第12 イギリス視察結果をふまえた立法提案
1 はじめに
我々,日弁連人権擁護大会シンポジウム第 2 分科会実行委員会イギリス視察団は,5 日間に わたり,イギリス(イングランド・ウェールズのみ。以下同じ)の MCA に関わる各種団体,官 公庁を精力的に視察し,また具体的に MCA を実践するためのワークショップ等にも参加して,
MCA がどのように,判断能力が不十分な人々の自己決定権を尊重するために機能しているかを 詳細に見聞した。また MCA 施行後の判例や立法の動き(自由の制限事案におけるセーフティガ ード(DoLS),2015 年 4 月施行のケア法等)により,さらに判断能力が不十分な人々に対する アドボカシーが発展している状況についても学ぶことができた。もちろんイギリスの医療・介 護現場においても,まだ十分に法の精神が行き渡っているわけではないという現実についても 垣間見えたが,他方で,法の仕組みを生かし,情熱(パッション)と使命感(ミッション)を 持って,社会的弱者をエンパワメントしている活動も多く見ることができ,日本と比べ,はる かに,高齢や障がいを抱える当事者が,自分らしい暮らしや生き方を尊重される社会であるこ とを実感した。
そこで,こうしたイギリス法の理念を,いかに日本の法制度や実務の改革に活かしていくか について,以下のような提案を行い,調査報告書を締めくくることとしたい。
2 意思決定支援法の制定~法定後見・任意後見をすべて包含した統一的な立法の必要 性
(1) 現行の成年後見制度では,法定後見制度は民法に定められ,任意後見制度は「任意後見 に関する法律」という特別法の中で規定されている。そしてこれらの制度をまだ利用して いない者への意思決定支援の制度は存在していない。しかし,成年後見制度は,重厚すぎ て,一時的に,あるいは特定の事項についてだけ意思決定支援を受けたいというニーズに は応えられないし,コストがかかりすぎ,いったん開始するとほぼ死ぬまで止められない という難点がある。また代理代行を前提とするため,本人にとっては過剰な保護を与えが ちであり,また本人が自ら意思決定をするのをいかに支えるかという観点が欠落している。
(2) しかし,そもそも現実の社会の中では,すべての判断能力が不十分な人たちに成年後見 制度を利用させるというのはきわめて非現実的であり,むしろ,不必要である。これから のノーマライゼーションの社会の中では,まず,高齢者・障がい者本人の自己決定を支援 していく仕組み(意思決定支援)を中心にし,そこに法定後見や任意後見をいかに位置付 けていくかを,一つの法律の中で整合し,統一的に立法化していくべきである。
(3) そこで重要なのは,意思決定支援を受ける対象者は,これまでの意思能力や行為能力と いう概念ではとらえきれないという発想の転換である。仮に認知症や精神障害によって財 産管理が難しくなっても,自分らしい暮らしとは何かを決めていくことができる場合は十 分にあり,一律に意思能力や行為能力という概念でその人の自己決定権を奪うことはでき ない。その意味で,意思能力や行為能力という従来の概念に縛られず,意思決定能力とい
う新たな概念(そのときに,ある特定の意思決定ができるかどうか,十分な支援を行って もなお意思決定ができないのかどうか)を,個人の意思決定に対する裁判所の公権的介入
(法定後見人の選任を含む。イギリスには任意後見監督人の制度はないが,日本法では任 意後見監督人の選任も同様に考えられる)のメルクマールにすべきである。
(4) このように意思決定能力を,意思能力や行為能力と切り離して考えると,必然的に,成 年後見制度=「制限行為能力」の制度であるという位置づけではなくなってくる。従って 現行の法定後見制度のように,後見や保佐を開始すると,当然のように後見人(保佐人・
補助人を含む。以下同じ)の同意なく本人がした行為を取り消せるという同意権・取消権 の制度がセットでついてくるという法体系は放棄することになると考えられる。この場合,
他方で,日本では高齢者や障がい者を狙った悪徳商法や搾取が跋扈しており,こういった 被害からどう弱者を守るのかという批判もあり得る。この点についてイギリス法では特別 の立法は持たないため,本人が後から契約を撤回したい場合には,当該契約時に意思決定 能力がなかったことを立証して契約無効を主張するか,消費者保護法理に基づく特別法で 契約の取消し又は無効を主張するという形での保護を考えることになる。悪徳商法被害の 多い日本では悩ましい問題であるが,あとは立証責任の転換によって解決するということ も可能ではないか。また,例えば制限行為能力制度を維持し一律に同意権・取消権を付与 するのではなく,法定後見の対象者である本人の希望により,裁判所が一定の行為につい て,本人又は後見人による,行為後一定期間内の取消権を留保するという新たな制度を検 討する余地もある。
