援助は高所得国から開発途上国への資本移転である。国家間の資本移転がマクロ経済に どのような影響を及ぼすかについては様々な理論が展開されてきた。ここでは Eaton
(1989)に依拠して、a)古典派の静学的な二国間貿易モデル、b)新古典派の動学的な経済成長
モデル、c)企業と家計の動学的な最適化行動モデル、をそれぞれ援助に応用した議論につい
て簡単に紹介するとともに、d)途上国のpanel dataを用いて援助のマクロ経済効果を計測 した世銀の実証分析を紹介する。
(1) 援助のパラドックス(貿易モデル)
援助を歴史的な視点で論じた世銀の「世界開発報告 1985」40によれば、近代における国 家間の資本移動は1870年代の産業革命が引き金になった。食糧や工業原材料の輸入に迫ら れた西欧諸国は従来の植民地経営に加え、南北アメリカやオーストラリアなどの新天地へ 積極的に投資した。その中心的役割を果たしたのがロンドン金融市場である。対外投資が 最も活発であったイギリスではGNPの5~10パーセント、貯蓄の25~40パーセントに相当 する対外投資から、GNPの5~8パーセントにも上る対外収益をあげていた(p.12)。第1次 世界大戦以前の投資形態は専ら民間の鉄道会社などが発行する社債の購入に限られており、
償還期限が99年におよぶ長期投資も珍しくなかったという。公債が一般化するのは第1次 大戦後である。
同報告は「なぜ開発途上国に対して公的資金による投資が必要か」について、a)途上国に おけるソブリン(国家の信用)リスクの存在、b)投資機会に関する情報の不足、c)インフラ整 備・教育など商業資本になじまない長期の収益性、d)途上国の返済能力に関する誤った認識、
などによる民間資金の過少供給を補うとともに、譲許的な公的資金により途上国の経済活 動を活発化させ、最終的にはドナー国を含めた世界全体の厚生水準を高めることができる、
という論拠をあげている。しかし近年において、多くの先進国が援助資金と輸出信用を組 み合わせて供与することに商業的価値を見出しており、援助の有効性を低下させるばかり でなく、貿易のフローを歪めている、と批判している。
Eaton (1989, pp.1309-17)によれば、二国間で大規模な所得移転があった場合に「交易条 件にどのような影響があるか」という問題は、第1次世界大戦の敗戦国ドイツに巨額の賠 償金が課された事件に由来している。所得移転が受取国の交易条件を改善するか悪化させ るかは、移転国の輸出財に対する受取国の限界消費性向が移転国の同財に対する限界消費 性向より高いか低いかに依存する41。所得移転により受取国が輸入財への需要を増やせば、
結果として受取国の交易条件は悪化する。しかし交易条件の悪化(または為替の減価)が貿易 収支を改善するか悪化させるかについては、国内財と輸入財に対する消費者の選好に依存
40 World Bank, Global Development Report 1985, pp.12-20 41 Dixit (1983) およびJones (1985) の2財モデルによる。
するため42、所得移転が受取国にとってプラスかマイナスかは一概にいえない(図1)。 以上のように、移転所得(または為替の増価)がかえって国を貧しく(immiserize)する、あ
るいはwelfareを損なうという「移転のパラドックス(またはオランダ病)」はKeynes (1929)
や Ohlin (1929)の時代から現在に至るまで多くの論議を呼んできた。Yano and Nugent
(1999)は「貿易財と非貿易財を持つ小国に援助が行なわれれば、非貿易財の生産が増えて相 対価格が変化し、移転のパラドックスが生ずる」という仮説の下で理論モデルを構築し、
44の重債務国における1970~1990年のデータを用いて援助とGDP成長率の関係を推定し た。その結果、20の国で正、24の国で負の相関があり「援助と成長率の間に確たる関係は 見出せない」とするMosely et al. (1987)の結論を肯定している。
(2) 金融ギャップ(成長モデル)
アメリカの大恐慌後にHarrod(1939)とDomar(1946)によって提示された成長モデルは、
資本と労働を一定とする短期のKeynesモデルを動学化する試みであった。閉鎖経済におい て、貯蓄率 s と資本係数(資本ストック・生産比率)a を一定とするならば、財の均衡と 資本の完全利用を保証する成長率はg = s /aで達成される。
