第 1 節 はじめに
自治体においては、さまざまな場面でさまざまな意思決定がなされている。そして意思 決定は、「本質的に一種の情報処理プロセスである138」という言葉からもうかがえるとお り、意思決定のもととなる情報の重要性は認識されるところであるが、それらの情報はど こから、どのように、どのようなものが収集されているのであろうか。
本章では、上記のうち、とくに「どこから」に着目する。これは、政策の担当者が、情 報を介して他のアクターとどのように関係するかに着目すると言い換えることができよう。
これまでの日本の地方自治体における政策決定に関する実証研究には、政策決定に関わる さまざまなアクターのパワー/影響力を確認するものが複数みられる。本章ではやや視点 を異にして、政策過程における種々の意思決定を担う者が、そのインプットとしての情報 を収集することを目的として、各アクターにどのように働きかけているのかに着目する。
このような視点から意思決定に携わる者の情報収集の現状を把握することで、組織内外に おける情報の流れ、その特徴、問題の検討につなげ、意思決定者が決定の際に用いる情報 の充実に向けて組織が取り組みをすすめるうえで、どのような課題があるかを考えていく 材料としたい。
次節では、地方自治体における政策決定に関する実証研究のうち、意思決定プロセスお よびそこでのアクターの影響力、アクターからの情報収集に関する先行研究の到達点を整 理したのち、本章で扱う調査の着眼点を整理する。さらに2012年3月に全国47都道府県 の部局長(知事部局のうち会計担当のぞく、および公営企業)と教育長を対象として実施 したアンケートの設計および分析方法を提示したうえで、アンケート結果から、政策担当 者が意思決定に用いる情報を収集する際に働きかける対象に関する傾向と特徴をまとめる。
第 2 節 先行研究の検討 第 1 項 先行研究の整理
日本の地方自治体における政策決定に関する実証研究はさまざまな視点から取り組まれ ている。たとえば、地方自治体の政策形成・決定における意思決定のプロセスに着目した
138 宮川、前掲書(2010年)、41頁。
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ものとして、経済企画庁経済研究所システム分析調査室が実施した調査139があげられる。
都道府県、市町村における予算編成プロセスを比較することにより、意思決定のプロセス を類型化し、その類型に影響する要因を明らかにすることを目的として行われた調査で、
影響する要因として、自治体の規模や財政状況、経済環境といった計量的な要素を用いて 分析したものである。
その際のフレームワークとして、クリサインが示した予算編成の意思決定の分析モデル である内部官僚モデルおよび外部環境モデルをもとに140、2つのモデルを設定した。前者 に近いモデルA型は、首長の影響力が形式的で、実質的な意思決定は内部官僚組織によっ てなされるなどの特徴をもつものとし、後者に近いモデルB型は内部官僚に対する首長の 相対的な力が強いなどの特徴をもつものとする。意思決定プロセスを分析するための材料 として、各団体の財政担当者(主として財政課長)に対するアンケートおよび面接調査を 実施、その結果、大規模組織では専門化、細分化が進み、各施策に対してそれを担当する 内部官僚組織が実質的な決定権をもつこと、小規模組織では首長や議会、国の影響力が強 くなることなどを指摘している。
政策決定に関わるさまざまなアクターのパワー/影響力を確認する研究は複数みられる。
財団法人自治研修協会地方自治研究資料センターが実施した調査141は、地方自治体の政策 形成のパターンとそれに影響を与える要因に着目したものである。7つの都市を抽出して、
その政策決定の実態や職員の意識を調査し、政策形成のパターンを明らかにしている。さ らに、地方政府の政策形成に影響を与える要因として政策形成に関わるアクターを環境要 因(国・県の動向、他市の動向など)、行政外部主体要因(議会・議員、各種団体、世論、
企業など)、行政内部主体要因(市長、管理監督者、一般職員、職員労働組合)の 3 つに 整理、各市の政策形成のパターンには環境要因よりも外部主体要因、内部主体要因が影響 を与えていること、外部主体と内部主体の影響力の程度は、相互の相対的な力関係と姿勢 により異なることなどを指摘している。
139 経済企画庁経済研究所システム分析調査室、前掲書。
140 クリサインのモデルについては、Crecine, J.P., Governmental Problem Solving: A Computer Simulation of Municipal Budgeting, Chicago, Rand Mcnally & company,
1969.( 野口悠紀雄監訳『都市・政府の問題解決法 予算決定へのコンピュータ化マニュ
アル』春秋社、1981年)参照。クリサインは本書において、サイモンらによって展開され た組織理論を基礎として、予算編成における意思決定過程をモデル化している。
141 地方自治研究資料センター『地方自治体における政策形成過程のミクロ分析―政策形 成の政治行政力学―』、1979年。
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慶応義塾大学現代都市行財政研究会が実施した調査142はまさに地方自治体における政 策形成に様々なアクターがどのような影響力をもっているかを明らかに着目したものであ る。ここでは、諸アクターを、各自治体と外部との関連に関わる人および団体(労働組合、
