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政策提言と今後の課題

ドキュメント内 パテント・プールの法的側面 (ページ 34-43)

本研究では、事例としてMPEG-2のパテント・プールを取り上げ、技術開発の促進効果 に関し実証的に分析し、パテント・プールが本来持つべき役割と技術開発が促進するため の基準について考察し、パテント・プールに対し以下を政策提言する。

第 1 案:プール設立によって余剰が増大できる本特徴を、競争当局は権利者及び生産する 者に十分に理解してもらい、プール設立および技術開発のインセンティブを促進 する。

本実証分析の結果、非排他的な取引で、パテント・プールに参加するライセンサー、ラ イセンシーの技術開発が促進され、参加していない権利者である非メンバーについては技 術開発が有意に制限されていないことが分かった。一方、現状、公正取引委員会のガイド ライン(2005)では、非排他的なライセンス取引をプール設立の要件としており、MPEG-2 のパテント・プールの事例実証分析においては、プール設立の要件について特に問題とは なっていない。よって、特段に外す理由は現状見当たらない。しかしながら、外せない要 件であるかは、慎重な議論を要すると考えられる。プールが設立されると、必須特許ライ センサーはプール参加を余儀なくされることになり、かえって、効率的でなくなる場合が あるためである。

非排他的なプール設立が行われると、新たなインセンティブ構造を用意することなく、

ライセンサー、ライセンシー共に技術開発が促進され、また、特徴としてライセンサー(生 産者)、ライセンシー(消費者)の余剰を高められ、高収益につながり易くなる。このため、

現状でも技術開発を行うインセンティブがあることから、プール設立によって余剰が増大 できる本特徴を競争当局は権利者及び生産する者に十分に理解してもらい、プール設立お よび技術開発のインセンティブを促進することが手段として挙げられる。

第 2 案:判断基準を明確にしたガイドラインの作成等により、非排他的なライセンス取引 が行われるパテント・プールの設立を促進する。

技術開発を促進する判断基準について、非排他的でも独占する場合もあるため、プール 参加者内での競合技術の保有も、その1つと考えられる。また、プール設立後、プールに 参加しなかった競合企業体が競争力を持たなくなり、結果、市場が独占される場合もあり、

競争当局はプール設立認定後にも市場を監視する必要もあると考えられる。

また、本MPEG-2の事例では、技術開発が促進的となったが、1事例の実証分析結果に

過ぎない。必須特許保有者(競合技術保有者)が多数いる中で、プール設立が容認され、そ の保有者は自ら製造者であり、ライセンス取得後には更に競争下におかれるため、非排他 的なライセンス取引を活発に利用し、技術開発競争を行うインセンティブをより強く持っ ていると考えられる。また、競争当局は、プール設立認定のタイミングも、総合的判断と して考慮するべき課題である可能性もある。こうしたことから、事例研究も含め、競合技

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術の保有と促進効果に関する知見を蓄積し、判断基準を明確化することが求められる。

これら判断基準を明確にしたガイドラインの作成が政策として挙げられる。当事者同士 で作成するより、取引費用が削減されるからであり、ガイドラインに沿って当事者同士の 交渉によって、促進(効率化)が図られることになる。

今後の課題

更なるプール設立の促進、社会的余剰の増大の視点で、今後の課題として幾つか挙げら れる。

その1として、判断基準を満たす上で、特許価値に基づくライセンス配分方法の検討が ある。パテント・プールを円滑に機能させるための環境の整備、すなわち仕組み作りであ り、プール設立の普及を妨げうる阻害要因を解決することは重要である。プール内で自由 に交渉できるようにすると、権利者は価値を持っている特許から得られる余剰をより高め ることができ、重要特許の技術開発とプール設立を行うインセンティブが生まれるからで ある。

