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振動スペクトル測定による評価

2.5 振動スペクトル測定による評価

BaSi2S5の類似結晶であるSrSi2S5では,その原子座標が報告されていない.また,BaSi2S5の単結晶 作製は行っておらず,その原子座標を明らかにするまでは至っていない.そこで,本節ではBaSi2S5

晶のRaman散乱スペクトルおよび赤外吸収スペクトルを測定し,結晶内の局所構造を探る.Raman散

乱スペクトル測定には,本学研究設備センターの設備である顕微ラマン散乱スぺクトル測定装置(Jasco

NRS-3100)を用いた.レーザー光源には蛍光体からの蛍光を抑えることを目的として,装置備え付けの

近赤外半導体レーザー(ピーク波長785 nm)を用いた.赤外吸収スペクトルの測定には本学研究設備セン ターの設備である高速応答FT-IR(Thermo Scientific社, Nicolet 6700)を用いた.

2.5.1 チオシリケート結晶の Raman 散乱スペクトル

硫化シリコンおよびいくつかのチオシリケート結晶に関して,その振動スペクトルの報告が行われてい る[119–123].例えば,Cu8SiS6結晶では図2.5.1に示すSiS44構造に起因したRaman散乱スぺクトル が顕著に現れることが報告されている[120].SiS44構造は歪んだ四面体構造をとり,その全対称伸縮振 動が特に強く観測される.これはSi-S間距離が他の陽イオンとS間の距離に比べて近いためだと考えら れる.このようなRaman散乱スペクトルは同じくSiS44 構造を持つ硫化シリコン結晶でも観測されて いる[122].また,このSiS44 構造のSi-S間平均距離は2.11 ˚A程度になり,これが含まれるチオシリ ケート結晶からは,近い波数にSiS44 に起因するRaman散乱ピークが観測される.例えば,Cu8SiS6

結晶では428 cm1[120],SiS2結晶では430 cm1 [122]にそのピークが観測されている.

S

Si S

Si

2.5.1 SiS44アニオン構造

本研究グループで用いているBa2SiS4,Eu2SiS4,Ca2SiS4 にもSiS44構造が含まれていることが報告 されているが[107, 118],そのRaman散乱スペクトルは報告されていない.そのため,BaSi2S5との比 較を行うことも考えて,これらのRaman散乱スぺクトルの測定を行った.図2.5.2にそれぞれのRaman 散乱スぺクトルを示す.Ba2SiS4,Eu2SiS4,Ca2SiS4のすべての試料で400 cm1付近に強いピークが 現れ,それぞれ422.8 cm1,410.0 cm1,405.8 cm1であった.これらはCu8SiS6やSiS2で観測さ れたピーク位置に近く,SiS44構造に起因する信号である可能性が高い.また,イオン半径の大小関係 はBa2+>Eu2+>Ca2+であり,Ramanピークシフトの値もその順で低波数側へシフトしていた.これ は,よりイオン半径の大きいカチオンと一緒に結晶内に存在する場合,SiS44 構造が圧縮されてしまう ことに起因すると考えられる.実際に原子座標の報告されているBa2SiS4とEu2SiS4内のSiS44構造 のSi-S平均距離を計算すると,それぞれ2.101 ˚Aと2.114 ˚Aである [107, 118].

4

3

2

1

0

Intensity / arb. units

550 500 450 400 350 300 250

Raman shift / cm-1 Ba2SiS4

Eu2SiS4

Ca2SiS4

422.8 cm-1

405.8 cm-1 410.0 cm-1 4

3

2

1

0

Intensity / arb. units

550 500 450 400 350 300 250

Raman shift / cm-1 Ba2SiS4

Eu2SiS4

Ca2SiS4

422.8 cm-1

405.8 cm-1 410.0 cm-1

2.5.2 Ba2Si4, Eu2SiS4, Ca2SiS4のラマン散乱スペクトル.SiS44構造の全対称伸縮振動に起因 するピークに矢印と波数を示した.

2.5.2 BaSi

2

S

5

結晶の振動スペクトル

一方,BaSi2S5 のRaman散乱スペクトル,赤外吸収スペクトルをそれぞれ図 2.5.3と図2.5.4に示

す.図2.5.2と比較しても,そのスペクトルは大きく異なっていた.このことから,BaSi2S5結晶内には

SiS44以外のSi-S構造が含まれていると予想される.ここで結晶内のSiとSの存在比から,SiとSの とる構造の候補としてSi4S104構造を挙げられる.これはBa2Ge4S10構造内のGe4S104 のGeサイト をSiに置き換えた構造で,Ba2Ge4S10と一緒にNa4Si4S10結晶でもその存在が報告されている [111].

