序章−離島地理学の方法と対象
−離島地理学(一)−
河地貫一
この研究は︑一般地理学としての離島地理学研究の序章をなすものである︒
本章は︑今後ひきつづき本誌﹁経営と経済﹂に発表する予定である︒
人文的土地と地域
島唄の異質性
島唄地理研究の学史的考察
隔絶性と孤立性
本 島 土 と
と 大 地主陸
万
2地 潟
離島の隔絶性
人文的土地と地域
地理学の対象は土地であって人間ではない︒土地には︑
自 然
︑
人文にわたって多くの要素がふくまれているか
ら︑地理学は自己の中から多くの近代科学を独立せしめてきた︒ ことに土地の自然的側面においてそうであった︒
現在の気候学・海洋学・陸水学・地形学・土壌学・生物地理学・地図学などの独立科学はそれが土地︑地表に関す
ヮ
かつて地理学にふくまれていた︒ るものを学問対象としているが故に︑
そしてか﹀る土地は︑ 無限の異質の連続であるという先験的な認識があった︒ その異質の﹁土地を記述する﹂
︒8同門凶UFところに︑地理学の成立する根拠があったといえる︒
いうまでもなく︑地理学の対象とする土地は︑人文的側面と自然的側面とをもつものであって︑
︑
︑ 但
理学の対境としての土地概念は︑人間生活の場所としての土地﹂ではなくして︑ 宮川のいう﹁地
土地にふくまれている多くの自然
序章一離島地理学の方法と対象
うな認識された土地︑すなわち︑ 統一したものとして認識された土地である︒筆者は︑
地理学の対象とする土地を特に人文的土地とよびたい︒ こ の よ 的︑人文的諸要素を土地のひろがりにおいて総合し︑
土地を人文的土地として︑総合的︑統一的に把握︑認識する仕方は︑
4一般に行われているところである︒もちろ
ん︑人文的土地のもつ諸要素を分析し︑研究の対象とした学問も多いが︑またか﹀る総合的︑
統 一
的 な
認 識
の 仕
方 ・
に立つ土地ーーすなわち人文的土地を対象とする科学もまた必要であり︑ 乙﹀に地理学の独自の領域と任務がある
と 考
え る
︒
き て
︑
土地の不均一性によって成立した地理学は︑土地を特殊化的な方向に秩序ゃつけようとする当然の要求をも‑
ってくる︒と﹀に地域という概念が生れる︒ 地域とは異質の連続した空間から︑ そこに生起している統一的︑等質
一七 五
一七 六
的な地理的事象の空間的ひろがりを手がかりとして︑土地を区分したものである︒ あたかも︑歴史学において︑無
限の異質の時間の連続のうちから︑そこに継起する統一的︑ 等質的な歴史的事象の時間的ひろがりを手がかりとし
て時代区分を行うのに類似している︒端的にいうと︑ 地理学とは人文的土地および︑ それを区分した地域を解明す
地理学の独占物でなく︑他の社会諸科学においても百一
Fb
要祝されているが︑それは主として当該科学の研究方法や手段としてであって︑ る科学であるといえる︒もちろん︑ ﹁ 地 域 ﹂ と い う 概 念 は ︑
地域そのものが研究の対象として
取りあげられているのではない︒
人文的土地は︑前述の如く自然︑人文の両側面を総合的に把握したものであるから︑ 常に歴史とともに発展する
ものであり︑地域もまた土地の一区域として︑ 同様に歴史とともに発展するものとして理解される︒ つまり︑地理
学の対象である土地︑地域は︑静的︑ 超歴史的な自然的側面と動的︑歴史的な人文的側面とをもつものである︒
き て
︑
地域の研究は︑特殊地理学としての地誌学の研究領域であるから︑われわれの中心課題とする島興は︑
つ或はいくつかの地域に分類されるものとして︑当然地誌学の対象となる︒ そして︑地域と人文的土地とは︑特殊
と普遍との関係にあるから︑地誌的研究のつみかさねから︑ 一般地理学が成立している︒島興に関する地誌的な研
究もまた多い︒しかし︑個々の島興の地誌的研究のつみかさねから︑ 一般地理学の一分野としてのいわば島興地理
学的な体系化に関する研究は極めてまれであり︑ なお今後の研究に属するものと思われる︒ われわれのこの論稿も
実はか﹀る未開拓の分野に向う一里塚である︒
島眼の異質性
円 ︒
昭和三十七年一ヶ年にわたって︑筆者らの行った長崎県五島列島調査の結果をみると︑この全応酬明数二
O
O
に
及
ぷ列島は︑各々異った個性をもった島興群
によって構成されているために︑列島自体
極めて複雑な構成になっている︒福江島東
南海上に浮ぷ黒︑赤︑黄の各小島はその位
置条件や自然条件の近似性にもか﹀わらず︑問け
円 ベ
U
円
μ
手干
昭度密
口
人の