Solow (1956)はaを一定とするHarrod-Domarモデルを修正して、kを1人当たり資本
とする1次同次生産関数 f(k)を導入し、g が自然成長率(人口増加率プラス技術進歩率)n で長期的に均衡することを示した。このとき貯蓄率sが資本分配率に一致すれば、1人当た り消費を最大にする最適な資本ストックk* において「黄金律」が成立する(図2)。
Sollow モデルは 1960 年代に開放経済に拡張され、国際資本移動モデルが展開された。
浜田(1967, pp.101-137)は世界各国における限界生産性の均等化原理が成立すれば、1人当 たり資本ストックを均等化させる方向で資本移動がおこり、資本は貯蓄率の高い国から低 い国へ、人口増加率の低い国から高い国へ移動することを2国間モデルで示した。福田 (2000, pp.79-89)は現実には先進国から途上国への大量な資本移動は観察されないとして、
人的資本ストックの蓄積や技術・知識の外部性に注目した「内生的経済成長モデル」など 最近の理論的展開を紹介している。
一方、Harrod-DomarモデルはMcKinnon (1964)、Chenery and Stout (1966)、Findlay (1973)らによって拡張され、経済成長が経常収支の赤字、つまり外貨不足(輸出と輸入のギ ャップ)および国内の貯蓄不足(投資と貯蓄のギャップ)の 2 つのギャップによって制約 されるという「ツー・ギャップ・モデル」へと発展した43。Chenery and Stoutは途上国が
「貧困の罠」から抜け出すためには、これらのギャップが外国からの資本移転(援助)に より埋められる必要があるとした。
42 Krugman and Baldwin (1987) の2国モデルによる。
43 Eaton (1989, pp.1327-1335)
図2 新古典派成長モデル
2財
援助国のオファーカーブ
受益国のオファーカーブ
1財 受益国の輸出量 援助国の輸入量 受益国の輸入量
援助国の輸出量
1財受益国の輸出量 2財受益国の輸入量
受益国の生産 可能性集合
(p1/p2)* 交易条件 交易条件 (p1/p2)
2財
援助国のオファーカーブ
受益国のオファーカーブ
1財 受益国の輸出量 援助国の輸入量 受益国の輸入量
援助国の輸出量
1財受益国の輸出量 2財受益国の輸入量
受益国の生産 可能性集合
1財受益国の輸出量 2財受益国の輸入量
受益国の生産 可能性集合
(p1/p2)* 交易条件 交易条件 (p1/p2)
図1 貿易モデル
y*
k* k(t)
y(t)
yt= f (kt) f '(kt) = n
yt= n kt
yt= s*f(kt) y*
k* k(t)
y(t)
yt= f (kt) f '(kt) = n
yt= n kt
yt= s*f(kt)
世銀のEasterly (1999)は、途上国の金融ギャップ(貯蓄投資差額)を埋めるための援助が 国内貯蓄の増加や生産性の向上になんら影響を及ぼしていない、との仮説の下で実証分析 を行ない、ツー・ギャップ・モデルの有効性は棄却できるとした。石井(2001, p.80)は、
Harrod-Domar モデルを用いて国際機関が計算した金融ギャップを西側諸国は埋め続けて
きたにもかかわらず、モデルが想定するような経済成長を達成した途上国は皆無であった と結論づけている(後出の(4)節を参照)。
援助と成長率の関係を分析したDacy (1975)は、被援助国の国内貯蓄率が高く、援助が政 府消費に支出される比率が低く、また援助による借款の貸与期間が長いほど、援助がない 場合に比べて途上国の成長率が高まることを示した。一方、援助をドナーごとに分析した
Mosley (1980)は、どの国が供与したかにより援助と途上国のGNP成長率の関係は異なり、
それらの間に統計的に有意な関係を見出すことはできないとの結論をえている。
今岡(1998, p.23)は、1990年代に急成長を達成した東アジア諸国の例をあげて、「援助を 含む海外からの投資が経済成長を促した結果、この経済成長によって増加した国内貯蓄が 金融ギャップの拡大を抑制し、投資先行型経済成長の持続を可能にした」というツー・ギ ャップ・モデルとは逆のメカニズムを提示した。また、cross-country dataによるマクロ成 長モデル分析よりも、援助のインパクトに関するミクロ経済分析が必要であることを指摘 し、途上国における貯蓄行動についてのより深い理論的分析に基づいた仮説の提示が必要 である(p.28)、と主張している。
