-閉塞状況と海外への進出-
はじめに
本章では2000年以降のヴィジュアル系ロックの歴史を検討する。
ヴィジュアル系ロックは、X(現X JAPAN)の活躍をきっかけに、1980年代に誕 生し、1990年代には、Xに続いてLUNA SEAやL’Arc-en-Ciel、GLAYなどの爆発的 な人気を獲得するバンドが登場し、大きなムーヴメントを形成した。しかし 2000 年 代に入ると、これらのバンドは活動休止などで失速し、ヴィジュアル系ロックの人気 は低調なものとなった。日本の音楽産業の縮小やリスナーの減少、国内景気の低迷な どの要因もあり、ブームは終焉を迎えた48。 しかしヴィジュアル系ロックは音楽ジャ ンルとしては存続し、2000年代後半頃より新たな様相を呈し始める。ネオ・ヴィジュ アル系と呼ばれる、X や LUNA SEAに影響を受けた世代のバンドが登場し高い人気 を得るようになった。また1999年にデビューしたDIR EN GREYは海外での高い評 価を獲得した。さらにX(X JAPAN)、LUNA SEAら往年の人気バンドも活動を再開 し、楽器を演奏しないエアバンドのゴールデンボンバーも人気となるなど、現在は再 び活気のある状況が復活しようとしている。また日本独自の文化の一つとして海外で も注目されていると、マスメディアでも報道されている49。
しかしそれは、本当なのだろうか。ヴィジュアル系バンドは、その一部を除けば、
ほとんどが日本国内を主な活動場所としており、その日本の音楽市場は、ブームが起 こった90年代に比べて、半分以下に規模が縮小している。かつてのXやLUNA SEA に匹敵するほどの人気、知名度を獲得するバンドも出現していない。
本章では、2000年以降のヴィジュアル系ロックの歴史を俯瞰し、現在までの状況を 分析する。またネオ・ヴィジュアル系や、バンドの海外進出の事例に触れ、ブーム終 焉後、ヴィジュアル系ロックがなぜ滅びなかったのか、またどのようにして、再び脚
48 齋藤 (2012) を参照のこと。
49 神庭 (2011)。
35 光を浴びるに至ったのかについて分析する。
本章の構成を簡単に紹介しておきたい。2-1では2000年から現在までのヴィジュア ル系ロックシーンの流れについて説明する。シーンの動きを前後期に分けて整理 する。
2-2では、2000年代以降のヴィジュアル系ロックの主流となったネオ・ヴィジュアル 系に焦点をあて、現在のヴィジュアル系ロックの持つ特質について、ファッション、
音楽性の面から分析する。2-3 ではヴィジュアル系ロックがどのようにして、ブーム 終焉以後も音楽ジャンルとして成立し続けることができたのかについて分析する。ま た海外進出の事例としてDIR EN GREYを取り上げると同時に、シーン全体が持つ閉 塞性について言及したい。最後に本章の内容を簡単にまとめる。
2-1.ヴィジュアル系ロックブームの終焉と 2000年以後の流れ
2000 年代の日本は、1991年代におこったバブルの崩壊と経済の停滞によって、ロ ックをはじめとするサブカルチャーがその勢いや価値を失いつつあった時期である。
また経済、社会のグローバル化などに伴って、伝統的な村、会社、家族などの共同体 は崩壊していき、人々は将来に不安を抱くようになっていった。日本の音楽産業につ いていえば、コンテンツが売れなくなり、1998年を境に規模を縮小させていった時期 である。
90年代に盛り上がったヴィジュアル系ロックの人気も、このような社会全体の変化 に応じて衰退していった。要因としては、社会や音楽産業の問題だけでなく人気バン ドの失速や、2000年前後に起こったポップパンクのブーム50の影響も少なからずある だろう。しかし、2000年代後半に入り、ネオ・ヴィジュアル系と呼ばれる若い世代の バンドが人気となり、1999年にデビューしたDIR EN GREYが海外での評価を獲得 すると、ヴィジュアル系ロックは再び注目されるようになった。したがって、 ここで は、低迷期である前期(2000 年代前半)と、再び注目を浴び始めた後期(2000年代
50 MONGOL800やHi-Standardといったバンドがインディーズながら、高い人気を得て、アルバ
ムを100万枚以上売りあげたことをきっかけに起こったムーヴメント。海外のロックシーンにおい て1990年代後半以後Green DayやThe Offspringなどのバンドが人気を博していたことと無関係 ではないだろう。
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後半~現在)の二つの時期に分けて考察すべきであろう。
前期は、ブームが終わりヴィジュアル系ロックの人気が低調になった時期である。
しかし、こうした事態を免れたバンドも存在していた。例えば 90 年代末にデビュー したPIERROT、Janne Da Arc、Dir en grey(現DIR EN GREY)である。彼らは、