島五 里町島は完全な農業島であり︑赤島は漁業の 島である︒黄島は︑両者の中間的性格をも っている︒しかもこの
3島だけみても︑人
口密度も︑人口の流動の構造も著るしく異
質的である︒また裏五島(朝鮮海峡に面す
序章一離島地理学の方法と対象
る地域)にある嵯峨ノ島(人口密度二
O七
人)︑葛島(六一七人)︑有福島(八五
O人)︑折島(七二一人)等の人口密度の高
I
0 ‑ 100人
│九川
101‑200人
杉努引
201‑300人
川川川
301‑500人
出世出
501‑700人
臣彊圃
701人 以 上
な地質構造と地形構造をなし︑ い
小 属
島 に
隣 接
し て
祝 一
一 一
一 口
島 そ
の 他
の 無
人 島
が 混
在 し
て い
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D
一 方
福 江
島 は
︑
わが国の島興にはまれな︑極めて複雑
拙稿:五島列島における人口の諸構造とその地域的移動
C I五島地域綜合開発振興計画現況篇J32
頁 コ
これがまたその土地利用の型態を複雑ならしめる自然的基盤を提供している︒旧城
官公街の出先機関と商庄が多く︑高い人口密度をもち︑また島内の三つの玄武岩台地はその 下町の福江市街地は︑
ζ の農業島における人口調密な地域をなし︑水田を主体とする島内の玉ノ浦町︑岐宿町と 高い耕地度と照応して︑
一七 七
一七 八
その属島久賀島は人口密度がひくい︒上五島の中通島は耕地の狭小な漁業品であるが︑ 一般に人口密度が高く乙と
め︑いわし漁の全盛期には︑その健 に奈良尾町は︑西南日本におけるあぐり網漁業の中心地であり︑
をもっと︑山階はその五島列島の研
口 ︒
究で述べているが︑むしろ︑五島列島のばあいは個々の島によって︑その格差が大きいという方が正しいと思われ
n v
島は沖積低地が少いにもか︑わらず︑相対的に人口密度が高く︑ 詰業に季節的な女子労働力の移住地 であった︒かつて︑捕鯨基地であっ た同島の有川町は︑
大企業の捕鯨
乗組員を多く出し︑現在その送金が
年間三億円を超えている︒若松島を
中心とする若松町は︑列島中の最も
おくれた地域で︑人口密度はひくい
が︑同じ町内の哀五島側に異常に人
口密度の高い三つの小属島をもって
いる︒人口密度の高い大陸や主島に
近接する島興は一般に高い人口密度
る︒センプル
開 ・
ゎ ・
ω
ゆ
目 立
0
・ も ︑
多くの乗組員を全列島のみならず列島外からも集
奈良尾町漁船員の出身地(本籍地)別分布図
30
頁)
人
一 一
p il i註)
近接した大
っ て い る 国 家 で は ︑ 陸のそれを超えるものであるとして日本︑ブリテン︑ ジ ャ ワ 等 を あ げ ︑ またデンマークのように大陸と島とからな
HU
島興部の人口密度は大陸のそれの二倍を超えていると例証している︒しかし一方ではそのよう
な人口調密な島の近傍に無人島︑或はそれに近い島が混在していることを指摘し︑ 例えばイギリス東北方のセット
ランド
ωF
2E
ロ 品 群 島 は ︑ 約 一
OO
の有人島からなっているが︑約二九の放牧の島があり︑その主島は一万マイル
五三人の人口密度をもっている︒彼女も︑島における人口密度のむしろ格差の大きいことを認めている︒
を 除
い て
は ︑
長崎県北方の平戸諸島をみても︑最大の平戸島は︑ 旧城下町にあたる平戸連担地域が極度に観光地化しているの
他は極めて後進的な自給農地域であり︑漁業も零細な一本釣漁業である︒これに対して平戸島の北に
序章一離島地盟主:の方法と対象
古い生産方法(株仲間の組織) 接する生月島は︑ 中小資本制生産様式によるあぐり網漁業が集中し︑ しかも
漁船は年々大型化している︒海岸が直線的であって︑ 漁港としての自然条件
にめぐまれていないにもか﹀わらず︑ よく漁港が整備されている︒
一 方
陸 上
の農業生産は極めておくれ︑ 漁港の整備の進んでいるのに対して︑陸上交通
生月島の東方に接する的 路や農道など農業の生産基盤は極めて貧弱である
07
チ山大島は︑帆船時代から風待︑潮待港として栄えた神ノ浦︑ 的山の自然の良
港をもちながら︑全く農業の島であり︑ しかも近年畑地の水固化が強く進め
られている︒耕地は島内の山頂に及び︑溜池と農道は生月島と対跡的によく
発 達 し て い る ︒ 同じく福'品では︑炭鉱と︑今日でも戦前と殆んど変化のない
によるいわし網 (ひき船でわずか四トン)と︑ それと結びついたイリコ製造が︑