(5) なお統一的な立法の中では,「意思決定能力がない」=法定後見人や任意後見監督人の 選任という図式も当てはまらないことになる。裁判所が,様々な事実を調査した上で,懸 念とされている身上監護や財産管理の問題について,本人のベストインタレストとは何か を示し,決定し,指示を与えるということですむ場合も考えられるからである。あくまで 裁判所が,本人のベストインタレストのために,継続的な法定代理人や任意後見監督人の 関与が必要だと判断した場合に,これらが選任されるという枠組みとなるであろう。また 選任の期間も,現行法では,本人の死亡か,精神障害の回復まで,永続的に続く仕組みで あるが,イギリス法にならって,裁判所が柔軟に期間を定めうるという制度が,自己決定 権の制約を最低限にするという観点からも望ましいと考えられる。
3 新しい意思決定支援スキームの整備
(1) イギリスでは,本人の意思決定能力がないと判断された場合でも,法定後見は約 5 万件 と日本よりもはるかに少なく,さらに身上看護の代理権を持つ法定後見人は僅かである。
これは特に身上監護については,ある程度判断能力が減退しても,周囲の支援によってそ れが実現できるという発想に基づいていると思われる。しかし,高齢社会の進行に伴い,
身近に親族がおらず,誰も意思決定を支援してくれない孤立した高齢者や障がい者が増え ているのは,日本と同じである。そういった高齢者や障がい者の意思決定の仕組みとして,
日本は成年後見制度(特に法定後見)に依存し,後見人による本人意思尊重義務(民法第 858 条)にいわば丸投げされた状況にあると言っても過言ではないが,当事者の意思決定
支援を中心に据えた場合,成年後見制度に頼らない新しい意思決定支援スキームを検討し ていく必要がある。
(2) 行動指針(Code of Practice)の策定
まずイギリスの MCA の施行時において,これまでの裁判例などをもとに,意思決定能力 を欠くということはどのように判断されるか,能力判定の前にどのような意思決定支援を 行わなければならないか,本人のベストインタレストとはどのように決定されるか等につ いて,具体例を挙げながら詳細に解説する行動指針(Code of Practice)が発表されてい る。意思決定を支援する立場の共通理解として,法定後見にいたる前の段階から,いかに 本人の意思決定を支援していくか,またいかに本人のベストインタレストを判断していけ ばいいのかの指針を定める意味は大きい。日本でも,具体的な「意思決定支援ガイドライ ン」「後見人活動ガイドライン」の策定や公表を政府が行い,行動指針を示すべきである。
(3) 介護・医療関係者の免責条項
次にイギリスの MCA 第 5 条では,介護や治療に関する意思決定について,本人に意思決 定能力がなく,かつその介護や医療を受けること・受けないことに関する決定が,本人の ベストインタレストに適うという場合,その決定の結果,本人にとって何らかの不利益が 生じたとしても,その決定を行った意思決定者(介護・医療関係者)自信の責任を問われ ることはないという免責条項がある(ただし,例えば手術ミスなど,医療行為自体の過失 が免責されるわけではない。)。介護や医療の提供・不提供に関する決定は,時に本人の 生命や身体の危険に直結しかねないことから,このように一定の手続を踏めばその決定に 対する責任が免責される制度を創設する意味は大きく,現状の日本のように一部親族の同 意書に頼るよりも,本人のベストインタレストを実現することが可能になるため,日本で も明文化すべきである。
(4) 独立意思代弁人(IMCA=Independent Mental Capacity Advocate)の設置
さらに,イギリスでは,身上看護面において,本人に関わる介護・医療のサービス提供 者とは独立して,意思決定能力のない当事者の意思決定を支援していく専門職(独立意思 代弁人(IMCA)=Independent Mental Capacity Advocate)が存在する。これは地方自 治体が補助金を出して民間団体に委託している事業で,IMCA はアドボカシー活動に関する 国家資格をもつ者が実際の活動を行う。イギリスで身上看護の代理権を持つ法定後見人が 少ない背景として,身上看護に関する単発の意思決定(例えば「施設に入る」)について は,IMCA が本人の意思や選好を本人に代わって表明し,これに基づいて関係者がベストイ ンタレストを適切に判断できるよう支援する仕組みがあることが大きい。IMCA は強力な情 報開示請求権により,本人のベストインタレストの判定に必要なあらゆる資料を入手し,
本人や親戚,知人,今まで関わってきた福祉関係者からも事情を聞くことができる。IMCA の報告書は,当該決定事項における本人のベストインタレストを検討する上で最も重要な 書類となり,介護・医療サービス提供者が責任を恐れることなく,本人の意思や選好を最 大限考慮した形の最善のサービスを提供できる力となっている。ちなみに,2015 年 4 月に 施行されたケア法では,ソーシャルケアに関する意思決定につき,意思決定に相当な困難 があり(これは意思決定能力がない場合だけではない),また誰も本人の意思決定を支援 する適任者がいなければ,必ず独立意思代弁人(Independent Care Act Advocate=ICAA。
IMCA と同様に,独立アドボカシー活動を行う立場の専門職)の支援を受けられることにな