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強制労働者に対する補償金支給プログラム

A MUTUAL RESPONSIBILITY AND A MORAL OBLIGATION

Ⅱ. 強制労働者に対する補償金支給プログラム

1. 公衆に対する情報提供

∙補償金支給プログラムに関する情報は、 マスコミ、 インターネット、 ポスター、 福祉機関、 発表会、

被害者団体、 教会、 NGOなどの様々な手段を利用して公衆に知られた。

2. パートナー機関の役割

2.1 選定及び任務

∙殆どが年寄である被害者たちに対する迅速な支給を保障するため、 既に活動している既存組織、 即 ちドイツが1990年代初に東部及び中部ヨーロッパの国々と締結した 「Class action」 による補償 金支給を執行するために当該国に設立された機関及び、 JCCやIOMのように世界的に存在してい るナチス・ドイツの被害者たちに対する補償金支給プログラムの経験がある組織を活用することにした

。 パートナー機関たちの業務は、 EVZ財団と締結したパートナーシップ契約によって決められた。

∙パートナー機関たちの役割は次のようである:

- 補償プログラムの広報

- 申請書の受付及び申請者たちに対する諮問 - 申請の処理

- 補償金の受領資格に対する判断 - 補償金支給の執行

∙関連統計資料:

- 申請数:2,500,000

- 補償金の受領人数:1,665,0000

- 補償金の支給回数(1人当り2回):3,330,000

2.2 申請及び検討手続

∙財団設立法の効力発生日:2000年8月12日

∙申請期限:2001年12月31(統制できない事由による期限徒過の場合にだけ、 2002年12月31日ま で期限延長)

∙全ての申請者たちには、 「当局に対する強制労働及び財産的被害に関する請求権とともに、 ナチ ス・ドイツ下の悪行と関連するドイツ企業に対する請求権を全て放棄する」という放棄文書に署名する ことが要請された。

∙EVZ財団には2ヶ月毎に承認された申請者たちの名簿が提出されたが、 二重支給を防止するため、

Austrian Reconciliation Fund(EVZ財団と同様に、 ナチス・ドイツ下の当時に被害を受けた強 制労働者たちに対する補償を目的とし、 オーストリアによって設立された財団)の名簿及び他のパー トナー機関の名簿との対照作業を行った。 その後、 任意に選択された一部の申請者たちの資格に 対する再検討が行われた。 このような過程を通じて財団設立法の遵守が奨励されただけではなく、

パートナー機関との緊密な論議によって財団設立法の規定の不備などのような色んな問題が発見さ れた。 その結果、 EVZ財団は、 財団設立法の正しい適用のための指針を制定した。

∙再検討の後、 EVZ財団は、 当該金額をパートナー機関に送金し、 当該銀行は送金された金額 を直ちに各申請者に支給した。

∙承認された申請者たちに補償金が実際に支給されたかを確認するため、 理事会は2003年の春から 2006年の秋までの合計24回にわたり、 申請者の中で任意に選択された一部に金銭受領の確認の ための手紙を送った(合計60カ国の8,500通の手紙を送付)。 上記のような確認作業の結果、 たった 1件の不正支給も発見されなかった。

2.3 証拠及び認証

∙申請者たちの中、 特に旧ソ連の出身者たちは、 殆ど関連証拠書類をもっていなかった。

∙膨大な量の記録を保管しているドイツ所在のInternational Tracing Service(以下、 「ITS」と略 称)から迅速な支援が受けられるため、 特別質疑答申サービスを創設した結果、 待機期間を1ヶ月 に短縮できた。

∙これとは別に、 EVZは、 「記録保管所ネットワーク」の創設を財政的に支援した。 このネットワークに より、 ドイツ及びその他の国にある合計350カ国以上の国、 州、 都市、 企業、 記念館の記録保管 所たちが互いに協力して被害者たちの証拠収集を支援することができた。

∙それにもかかわらず、 強制労働者であることが立証できる証拠が確保できなかった被害者が多かっ た。 彼らのために財団設立法は、 単純化された確認手続によって迫害事実が「認証(authenticate)」

できる道を開いた。 これに関しては、 各パートナー機関にある程度の裁量権が与えられた。 例えば、

ウクライナでは、 申請者に関する証拠を保有した2人以上の証人の証言、 歴史的事実に基づいて 申請者の陳述に信憑性があるという記録保管所の認証、 関連期間に対する写真、 その以前の申 請事件に申請者たちがした陳述などによって資格を認定したりした。

2.4 申請期限徒過後に提出された証拠

∙棄却された申請の中で約2~3%だけが申請期限徒過を理由として棄却された。

∙証拠不十分として棄却された申請者たちの場合、 異議手続によって救済できた。

∙パートナー機関たちは、 ITS若しくは記録保管所ネットワークに調査要請をする義務があった。 この

ような証拠が申請及び異議手続の終結後に受け付けられた場合にも、 各パートナー機関に割り当 てられた上限額を超えない範囲で一定期限までは救済ができた。 しかし、 補償金支給日程の終了 日である2006年9月30日以後には救済ができなかった。