こ
一七 九一八
O
の島の主要漁業活動であり︑ 一方では︑急速なみかん造園が進められている︒現在対岸との架橋工事が進行中であ
司令
宮本は最近の﹁瀬戸内の研究﹂において︑
︒の経済的機能による七つのタイプの類型化を行っているが︑ 内海の島々を島の発生史的な立場に立って︑その諸島を主として島々
なお﹁陸であれば一つの村を見て得た概念は︑大体そ
少 く な い し ︑ の周囲の村々にあてはめても大差ないが︑島の場合は一つの島と隣の島の性格がまるでちがっているということが
相並んだ二つの漁浦の漁法が全然ちがっているということも少くない﹂と島の異質性を強調してい
4 0 0
またインドネシア研究の結びにおいて︑別技は﹁海島世界マライシアは各島がそれぞれ
川川司
ととが第一の特徴であり﹂︑それぞれの小宇宙が極めて異質的である乙とを述べ︑
一つ一つの島ととに違うということである﹂と力説している︒
富 山
の 同
︒ ・
g
ゎ
BS
をなす
柳田国男は﹁島の文化の特徴
l ま
島唄地理研究の学史的考察
島興の異質性を過度に強調すると︑ 一般理論としての島腕地理学の成立がむつかしくなる︒大村はわが国におけ
る一般理論としての島興地理学に関する殆んど唯一の労作を公にしているが︑
して疑問を提示し︑ そこで彼は︑島興地理学の成立に関
また個々の日本の離島に関しては︑ まことに精彩ある説明を展開しているが︑ それが一般
理論として言及されるに至ると︑多く誤りがおかされているのも︑ 一つにはか︑る烏興の異質性によるものであろ
頃円ノ︒
経済学において︑ 島唄を特殊な地域とする把え方はなく︑従って﹁島興の経済学﹂はない︒島もまた世界経済或
は国民経済を空間的に構成する一環として︑ 地域経済の問題であり︑当然資本主義の法則に従って展開する一地域
として把えられ︑例えば︑わが国離島の漁業も︑むしろ一般的な沿岸漁業の問題としてのみ問題とされる︒
ζ ︑で︑地理学史上に名を残した人々の島興地理に関する理論を反省する必要があろう︒
フランスのブリュンヌ回円ロロ
Fg HO ω
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その著﹁人文地理(一九一一)の恥
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出口
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密林中の島︑砂漠中の島︑高山中の島︑および海中の島 島に関する記述に多くの紙数をさいている︒そこで彼は︑
等 を 取 り 上 げ ︑ それぞれの島に該当する特定地域の地誌的説明を行い︑ いまわれわれの問題にしている海中の烏で
は︑バレアル諸島ロ g
回 巳
g 円
︒
ω (ヨーロッパ地中海西部)中のマジョルカ島宮と︒円 g
と ミ ノ ル カ 島
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円 g
を説明している︒ この際ブリュンヌは︑
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開
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同伴
炉ーー
ω
異質の自然環境のなかに孤立する人間の居住地域を
ヨ古のいう﹁人間島﹂という考え方を示している点に問題はあるが︑ブリュンヌのいうこれ
﹁ 島
﹂ と
考 え
︑
ロ ー。
ら ﹁ 人 間 島 ﹂ 一般的方法論の体得のための最良の その孤立的環境による生活の限界性によって︑ 地誌学の
序章一離島地理学の方法と対象
+ 品 ︑
品川岬白HH
フィールドとし︑またか﹀る小宇宙の総括的研究は︑ブラ l
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の理念の研究に最適であり︑
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円 円 ︒ 丘
円 ︒
人文地理の研究は︑ ロ
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のいう地的統一 ω まづ島から始めるべきであるとしている︒
﹂刊日円四ω
︼司 何 回 口
