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形    式

ドキュメント内 言語文化研究所年報 2号 (ページ 41-51)

 

お― になるご― になる

お― な さる

ご― なさる ― なさる

お― くださる ご― くださる

=,  │(て)くだ さる ― (て

)い

らっ しゃる 助 動 詞 ― れ る ― られ る

  

あがる(訪ねる

)い

ただく(受ける・たべる

)う

かがう(訪ねる・聞く)

うけたまわる(聞く・承知する

)お

耳にいれる

 

お月にかかる お目にかける

 

ご覧にいれる

 

さしあげる

 

存じあifる

 

申しあIする 参上する

 

拝観する

 

拝見する

 

拝察する

 

拝聴する

  

式 動

 

お―する ご―する

お― 申 しあげる ご― 申 しあげる

お― いただ く ご― いただ く ご覧いただ く

お―ねが う ご―ねが う ご覧ねが う 補

  

  

詞 ― (て

)い

ただ く ― (て)さしあげ る

紙 谷 栄 治

尊敬語 と謙譲語に共通 してみ られ ることは、動詞においては、特定の語に それ ぞれに固有の語形が存す るのに対 して、形式動詞や補助動詞 とされ るも のには、多 くの動詞に対 して規則的に用い られ る語形が存在す るとい うこと である。 まず、動詞のばあいにつ いてみ ると、尊敬語のばあいは、「な さる」

「お っ しゃる」「い らっ しゃる」「あが る」「めす」「め しあが る」「み え る」

が、謙議語のばあいは、「あが る」「いただ く」「 うかが う」「 うけた まわ る」

「お耳にいれ る」な どが用 いられ る。

これ らの うち、尊敬語では、「お召 しに二る」「主めしあが り二なる」「お見 えになる」「おっしゃられる」のように、謙譲語では「主伺い二 る」の よう に、本来敬意を もった動詞が二重に尊敬や謙譲をあらわす形式をとることが ある。

 

しか も、 これ らは現代では必ず しも誤用 とは意識されな くなっている ほ どである。 このことは、多 くの動詞が各語によって異なる敬語形 よりも、

「お ―になる」「お ―する」のような共通の敬語形式をとって尊敬や謙護をあ らわすほ うが優勢にな ってきた こととともに、敬語においては常に より高い 敬意をあらわそ うとする傾向がみ られ、そのために生 じた ものである。

次に注 目されるのは、尊敬語や謙譲語のなかに、思恵の授受をあらわす形 式が、多 く見 られることである。尊敬語 としては、動詞では「くださる」、形 式動詞では「お ―くださる」「ご―くだ さる」、補助動詞では 「―て くだ さ る」があげ られ、謙護語 としては、動詞では「いただ く」、形式動詞では「お

―いただ く」「ご―いただ く」、補助動詞では「―ていただ く」「―てさしあげ る」があげ られ る。 これ らは、現代語において「やる」「もらう」「くれる」

が動詞や補助動詞 として広 く用いられているのに応 じた ものであるが、後述 のように敬語においても大 きな位置を しめるに至 っている。

尊敬語

尊敬語においては、「お ―になる」と「れる」が、規則的に多 くの動詞につ く。一般には前者は後者 より敬意が高いとされる。しか し、「お ―になる」は 敬意の高 さのため、逆に望ましくなtヽ動作に対 しては もちいられないことに なる。た とえば

現代 語 の敬語 につ いて

(1)新しい事業にご失敗笙 なっ上ので……

(2)自転車に乗 っていて、三転倒笙 なった。

などでは、「ご―になる」は皮肉な表現 となって不適当であるが、

 

新しい事業に失敗さこたので……

(4)自転車に乗 っていて、転倒 された。

のように「れ」を とるならば、 自然な表現である。

これは、つぎのような事情に よるものであろ う。例えば、「失敗」「降状」

「失望」「自殺」な どの ような社会的に負の評価を与えられ る語は名詞 として 用いられたばあいに「ご」を とらないが、それを語幹 とす る動詞 も「ご―に なる」形を とりに くい。 しか し、そのばあいも「(ら

)れ

る」形をとることは 可能である。 これは、「れ る」形は動作主に対す る敬意をあ らわす のに対 し て、「お ―になる」「ご―になる」形は動作に対 して評価をすることに よって 動作主に敬意をあらわすためであると考えられ る。

また、動詞の「いらっしゃる」「おっしゃる」の二語は「せ」「らる」の助 動詞が複合 した ものが 「しゃる」形をとってこの二つの動詞に残 っているわ けであるが、これ らの動詞は、なお「れる」 より敬意が高いものとして好ま れ るようである。

次に補助動詞についてみると、一般に補助動詞はその前に動詞が くるわけ であるか ら、両者のいずれ もが敬語形を とる可能性がある。た とえば、「てい らっしゃる」は「ている」の尊敬語であるが、 この語のばあいは、それに先 行する動詞が尊敬語をとることも可能であるか ら、つぎの組合せが生 じるこ とになる。

⑤ お生ちになっています。

(6)待 ってい らっ しゃい ます。

(7)お 待 ちに って い らっ しゃいます。

同様の ことは、「―てみる」のばあいについて もいえ、

③ 書いてみ られる。

③ 書いてごらんになる。

(10 お書 きになってみる。

の ようにな り、「 ―てお く」 のばあいは、

 