2.5 異議手続

∙異議事件の審査のため、 別の独立された機構が構成された。

∙審査期間は3ヶ月

∙異議申請機構の決定もEVZ財団の検討対象であった。

∙異議申請機構の決定は最終的な決定であり、 各国の法院に対する提訴も不可能であった。

3. 特別な措置

3.1 法律的相続人

∙申請手続の進行中に申請者が死亡した場合、 配偶者若しくは卑属に補償金の受領権が承継され た。 財団設立法は、 各国の相続法の代わりに財団設立法の当該規定が適用されるようにした。 財 団設立法の改正により、 相続人に6ヶ月以内に承継申告をさせるという内容の規定が追加された。

∙パートナー機関には、 相続人を分類し、 支給額が差等支給できる裁量権が与えられた。 その結 果、 相続人に、 生存被害者が受領できた金額より少ない金額を支給することができ、 パートナー 機関の一部はそれを活用して生存被害者がより多い金額を受領するようにした。

3.2 Concentration Campに相当する 「その他の 収容施設」

∙Concentration Campとは、 Federal Indemnification ActによるConcentration Campをいう。

しかし、 Federal Indemnification ActのConcentration Campの関連規定は、 国際赤十字が 戦後に業務便宜のために作成した目録に基づいて立案したものである。 そのため、

Concentration Campと類似な収容施設に収容された強制労働者たちもA類型に含ませる必要が あった。

∙EVZ財団は、 結局3900ヶ所以上の収容施設を上記の「その他の収容施設」として認定した。 「その 他の収容施設」の認定過程において蓄積された知見は、 出版して現代史研究者たちに提供される 予定である。

3.3 子供

∙両親が強制労働に処された当時、 まだ幼かった強制労働者の子供の殆どは、 両親の状況のため に被害を受けたにもかかわらず、 強制労働の定義に含まれていなかったため、 補償対象ではなかっ た。 一部のパートナー機関は、 この問題をOption条項(C類型)の適用によって解決した。

∙Concentration Camp、 Ghetto若しくは 「その他の収容施設(強制労働が支配的な収容施設で あったことを前提に)」 に収容された子供に対し、 BOTは、 2001年1月、 上記のような施設に収容さ

れた子供を含めた全ての人達が強制労働に処されたり参加したりしたと認めた。 この決定によって上 記の施設に収容された全ての者は、 年を問わずに強制労働の事実を立証しなくてもA類型として分 類された。

∙強制労働者の子供のための特別施設に収容されて被害を受けた子供の場合、 「その他の個人的 被害」という項目に分類され、 別途の補償方法が設けられた。

4. 財団設立法に適用されない被害者

4.1 戦争捕虜

∙財団設立法によると、 戦争捕虜は支給対象から除外された。

∙国際的協議過程においてドイツは、 ドイツの補償法制下では被害者が受けた迫害の程度ではなく、

被害者の法的地位が考慮の基準となるという立場を固守した。 戦後のドイツ政府は、 一貫的に民 間被害(Civil damages)と国(戦勝国)に対する賠償(Reparation claim)とを厳格に区分してきた が、 それによると、 戦争捕虜の強制労働の問題は、 その苛酷性とは関係なく、 ナチス・ドイツの犠 牲者に対する補償関連法令(Indemnification laws)ではない、 国際戦争法[International laws of war(Reparation law)]の適用対象である。 財団設立法の立法の当時、 ソ連の戦争捕虜の3 百万人の中で約2万人くらいが生存していた。

∙上記の内容にもかかわらず、 2種類の場合には補償対象者となった:

- 戦争捕虜がConcentration Campに収容された場合

- 戦争捕虜が釈放び民間身分を付与された後、 民間強制労働者として搾取された場合

4.2 抑留されたイタリア軍人(Italian military internees)

∙1943年のMussoliniの失脚及びイタリアの連合軍との休戦協定の締結後、 ドイツ軍部はドイツ側で 戦うことを拒否したイタリア軍人を戦争捕虜として抑留することを命令した。

∙1943年9月、 ヒトラーは、 上記の軍人たちを被抑留軍人(Military internee)に指定し、 不法的措 置で、 民間人身分を付与した後、 苛酷な条件下での強制労働に処することを命令した。 しかし、 ド イツ政府が委託した研究によると、 そのような措置が法的に無効であったため(即ち、 それによって軍 人身分を喪失したとは言えないため)、 イタリア被抑留軍人たちは、 Concentration Campに収容さ れなかった以上、 財団設立法による民間人の強制労働者となれなかった。

∙約100,000人の被抑留軍人たちは、 IOMに補償を申請したが、 全て棄却された。 それに関して多 数の訴訟が提起され、 2007年現在も一つの事件が未だにヨーロッパ人権裁判所において審理中 である。

4.3 西欧出身の強制労働者

∙西欧出身の強制労働者の中で、 A類型の当該者及び、 「収容と類似な状態」で強制労働をした 場合であり、 B類型に当該する場合には補償金が受領できた。

∙しかし、 東欧出身の強制労働者の場合とは違って「収容と類似な状態」に置かれていなかった西欧 出身の強制労働者たちは、 一般的にB類型でいう「それに相当する苛酷な生活条件」に置かれたり、

人種差別法の適用対象となったりはしなかった。 東欧出身の強制労働者たちの場合、 当該規定に 対する違反は、 それがどんなに些細なことであっても、 直ちにConcentration Campへの移送若し くは死亡に繋がかった。 それに比べて西欧出身の強制労働者たちの場合は、 そんなことは起きな かった。 上記のような理由のため、 B類型の当該者及びOption条項(C類型)の適用となった被害 者の殆どは、 中央及び東ヨーロッパー身者であった。