとしたい。
【図14】 もりおか歴史文化館の料金案内表
【図15】 空港の逆戻り禁止の看板 【図16】 東京渋谷のごみ箱
観光資料の韓国語訳における誤訳分析
【図15】の看板は,仙台空港のみならず成田空港・羽田空港などの国際空港に見られる標
識である。矢印に斜線が入っているのを見れば,逆戻り禁止を意味することは誰にでも分か るが,そこに書かれている韓国語は不自然極まりない。ここで「역류금지」という言葉は「逆 流禁止」の意で,韓国語の「역류」は日本語の「逆流」と同じように「元の方向から遡る水 の流れあるいは現象」を意味する。人がもとに戻ることを意味する言葉ではないのだ。また,
【図16】は筆者が東京の渋谷で直接撮影したゴミ箱の写真である。「飲み残し」の訳文として,
「마셔남겨」と書かれているが,これでは「飲め,残せ」という意味になり,本来の意味と は全くかけ離れている。翻訳サイト「エキサイト翻訳」2に「飲み残し」を入力すると,その 韓国語訳として,「마셔남겨」が出て来ることから,翻訳サイトの訳をそのまま使ったもの と思われる。
どうして,韓国人なら誰でも首を傾げるような標識が立てられ,そのまま放置されてい るのだろうか。第一の原因として,自動翻訳機で翻訳したり,日本人が翻訳する場合,最低 限のネイティブチェックを行っていないことが挙げられる。二つ目の原因としては,韓国人 が翻訳する場合,地名や人名,日本の文化についての知識が不足しているからである。極端 な例として,油谷利幸(2005)でも指摘しているように,「鳥居」の「居」を住居の意味に 誤解し,「까마귀집(カラスの家)」と誤訳してしまうケースもある。したがって,韓国語 が出来る日本人,そして日本語が出来る韓国人が,一緒に相談をしながら翻訳をする必要が あるが,それが欠けていることが一番大きな原因である。更に欲を言えば,お互いの言語が 出来る場合,母国語の干渉を見逃してしまうおそれがある3。したがって,日本語が全くでき ない韓国人が読んでも理解できるような自然な内容なのか,もう一度チェックをする必要が ある。最後に,日本にはたくさんの韓国人が旅行に来たり,定住したりしている。それなの に,どうして韓国人の誰も問題提起をしないのであろうか。至るところに誤訳が溢れている ので「これくらいはマシだ」と思って,最初から指摘するのを断念したのだろうか。意味さ え通じればそれで良いと思って我慢しているのだろうか。
本稿では,宮城県・岩手県・山形県の3つの県を中心に検討したが,今後は青森県・秋田 県・福島県にも調査対象を拡大していきたい。そうすることによって,韓国人が東北地域を より正しく,より深く理解し,友好的な関係構築に向けて少しでも役立つことができればと 思う。
2 https://www.excite.co.jp/world/korean/(検索日: 18.12.01)
3 例えば,韓国語の「위화감(違和感)」は日本語の「違和感」とは意味領域が違うが,日本語が出来 る韓国人は日本語の影響によって,「위화감」について間違った使い方をするケースが見られる。
<参考文献>
李忠均(2010) 「日韓両国語におけるアスペクト形式の様相に関する研究─翻訳書を中心に─」
『日本語学論集』第6号,東京大学大学院人文社会系研究科国語研究室
井上優・生越直樹(1997) 「過去形の使用に関わる語用論的要因─日本語と朝鮮語の場合─」『日 本語科学』第1巻,国立国語研究所
生越直樹(1997) 「朝鮮語と日本語の過去形の使い方─結果状態形との関連を中心にして─」
『日本語と朝鮮語』下巻,国立国語研究所編,くろしお出版
金恩愛(2013) 「日本語と韓国語における主語の現れ方について」『福岡県立大学人間社会学 部紀要』第12号,福岡県立大学人間社会学部
油谷利幸(2002) 「誤訳に基づく日韓対象研究」『言語文化』第5号,同志社大学言語文化教 育センター
─(2005) 『日韓対照言語学入門』,白帝社
JTB総合研究所 https://www.tourism.jp/tourism-database/stats/inbound/(検索日: 2018.11.16)
翻訳サイト「エキサイト翻訳」 https://www.excite.co.jp/world/korean/(検索日: 18.12.01)