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彼のパレアル諸島の説明は後にのべるセンプル
開 口
︒ ロ
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ロ 円
︒ 町
山 口
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51
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の影響をうけてはいるが︑極めて地誌
の 何 百 円 同 市 川 口 市 川 門
であるが)との生活様式を説明し︑ ことに︑農業に 的であり︑両島における漁民と農民(といっても
内 切
おいて農民は果樹栽培のむしろ園芸家とし吃 彼等も教会を中心に密集した集落
燥 農
法 は
︑
一般地中海の生活様式と同様に︑
品 切
わMW
集落と耕地との規則正しい移動があり︑また最近アメリカで問題になっている乾
わ い 哨 り
この島々では既に一五世紀頃から行われていることを指摘し︑この諸島を地中海地域の一典型として把 を形成している関係から︑毎日︑
j'、
/"1、
一般論的には︑島の人口密度の高いことと︑
ωを認めた個所が発見出来る程度である︒ 古い事象の温子性というラッツェルやセンプル女史の見解
え て
い る
︒
要するにブリュンヌにあっては︑島(彼のばあい人間島であるが) の地誌的研究を︑地中海地域の一典型として
いわば地域論的に捉え︑人文地理学の本質を理解するための初学者のフィールドとみ︑
必 ず
し も
︑
一般地理学とし
ての島興地理学の対象として島をみる態度はない︒
数少い一般論としての島興地理学に関する著述を残したリウは︑
れMW
違差別にあり﹂とする立場に立っているので︑﹁人類に及ぼす品艇の法則を樹立せんと努力するのは︑
で変種と差異しか見出し得ぬ故に効なきことである﹂(傍点筆者)とし︑
﹁ 島
興 社
会 の
興 味
を ︑
島民間にみる驚くべき相
至るところ
﹁ フ
エ
i ブ
ル
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ロ 吋
各 ︿
円 ︒
が 島
民 と
時間的にも空間的にも常に島民自体の特色をそなえるような人聞社会のカテゴリー
は︑実は存在せぬことを明かにしている﹂とフエ l 一フルの考えを是認している
D従って︑彼の研究は︑多くの島々 して特徴づけることが出来︑
の文献的或は実態調査による豊富な資料によって︑ それぞれの島がもっている機能的特色から島を分類し説明す
る︑いわば島興地理の各論的研究であり︑ 一般地理としての島興地理学の追求という立場が弱く︑ すぐれて地理的
内容をもちながら︑敢て戸正︒
BB
02
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ロg
と題した理由もそこにあると思われる︒
ラッツヱル司片山色ユ与問
EN
己は︑人類地理学﹀三可︒志向
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小空聞に世界における人間生活の一般的徴候をあますところなく示いている点︑ (一八八二)
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乙お
予
1 )
島は限られた
たかであり︑個々の特殊性を追求する点などにおいて︑ 特に島には特殊のフォームがゆ
島は地理学研究に好都合な地域であるとし︑ブリュンヌの
先駆的な考え万を述べている︒
ま た 一 方 で は ︑ ω ﹁それぞれの島が自分の特殊性をもっている﹂として個々の島興の特殊性︑ ω 朝鮮およびイギリスなどの小属島にもみられるものであり︑ また例 独自性に着目し︑
か︑る'品興の異質性は面積の小さい日本︑
それぞれの島には独自の建築様式がみられ︑
帥
特異な建築材料やスタイルが発見されると例示している︒
それぞれ
え ば
︑
エーゲ海の島々において︑ また太平洋の島々でも︑
彼は島興に関する特殊なフォームとして︑ 孤立性
ω 0
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5己
ロ 品 目
mg
z
︑近づきゃすき
Nロ 怠
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z
︑保護性
