現行の和平交渉における日本のスリランカへの支援のありかたに関して、以下の二つの 問題をまず検討する必要がある。一つは、キャパシティ・ビルディングに関して何をする 必要があるのか、もう一つは、和平交渉を順調に継続させ、緊急人道援助が保証され、持 続的平和と持続可能な発展の基礎がスリランカで構築されるための適切なプロジェクト・
デザインは何か、ということである。この章では、主にこれらの問題について議論する。
また、日本の関与における特性、特に外交政策の変化、またこれに関連する開発援助プロ グラムのデザインと実行に関する変化、そして、最も重要なこととして、積極的に平和構 築に関与するという、新しい国際的な義務を果たそうとする日本にどのようなキャパシテ ィ・ビルディングが必要か、ということを検討し忘れてはならない。
この章では、まず、日本の援助に関する中心問題を 5.1 で考察し、5.2 では平和構築と 復興・再建・和解(RRR)に関する主な方針と、基本的なガイドラインについて議論す る。5.3 では、支援実施におけるリスクについて、とくに開発援助プロジェクト・デザイ ンにおいてこのリスクをどう捉えるか、基本的は対処法を考慮にいれて議論する。これを 受けて、5.4 では、平和構築と RRR に対する概念上のフレームワークという核心問題を 取り扱う。
長期的な関与の枠組みとして、2002年から2011年までの10年間を仮に設定し、提案 を行うこととする。これは、三つの段階から構成される、コンフィデンス・ビルディング
(信頼醸成)段階(2002~2005)、キャパシティ・ビルディング(能力開発)段階
(2003~2008)、インテグレーション・ビルディング(国家再建)段階(2004~2011)
である。ただし、LTTEと政府間の一連の会談において、様々な問題に解決が見出されて いるなかで、基本的状況の変化を常に考慮にいれた、非線形的(Non-linear)なプロジェ クト・デザインが必要となってくるであろう。いずれにせよ、柔軟性を伴なった、日本
(および他の援助国)の全ての機関が参加できる、合理的かつ鮮明な方法を提示したい。
5.5 では、この関与の実施方法について議論する。そして、特に緊急人道復興援助に関す る小委員会(SIHRN)がその役割を最も効果的に果たすための日本の役割について検討 する。5.6 では、スリランカへのこれらの提案と、日本が対処しなければならないキャパ シティ・ビルディングについて述べ、結論とする。
5.1 中心問題
まさに「一つのスリランカ」が中心問題であり、平和交渉における賭けであるともいえ る。おそらく、日本がスリランカへの開発援助プログラムの供与条件として、「スリラン カが統一主権国家」であることを強力に打ち出すことは、この問題にかなり重要な影響力 を与える。JBIC 調査チーム代表が、SCOPP の代表であるバーナード・グナティラカの 調停によって、スリランカ開発銀行職員の同席のもと、LTTE 幹部である、政治部代表 S.P.タミル・チェルヴァンおよび、経済部代表タミルエンディと、2002年8月26日、キ リノッチのLTTE本部にて会議をもった。この会議の主な論議の要約を以下に示す。
JBIC 調査チームからは、中村尚司とモンテ・カセム両教授が参加した。まず、LTTE には、日本政府によってスリランカに提供される開発援助の特徴と形態を簡単に説明して、
以下のような理解を求めた。
(1) 日本の援助は基本的に政府間であるので、LTTE が北東部で RRR に関して日本の支 援を受けるためにはスリランカ政府と協力する必要がある。
これに対する LTTE の反応は、様々な問題に関して、すでにスリランカ政府と協力し ており、この点に関しても協力するつもりである、ということであった。これは、タミル 主権国家の要求を放棄し、スリランカ政府によって代表される主権国家の中で協力したい、
という意思に解釈することもできる。この解釈は、キリノッチにおける我々の会議の時点 で未定であったが、2002 年 9 月のサタヒップ会議の最終日に、分離国家への要求を破棄 すると、LTTEが声明を出したこと、および 2002年11月にバンコクにて、また同年12 月のオスロ会議にて、この方向転換に関してさらに説明がなされたことによって裏づけさ れている。LTTE幹部が、2002年9月16から19日にわたって開催されたサタヒップ会 議の 3 週間前に行われた会議で、その声明の意図を示したことは注目に値する。またこ れは、同年初めから、LTTEとSCOPPの間で確実に信頼が築かれてきたことを示してい る。
(2) 日本政府は海外在住の日本市民の命の安全と保障を非常に重要視しているので、北東 部で RRR への日本の関与が拡大すると共に増加するであろう日本人と日本の市民組織に 対して、LTTEは特に、その安全を保証しなくてはならない。
