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『香名引歌之書』

「香名引証」

元文三年暮冬上浣再清書。

岩信漱芳父記。

【 香名証歌の書】

30

心 後編 六

『小 笠原 流香之記』

「 小笠原 流 家香之記抜書」

29

元文三年暮冬中浣再清書。

岩田信安漱芳父記。

【 小笠原家組香の書。

特 に記録の罫界寸法】

31

新編十 一

『薫香 名 目 志

』「薫香名目志」旹元文三年十二月廿九日改正清書終。巌信漱芳甫記。

【香名の書

( 引証書目、

凡例一三条、

御 家六六種名香、

い ろ は 香名集、

香名分類他)

】 元文四年(一七三九)己未

32

後編七

『香図式』

「 香図式抜書」

元文 四年 正月五日清書功畢。岩信

漱芳父記。

【 組 香 書の抜書

33

新編八

『新組香残編』

「 江氏新組香残編」

旹元文己未正陽中浣岩信漱芳甫記。

【香 道深緑】

34

『改 正香道秘伝・附録奥之栞』

刊記

「元文 四 年 己 未五月/

京師書坊

堀川高辻上ル丁

植村藤右衛門梓行/東都書林

通石町三 丁目 植村藤三郎/摂津書舗

高麗橋壱丁

目 植村藤三郎」

寛文 九年

(

一六六九

)

八月刊「香道秘伝書」に校正

と考察を加えた書。

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新編十四

『香 稽 古 目 録 註 全 三 冊 合

』「 香事稽古八十八箇条略註」

元文 第四己未歳六月上浣功畢。岩田信安漱芳甫記。

【御家流稽古箇条初期の計八八箇条目録

と略註、香事盟誓八箇条】

寛保元年(一七四一)辛酉

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新編十五

『続香道

随筆』

「香道 随 筆」

寛保改元年霜月至日後一。信安記。

【香道雑録、野本氏からの伝聞七箇条、師友・筆者の見聞・伝聞】

30

延享元年(一七四四)甲子

37

新編三

『十組香秘

』「 古十 組香秘 考

」 延享改元

歳中 夏再校。岩田信

安 漱芳考記。

【組香の書、古十組香惣論、古十組香考察、米川流組替三組香考察、附録】

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新編六

『香道具寸法書』

「香器物寸放書尚象録」

延享改元甲子歳夏六月上浣再校功畢。浪華岩信漱芳甫序。

【香道 具 寸法書】

寛延元年(一七四八)戊辰

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『東 山殿 御香合』

刊記

「寛延元年八

月/書林

洛陽四條京極之西

上坂勘兵衛惟勝

発梓

」 書写 年 不 明

40

新編九

『香道拾玉』

年表の 通 り、

『心遠斎香

道叢書』は正、続、後、新編の

順 で執筆されたもの

で は ない。識語

年 に再校・

再清書

・ 再記等 と 記されたものについて

は、

それにしたがい登載したが、

そ れ以前に成立し

て いる刊本 と同文記述が有る等、原型は、刊

本 以前に成

立し ていた可能性

が考えられる。

本叢書三四冊中、

大口含翠所伝の書は正編四冊、

続編五冊

(続編一、

、 三

、 七

、 八

)、 後編一冊

(後 編五)

、 新 編 一 冊

(新編五)の一一

冊 で ある。

31

正編は、

室町時代の薫物や

薫物合に関す

る書 と 最 初期の組香

「 古十組」

の書 で

、続編は志野、

相阿弥

、 風早

(実種)

流他、

諸 流の伝書

を扱っ て いる。

後 編一~四は

「 中古より有来る組香」

四八品を記し、

後 編五

『香名引歌之書』

は、

香名と 引 歌を 列挙して

いる

16

)。

後編六は小笠原流、

後 編七は米川流の抜

書 である

。 新編 一五冊は、聞書、及び大枝の考察

を認めたもの

が多 い。

大枝の門弟、

宮崎詮恭による御家流香道伝書群

( 国文学研究資料館蔵、

17

)中

、外 題『

香 書 目 録

』 内 題「 師伝書籍目録

写 本 之分」

( 寛保三年

(一七四三)

一二月二日に宮崎書

)に

、伝 受過程で

の書 写 書 目、

全 一 九冊 が列挙され

て いる

。 こ の 一 九冊は

『 心遠斎香

道叢書』

の 正編四冊、

続 編八冊、

後編七冊に該当 す る

。宮 崎 書 写 本 の 正

、続

、後 編 各 冊 の 貼 題 簽 に は「

正 編

」「 続 編

」「 後 編

」の 記 載 が あ る

。 宮 崎 は

、 寛 保二年

( 一七四二)

