第1節では,教室文化と学級経営の関連について述べる。その上で,第2節 では,機械論的教室文化の源流や問題点に触れる。そして,第3節では生命論 的教室文化について明らかにしていく。
第1節 教室文化と学級経営
1.1 学級づくりとしての教室文化
学 級 経営 は,教 師の重要な 仕事で あり,「学級づくり」 と呼ば れる。 学級づ くりは,授業に大きな影響を与える。もちろん,授業を通して学級づくりをし ていくこともある。
例えば,坪田耕三 (2005)は,「しっかりとした学級づくりの基盤に立って,
日々の 授業が質 のいいもの 」(p.7)になるとして,授業づ くりの条件を挙げて いる。
《子どもを見る目,教材を見る目,この両者がそなわって一人前の授業者になる。
そのためには,しっかりした学級づくりの基盤に立って,日々の授業が質のいいも のになっていかなければならない。
例えば,次の八つのようなことがよい授業づくりの条件になるのではないだろう か。
① ねらいをはっきりさせること。
② 子どもの気持ちに寄り添うこと。
③ 子どもたちが一緒に学び,深め合えるようにすること。
④ 子どもの発想に感動すること。
⑤ 教科の基本の考えを知っていること。
⑥ 具体的なイメージが生まれるハンズオンの精神で授業すること。
⑦ 発見的な学びにすること。
⑧ 身近な教材を使うこと。 》(pp.7, 8)
これらは,学級づくりに関わる条件でもある。つまり,教師と「子どもたち が一緒に学び,深め合える」学級をつくることが重要である。
坪田耕三(2003)は,小学校 4 年の計算の順序についての例をあげて,学級の 雰囲気や学びの風土について,次のように述べている。
《もしも,算数の時間に,「3 +9 × 2= 24」という答えを言った子がいたら,
どうするだろうか。この答えは違っているのである。
先生が「違いますよ」と言うのだろうか。
それとも,まわりにいる子どもたちがこのことを自分たちで修正するのだろ
うか。
担任の先生は,どのような姿を望んでいるだろうか。
先生が修正するよりも,子どもたち同士で修正していければ,これに越した ことはない。
きっと「違いまーす!」という子がいるだろう。
しかし,ただ,答えが違うことを大声で指摘して,それだけという学級の雰 囲気であれば,それは少々寂しい。
共に授業を創るという姿勢はできていない。
「答えは 21です」と訂正する子もいるであろう。
正しい答えを言ってくれる子がいても,それだけでは授業としては成り立た ない。だから,先生としては「そうですね,この答えは 21 です」と言って済 ますのはよくない。ただの答え合わせをしても間違った子に対して何の指導に もならないからである。
望むべきは,「24 と書いた人の気持ちがわかります」という子がいてほしい ものである。そして,それを説明する子が登場すれば,なおいい。
つまり,たとえ間違った答えが登場したとしても,それを許容し,さらにそ の修正が,気持ちよく行われる雰囲気の学級でありたい。
例えば,こんなことを言ってくれればいいなと思う。
「24としたのは,左から順番に計算してしまったからだと思います」
「だから,3+ 9 =12で,これを 2倍して 24にしてしまったんだと思いま す」
「た し 算とか け算が混 じっ ている計算 で は,かけ 算のほうを先にする約束 が あります。この場合は,9× 2= 18が先で,これに 3を足して21になります」
こんな発言が優しい雰囲気の中で次々に登場する学級は,よい仲間となって おり,よりよい学びの風土をもっているといえる。》(pp.74-75)
こ の 例で は,「間違った答え が登場 したとしても,それ を許容 し,さらにそ の修正が,気持ちよく行われる雰囲気の学級」や「優しい雰囲気」の中での「よ りよい学びの風土」について,述べられている。
そのような学級づくりとは何か,またそのために大切なことは何かである。
例えば,教育実習生は,学級づくりの経験がない中で授業をする。また,既成 の学級づくりを十分に活用できないために,準備した教材や指導計画が上手く 機能しないことが多い。
例えば,ある小学校の教育実習生による,5 年「異分母分数の加法」につい ての研究授業である。まさに教材として実物を準備し,それぞれの児童が操作 的な活動をしながら,問題を解決し,3 つの解法について話し合いをした。そ
して,教師は教科書にあるような「通分による加法」をまとめた。
このような実物を使った指導や実習生の綿密な指導計画からすれば,上出来 の授業となることが期待された。しかし,現実は逆であった。それらが,ほと んど徒労に終わったのである。
ま ず最 初 の つまず き は,1L の 枡に 半分 だ けジ ュースを入 れて,児 童に 提示 したときだった。これは何リットルかを発問した。5dLという答えがまず出た。
そし て,0.5L という 答えも次に 出た 。しか し,ついにÑ L とい う答えは出な かったのである。これに,実習生は意外だったようである。児童は,学校で 3 年生から学んでいるとはいえ,日常生活において,量を表すために分数を利用 する経験は乏しいのである。