P E
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︑ 競 争 性
巧
2Z可 巳
件
(せまい地域で共棲
しまた斗争するところの)をあげ︑個々の島の独自性は︑
側るという体系的な説明を展開している︒ それぞれのフォームの程度と組み合わさり万から来てい
従って︑ラッツヱルにみられる島興の分類は︑ リウのような島の経済的機能によるそれではなく︑島抑制の特殊な
フォームと考えられる隔絶性とか保護性︑閉鎖性︑面積の狭小性などの小項目から︑ それぞれのフォームを説明す
る実例として島興の分類を行っている︒
と 面 積 の 狭 小 性
これらのフォームのなかで︑ 隔絶性
﹀ ゲ
ω ︒ ロ 品 ︒ 円 ロ ロ
m
序平一離島地理学の方法と対象
関口問門官日正宮山片を最も重視している︒多くの島の特殊なフォームは︑結局乙の両者からか︑或はその両者の組み
ω M W
合わせから導き出されると考えている︒これに島興の﹁自由なる位置﹂という条件が寄港地︑
間ω性︑ー或は島の媒介性などを結果するものであるとしている︒ 集合性と
2次的放射
以上の論理で説明がつかない場合﹁島の人極的要素が非常にちがった結果にみちびく﹂として︑人極的素質とい
陸に住んでいる同民族より後進的︑野蕃であり︑ 隔離のためにそれがないと︑大
アフリカのニグロの万が︑オセアニアのニグロより文化が高い﹂
かえって自由にその力を発展させ得る﹂もの う別の自然的要素が援用され︑例えば﹁他から刺戟を必要とする民族のばあいは︑
一万﹁自発的に高い文化に進みうる人極は︑ 乙の隔離によって︑
カ
2J¥
一八 四
で ︑
日 本
︑ イギリスはその例であるが︑ 乙︑でも
ω﹁大陸では常に敵にか乙まれ︑充分才能を発揮し得ない﹂とし
て︑隔離による島の保護性が援用されている︒
要するに︑ラッツヱルは個々の島興における独自性を強調しながらも︑
自然決定論的色彩は強いが︑体系的説明
の態度が強く感ぜられる︒
ラッツヱルを祖述し︑更に一屑豊富な事例によって︑島興に関する一般地理学的な労作を残しているのはセンプ ルである叩山口は︑彼女を島興地理学の研究史上高く位置づけして川る︒彼女の基本的な考えは︑その書名が示す
AU
ように︑殆んどラッツヱルを超えていない︒﹁島の歴史と生活には︑多少とも孤立
r己 主 目 ︒ ロ の ス タ ン プ が あ り ﹂ ︑
島が近海にあるか︑大洋にあるかによって決定される﹂として︑決定論的な考え方が強い︒そして︑
島の小面積ということが横たわっている﹂とし︑乙の両者の組み合わせから生じる
﹁ 孤
立 は
︑
﹁島の生活や歴史の根底には︑
島の特殊性をあげ︑多くの該当する事例を説明しているのも︑
ラッツヱルと変らないが︑彼女には孤立という性格
がラッツヱル以上強く前面に押し出されている︒
ラッツヱルにみられなかった点は︑島と対比されると乙ろの本土冨包己
ω ロ 品
という考え方と︑その自然決定論 的な思想のなかに︑島の文明発達の段階によって孤立性の影響に差異があるという歴史主義的思想が出てきている
乙とである︒しかしこの思想が充分消化されていないためかえって彼女の理論が明確を欠くうらみがある︒
﹁歴史の初期の段階では孤立性の影響は圧倒的であるが︑文明が進むにつれて︑
﹁ある文明に達しておれば︑島はかえって外敵から自然に保護され﹂日本やイギリスの発展を例示しているが︑
哨り
﹁過度の孤立は︑かえって進んだ文化をおくらせる﹂し︑
島 は む し ろ
近
っき や す く
な」 附 り
また面積の狭小性は島の文佑的︑民族的︑政治的統一を
もたらし︑その力が自己より大きい陸地の支配に及ぶが︑一万小面積のために︑
光を維持出来︑ずやがて崩壊する︒彼女はこれらの理論の最もよき例としてアイルランド その力に限界性があり長くその栄
H H1 0
‑ ω
ロ ︻ 同
の変遷を取り上
げている︒すなわち︑ 同島はヨーロッパ大陸が異民族の侵入で中世の暗黒期をつ Y けている時︑キリスト教が温存
され成長し︑第七︑
八 世
紀 の
問 ︑
ヨーロッパにおける精神文化において最高の水準にあった︒しかしその後公道か
らはずれ︑移民を阻止し︑また大陸との直接の接触をブリテン島にさまたげられ︑
退していった︒ 小島の限界が加わって急速に衰
要するにセンプルの思想においても︑ 島はその隔絶性と面積の狭小性という条件から島の特殊性とみられる種々
