本章では、パーソナルデータ利活用促進に向けて政府等で進められている政 策動向について概観し、第3章及び第4章で得られた知見からみた政策的イン プリケーションについて検討を行う。
具体的には、わが国の改正個人情報保護法への取組みや経済産業省による消 費者と事業者間の信頼関係の構築に資するガイドライン整備等の取組みの動向 について概観した上で、当該政策動向に対する政策インプリケーションを考察 する。
本章の構成は以下のとおりである。第1節では、プライバシー保護を前提と しつつ、消費者のプライバシー懸念を緩和し、パーソナルデータの利活用促進 に向けて改正個人情報保護法の概要を述べる。第2節では、消費者のプライバ シーに関する不安を軽減し、パーソナルデータの開示とサービスの利用を促す ため、消費者と事業者の信頼関係構築に資するガイドライン等の整備活動につ いて述べる。第3節では、第1節及び第2節で述べた制度的枠組みの整備等に ついて、第3章及び第4章で得られた示唆からどのように評価されるべきかを 述べる。第4節はまとめである。
第1節 制度的枠組みの整備
第1章でも述べたように、2011 年以降、パーソナルデータの利活用に対する 期待は世界的な潮流となっていた。これを受けて、わが国では、安倍政権の下、
2013 年 6 月に「世界最先端 IT 国家創造宣言」(IT 総合戦略本部 2013)が発表 された。
IT 総合戦略本部(2013)では、「失われた20年」に終止符を打ち、抱える 諸課題を克服し日本の経済基調を確実にすることを目指すとし、その「成長戦 略」の柱として、IT戦略を掲げ、世界最高水準のIT社会の実現を目指すこ とを目標として掲げた。そして、革新的な新産業・新サービスの創出と全産業 の成長を促進する社会の実現を掲げ、「ビッグデータ」の利活用による、付加 価値を生み出す新産業・新サービス創出を協力に推進するとし、「『ビッグデ ータ』のうち、特に利用価値の高いと期待されている、個人の行動・状態等に 関するデータである『パーソナルデータ』の取扱いについては、その利用を円
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滑に進めるため、個人情報及びプライバシーの保護との両立を可能とする事業 環境整備を進める」(IT 総合戦略本部 2013, p.7)とし、続いて「速やかにIT 総合戦略本部の下に新たな検討組織を設置し、個人情報やプライバシー保護に 配慮したパーソナルデータの利活用のルールを明確化した上で、個人情報保護 ガイドラインの見直し、同意取得手続きの標準化等の取組を年内できるだけ早 期に着手するほか、新たな検討組織が、第三者機関の設置を含む、新たな法的 措置も視野に入れた制度見直し方針(ロードマップを含む)を年内に策定する」
(IT 総合戦略本部 2013, p.8)と定めた。
これを受けて、内閣府 IT 総合戦略本部の下に設置された「パーソナルデータ 検討会」において新たな制度的枠組みに関する議論が集中的に行われ、2014 年 6 月には「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」37(以下、「制度 改正大綱」)が示され、個人情報保護法の改正法案(「個人情報の保護に関す る法律及び行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関す る法律の一部を改正する法律案」)が 2016 年 3 月に取りまとめら国会に付議さ れた。その後、国会審議を経て、2015 年 9 月に改正法が成立し、公布された。
2003 年公布・2005 年に施行された個人情報保護法は、10年間の情報技術の 進化による環境の変化(個人情報を巡るグレーゾーン拡大、パーソナルデータ を含むビッグデータのビジネスへの利活用、グローバル化等)に対応するため、
2015 年 9 月に改正・公布された。今回の改正で、2014 年にマイナンバー法に基 づき設置された特定個人情報保護委員会が個人情報保護委員会(以下、「委員 会」という)に改組され、改正法施行後には、第三者機関として個人情報取扱 事業者に対する監督権限が各主務大臣から委員会に集約・一元化された。
改正個人情報保護法における改正の概要は表5-1に示すとおりである。
表5-1:改正個人情報保護法の改正ポイント
37 IT総合戦略本部(2014b)
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(出所)個人情報保護委員会(2016b)を基に筆者作成
改正法は 2017 年 5 月 30 日から全面施行されることとなった。個人情報保護 委員会を設置し、プライバシー保護の執行運用を強化する一方で、匿名加工情 報を導入しパーソナルデータの利活用の利便性を高めることで、プライバシー 保護と利活用のバランスを取ることを狙ったものである。今後その執行運用が どのようになされていくか注視されるところである38。