(3) 人的資本(最適化モデル)
経常収支の問題を代表的な企業あるいは家計の最適化行動に帰着させたモデルである。
国際資本市場が完全で市場利子率r が一定という前提のもとで、途上国は1人当たり消費c
の効用u(c) を生涯にわたって最大化する最適消費経路を考える。kを1人当たり資本とす
ると、企業はSolowの生産関数f(k) を持ち、限界生産率がr に一致する最適な資本ストッ クk* を維持する。負債は将来にわたる生産の現在価値を超えられないとする資産制約のも とで、途上国は効用の割引き現在価値を最大化する44。
dt e c u t −pt
∫
0∞ ( ) (ρは割引き率)深尾(2000, pp.111-115) は生産関数に1人当たり人的資本hを導入し、かつ資本移動に調 整コストφ(dk/k) がかかると仮定して、1 人当たりの企業価値を最大化する資本蓄積経路 を考えた。A を人的資本を含めた家計の1 人当たり総資産の現在価値、zを1人当たり対 外純資産とすると、Aの初期値は次式で与えられる。
( ) ( )
z{
f( ) (
k dk k)
k}
he dtA 0 = 0 +
∫
0∞ −φ −rt
44 Eaton (1989, pp.1339-1340)
家計の最適消費 c* は時間選好率θがrに一致するとの仮定の下で、c*=rA(0)で与えら れる。したがって、代表的個人がこの資本蓄 積経路に沿って消費を最適化すると考えれば、
経常収支は次の予算制約式で定式化できる。
dz/dt = {f (k)h−φ(dk/k) kh} + rz−c*
深尾(p.115)は、人的資本hが大きいほど経常収支の赤字が大きくなる理由を次のように 説明している。(労働を能率単位で測った)資本労働比率k= K/(hL) が低いほど、純生産
{ f(k)−φ(dk/k)k }hは少ない。一方、kが低いほど資本蓄積が活発で将来純生産の増加が予
想されるから(つまりA(0)が大きいから)、現在の純生産の水準と比べて消費水準c*は比較 的高くなる。したがってkが低いほど経常収支赤字は大きくなる。1人当たりGDPつまり
f(k)h が等しい2つの国では、人的資本が大きい国の方が資本労働比率kが低いはずである。
したがって、そのような国は経常収支の赤字が大きい。
さらに、人的資本を25歳以上人口の平均教育年数として、初期時点(1960年)における人 的資本および1人当たりGDPと、その後の経常収支の対GDP比率との関係を40カ国の 途上国データを用いて検証したところ、予想どおり、初期時点の人的資本の係数は有意に マイナス、1人当たりGDPの係数は有意にプラスであった(p.118)。とりわけ1982年以降 の期間に限ると人的資本の係数がかなり大きく、途上国が先進国からの投資を誘導する上 で人的資本の蓄積は有効な手段である、という結論を導いている。
(4) 世銀の実証分析
(2)節で述べた「ツー・ギャップ・モデル」は途上国の貯蓄不足が投資を抑制し、経済成 長を妨げているという認識を示している。そこで、先進国からの資金供与(援助)により この金融ギャップを埋めれば途上国の成長を促すことができる、との期待を抱かせる。こ のモデルを検証するために、世銀を中心に1960年代より多くの実証分析が試みられてきた。
石井は統計的検証の長い歴史にもかかわらず、「そうした実証分析を総体としてみると、援 助と経済成長の相関関係について確固たる結論を導くことは困難である」と述べている。
石井(2001, pp.68-103)のサーベイにより検証結果を以下に要約する。
a) 代替効果
Dollar and Easterly (1999)はアフリカの 34 カ国について回帰分析を行なったが、
Harrod-Domar モデルが想定している「援助が投資増加につながる」という第1 のリンク
も、「投資が経済成長につながる」という第2のリンクも実証されなかった。反対に、Riddle (1987)は援助の相当部分が実際には消費の増加によって相殺され、国内貯蓄の低下につなが ったとして、援助の代替効果displacement effectを検証している。