正 月に

『香事千代古道』

(新編十三)

18

) 、

延 享 二 年

( 一 七 四 五

) 正 月

に 『

江 氏 新 組 香残編』

( 新 編八)

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を 書 写 して い る が、

各貼題簽に

「 新編」

の 表記は見られない。

こ れらの事実か ら、

『心遠斎香

道叢書』

、 続

、 後 編は、

寛 保三年

( 一 七 四三)

「 師 伝 書籍目録

写 本 之分」

以 前の段階

で 整序されていたと推測でき

るが、

新 編一五冊について

は、

延享二年

(一七四五)

正月の時点

、 未 だ整 序されていなかった可能性が窺える。

宮崎が書

写 し た「師伝書籍目録

写 本 之分」の後半に、

右、

師伝古書

〔 正

、続

、後 編を 指 す

〕之 外、

聞書類、

覚書、

考 物之類は各々伝来の書にあらされば、

外に出すべか

らず。

志 ふ か き 人 は口訣を

聞て

、 面 々 に かき 置べき 事 にこ そ。

口伝を 聞

、 書 留む へき 事な らざ る器 量 の 人 に は

、 伝 へ て も 益な しと 知 る べ し

。 とあり

、「聞 書類

、覚 書

、考 物 之類 は 伝 来の 書に あ ら されば

」は正に新編各書に該当す

る と 考 えられ る

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したがっ

て、

新編 一五冊 が ど の時点 で 整序されたかは不

明 で あるが、

正、

続、

後編整序後、

さらに時間 が必 要 で あった と 推測さ れ る

香 道 の 伝 承にお け る大枝流芳の位置

『心遠斎香道叢書』

、享 保一五年

(一七三〇)

から延享元年

(一七四四)

ま で の約一五年にわたる、

大枝の考究研鑽の事蹟

で あ る。

大枝 は、

元文 元年

(一 七三六)

~四年の四年間に、

全 三四 冊の内、

一八 冊を 書 写 し

、 そ の 内一

〇 冊 は元 文 三 年 に 集 中 して い る

。 御家、

志 野、

米川の三流に通じた師匠大口に倣い、

大 枝も諸流の伝書書

写 に 積極的 で あり、

そ れらに 知見を 求 め、

長 短 を 取 捨選択し研鑽につと

め た。

また故実を重

視 す る姿勢から、

組 香 以前の薫物

の 書 に も目 を向 け、これらは前代の香事継承

と 考えられる。

『香稽 古 目録』

( 新編二。

八八箇条の稽古目録)

は、

師匠大口より茶書の稽古箇条目録に準えて

香 事稽 古箇条を集めるよ

う託され、

大 口と の審議相談の上に誕生した書

、元文四年の

『 香稽古目録註』

( 新 編 十四)

を 経て

、大 枝 の 晩年 には一

〇箇条に増補され

、後 の『 御家流香道

百 ケ条口伝

秘書』

20

)に結実 す る

。 流 派 構 築のための起点

で あり、

骨 格 と な る 伝書を作成し、

そ の増補改正につ

と めた大枝は、

御家 流の貢献者と言える。

大枝は遠隔地の門弟

21

の ために、

備忘の覚

え と し て 短 縮 型の 伝書

(新編 一

『香 会式 次第』

「香 元二拾三節」

)を 考 案 す る 等、

良 き 指導者と

して の資質も窺える。

先述した宮崎詮恭だけでな

く、

大枝 門 弟の樋口道与

22

)や江田世恭(

23

) 等 らによる

『心遠斎香

道叢書』

の 写 本 も残存し

ており、

本叢書は

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師資相承のために整備され、相伝のテキストとし

て 大 いに機能したの

で ある。

第八七条

「木処気味之事」

は八六条

「焼合香之式」

、八八条

「 連理香之秘事」

と と も に「 三箇之大事」

とさ れ、

「別に 三 巻 と なし て家に 蔵 す」

と大枝は

記し ている

。 木処

(香 木の 産 出 国)

の 考 証 を 究め た『 木 処気味 秘 考』

(新編 十 五)

が こ の三巻の内の一巻に該当す

ると 考えられ

る。

これは、

『香木区

別香』

( 新 編 四)

