第 2 章 感情調節のプロセスモデル
第3節 感情調節尺度を使用した研究
第3節 感情調節尺度を使用した研究
Table2-8. Cronbach's Coefficient Alpha, Mean, and SD of Reappraisal and Suppression on various countries.
2.アジア文化と抑制方略
欧米諸国とアジア諸国における感情抑制の文化的な差については,以前から指摘され ている(Heine, Lehman, Markus, & Kitayama, 1999)が,ERQを使用した研究にお いても欧米諸国とアジア諸国では,抑制の及ぼす結果の異なることが示唆されている。
先に示したように,欧米文化に属する調査参加者において感情を抑制することは,ネガ ティブな感情を増幅させ,本来的自己感,良好な対人関係,well-beingなどに非適応的 な影響を及ぼす。しかし,アジア文化に属する調査参加者においては,感情を抑制する ことが,ネガティブな感情の増幅や well-being の低下など,非適応的な結果には直接 つながらない(Butler, Lee, & Gross, 2007 ; Mauss, Bulter, Roberts, & Chu, 2010)
のである。例えば,ヨーロッパ系アメリカ人では感情表出の抑制と特性ネガティブ感情 に正の関連が示されるが,アジア系アメリカ人では感情表出の抑制と特性ネガティブ感 情に関連は示されない(Butler et al., 2007)。東アジア文化の調査参加者は,欧米文 化の調査参加者に比べて,本来的自己感の欠如がネガティブ気分の生起や well-being の低さにつながらない(Cross et al., 2003)。また,Heine et al(1999)は,東アジ ア社会では自己表現をすることよりも相互関係を重視することで well-being が保たれ ると述べている。ヨーロッパ系アメリカ人は,東アジア系アメリカ人に比べ,自己表現 や自己選択に対して高い価値をおき(Kim & Sherman, 2007),アジア系アメリカ人 より,怒りを表出する(Mauss et al., 2010)ことなどが示されており,感情の抑制に ついては文化的価値観を包括した検討が必要である(Butler et al, 2007)と指摘されて いる。
3.感情抑制と遺伝子タイプに関する研究
近年,感情表出の抑制と社会感情的感受性(socioemotional sensitivity)における文 化差の検討が遺伝子レベルで行われている(Kim, Sherman, Mojaverian, Sasaki, Park, Suh, & Taylor, 2011)。遺伝子研究においてGGタイプのオキシトシンリセプター遺伝 子を持つ個人は,社会性や共感性が高く,AAタイプのオキシトシンリセプター遺伝子 を持つ個人は社会性や共感性が低いことは明らかにされている(Tost, Kolachana, Hakimi, Lemaitre, Verchinski, Mattay, Weinberger, & Meyer-Lindenberg, 2010)。こ の研究をもとにGGタイプ,AAタイプによる社会感情的感受性の文化による違いを比 較した結果,GGタイプの遺伝子を持つアメリカ人はAAタイプの遺伝子を持つアメリ カ人より感情の抑制をしない。しかし,韓国人ではその逆で,GGタイプの遺伝子を持
つ韓国人はAAタイプの遺伝子を持つ韓国人より感情を抑制することが示された。すな わちアメリカと韓国において,社会感情的感受性の高い個人がとる感情の抑制に差が認 められたのである。アメリカでは社会感情的感受性が高い場合,感情を抑制しないが,
韓国では社会感情的感受性が高い場合,感情を抑制するのである。Kim et al (2011)の 研究は,共感したり,他者を思いやったりする社会感情的感受性の高さをもたらす遺伝 子タイプを持つ個人の感情抑制の多寡が,個人の属する文化的価値観によって左右され ることを示しているのである。