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かの自由な位置によって航海を知る民族には達しやすく︑しばしば交通の多い位置からは必然的に航海
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二O三
二O四
者の休息地点になる︒その点において︑島は文佑のひろがる道の2次的な放射地点になる︒地中海のコルシヵ︑サルジニア
などは︑既に航海術の初期の段階から大陸の諸民族が交会して︑今日それらのあとを明確に残している﹂と論じている︒
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∞において﹁島は区別する作用とならんで︑媒介する作用をなす︒それは島の
位置がかなり大きな陸地或は島群のあいだにはさまっている時である﹂として︑位置による媒介性をあげ︑その実例とし
て︑ベーリング海にあるローレンツ
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吉田己では︑アジア人とアメリカ人とが交会し︑地理的にも民族学的にも︑
この島を何れの大陸に帰属せしむべきか不明確である︒キ1
関 与 島 や ア ル
﹀島ではパプア︑マラヤ︑シナZESF
の各民族が交会し︑また︑これらの島はモルッヵ︑小スンダ列島︑バプアの諸民族をマレ1民族と結びつけている︒シシ
リ1島ではヨ1ロッバ系のギリシャ人︑ローマ人が︑アジア・アフリカ的なブェニキヤ人︑カルタプ人との争いがあっ
た︒エーゲ海の島々は文他的にも戦争においてもアジアとヨ1ロッバとの交会地点であった﹂︒その他地中海の島々は︑
ヨ1ロッバ︑アフリカ︑アジアの交会地点として取り上げられている︒
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四七二頁にわたって論じている︒ω
山口貞夫:リウの訳本(前掲)の序文ω E H O F
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マルタ冨巳片山︑イシグランド開ロ巴自仏︑モ1リツシヤス冨ωロユ片山口回︑ハワイ諸島国ω452の歴史をみればよいと例
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島が︑自らに倍す
る附近島峡を支配するのをみた︒またフイジ1目立諸島は極小島ムバウ昌吉ロ島の支配をうけ(紀元前)︑また二ハ一
三年にオ一プシダが来た時﹁テルネト叶
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両島の相対するサルタンの連合勢力がモルツカ富︒
22
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~ Ellen Churchi1 Semple : ibid. P. 416 ~~ニド「央、ふ1ト包ぐふ1\'1"< -4担~~い~杓兵,illK0吋小よさUベ
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AJ還│ドS,..)'m*~--1<f', ~1ト入当患者~\J崎t-QAJ,..)ドニ向。雲EllenChurchi11 Semple ibid. P. 435~436g
Char1es S. Alexander The Geography of Margarita and adjacent islands, Venezuela (1958)・Universityof California Press.
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と♀ ググP.142‑143Ellen Churchi11 Semle : ibid. P. 434
グググP.434~435
E. Aubert de la Rue : ibid. (思*<<¥拭)
グlググ(信*くくく長岡)
Paul Vidal de la Blache La Geographie Humaine, les rapports de la Geographie humaine avec la GeO・
graphie de la vieくRevuede Synthese historique>1903 (騒野史11時・・〈わ〈型国国間恨国~思搭杓兵い二時)
22
る~盟問・・叩基Q君罰金Hs$:尽~~:!:,t{l.;q出程垣根E日(対~-K笛択制担惇!日昔〈司君閣をþ~室料紙-1~1(1 )
@ Friedrich Ratzel : Das Meerals Qnelle der Volkergrosse (1911)恒三橋i
馬・・11¥ト0‑t1えJ違法程Kば~ Ellen Churchi11 Semple : ibid. P‑41 O~411
~ E. Aubert de la Rue : ibid.馬*1‑10¥ぽ
雲ヨ甚駅出・・同国~8-<わ〈君間(i~~1111111¥叫)
雲、、、(
1 111g[~凪)事FriedrichRatzel : Anthropogeographie : i bid S. 252~ Ellen Churehill Semple : ibid. P. 446 ~ ~惇.:鎧国1Ì8~当期記心巴*話:(*判精(~5;~)~~ニドP鰭尚也-<1話ばrとばt{lf也〈側提.;qjtt糾lli:1く見付壬巡ヨ~符回JQ
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二O六
山嶋なる語句は︑少くとも︑洗降によって生じた陸島の地形を見事に表現していることを指摘した︒丁度︑センプルのい
う﹁大抵の島は出降した山肱の頂点で︑沖積平野が少い﹂(開・ゎ
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と述べた点︑或は一フツツエル
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大陸と島とを分つのに︑別に一定の大きさの基準があるわけではないが︑最小の大陸オーストラリアと円以大の島グリン
ランドとの問に面積上大きい格差があるからであろう︒オーストラリアは時には﹁島大陸﹂という表現をつかうことがあ
る︒わが国においても四つの主白(北海道︑本州︑四国︑九州)に対して︑最大の離a防である佐渡島との問に︑面積上大
きい格差があるために︑前者を本土とか主品とか意識される点があると思う︒
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﹂ヤワ島を除いては多く︑開発がおくれ︑そのために︑それらの島々の経済ボリウムは︑小島のそれと差がなくなっている乙とも︑大陸と向との面積の格差の大きいことが︑よ
り強く意識されている乙とも否定出来ない︒乙う考えると︑ヨーロッパが一つの大陸としていわれてきた点も了解出来る
が︑また︑ヨ1ロッバ中心的な思想も否定出来ないと思う︒
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小野博司日前掲書によると﹁島唄性を︑一応後進性の表現と解して(以下町)﹂という前捉も極めて危険である︒
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一一
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一四
頁 帥守自国同ロロFO
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英訳
本(
前掲
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