また、法的なアプローチとして、標準化を伴うプール設立においては社会的余剰の増大 に与える影響が大きいことから、標準化との関係を新しく規定し、特許法の強制実施権の 規定への反映も手段の1つとも考えられる。この場合、公的機関の関与が、効率性、透明 性、公平性の観点から望まれる。また、適正なプール設立は社会的余剰を高めるため、非 排他的ライセンス供与者へライセンス料の優遇措置も考えられる。また、技術をパッケー ジ化したライセンス・オブ・ライト制度も考えられる。1 部の技術があっても、関連する 技術がパッケージされないと結局は活用できず、すなわち取引費用が膨大にかかることに なる。パッケージさせる仕組みと工夫が課題である。

これら課題は、技術立国の目指すためにも、先駆けてそのあり方の検討から始めるべき であろう。知財政策について、今後の一層の研究が高く望まれる。

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謝辞

本研究は、北野泰樹助教授(主査)、岡本薫教授(副査)、日高賢治客員教授(副査)、諸岡健 一教授(副査)の指導の下に行いました。

北野助教授には経済面、取り分け実証分析のご指導を、岡本教授には研究構成のご指導 を、諸岡教授及び日高客員教授には実務面からの政策提言の御指導を頂きました。厚く御 礼を申し上げます。

また、安藤至大客員教授には知的財産権のインセンティブに基づく経済学的考察の御指 導を、紋谷暢男客員教授、安念潤司客員教授、塩澤一洋客員教授には法学的見地からの御 指導を頂きました。知財ディレクターである福井秀夫教授には、全般的な有益な御指導を 頂きました。また本学教員及び関係者からは、研究を進めるにあたり貴重な御助言、支援 を頂きました。ここに記して、御礼を申し上げます。

最後に、本研究を行うにあたり、本知財プログラム及びまちづくりプログラムの学生諸 氏の強い支援及び熱心かつ貴重な議論・助言を頂きました。心より感謝を申し上げます。

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参考文献

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[23] 長岡(2006) 「イノベーションの競争と協調:技術標準を巡る政策課題」、経済産業研

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[32] 山田(2009) 「パテントプールの競争制限効果に関する基礎的研究」財団法人 知的

財産研究所 平成20年度調査研究報告書

[33] 伊藤(2003) 「映像ソリューションを広げるMPEG技術」FUJITSU. 54, 1

37 付録

付録 1 米国における主なパテント・プール事例

下表は米国における主なパテント・プール事例を示す39。飛行機プールは、米政府が主 導的に実施してきた事例でもある。第一次世界大戦終了直後の米国海軍は、戦闘機の重要 性を認識し、軍主導での開発必要性を有していた。海軍次官のルーズベルト(後に32代大 統領)の肝いりで特別委員会を設立し、パテント・プールを勧告した。1917 年に「飛行機 製造者協会」が設立され、ほぼすべての航空機製造会社が加盟し、ライト社、カーチス社 の飛行機関連の特許独占は事実上終わり、米国政府主導による航空機の開発がスタートし た。

表 米国における主なパテント・プール事例

プール名 ミシン 映写機 折りたたみ式ベッド 飛行機 無線機 DVD 設立年 1856 年 1908 年 1916 年 1917 年 1924 年 1998 年

付録 2 パテント・プール設立のプロセス

パテント・プールの形成において、一定のルールが規定されている訳ではないが、典型 的な技術標準に基づく例で説明すると概ね以下のようになる40

パテント・プール設立のプロセスとして、以下①から⑧が挙げられている。

① パテント・プールが形成される前提として、技術標準を策定する。

② パテント・プールを具体的に検討する検討母体の結成・組織化する。

③ 必須特許を選定する。

④ ライセンス会社の選定・設立する。

⑤ ライセンス会社は必須特許権者との間でライセンス業務の委託契約を交わす。

⑥ ライセンス条件を決定する。

⑦ 独占禁止法当局による事前審査を行う。

⑧ 円滑なパテント・プールの運用を立ち上げる。

39 藤野(2006)

40 加藤(2006) 28-34

ドキュメント内 パテント・プールの法的側面 (ページ 34-43)

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