読ん でおかれ る。

お読 教 に な って お く。

お読みにな っておかれ る。

か 、 可能 とな る。

謙譲語

現代語 にお いては、謙譲語の性質の変化 が著 しく、次の よ うな特徴がみ ら れ る。

謙譲語 は、話者 または話者側 の人物 の、敬意をは ら うべ き人物 に対す る動 作 に用 い られ るばあ い と、話題 の中の第三者 のそれ よ り上位 の人物に対す る 動作 をあ らわす場合 とに用 い られ る。 前者の場合は、話者 である動作主がヘ リくだ った言い方をす るものであ り、後者 の場合は、話者が動作の受け手に た い して敬意をは らうもの といえ よ う。 しか し、現代語においては、前者の 場合 が多 く用 い られ 、後 者 の場 合 はか ぎ られ てい る。 この ことは、話 者が 自 分 または 自分側 の人物 の動作 に対 して謙譲 の意をあ らわす ことはで きるが、

話題 の中の第二者 の動作 を受 け る人物 に対 して敬 意をあ らわす とい うことは 限 られ る よ うにな った ことを意味 す る。

それ とともに、 謙譲語に尊敬語が続 くのは限 られ ることにな る。 これは、

平安時代に見 られ る ように、動詞に 「きこえ させ た まふ」 の よ うな謙譲 語

(「き こえ」)十尊敬 語 (「させ」「た まふ」)の結 合 に相 当す る ものが接続す る ことが きわめて少な くな った ことを意味す る。動詞に謙譲語

+尊

敬 語が接続 す ると、話者が、話題 のなかの第 三者 に よって行なわれ る動作 を受け るそれ よ り上位の第二者 に対 して致意をあ らわす とともに、その動作 の主体に対 し て話者が敬意をあ らわす ことにな る。

敬語 は、一般 的 に い って、動詞 に謙譲語 、 尊敬語、丁寧 語がその順 に接続 す る とされ る。

 

甲、乙を見奉 り給 ふ。

は、「奉 り」(謙譲 語)と 「給ぶ」(尊敬語)からな るが、それ に対す る現代 語

現代 語 の敬 語につ いて

として、

 

甲、乙を見てあげなさいます。

があげ られ ることがある。 これは、「あげ る」(謙護語)、 「なさる」(尊敬語)、

「ます」(丁寧語)から構成 されているが、現代においては一般的な表現 とは ぃぃがたぃょうであって、 このばあいには、む しろ次章でのべる「やる」の 謙譲語を用いた、

 

甲が乙を見ておあげにな りま した。

のほ うが、今 日では可能性が高いと思われ る。

このように、謙議語の性質の変化に ともな って、謙議語に尊敬語が接続す ることは限 られて くるのであるが、た とえば、

 

課長が社長にお話 された。

は、「お ―す る」 と「れ る」か らなるが、 これが「お話にな った」の意な ら

「お ―す る」を尊敬語 と解 した誤用 とい うことになるが、 もし課長 と社長の あいだの関係に もとづいてあらわ した ものな ら、謙議語に よって「社長」に 故意をあらわ し、ついでその動作主である「課長」に敬意をあらわす ものと なって誤用 とは言えな くなる。 しか し、 この文で後者の敬意の関係をあらわ す ことは実際には無理であって、その ようなばあいには、

00 

課長が社長にお話 しして くだ さった。

の ようになることが多いようである。

この ように、謙譲語に尊敬語が下接す る例 として宮地裕氏

(191)は

09  先

生 の所 へ お うか が いに な ったほ うが よ くは あ りませんか。

ω 遠慮な くいただかれていいで しょう。

2D 

拝見二さっては どうですか。

な どの例をあげ られているが、 これ らの例では謙譲語に形式動詞や補助動詞 を用いることはで きず、謙譲語に「うかが う」「いただ く」な どの固有の形を

もつ動詞であることが必要 とされ るなど、やは り限 られ るようである。

この ように、謙議語に尊敬語が下接する例 としては、他に例文

(18)の

よ うに、謙議語に思恵の授受をあらわす 「くれ る」の敬語形 「 くださる」が続 く場合があげ られ る。その他、

 

お待ち していらっしゃいます。

の ように、「ていらっしゃる」につづ くばいに も可能であるが、これ らのばあ いは、補助動詞 として「て」に続 く形をとるものであるから、直接、議譲語 に尊敬語が下接 した例 とはいえないものである。

それに対 して、謙護語が 「なきる」の命令形 「なさい」を とることは可能 である。

はや く先生にお話 ししなさい。

このばあい、「お話 し」によって、動作の受け手に対する敬意は明確に しめす ことができる。 しか し、「なさい」は、上位のものに対 して用いることはでき ないか ら、敬語か ら除外 され ることもあるものである。

この ように、限定 された場合にのみ謙譲語

+尊

敬語の結合が可能になるの であるが、 このような ことは、尊敬語 と謙譲語が ともに│と して 「お ―にな る」「お ―する」の形式に よってあらわ されているために、その相互の結合は もともと不 可能であることによるわけである。

なお、「お ―す る」「ご―する」を、

 

地下鉄をご利用 され るかたは、 この階段をご利用下 さい。

の ように尊敬語 として用いる誤 りが しば しば指摘 される。 これは、「お― に なる」 と「お ―す る」 とが、

 

お待ちになる。お待 ちする。

お呼びになる。お呼びする。

の ように、尊敬語 と謙議語 として対立 している以 と、誤用 とい うことになる。

また、「ご ―できる」形が、

)バ

このカー ドは片道スでは、 このカー ドはご利用で きません。11回ご乗車できます。 (以上は プ リベイ ドカー ドの文章)

の ように よくみ られ る。 これ らは

 

ご乗車になれ ます。 ご利用になれ ません。

が正 しいと言 うことになるが、それ よりも「可能」「不可能」の意を明確にあ らわす ことができるので、 しば しば用いられ るようである。

ドキュメント内 言語文化研究所年報 2号 (ページ 41-51)

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