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放射線監視以外での PSD の成⽴要件

ポケガにおける PSD が有効に機能した背景として、東⽇本⼤震災及び福島原発事故とい う社会的背景があったことは無視できない。そこで本章では、PSD をポケガ以外のプロジ ェクトへ応⽤する際の課題について考える。表 6-1 に、5.4 節で⽰した初期開発フェーズ、

評価フェーズ、議論フェーズ、改善フェーズ、展開フェーズの 5 つのフェーズごとに、「ポ ケガにおける PSD が成⽴した要因」と、「⼀般に PSD が成⽴する要件」を⽰す。

表 6-1 PSD の成⽴要件

Table 6-1 Forming conditions for PSD.

PSD の成⽴要件 フェーズ

ポケガにおける成⽴の背景 ⼀般化した成⽴要件 初期開発 福島原発事故による社会的関⼼

の⾼まり ⼈々の共感を得る社会問題の提⽰

評価 放射線を正しく「測定」「共有」

したいという意欲

システム・サービスの利⽤と情報共有 の意欲

議論 リスクコミュニケーションに対

するニーズの⾼まり 「知識の乖離」の存在 改善 スマートフォン、PIN フォトダイ

オードの採⽤ 既製品・汎⽤品の採⽤と DIY 化 展開 新しい放射線計測・共有システ

ムの提案 技術イノベーションの提⽰

初期開発フェーズにおいて、ポケガを⽴ち上げる上で 5.4.1 項に⽰したような迅速な協

⼒体制を構築できたのは、福島原発事故という世界を震撼させるような環境事故・災害の 社会的インパクトによるものが⼤きいだろう。このため社会的注⽬度が⾼く、プロジェク トの緊急性や必要性が理解されやすかったと考えられる。逆に、平穏時においてこのよう な迅速な初期開発を⾏うためには、多くの⼈々の共感を得られる社会問題の解決策が提⽰

されており、その問題の重⼤性・緊急性が理解されている必要があるが、そのようなケー スは稀であろう。従って、⼤事故・⼤災害などよほどの社会的インパクトをもたらす場合 を除いては、初期開発フェーズにおいて PSD による迅速な協⼒体制を構築するのは難しい かもしれない。しかし、それに続く評価・議論・改善フェーズについては、放射線監視以 外でも PSD が必要とされる分野が⼗分に考えられる。以下で詳細に述べる。

ポケガの評価フェーズにおいては、放射線量が場所によって様々であることが広く知ら れていたため、⽣活圏の線量を正しく「測定」したい、また、正しく測定できているか皆 で「共有」「確認」したいという強い意欲があった。このため、4 章に⽰したようにユーザ・

技術者・専⾨家による積極的な評価が⾏われたといえる。また、PSD の評価フェーズが成

⽴するための⼀般化した要件としては、多くの⼈が参加・協⼒し、様々な場所・条件でシ

ステム・サービスを利⽤することによって、単体テストでは得られなかったような意味の あるデータが得られることが明確であり、また、そのための場(例:ソーシャルメディア)

が準備されていることが挙げられる。

次にポケガの議論フェーズが成⽴した背景としては、放射線防護に関する⼀般市⺠のリ テラシーが低く、皆が「議論」して知識を向上したい(させてあげたい)という意識があ ったといえる。また、5.5.4 項に⽰したように、議論のためのコミュニティの運営が適切に コーディネーションされていたことも重要である。⼀⽅で、PSD における議論フェーズの

⼀般化した成⽴要件としては、⼀般市⺠・技術者・専⾨家・メディア等の間で、上記社会 問題に関する「知識の乖離」があり、この乖離を埋めることが社会的に求められている点 が挙げられる。

さらに、ポケガの改善フェーズが成⽴した背景としては、スマートフォンや電⼦回路な どの既製品の利⽤や DIY の採⽤により、4.5.2 項に⽰したように改善提案が集まりやすか った点が挙げられる。また、5.5.2 項に⽰したように、適切なファシリテーションにより技 術提案のモチベーションが維持された事も重要である。これに対して、PSD における改善 フェーズの⼀般化した成⽴要件としては、技術がブラックボックスではなく、誰もが解決 しようとしている問題の技術ソリューションに触れ、学び、評価・改善を⾏う機会が公平・

オープンに与えられており、そのためのコミュニケーションの場が適切にファシリテート されている事が挙げられる。

上述の評価・議論・改善フェーズについては、放射線監視以外でも PSD が必要とされる 分野が⼗分に考えられる。例えば環境監視の分野についていえば、影響範囲が広域な事例

(例:PM2.5、海洋汚染、異常気象、地震など)が挙げられる。また、影響が局所的だが被 害が重篤なもの(例:プラント事故、⼟壌汚染、トンネル崩落、地下⽔汚染、洪⽔など)

への適⽤も期待できる。このような事例においては、原発事故で直⾯したような環境リス クというよりも、漫然とあるリスクに⽇常からどう準備・対処するかを可視化等の⼿法に より的確に⽰すことで、測定の重要性を理解してもらうことがポイントとなるだろう。そ の他の適⽤領域としては、公共インフラの整備(スマートシティ等)、医療事故共有、製品 事故情報、⼈権救済制度、紛争監視なども考えられる。

最後にポケガの改善フェーズが成⽴した背景としては、安価で⼩型軽量の放射線センサ ーがこれまで未開拓の分野であり、技術者・専⾨家にとっては応⽤可能性が広く、研究の やりがいがあった点が挙げられる。⼀⽅で、PSD における改善フェーズの⼀般化した成⽴