で の 検証に加筆した書

で あ り、

『 香 道秋の光』

の 附録

『香志』

で の 漢籍資料渉猟―宋、

、 明

、 清 に わたる 本 草書、

博 物書、

地 誌、

小説、

『 説郛』

『 説郛続』

といった随筆雑著の精査―

をも とに、

実 証的手 法に拠っ

て 香 木の本名

と産出国の特定

を 試みた書

で あ る。

また大枝は

『 香事千代古道』

( 新 編 十三)

で も

『香志』

や『書経』

『 論語』

『 孟子』

を 引用し て

、香 道を論 じ ている。

大枝は本叢書後編

で 古 組香 を 精 査し、

『 香道千代の秋』

( 元文元年刊)跋文で

、 組 香 は 女 童 に 香を 聞な ら は し め

、 初 心を 導 ん と す る 筌 蹄 に して

、組 香は 香 の 歌 舞 妓な るも のな り。

何ぞ 要と せむ

。 と記し、

『 香 事千代古道』

(新 編十三)にも、

女わ ら ん べ の もて あ そ ぶ 十 炷 香 も あ りと み へ た り

。 組 香、

そら たき に名 香を 用ゆ まじき 事 は古 人 の おきて な り。組 香 至て 未な る 事 にて

、 稽 古 の た め 用し 事な り。

香 の 歌 舞 妓な るも のな り。

と 論 じている。

斯 く言いながら、

彼は六〇品の組香

を創作し、

内 四二品を刊行した。

香 道の要 で はない にし ても、香

道普及のための手引

き とし て、組香

を必 要 と 考え ていた で あ ろ う大枝は、

『 江氏新組香

残 編』

(新編八)に、新

組香「香

道 深 緑」

一〇 品 を 収載 し て いる

。 組香の素材と言えば和歌が多くを

占 めるなかで

、大枝 は説話、

漢詩、

中 国故事等に取材の範囲を広げ

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簡潔 な文章表現

で 小引を記し、

聞香が身近なものにな

るよう に 解説し て いる。

彼 は江戸中期の唐様流行 を背景に明風

を享受し

、文人趣味の香道を模索し、

同時に、

地下社会に香

道を伝播せしめたの

で ある。

大枝流芳は、

師匠大口の良

き 弟 子 と し て 故実の継承につ

と め

、 御 家流伝書確立に貢献し、

師 資相承 の ための指導者とな

る一方、所伝の単な

る 反復を 脱 した研究的視座

で の伝書執筆

を 行ったの

で あ る。

おわ りに 大枝門弟の宮崎詮恭、

樋口道与、

江 田世 恭等は、

『心 遠 斎 香道叢書』

以 外の大枝に拠る香道伝

書も書写 し て いる。

例 えば、

『 名香合之式』

『香事焚組香式』

『香包盤立物寸法』

『 厳儀組香会式次第』

『 桂海香志』

『御香 所 考』

『類聚薫物秘

法』

『称名 院 公香 合之判』

『香 道伝』

『 飾方秘 鑰

』 等 である

。 この事 実 からは、

『心遠斎香

道叢書』

だ けが伝授されたの

で は ないことが解る。

『香包盤立物寸法』

( 東京国立博物館蔵、

24

) 外 題下には

「新編十七」

と あ り、

大枝晩年の弟子、

江田 世恭に拠る

『 偸閑記聞』

( 東 京 都立中央図書館蔵、

宝暦元年

(一七五一)

跋、

25

) の 大枝流芳著作一覧に 新編十七

とし て 見 える書名

と同じだが、

『心遠斎香

道叢書』

は 新編十五ま

で である か ら、

十七は完成稿

で はなか っ たか

、 あ るい は、

新 編 に収録 予 定の段階で

あ った のか もしれない。

江 田 に拠る大枝

流芳著作

一 覧には、

正編一一部、

続編九部、

後 編八部

( 他三部)

、 外 編九部、

新編三〇部、

遺編七部

(他二部)

、 残 編

( 門弟宮崎詮恭記録本)

八部の合計八二部

(他五部)

の 書名が確認

で き る

。 ど の時点かの特定は

でき ないが、

『心遠斎香

道叢書』は増補整備された

と 考える べ きである。

先述した

『香稽古

目録』

八 八箇条が

『御家流香

道 百ケ条口伝秘書』

に変容したの

と同様に、

『 心遠斎香

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