今般の改正法は、施行後3年ごとに、次の事項を勘案し、施行状況について 検討し、必要に応じて所要の措置を講ずることを政府に求めている(附則12 2条3項)。
① 個人情報の保護に関する国際動向
② 情報通信技術の進展
③ それに伴う個人情報を活用した新たな産業の創出及び発展の状況など
法施行後3年を目途として、施行状況を踏まえて所要の措置を講ずるという 立法例は多く見られるが、3年ごとに見直しを求めるのは画期的なものといえ る。前述のとおり改正法が 2017 年 5 月 30 日に全面施行されたことから、2020
38 改正個人情報保護法に関し、法学者からは、特に「匿名加工情報」に関して批判が述 べられている。「匿名加工情報」という新たなデータ分類を導入することで、事業者の 義務の軽減化を認めるというアプローチの妥当性に加えて、「匿名加工情報」の曖昧さ その規律方法に課題があるとしている(石井 2017 pp.489-490)。
改正ポイント 具体的内容
1.定義の明確化等
・個人情報の定義の明確化(身体的特徴等が該当)
・要配慮個人情報(いわゆる機微情報)に関する規定の整備
・取り扱う個人情報が5,000人分以下の小規模取り扱い事業者 2.適切な規律の下で個
人情報等の有用性を確 保
・匿名加工情報に関する加工方法や取扱い等の規定の整備
・個人情報保護指針の作成や届出、公表等の規定の整備
・利用目的の変更を可能とする規定の整備 3.個人情報流通の適正
を確保(名簿屋対策等)
・トレーサビリティの確保(第三者提供に係る確認及び記録の作成義務)
・不正な利益を図る目的による個人情報データベース等提供罪の新設 ・本人同意を得ない第三者提供(オプトアウト規定)の届出、公表等厳格化 4.個人情報の取扱いの
グローバル化
・国境を越えた適用と外国執行当局への情報提供に関する規定の整備 ・外国にある第三者への個人データの提供に関する規定の整備
5.請求権 ・本人の開示、訂正及び利用停止等の求めは請求権であることを明確化 6.個人情報保護委員会
の新設及びその権限 ・個人情報保護委員会を新設し、現行の主務大臣の権限を一元化
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年 5 月を目途に改正法の見直し作業が進められることとなる。2014 年の制度改 正大綱において、今後継続的に検討する課題として、改正法による手当が見送 られた以下の項目が次期改正の優先課題となるものと思われる(表5-2)。
表5-2:改正法時の継続検討課題
(出所)IT 総合戦略本部(2014b)を基に筆者作成
上記①新たな紛争処理のあり方は、第1章3.2において問題指摘したとお り、個人情報保護法は、個人情報の侵害が生じた場合の被害者と事業者の紛争 解決に関し、利用者からの苦情処理対応に関する努力規定と処理フローを定め るのみである。被害者に対する具体的な救済措置は定められておらず、改正法 においてもその制度枠組みは変更されていない。被害者に対する具体的な救済 措置は、民法上の不法行為責任に基づくか、あるいは、個人情報の取扱いに関 する事業者の契約約款に基づく債務不履行責任を、訴訟手続きや当事者の協議 を通じて追及しなければならない。いずれの場合も、迅速かつ十分な被害者救 済という観点からは様々な問題を抱えている。2014 年 5 月に開催された IT 総合 戦略本部パーソナルデータ検討会において、事務局より「紛争解決方法・罰則 等の在り方について」とする資料案が出されており 、委員会とは独立した第三 者機関があっせん、調停及び仲裁に当たるやり方や、個人情報保護委員会が直 接(地方は弁護士会を指定)紛争処理に当たるやり方、あるいは、法務大臣が 認証した ADR 機関39による調停及びあっせん等の和解仲裁、弁護士会における仲
39 Alternative Dispute Resolution:ADR。裁判外紛争解決手続で、訴訟手続によらな
課題項目 概要
①新たな紛争処理体制のあり方 個人情報保護に特化した紛争処理体制整備は、今後発生する紛争の 実態に応じて継続検討すべき課題とする。
②いわゆるプロファイリング
プロファイリングによる個人の権利侵害を抑止するために必要な対 応策等は、現状被害、民間主導の自主的取組みの有効性、諸外国の 動向等を勘案して継続検討すべき課題とする。
③プライバシー影響評価(PIA) 事業者に過度の負担とならずに実効性あるプライバシー影響評価の 実施方法等は継続して検討すべき課題とする。
④いわゆる名簿屋
名簿屋等により販売された情報を使った犯罪行為や消費者被害の発 生と拡大を防止するために取りうる措置等は継続して検討すべき課 題とする。