の人文的性格が結論され︑更にこれに︑歴史的要素を若干附加して説明されている︒
最近の島興研究に関しても︑以上の地域論的︑或は︑島腕地理の各論的な労作が多いようである︒例えば︑カリ
フォルニア
(U
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口 問
︒ 円
ロ
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わ ﹃
ω ユ
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による南アメリカ大陸のマルガリタ
︒ ︒ の
Fo 島に関する著述の如︑きは︑全く典型的な 大学のアレキサンダ l
ω・
﹀
‑ ou g
ロ 品
︒ 吋 片手立‑離島地理学のプゴ法と対象
忌 日
間 印
一 己
g 島とその周辺島峡クパガのロ
g m
g
島およびコチエ
地誌的労作である︒
すなわち︑その内容は︑まづ地形︑気候︑植生等の自然条件および農漁業などの産業の記述があり︑両者の間に
原住民と︑乙れに侵入してきたスペインの植民の歴史とを媒介せしめて︑地人相関の説明を試みている︒ カリブ海
におけるヨーロッパ資本の侵透のプロセスとそれに伴う地域性の変遷に︑われわれは深い興味を感じるが︑ 著者に
はそのような立場さえ殆んどみられず︑もちろん一般地理としての島艇を把えようとする立場は全くない︒
また︑乙の者述にもしばしば
冨 巳
g
巳
ハ同
という術語が用いられている︒この場合はそれは︑乙の諸島が属する
一八 五
一八 六
南アメリカ大陸のヴェネズェラ︿
O
ロ
ON
ロ
o zを指しているが︑両者の聞の人口と物資との交流を︑諸島の経済活動
と開発の過程から取り上げているが︑
マルガリタ
Q
t J
/'¥比三三ベ ネ エ ズ エ ラ
8 o 6 0
マイル
こ れ ら 諸 島 が ︑ 国民経済を形成する空間的部分とみる立場は必ずしも明確で
ない︒例えば︑十九世紀以降︑ マルガリタ 富民間日広島の過剰人口は主要な社会問題
としながら︑単に島外に人口を送り︑ また最近は本土への石油労働力と公共事業の労働
力供給源であるとして把えているのみである可
わが国でも︑本格的な島腕(の地理学的研究が始まったのは︑離島振興法が制定された
O
昭和二十八年以降である o 古くから民俗学的立場から柳田︑宮本などの研究があるが︑
最近︑別技︑藤岡︑浅野︑大村︑筆者などの地誌的研究が公けにされている︒ 更にその
内容に多くの疑問の点をもつが︑ 一般地理学的立場の意欲的な労作を公けにした大村の
﹁島の地理﹂を無視することは出来ない︒その論評は︑ 今後必要に応じて述べるつもり
である︒多くの開発すべき離島をもっ島興国家であるわが国に今後一回の島興研究は期
侍 さ
れ る
べ ︑
き で
あ ろ
う ︒
隔絶性と孤立性
ラッツヱルやセン︒フルにおいては︑向の孤立性が︑ そのほ何興地理学の出発点であっ
た o しかし︑彼らには︑島が水にかこまれているという島興に関する根本的な自然条件ーーかりに乙れを隔絶性と
よ ぷ
l !
と人文地理的状態を示す孤立性との混同があった o 決定論的に隔絶性から孤立性を結論づける立場からは
当然であったと考えられる︒しかしセンプルにおいても島には外敵の侵入から保護されて進歩があるが︑
﹁ 進
歩 は
隠 絶
山 口
ω 己
主 目
︒ ロ
にあって︑孤立宮己主芯ロ
m w
にはない﹂として︑ 隠絶という自然地理的事実と孤立という人文地
理的状態との区別に論及しながらも︑これ以上の論理的発展はなく︑ た Y ︑イギリスや日本のばあいは︑海によっ
て保護されながら︑歴史的に常に新しい文化や血を大陸から移入し︑
AMV
せしめたと述べるに止まってしまっている︒少くともうッツヱルの烏興論にはか︑る歴史的な論及は全くない︒ 広く他の世界と接触してよくその文化を発達
リウには決定論的な色彩が極めて弱く︑反面敢て島興地理の体系的叙述を行わなかったことは︑ 既にふれたとこ
ろであるが︑その根本的な理由は︑ラッツヱルやセンプルが︑体系的説明の出発点としているところの島興のあら
ゆる特殊性の根底にあるとみる孤立性の思想がリウのばあい若るしく後退しているからであった︒ 一般に島興は面
積が小さく︑その四囲を海にか乙まれているために︑
と 川
出 向
す る
﹂ が
︑
感覚的に孤立観が強いが︑ リウが﹁人は島の孤立をその隔絶