要件としては、何らかの新しい技術イノベーションをもたらす可能性が⽰唆されている点 が重要となるだろう。なお、ここでの技術イノベーションとは、決して最先端の技術によ

るものだけでなく、既製品の組み合わせや、誰も思いつかなかった⼿法・アイディアによ り、これまで技術の恩恵を受けることのなかった⼈々に新しい価値をもたらすような、よ り利⽤者の視点に⽴った概念を意味している。

7. まとめ

本論は、放射線測定という信頼性と緊急性の要求される環境開始システムの開発におい て、従来のクローズドな製品開発とは異なる参加型のシステム開発⼿法によって、迅速か つ⾼精度な測定器をつくりだすことに成功した「ポケガ」の製品開発事例を分析した.ポ ケガは震災後初の国産線量計として 2011 年 8 ⽉にリリースされ、Type1 は 1,850 円(送 料込み)と、世界で最も安価な価格設定となった。ポケガはまた、公的機関による放射線 情報の公開が遅れる中、早期に放射線データの測定・共有・議論を⾏うユーザコミュニテ ィを確⽴した.ユーザは線量情報と同時に位置情報やカメラ画像を積極的に SNS へ投稿し、

これらの情報を元に値の正確性や考え⽅について技術者や専⾨家を交えた議論を展開した.

また、実フィールドでのニーズに的確に応じながらバージョンアップを繰り返すことで、

現在も改善を続けている.

2章では、このような迅速・低コストな開発を⾏なう上での設計上の⼯夫として、スマ ートフォンをはじめとする既製品の積極的な利⽤、PIN フォトダイオード式センサなど汎⽤

半導体の採⽤に加えて、ユーザが⾃ら線量計を組⽴てる DIY ⽅式を紹介した。

3 章では、資⾦、広告宣伝、⼈的資源、知的財産、⽣産設備、サポート体制、性能評価・

実地試験による精度検証といった課題を、PM(Project Manager)や開発チームの内部に留 めることなく、ソーシャルメディアを通じて広く社会に問い掛けることで、海外の専⾨家 や多数のユーザを巻き込み、社会知を効率的に利⽤しながら⾏う参加型のシステム開発プ ロセスを⽰した.

4 章では、専⾨家・技術者・⼀般ユーザといったプレイヤーが互いに協⼒しながら、ポケ ガの性能評価、市街地・森林でのフィールドテスト、各地での精度確認・改善提案を⾏っ た過程を詳細に⽰した。特に評価・改良する上では、⼀般ユーザ(市⺠)も貴重なリソー スとなり、Facebook グループを通じて⾃主的に改善提案・実証試験や相互サポートを⾏な った。

5 章では、これらの設計開発・評価改善パラダイムを PSD としてモデル化し、専⾨家・

技術者・⼀般ユーザという 3 つのプレイヤー間で引き起こされたインタラクションを分析 した結果、「迅速な共同開発」「⾃律的なインターネットコミュニティが形成」「⾃主的な改 善活動」の 3 点において有益な結果をもたらしていることがわかり、開発⼿法としての有 効性が確認された。さらに PSD モデルにおけるリスク情報の共有は、ユーザ⾃⾝による「デ

ータの⾃主的な検証」に始まり、政府・公的機関や当事者企業が収集・分析した公的なデ ータとの⽐較による「相互⽐較型の⾃主検証」といった過程を経ることにより、徐々に市

⺠からの信頼を得るものであることがわかった。また専⾨家を巻き込んだソーシャルメデ ィア上での議論を通じて、市⺠が現実的なリスクについて議論する「新しいリスクコミュ ニケーションの形」を提⽰することもできた点は重要である。

6 章では、ポケガ⾃体の現状の問題点と今後の展開として、低消費電⼒化や、農地・森林 といった広域監視における課題と展望を述べた。また、他の環境監視のために PSD モデル を適⽤する際の課題として、環境監視の社会的意義を伝達し共感を得ることの重要性、安 価で効果的なセンシング⽅式を選定する必要性、及び参加者の⼼の動きや状況を⾒ながら 公平にプロジェクトを進⾏していけるような、優秀なファシリテーターの重要性を議論し た。⼀⽅で、PSD モデルと類似する開発パラダイムである「オープンソース」「参加型デザ インとユーザ中⼼設計」「クラウドソーシング」との⽐較について議論し、その特徴を明確 化した。

PSD モデルにおいては、インターネットを通じた⾃律・協調的な開発コミュニティによ って専⾨性の枠を超えたプレイヤー同⼠が⾃発的に助け合い、アイディアを出し合うこと で、迅速かつ創発的な問題解決が期待される.参加型システム開発が成⽴するためには、

多様なプレイヤーが能動的に「開発への参加意欲」を⽰すことが重要であり、そのために は、多くの⼈々の共感を得られる社会問題の解決策を提⽰する必要があるだろう。今後は、

環境監視(例:PM2.5、海洋汚染、異常気象、地震、プラント事故、⼟壌汚染、トンネル 崩落、地下⽔汚染、洪⽔など)、公共インフラの整備(スマートシティ等)、医療事故共有、

製品事故情報、⼈権救済制度、紛争監視といった社会問題への適⽤も考えられる。この開 発モデルが、今後の事故・災害対応や、地球規模での環境監視や様々な問題解決に貢献で きるものと期待したい.