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98 年以降の経済社会的要因による自殺の典型例

     

本章では、98 年以降経済・生活問題を原因動機として増加している自殺の具体的事

例、特徴を既存の調査・研究により確認する。なお、以下のケース A〜F の調査・研究

はいずれもプライバシーに配慮し個人が特定されないようにまとめられている3−1。 

ケース A は、非営利団体『あしなが育英会』高校奨学生の出願書類調査(2001 年)

において父親が自殺した原因動機について遺児の方の話として紹介されている。ケー

ス B(「自殺予防と生活環境の実態に関する研究(野村、山崎)」)は、東京都監察医務

3−2の検案事例についてその特徴がまとめられている。ケース C(自殺実態のモニタ

リングのあり方に関する研究(清水)」)は、秋田県において自殺予防の一環として既

遂、未遂のケースについて行われた調査のうち既遂についてその特徴が引用されてい

る。ケース D(「警察資料を基にした久慈地域の自殺者の特徴と介入のポイントに関す

る研究(青木)」)は、岩手県において 2002〜04 年の 3 年間におきた自殺の特徴がまと

められている。ケース B〜D により、大都市圏及び大都市圏以外の地域における自殺の

特徴を比較すると、大都市圏以外の地域で若干経済社会的要因による自殺が多くなる

点を除き特徴が類似している。ケース E(「労働者における自殺予防に関する研究:労

3−1 ケース B〜E の研究調査は厚生労働省補助金「こころの健康科学研究事業」の研究調査である。 

3−2監察医務院は、死体解剖保存法により不自然な死体(死因不明の急性死、あるいは事故死など)に ついて死因を明らかにするため死体の検案及び解剖を行っている機関(事件性のあるケースについて は大学法医学教室の扱いとなる)である。 

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災請求患者調査より(黒木)」)は、1999〜2003 年の間に過労自殺として認定されたケ

ースについて労災請求患者調査として追加聞き取りを行った結果である。被雇用者層

の自殺の特徴を示すケースとして引用している。ケース F(「いのちの電話連盟」全国

統計(2003 年度))の相談受付件数は、ケース A〜E との比較の視点から取り上げてい

る。ケース F の相談受付件数の 9 割 5 分は、希死念慮のある人(あるいは自殺の可能

性の高い人)からの相談電話であり、その内容が既遂の場合とはかなり異なる点に特

徴がみられる。 

ケース A〜F を概観すると、既遂のケース(ケース A〜E)では、(1)社会的問題が原

因動機であるケースが相対的に多いこと(東京都の場合は精神疾患が最も多いとされ

る)、(2)年齢階層によって異なるリスク(進路、恋愛、仕事・経済上の問題、健康問

題等)が影響し、かつ複数のリスクを抱えるケースが多いこと、また、希死念慮が多

くなるケース(ケース F)では自身の「生き方」や「家族」に関わる問題が相談受付

の多くを占める、という特徴がみられる。 

 

 

 

 

 

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  以下、表 III−1 に整理した内容を基に特徴を詳細にみる。 

ケース A(「あしなが育英会」高校奨学生出願書類調査)の事例では、父親を 97〜2001

年に亡くした遺児の方の話(24 事例)が紹介されている。「あしなが育英会」は病気

や災害、自死による遺児らを奨学金支給等によって支援している非営利団体である。

「あしなが育英会」高校奨学生のうち自死遺児の奨学生は 2001 年時点で 178(全体の

13.6%)(3年前の 8.5 倍)とされ、対象者が急速に増えていることが分かる。 

これらの 24 事例について、複数の原因動機のある事例について重複計上すると、

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(イ)自業の倒産・廃業(多くは借金返済難を伴う)が最も多く、次いで(ロ)借金返済

難、(ハ)仕事上の問題、(ニ)人員整理に伴う失業(その後の再就職難)、(ホ)健康上の

問題が続く。その特徴は、父親の年齢層は 40 歳代を中心に 50 歳代、30 歳代後半とな

っており、また、全国ほぼ全ての地域に及んでいる。これは公式統計でみた特徴とも

合致し、経済社会的な要因による自殺増加が全国的な現象であったことがうかがわれ

る。 

ケース B(「自殺予防と生活環境の実態に関する研究(野村、山崎)」)では、東京都

監察医務院で扱われた検案調書(200X 年 1−12 月分、1858 検案)の特徴並びに抽出さ

れた 350 事例についてその特徴が整理されている。監察医務院は、死体解剖保存法に

基づいて死因不明の突然死や事故死などについて死因を明らかにするため死体の検案

及び解剖を行っている機関である。検案事例の年齢階層別では、50−54 歳(308 件)が

最も多く、その前後の年齢階層がそれに次いでいる。各年齢階層ともに有業者、無業

者が各々半数ずつであり、特に無業者に偏っているという特徴はみられない。直接的

動機(単一)についてみると、精神疾患(479 件)、社会的問題(394 件)、病苦(210 件)