しかし,それは予想していなかった出来事である。そこで,補助的な発問を し て何 とか 児童か ら ,Ñ L を 引 き出 し, 児 童が このよ うな 量の 表現を理 解す るように,指導しなければならない。ところが実習生は,時間の都合もあって,
それをあきらめ,「Ñ L とÒ L ですね」と話した。そのため,児童が分数その ものを,どう理解してるかが不明確なまま授業が始まった。
そして,準備された紙に色を塗り,ハサミで切って,それらを合わせてみる ことで,児童は,答えが L となるという答えを出した。児童が,ジュー スの量を紙に写 し取り,加える活動は重要 である。しかしそれがなぜ, L となるのかには,言及がなかった。そして,教科書にあるように,ÑとÒを 通分して加えるという答えが出た。そして,最後に L という答えが出 た。正直にいって,少なくともこの最後の答えは,児童との事前の打ち合わせ があったと思われた。
そして,この 3つの答えについて話し合うことになった。最後の答えは,「分 母どうし,分子どうしを足したのだと思います」という意見が出た。また,「Ñ L に足しているのに,答えが,それより小さくなっているのはおかしい」という 児童の意見を引き出して,第 3 の答えは誤りであるとされた。次に重要になる のは,第 1 の操作的活動による解法と通分による解法の関係である。これらが 関連してこそ,算数的活動を通して指導する意義がある。
と こ ろが ,実習 生は,「図を 操作す る答えは,どんな 分数でも できる とは限 りませんが,通分ならどんな分数でもできるので,通分して足すのがいいです ね」とまとめてしまった。教室において,算数的活動を通して,通分の意味が 構成されることはなかった。
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これは,教材研究の浅さも原因であるものの,児童の考えを引き出すような 学級づくりを経験していないことが大きな原因である。そのため,熱心な準備 や指導が,それに似合うだけの成果を上げることができなかった。もちろん,
実習生では仕方のないことであるし,むしろ教育実習としては,算数授業の奥 深さや難しさを体験したことは,貴重である。
こ の よ う な 学 級 づ く り の 重 要 性 は , 米 国 に お い て も 同 様 で あ る 。Lampert (2001) は ,教 室 に おけ る活 動 や 関 わ り合 いの 規 範 を確立 するこ とを「 教室 文 化の構築」と呼んでいる (p.51)。そして,自らの実践経験から,次のように述べ ている。
《学年の始まりをどうするかということから,指導が始まる。教師がまだ会ったこ とのない生徒,また生徒同士でも知り合いでない者が多い。どこから数学を始める か,生徒を知ることや活動の計画を作ることが,課題となる。しかし,これらの課 題は,生徒が教師の指導からどのように学ぶかを,教えるということである。私は,
この課題を「教室文化の構築」と呼んでいる。というのも,それは活動や相互作用 の規範を確立することだからである。それによって,教師は教えることができるよ うになり,生徒は学ぶことができるようになるのである。》(p.51)
つ ま り , わ が 国 の 学 級 づ く り を , 教 室 文 化と 呼 ん で い る の で あ る 。Lampert (2001)は教室文化の規範性を強調し,これを教室文化の構築の問題としてとら えている。また,教室文化の創発性に関連して,次のように言及している。
《教室文化を指導することで,学級全体に教える。この文化を維持するには,
生徒個人やグループとの相互作用が重要である。》(p.51)
また,Hiebert et al.(1997)は,教室文化を「教室の社会文化」と呼んでいる。
そ し て ,「 健 全 な 社 会 文 化 」 と は ,「 教 室 が 数 学 的 コ ミ ュ ニ テ ィ ー 」 と な り , 生徒が ,その一員 として参加 する ことである(p.43)。問題は ,教師が そのよう な健全な教室文化を構築するためには,どうするかということである。Hiebert
et al.(1997)は,4 つの特徴をあげている。
《生徒が課題を数学の問題として実感するための教室の社会文化には,次の 4 つの 特徴がある。
第 1 に,数学のアイデアは教室のお金ようなものである。つまり,参加者が発表 するアイデアは,全員の学習に役立ち,答えや考えを保証するお金のようなもので ある。アイデアは評価され,試されることになる。それぞれのアイデアを皆で受け 入れ考えるということは,そのアイデアやそれを考えた人への敬意の顕れである。
第 2 に,教室の社会文化の特徴は,生徒の主体的な問題解決である。生徒は,自 分の方法が,全員が理解されるように工夫しなければならない。また,生徒はさま ざまな解決方法があることも,わかっていなければならない。別の方法を考え,友