われわれの考えからいうと︑ 隔絶とは島が海にかこまれているという自然的な島の条件であ
序章一離島地理学の方法と対象
る の
に 対
し て
︑
る﹂︒従って︑自然(隔絶)と人文(孤立)との関係を超歴史的な因果関係からは律することが出来ず︑ 歴史的関
孤 立
と は
︑
﹁ フ
エ
l ブルも明かにしているように︑ 人間に関しては︑まさに人文地理的事実であ
係において考えなければならない︒ リウはこの点に関して︑ ﹁棲地が一定島興に極限された動植物極の進佑を研究
するばあい博物学者にとっては︑孤立の観念は明確な意義をもつが︑人間の問題になると︑
になる﹂とのべ︑隔絶と孤立との関係を人間と動植物問とで区別し︑更に︑
内川可
作m v
化するものであり﹂︑ たちまち漠然たるもの
人間に関しては﹁孤立は従って本来変
﹁孤立は位置に関係せず︑専ら人的事実たる航海に関係している︒従って(筆者附加)海上
輸送の発達により︑また人智に負うところ多い航海の進歩︑特に辺搬方法の的述と頻繁とによって︑島の孤立とい
わばその距離もまた変化している'一として︑
十 日
︿ 向
か ら
セ ン
プ ル
を 否
定 し
︑
フランス地理学の歴史主義的立場を明か
一八 七
一八 八
に し
て い
る ︒
ラッツヱルやセンプルはその立場上当然であったが︑ リウにおいても﹁隔絶﹂という島の自然的条件と島の﹁孤
まったところに彼の限界があったといえる︒ ﹁隔絶﹂性の人文地理的意義を追求することをやめてし
哨り
これは人文地理学の基礎を生物生態学におきながら︑生物が自然に適 立﹂という人文地理的事実との因果関係を否定しながら︑
応する生理を研究する生理学に相当する人聞社会の社会科学的研究の不充分さから来ていると思われ︑ それは︑当
時のフランス地理学の限界ともいえよう︒
かくして︑白興の異質性に着目しながら︑ 一般論としての島興地理学を追求するには︑ブリュンヌの地誌的立場
を克服し︑ラッツヱル︑ センプルの自然決定論を超え︑ 更に島の異質性を過度に強調したために︑いわば各論的研
究にのみ終ったリウの立場をも超えなければならない︒
そのためには何よりもまづ︑ラッツヱルやセンプルが因果論的に島の孤立性を結果するとしたところの︑或はリ
ウが両者の因果的関係を否定するのみに止めてしまったと乙ろの島の隔絶性という自然的条件が人文地理的にいか
なる意義をもつかということの解明から始めなければならないと考える︒
こ﹀でわれわれは自然と人間との関係に関する理論を展開する考えはない︒ われわれは︑両者のいかなる超歴史
的︑個定的な関係をも否定し︑社会の発展を規定する決定的な要因は︑ 自然条件にあるのではなく││それもまた
重要な要因ではあるがーーー社会の生産方法にあるという理論を︑既にもっている︒
そこで︑島の隠絶という自然条件が︑孤立性︑ 保護性あるいは近づき易さというような極々の人文的︑社会的意
義を︑それ自体のうちにもち︑ また海が閉鎖性とか開放性とかいう矛盾した人文的性格をもつのでなく︑か旨る自
然条件は︑実は社会の発達段階によって︑ それぞれ異った人文地理的意義をもってくると考えるのである︒換言す
ると︑自然条件の人文地理的意義を決定するものは社会の発展段階である︒従って︑われわれの上にか¥けた目的
のためには︑社会の発展段階を示す基本的内容である社会の生産方法を分析するととが不可欠の条件となる︒さき
にあげた先学にはか︑る考えは存在しなかった︒ た
Yセンプルにおいてその蔚芽をみることが出来たが︑それ以上
の発展はなかった︒
島と大陸
以上われわれは︑ その特殊性の根底にあるものを隔絶という自然条件にみ 島興の概念を一応自明のものとし︑
た︒こ︑で︑今後の理論の発展のために︑島興の概念を明かにし︑ そこから︑今日一般化しているわりに︑あいま
いな概念でしかない本土と離島とに関する考えを述べてみたい︒
前項にあげてきた先学の著述には︑島の概念規定は全くない︒
序章一離島地理学の方法と対象
その必要がないほど自明の概念であるかも知れな
いし︑また小野によれば﹁この問題については論じ尽された感がある﹂としているが︑ 事実は必ずしもそうではな
いし︑意外にも島の規定は区々であり︑かつ誤まっている感がある︒
ラッツヱルの人類地理学には島に関する概念規定はないが︑同書における彼の島興論の説明において︑
﹁ 島
L K
また彼の別の著書である ﹁諸国民発展の源泉としての海﹂
ロω ω
忌 g
円対比される概念は常に
﹁ 大
陸 ﹂
で あ
っ た
︒ ω F O g
