第 1 節 はじめに
政策過程では、いわゆる政策決定段階に限らず、さまざまな場面でさまざまな意思決定 がなされている。それぞれの意思決定力の向上がよりよい政策につながるといえる。本稿 は、意思決定力の向上のための重要なポイントの1つとして「情報」に着目し、意思決定 者が決定の際に用いる情報の充実に向けての取り組みを検討することを目的としている。
前章では、予算編成過程で用いるための情報を収集する際の特徴を、働きかける対象に着 目して検討した。
本章では、職員の情報収集についてより具体的に把握するとともに、意思決定を担う職 員が意思決定に用いる情報に差異はあるのか、あるとすれば、どのような部分に生じるの かを検討する。まず、組織の意思決定と情報の関係についての先行研究から、「自治体職員 一人ひとりが意思決定に用いる情報には差異がある」という仮説を導き出す。次に、自治 体職員が情報収集のために働きかける対象、そこで求める情報の種類・内容、働きかける タイミングやその際にとりうる手段、庁内・課内の情報収集のしくみについてのインタビ ューの結果をまとめ、仮説を検証したのち、自治体職員の情報収集に差異が生じる部分を 明らかにする。さらに、意思決定者が決定の際に用いる情報の充実に向けての取り組みを 検討するうえで考慮すべき点を導出したい。
第 2 節 仮説の設定
本節では、「自治体職員一人ひとりが意思決定に用いる情報には差異がある」という仮説 を導き出すために、組織の意思決定と情報の関係について整理する。
組織の意思決定とは、「個人や集団の意思決定が組織の中で分業・統合され、構造化され た合成的意思決定152」である。自治体は組織全体としてさまざまな分野の政策・事業に携 わるが、そのために複数の部をもち、その部の中に課・係を有し、さらに個々の職員が機 能を分担している。たとえば新規になんらかの事業を実施しようとする場合には、担当す る部の内部だけでなく、幹部職員で構成される経営会議、企画担当や財政担当との調整が 必要となる。言い換えれば、実際に事業を実施するには、多くの職員の意思決定を積み重 ねる必要があるということになる。
152 印南、前掲書、63、343頁。
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このように考えると、第1章でも確認したとおり、合成される前の個人による意思決定 のあり方が重要となるが、組織に参加する個人がすべて同じような意思決定をすることも、
できることもないという実態は想像に難くない。個人による意思決定の結果には、何らか の違いが生じる可能性があるということである。
個人の意思決定に違いが生じるということは、だれが個々の意思決定を担うかによって、
合成された意思決定の結果に大きな違いが生じる可能性につながる。それは自治体の場合、
ある新規事業を実施するかしないか、既存の事業を拡大するか縮小するかといった違いに つながりかねず、その結果は直接住民のくらしに反映される。
自治体が組織全体としての意思決定を一定程度のものとするためには、個人による意思 決定の違いを減らすことが重要となる。そのためには、組織全体の意思決定の一部を担う 個人一人ひとりに生じる差とその原因を明らかにし、対策を講じるという取り組みが重要 となる。
組織に参加する個人の差としては、「各人がコントロールしあるいはコントロールできる 決定変数あるいは行動変数」「各人がその決定のために利用しあるいは利用しうる情報」「各 人の選好」の3点があげられる153。この3点のなかの「各人がその決定のために利用しあ るいは利用しうる情報」に着目し、情報の収集といった場面に限定して、「自治体職員一人 ひとりが意思決定に用いる情報には差異がある」を本章で検証すべき仮説とする。
その仮説を検証するために、「各人がその決定のために利用しあるいは利用しうる情報」
の差を決定する 2 つの要素とされる、「情報の分散化の程度」および「組織の情報システ ムの構造154」のうち、前者を中心に調査を行う。
先述のとおり、職員は所属する部や課において自治体が実施する様々な分野の政策、事 業の一部に携わる。ある課が20 の事業を所管し、さらに4つの係で5事業ずつ分担して いる例を考えると、4人の係長は、それぞれ5つの事業について概ね理解しているが、他 の係の事業については概要しか知らないことが多い。各事業を担当する係員も、自分が携 わる事業以外の詳細を理解しているものではない。20の事業をとりまとめる課長は、すべ ての事業について把握しているが、個々の事業の詳細な情報については担当する係長や係 員に確認する必要が生じる。部単位、そして団体全体でも同じことが指摘できよう。組織 の役割分担という意味では当然のことであるが、情報の所在という面からみれば分散の程