会議に出席していた LTTE の代表は、この点について絶対の保証を約束した。通訳を 通して S.P.タミル・チェルヴァンは、「我々は、日本の市民を、我々自身の命と資産への 保護以上に保護する」といった。この会議は拘束力のある発言を得るための場でなかった が、LTTE政治部代表によるこの発言は、LTTEが日本と国際社会に敬意を示していると いうことを表している。文化と伝統の源を保持しながら、戦争の破壊から立ち上がり、巨 大な経済大国を作り上げた国である、日本の市民社会とスリランカ北東部の人々の交流は、
和平交渉のなかの喜ばしい出来事となろう。それには、日本の市民社会がスリランカでも っと積極的に活動するためのメカニズムが必要となってくる。市民の社会交流は信頼醸成 段階において戦略的に重要である。それは、市場面での交流、インフラ開発への大規模な 投資、および商業的な試みを行う際に、信頼関係の環境を構築し、リスクを削減する。
(3) 日本を含めた国際社会が、多元的で独立した一つのスリランカに対して協力を約束し ているので、LTTEも、北東部のタミル人が、北東部を故郷とするムスリムやシンハラ人 と多元的に共存し、彼らの正義、生命、資産・生活の安全を保障しなければならない。
LTTE 代表による反応は、彼らは現在この問題に取り組んでおり、問題が解決するには、
もう少し時間を必要とするというものであった。LTTEリーダーシップがこの問題に真剣
に注目しているということは、SLMC 党首である R・ハキームにサタヒップ会議で和平 交渉に参加させたいという意思の表明によって裏づけられている。東部の LTTE 軍の指 揮官カルナ将軍がバンコク会談に出席したこと、また SDN(Subcommittee on De-escalation and Normalization:軍備の段階的縮小および事態の正常化に関する小委員 会)の設立も、それを裏づけている。
2002 年11月 3日、バンコクのローズガーデン会談で規定された SDNの委任事項は、
「SLMM の 6 つの県事務所の場所と呼応した、ジャフナ、マンナー、ヴァヴニヤ(キリ ノッチとムラティヴも管轄する)、トリンコマリー、バッティカロア、アンパーラにおけ る、各関係者が認識するローカルな問題を解決すること」を含んでいる。この委員会では、
LTTEの軍備縮小とハイ・セキュリティ・ゾーン(HSZ)からのスリランカ軍の撤退とい う非常に微妙な問題に取り組まれなければならない。しかし、LTTEが交渉の場でその主 要な切り札のうちの一つを失うであろうことを考えると、政治的な和解が同意される前に、
この問題が解決されると考えるのはかなり楽観的である。
(4) 北東部における RRRへの日本と国際援助団体の関与が増大する中で、何が LTTE に とって緊急の優先事項と考えられているか。
国内避難民(推定総数 800,000 人)とインドからの難民(推定数 200,000 人)の再定 住を促進するために、北部において地雷除去を行うことが最優先事項である、と LTTE は言及した。地雷を撤去するためには1平方マイルにつき 8 ヵ月を要することを考慮す ると、これは実際に重要な問題である。国内避難民が急速に再定住していることは、和平 交渉に対する避難民の信頼を表しているが、再定住には実際、多くの煩わしい問題がある。
国内避難民と難民の土地所有権・水利権、漁業権・漁船走行の制限、北東部におけるスリ ランカ軍の基地、特に HSZ が人民の土地を占領している、などといった問題は、対処す べき複雑な問題の一部である。それらの問題は、特に、タミル人、シンハラ人とムスリム が混在している東部では、民族間の権利の問題が加わり、複雑である。東部のバッティカ ロアとアンパーラでは、不満を抱くイスラムの若者の間で、好戦的な動きがあることもリ スク材料である。また、会議では議論されなかったが、兵士のリハビリと除役、武装衝突 によって障害者となった人々、女性を世帯主とする世帯、紛争孤児、などの問題も優先課 題として取り扱わなければならない。LTTE は、優先順位がつけられた課題が準備される 前に、彼ら独自の特別委員会によって開発問題を議論する必要があると感じているようで あった。11 月のバンコク会談の後、設置された 3 つの小委員会がこれらの重大な問題に 対処していることは、評価できる。一方、北東部の RRR に対する計画策定のためのキャ パシティ・ビルディングは、緊急技術協力が優先的に必要となる分野であろう。
5.2 方針とガイドライン
5.1 で述べた中心問題を考慮に入れ、この節では、平和構築と RRR プロセスの基本方 針とガイドラインについて検討する。個々のプロジェクトについて検討するよりも、開発 項目のコンティニュアムについて検討することが、賢明であろう。2001 年に提案された