と、精神疾患が多く、それに次いで社会的問題が多い。しかし、精神疾患は、従来コ

アとされていた統合失調症等ではなく、うつ病や気分障害等が多くなっていると考え

られる。抽出された 350 事例の特徴によると、精神疾患で治療中であった事例は 152

人(13.4%)、精神疾患を罹患していていたと疑われるケースが 28 事例(2.5%)とさ

50

れている。また、350 の検案事例については主な特徴が記述されている。例えば、「生

前、給与所得者、自営業者であった場合は、社会問題を抱えていた場合が非常に多く、

一方、家族による被扶養者、生活保護受給者の中には精神疾患を罹患していたものが

多く、年金・預貯金生活者であった者は、自殺動機に病苦と精神疾患罹患者が多い」

「中小企業の経営者(の方の自殺)は、経営不振、借金、倒産などの切羽詰まった状

況に、他の様々な要因が加わって最終的に自殺に至っていることが多い」「サラ金やマ

チ金の高利借金の返済催促がこれらの人を自殺にまで追い詰めている」「未返済借金は

事例では一千数百万〜数百万円程度が多い」等今回の経済社会的要因による自殺の特

徴が具体的に示されている。 

ケース C(「自殺実態のモニタリングのあり方に関する研究(清水)」)では、秋田県

医師会自殺予防対策プロジェクトが自殺予防の一環として 2001 年 6 月 1 日〜2002 年 5

月 31 日の 1 年間の既遂 139 事例(県警発表の自殺者 486 人の 28.6%に相当)につい

て調査した結果を分析している。これによると、30 歳代までは「自分の事(恋愛、進

路問題等)」や「人間関係」が多く、40〜50 歳代では特に男性で「経済・仕事関係」

が中心になり、60 歳以上では「健康上の問題」が多くなっている。世代によって異な

る問題(リスク)に直面するという既存研究での指摘と同じ傾向が認められる。また、

精神的疾患が認められたのは、139 事例のうち 39 事例(28.1%)となっている。 

ケース D は、2002〜04 年の 3 年間における岩手県内の自殺者数(1,630 人)の特徴

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を同県内の自殺率の高い地域の特徴と比較する目的で行われた調査であるが、このう

ち岩手県全体の特徴をみると、男性(1,198 人)が 7 割強を占め、有職者、無職者別

では、各々有職者が 532 人(47.0%)、無職者が 592 人(52.3%)とほぼ半数である。

男性に限って原因動機をみると、経済生活が 495 人(43.8%)と多く、次いで健康 243

人(21.5%)、家庭 79 人(7.0%)、勤務 61 人(5.4%)と経済生活問題が多い。 

ケース E においては、被雇用者層で増加している自殺の特徴に焦点をあてる(「労働

者における自殺予防に関する研究:労災請求患者調査より(黒木)」)。この調査では、

1999〜2003 年度の5年間に、精神障害として労災申請後過労自殺として認定された事

例のうち、「出来事」「長時間労働」等について聞き取りした 27 事例の結果を分析して

いる。 

なお、労災請求患者調査によると、90 年代後半以降、精神疾患での労災申請、うち

過労自殺に関連する請求はともに大きく増加している。例えば、平成 14 年度の精神疾

患に関わる労災請求 341 件(うち自殺関連 112 件)のうち約 3 分の1(約 100 件)が

認定されたが、過労自殺についての認定は 41件(このほか 2 件は塵肺等による苦痛

の自殺)とされている。 

27 事例について年齢階層別にみると、最も多いのは 30 歳代 9 件(33%)、次いで 50

歳代 8 件(30%)、40 歳代 5 件(19%)と 30〜59 歳で 8 割強を占める。職種別につい

ても管理職が 14 件(52%)、次いで専門技術職9件(33%)で約 8 割 5 分と占める。こ

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の傾向は公式統計でみた傾向より一段と偏りがある。企業規模でみると、大企業が 11

件(35%)と多いが、小企業においても 8 件(30%)と少なくない。さらに、産業別

で建設業8件(30%)、製造業6件(22%)、電気通信事業 4 件(15%)、卸・小売業4

件(15%)とこの4業種で 8 割を占めている。 

原因動機に該当する「出来事」をみると、「仕事上の失敗・過重な責任の発生」が

10 件(37%)、「仕事の質・量の変化」11 件(41%)、「役割・地位等の変化」3 件(11%)

と上記3つの「出来事」で 9 割近くを占める。対人関係のトラブルといったものより、

仕事の量・責任の変化が主たる要因であることがうかがわれる。これらのケースの多

くに通底するのが長時間に及ぶ残業と考えられる。2〜6カ月間に月平均 80 時間を超

える時間外労働をしていたケースが 23 件(85%)、このうち残業時間が月 100 時間を

超えるケースが 20 件(74%)を占めている。なお、個人の出来事(ギャンブル、借金、

家族の病気、異性問題等)については 23 件(85%)が関係なしとしている。なお、約

8 割のケースが発症から自殺までが 3 カ月以内となっており、急速に悪化することが

示されており、身近にいる家族や職場で本人の症状に気づき専門医の診断・治療を受

けるように勧めることが重要と考えられる。 

最後にケース A〜E と比較する観点から、ケース F として、「いのちの電話連盟」全

国統計の特徴をみる。「いのちの電話」は電話相談を通じ自殺を防止することを目的に

1971 年から活動を行っている民間団体である。同団体では、2 年間の研修を受けたボ

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