ブーム終焉後もホールツアーを定期的に組めるだけの人気を維持しており、2000年代 前半のシーンを牽引していた。しかし逆に言えば、この頃はまだ音楽コンテンツが売 れていたのだとも言える。その後、日本の音楽産業は規模を年々縮小していくのだが、
音楽業界には、好景気だった 90 年代の名残が少なからず残っており、売上の低下が 一時的なものであるという認識があったと考えられる。
このことは、インディーズで CDを数万枚売り上げるようなバンドがいくつも出現 したことからもわかる。JILS、La’Mule、Dué le quartz、S、雀羅、Waive、Aliene
Ma’riageなどがその代表であろう。しかし彼らの多くは、そのパフォーマンスや楽曲、
ファッションなどにおいて、ブーム期に活躍したバンドと比べて、特に新しさがあっ たわけではなかった。それゆえ、この時期にメジャーに進出したバンドは、特定の音 楽ジャンルからの影響を前面に出したものが多かった。例えば、カジュアルな服装で オサレ系51と呼ばれたミクスチャーロック色の強い baroqueや、ハードロックに和音 階を導入したKagrra、アニメ・TVゲーム的な世界観と演劇的要素を融合したコンセ プトを打ち出したPsycho le Cémuなどがある。中でも強い影響力を持ったのは、地 下室系と呼ばれるバンド群である。地下室系とは、バンド cali≠gari が、新宿周辺で 開催したシリーズギグ「東京地下室」をその起源としており、ニューウェーブやビー トロックに歌謡曲やフォークの要素を加えた音楽性で、アングラカルチャー色の強い パフォーマンスを行っていたバンドを指す52。彼らの化粧はややグロテスクで、90年 代のバンドのような女性的な美しさを想起させるものではなかった。地下室系は、
cali≠gariのほかに、ムック(現MUCC)やメリー(現Merry)、蜉蝣、人格ラヂオな
51 井野 (2003, p.113) によれば、ファッション雑誌『cutie』や『zipper』に掲載されているよう なファッションの要素を取り入れ、ポップでキッチュ、ラブリーなスタイルを特徴としているバン ドを指す。化粧の面では女性的な美しさよりも、モード寄りのエキセントリックな個性を打ち出そ うとしていた。当初は“おシャレ系”と呼ばれていた。
52 井野 (2003, p.114)。地下室系とされたバンドの多くは、当時 「密室ノイローゼ」というレーベ ルに所属していたため、「密室系」と呼ばれることもある。
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どのバンドを輩出し、シーン全体から見れば少数派であったにもかかわらず、一定の ファン層を囲い込むことに成功した53。
これらのバンドは人気を獲得してはいたが、CD を100 万枚売るというほどではな く、シーン全体としては 90 年代に比べて明らかに低迷していた。その影響もありヴ ィジュアル系であることをパロディ化したバンドも出現し始めた54。したがって2000 年代前半において、ヴィジュアル系ロックは既に「かっこいいもの」ではなくなって いたと考えられる。実際、2000年代初頭にデビューしたヴィジュアル系ではない若手 バンドの多くが、ヴィジュアル系からの影響を表明しながら、そのことを取材時に「「オ フレコにしといて」と言っていた」という趣旨の記述55がある。このことからも、こ の点については、おそらく事実だといえるだろう。
2000 年代前半のヴィジュアル系ロックシーンは、90 年代からの生き残り組と新世 代組が同居した状況で、商業的には低迷し、注目されない状態が続いていた。しかし 客観的に見れば、多くのサブジャンルが登場した多様化の時代でもあったと言える。
2000 年代後期には、シーンに二つの大きな出来事があった。それはネオ・ヴィジュ アル系の登場とバンドの海外進出の活発化である。ネオ・ヴィジュアル系とは、2000 年代中期以降に人気を獲得した若い世代のバンドを指す。全体として、ヴィジュアル 系ロック的な音楽性(日本的なメロディ+ハードロック・ヘビーメタル的な演奏)の 日本的な面を強調したサウンド、ゴシックロックやニューロマンティクス的なファッ ションに日本のホストファッションの要素を加えた容姿が特徴である。このころには、
既に活動を休止していたJanne Da ArcのヴォーカリストyasuのプロジェクトAcid
Black Cherry や、PIERROT のキリト、KOHTA、TAKEO による新バンド Angelo
なども一定の人気を獲得してはいたが、2000年代後期のヴィジュアル系ロックシーン の中心となったのは彼らであった。
またこの時期に、多くのバンドが海外での活動を展開させている。例えば DIR EN
GREY や Versailles、MUCC、Plastic Tree、D などがその代表であろう。なかでも
DIR EN GREYは、アメリカ・ヨーロッパ地域でのリリースや精力的なライブツアー
53 八木 (2002) を参照のこと。
54 蟹 (2012, p.8)、神庭 (2011) を参照のこと。
55 市川 (2008, p.228)。