2.5 振動スペクトル測定による評価 43

1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0

Intensity / arb. units

700 600 500 400 300 200

Raman shift / cm-1 A1

A1 A1

E

E F2

F2

F2 1.2

1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0

Intensity / arb. units

700 600 500 400 300 200

Raman shift / cm-1 A1

A1 A1

E

E F2

F2

F2

2.5.3 BaSi2S5Raman散乱スペクトル.Si4S104の振動に起因するピークにラベルをつけた.

レーザー光源には半導体レーザー(785 nm)を用いた.

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

Absorbance

800 700 600 500 400

Wavenumber / cm-1 F2 F2 0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

Absorbance

800 700 600 500 400

Wavenumber / cm-1 F2 F2

2.5.4 BaSi2S5の赤外吸収スペクトル.Si4S104の振動に起因するピークにラベルをつけた.

ルビジウムチオシリケート(Rb4Si4S10)結晶において,Si4S104構造の振動スペクトルが報告されてい る [123].表2.5.1および図2.5.5にRb4Si4S10の結晶構造データおよび結晶構造を示す.Rb4Si4S10結 晶は単斜晶系(空間群C2/c)をとり,SiとSで構成されるアニオン構造として図2.5.6に示すSi4S104 構造を含んでいる.また,参考文献 [123]では,Si4S104構造を点群Tdに属する構造と仮定した場合の 振動スペクトル解析を行っており,このとき振動の自由度Γ(Td)は式(2.5.1)のようになる[123].

Γ(Td) = 3A1(R) + 3E(R) + 3F1() + 6F2(IR,R) (2.5.1) Rb4Si4S10 ではこのSi4S104 構造に起因する振動スペクトルが主に観測されていた.そのRaman散乱 スペクトルとIRスペクトルと比較することでBaSi2S5のスペクトルにラベル付けを行い,表2.5.3お

よび表2.5.4に示した.また,表2.5.2および2.5.3に各振動モードに対応した両者のピーク波数を示し

2.5.1 Rb4Si4S10の結晶構造データ[123]

crystal system cubic space group C2/c a/ ˚A 15.106 b / ˚A 15.164

c / ˚A 9.031

β / 105.67

Rb Si4S10 4-structure

Rb Rb Si4S10 4-structure

2.5.5 Rb4Si4S10の結晶構造.

た.図2.5.3に示したBaSi2S5の152.0 cm1から617.9 cm1の間に表れた8本のラマン散乱ピーク は,Rb4Si4S10のそれとよく似ており,Si4S104 構造が含まれていることを示唆している.IRスペクト ルについても同様であり,振動スペクトル測定からBaSi2S5結晶内のアニオン構造として,Si4S104 構 造が含まれることが明らかになった.このアニオン構造が含まれるチオシリケート結晶として報告されて いたのはアルカリ金属イオンを含むNa4Si4S10およびBr4Si4S10のみであり [111, 123],今回アルカリ土 類金属を含むチオシリケートで初めてこの構造を含む結晶を見出した.

S

Si S

Si

2.5.6 Si4S104アニオン構造

2.5 振動スペクトル測定による評価 45

2.5.2 実験で得られたRb4Si4S10 [123]およびBaSi2S5のラマン散乱ピーク波数とそれらに対応 するSi4S104− 構造に帰属する振動モード.

Symmetry Rb4Si4S10 [123] BaSi2S5

E 84.5 cm1

F2 141.3 cm1 152.0 cm1 E 156.5 cm1 175.2 cm1 F2 191.4 cm1 204.7 cm1 A1 264.1 cm1 279.8 cm1 F2

A1 368.1 cm1 380.8 cm1 F2

F2

E 535.2 cm1 538.7 cm1 F2 605.3 cm1 584.4 cm1 A1 629.7 cm1 617.9 cm1

2.5.3 実験で得られたRb4Si4S10 [123]およびBaSi2S5の赤外吸収スペクトルとそれらに対応す Si4S104構造に帰属する振動モード.

Symmetry Rb4Si4S10 [123] BaSi2S5

F2 520.0 cm1 535 cm1 F2 611.6 cm1 570 cm1