153 宮川、前掲書(2010年)、65頁。
154 同書、65頁。
79 度はかなり高いと予測される。
しかし、各人か有しているすべての情報の内容そのものを一つひとつ詳細に洗い出し、
比較することは不可能といってよい。よって、調査においては、まず、自治体において意 思決定がなされる具体的かつ明らかな場面の1つである予算編成過程で用いる情報に限定 し、「どのような情報」を、「どこから収集しているか」を把握する。収集源が異なれば、
一人ひとりのもつ情報に違いが生じる可能性が高いからである。
一方、「組織の情報システムの構造」については、「情報の分散化の程度」の補足として、
庁内もしくは部内・課内にある情報の収集や共有に関するしくみやとりくみを洗い出した うえで、個人が利用し、利用しうる情報の差を減らすことができるようなものとなってい るかを検討する。
第 3 節 調査の設計
第 1 項 調査目的
「自治体職員一人ひとりが意思決定に用いる情報には差異がある」という仮説を検証す るために、自治体職員の情報収集の実態を具体的に把握し、とくに収集する情報および働 きかける対象(情報源)に職員間で違いがあるか、あるならどの部分かを明らかにするこ とを目的とする。
第 2 項 調査概要
調査方法は、情報収集に関するより具体的な回答を得るため、インタビューとした。調 査対象は、部の予算編成担当/主管課の課長もしくは予算編成担当の班長とした。部全体 の予算の調整を担うため、担当課長らにはより一層の情報収集能力が必要とされると考え たことによる。対象団体は、組織の透明性を示す1つの尺度として、「予算編成過程のHP 上での公表状況」の評価が高い団体(A県)と低い団体(B県)をそれぞれ抽出した。対 象部署は、担当する政策・事業の種類から商工労働部および福祉保健部とした。前者は政 策的な事業を所管する部署、後者は裁量の少ない定型的な事業を多く所管する部署である と考える。
調査項目は、(1)回答者本人について、(2)庁内・部内で有する組織的な情報収集・
共有のしくみについて、(3)回答者による情報収集の方法についてとした。とくに回答者 による情報収集の方法を聞き取るにあたっては、働きかける対象ごとに、そこからどのよ
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うな情報を得ようとしているか、どのようなタイミングで働きかけているか、対象との関 係はどうやって構築したかなどを確認した。
第 4 節 調査結果
第 1 項 回答者本人について
回答者本人の予算編成上の役割は、部内の予算資料のとりまとめであった。枠配分を導 入している団体では、各課の要求を合計し、枠として示された金額を超えた部分の調整が 主な役割ということであった。
また、今回の対象者は全員が現在の職について1年目であったが、以前に同じ部のいず れかの課に所属した経験を有していた。たとえば A 県福祉保健部の回答者は障害福祉課、
子ども家庭課での、B県福祉保健部の回答者は児童家庭課、子育て推進課、長寿社会課、
こども未来課での業務経験があった。
第 2 項 庁内・部内で有する組織的な情報収集・共有のしくみについて
部内における主な情報収集のしくみとしては、課単位で所管する事業に関係する新聞記 事のスクラップの作成、データベースや電子掲示板を利用した事業の対象者に関する情報、
県民の声、国の概算要求資料、過去の予算要求資料などの蓄積が行われていた。
事業の実績については、課単位で整理・保存する例と、担当者単位で整理・保存する例 がみられた。とくに福祉保健部で扱う個人情報を含むような実績については、その保護の ために担当者単位で保存しているという回答が得られた。
また、異動時に引き継ぎ書の作成が義務付けられ、その中に業務に関係する主要な団体 やキーパーソンについて記載するよう指示されているという団体(B県)もあった。
第 3 項 各自で収集する情報の種類
インタビューによって明らかになった回答者が収集する情報は、以下の5つに分類する ことができる。
(1)県民および関係者のニーズ
事業立案のきっかけや実施の根拠として、県民や関係者の現状や課題、ニーズをさまざ まなルート(経路)により収集していた。