農業団体、経営者団体、マスコミ、政党、市(区)長、議会及び議員、自治体職員など)
と自治体内の影響力にかかわるもの(市(区)長、財務担当課長、企画担当課長、施策担 当課長、議会、審議会、住民など))の2つに大別、前者を地方自治体の政治過程について の外部モデル、後者を内部モデルと位置づけている。異なる政策領域において影響力を行 使するものが同じかどうか、さらに政策ごとに違いが生じていないかを検証するために、
市の市(区)長、助役、議長、第一与党幹事長、第一野党幹事長、財務担当課長、人事担 当課長、企画担当課長を対象に、経済・景気対策、文教・福祉政策、建設・土木環境整備 の3領域、およびそれらを合わせた全体について調査を実施している。
その結果、外部モデル、内部モデルともに市(区)長の影響力が圧倒的に高く評価され ていることが指摘されている。外部モデルでは議会と中央省庁、都道府県と続き、マスコ ミや消費者団体、婦人運動団体、文化人・学者、労働組合といった政治や行政と直接かか わりのないアクターの影響力に関する評価は低い。内部モデルでは、市(区)長の次に助 役と議会が続き、ここでも行政に直接かかわらない住民の影響力は驚くほど低い評価結果 となっている。政策領域別に影響力の順序をみると、多少の変動はあるものの、上位に限 ってはほぼ固定したパターンがみられた。回答者の役職別にみても、多少の変動はあるも のの政策領域とはあまり関係なく特徴がみられていることから、地方自治体においては、
諸アクターの影響力の順序関係の大筋は政策領域によってあまり影響されないという結論 を導き出している。
本章でとくに着目する政策形成に関わるアクターからの情報収集という点からは、京大 法学部政治学研究会が実施した調査の一部として、知事による中央省庁への働きかけの程 度を検証したものなどがあるが143、既述の財団法人自治研修協会地方自治研究資料センタ ーが実施した調査の一環として行われた「組織と意思決定に関するアンケート調査」にお
142 小林良彰ほか『アンケート調査にみる地方政府の現実 政策決定の主役たち』学陽書 房、1987年。
143 農村に分類される府県の知事(農村知事)は、都市に分類される府県の知事(都市知 事)と比較して農水省、建設省、運輸省等のライン官庁との接触が多くなること、一方都 市知事は自治省および大蔵省を除けば農村知事ほど接触はしていないことが明らかになっ ている。村松岐夫『地方自治』東京大学出版会、1988年。
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いても、各市の職員がしごとを進める際のアイデアの情報源についての設問がみられる。
その設問は、上司、同僚、部下、庁内他課の職員、市の出先機関、国や県の機関、議員、
地域の各団体・住民・企業、職員組合など 15 の選択肢およびその他から、とくに用いる ことが多いものを制限なしで選択するというものであった。その結果、情報源としてもっ とも用いられているものは「他の自治体での経験」「専門図書」「マスコミ」「研修・講習」
であること、職位別にみると、課長職では「部下」からの情報が比較的多く、一般職員で は「同僚」「庁内他課の職員」から情報を得ていること、「職員組合」「国や県」の選択率が 低いことが指摘されている。
また、海外の調査事例となるが、ジェニングスとホールは、アメリカのエージェンシー のディレクターが意思決定時に利用する 19 の情報源144それぞれについて、利用頻度(頻 度)や得られる情報の重要性(重要度)に関する調査をおこなっている145。その結果、頻 度、重要度とも「エージェンシーのスタッフ」が最も高く、「ニュース・メディア」「シン クタンク」が低いという結果となった。また、重要性が高いと認識されている情報源には アクセスの頻度も高いこと、ヘルスケアなど科学的知見により意思決定がなされると考え る分野は政治的な情報源のスコアが低いなど、エージェンシーのタイプが結果に違いを生 じさせていることが指摘されている。
第 2 項 本調査の視点
今日にいたるまで、自治体の政策決定過程に関する実証研究の1分野として、意思決定、
政策形成におけるパターンおよび各アクターの影響力の程度に着目した調査がなされ、そ の結果が蓄積されている。総括すると、政策決定におけるアクターの影響力としては、首 長のそれが大きく、とくに小規模組織でその傾向が強いと考えられること、職員、とくに 管理職職員の影響力も高いこと、政治的要因としての議会・議員の影響力に加え、市民運
144 局内のスタッフ、同じ州の他の局、他の州の比較しうる局、連邦政府機関、知事、議 員、利益団体、専門職団体、コンサルタント、シンクタンク、ニュース・メディアなど。
145 Jennings, Edward T. Jr., and Hall, Jeremy L., “Evidence-based Practice and the Use of Information in State Agency Decision Making” IFIR Working Paper, No.
2009-10、2009, “Evidence-based Practice and the Use of Information in State Agency Decision Making” Journal of Public Administration Research and Theoryadvance Access Published July 21, 2011参照。