‑ ‑ o
門田
2
巴
4‑ n o
門間 円︒
ω ω O
( 一九一一)において︑﹁三六六五五
O万万キロの海面のなかに一四四五
O万万キ
ロの陸地が︑大陸と島興の形をなして横たわっている﹂とみえている︒要するにラッツヱルから学ばれるものは地
球上の陸地はすべて海洋にうかぴ︑ つまり︑陸地は四囲を海洋にか乙まれ︑ 大陸か島かの何れかに分類されるとい
一八 九
一 九
O
うことであり︑従って陸地は大陸でなければ烏である︒島に対比されるものは大陸である︒
センプルの著述からも同様︑島の概念規定をうることは出来ないが︑彼女の島唄論の全体を貫いている乙とは︑
﹁島は相対的に面積の小さい︑明確な境界をもっ陸地﹂であった︒
リウにもやはり︑島の概念規定はみられないが︑注目すべきは︑
とである︒それによると︑①地穀の変動で︑ 詳細に白の成因を自然地理学に説明しているこ
大陸の一部が出水して作られた陸島で︑当然大陸の沿辺部に多く︑ブ
リ テ
ン 島
︑
コ ル
シ カ
︑
マダガスカル︑日本列島などはその例に入る︒このように︑ その成因上︑現存する大陸に従
属する陸島に対して︑ いわば独立陸島ともいうべき︑出下した旧大陸の痕跡を留めているものがある︒ ボルネオや
セ イ
ロ ン
︑
ニ ュ
l ジランド︑或はアンチル列島なども︑元は大陸の一部であった︒②これらの陸島に対して︑成因
上大陸と関係なく︑生れながらの島に火山岳や珊瑚礁があり︑ 洋島或は原市とよばれる︒日本の伊豆諸島︑隠岐群
島 は
火 山
島 ︑
奄美大島以南には珊瑚礁の島が分布している︒乙﹀でも︑白とは全く自然的な概念である乙と︑自で
ないものは大陸であるということが読み取られる︒
すなわち︑彼によれば
的に面積の狭小なる陸塊である L が浅野である︒ ﹁島とは水圏をもって周囲を完全に囲鏡され︑ そのま﹀島の概念を規定する内容としたの
かっ対置地域に比して相対 ラッツヱルやセンプルのいう島の特殊性の根底にある自然的条件を︑
( 傍
点
l筆者)と自然的に島を明確に規定している︒
し か
し ︑
こ﹀からは根本的
な二つの疑問が生じる︒ 一つは地球上︑海にかこまれていない陸地はないこと (大陸といえども海にかこまれてい
﹁完全環水性﹂と﹁相対的狭小性﹂とを︑ 対置地域とは何かという説明が全くない乙とである︒まに彼のいう
﹁環境的島腕性﹂として認めても︑これらは︑ 公約数的な島唄の自然条 る)︒二つには︑対置地域に比してとあるが︑
件の一部をあげたに止まるものであって︑他民ラッツヱルが﹁多くの島は︑
例 制
る﹂とし︑またセンプルが︑﹁大抵の島は涜降した山肱の頂点である﹂として島の発展やその土地利用を著るしく
制限しているとする︑或は筆者が注目した貌志倭人伝にみえる山島的な地形条件は無視されることになるし︑セン
極地に近い島にまで移住者を送った理由とする海洋的気候条仰なども同様ネグレク卜されていて︑浅野の
プ ル
が ︑
けわしい山のように海から起立してい
いうこつ条件をもって︑島興の自然的環境条件をつくす乙とにはならないであろう︒
以上の考察にもと
eついて︑﹁島﹂とは自然的概念であって︑地球上の陸地で習慣上﹁大陸﹂とよばれているもの
を除けば︑すべて島であるといえる︒そして︑両者の区別は︑
う と
︑ 最
大 の
島 グ
リ ー
ン ラ
ン ド
の 円
︒ ︒
ロ 冨
ロ 仏
﹀ ロ
ω件同河川凶︼山内凶
の面積が一二七万方キロであるから︑一二七万万キロ以下の陸地が島 全く自然的な面積の大小によっている︒具体的にい
のそれが七七
O万万キロであるから︑それ以上の陸地は大陸であ
るということである︒浅野のいう
であり︑最小の大陸オーストラリア
序章一雌島地理学の方法と対象
大陸と島との面積
(1.000平方キロ)
32.007 30.132
624 434 772 24.228 17.757 13.613 7.700 2.175 746 ( 4.927) ユ戸ラシア大陸
(うちヨ戸ロッバ)
南
オ
F ストラリアグリンランド
マタガスカ)1.‑
ニ ュ ー ギ ニ ア 南 ア メ リ カ 北 ア メ リ カ
極
ボノレネオ ア フ リ カ
ス マ ト ラ
228 228 179 126
﹁対置地域に比して﹂を﹁大陸に比
鑑辞して﹂とすれば︑その限りでは正し
統
界いことになる︒
世か 以 上 の よ う に 島 を 自 然 的 概 念 と す
限ると︑さきにもあげたブリュンヌの
国
(孤立的な人間集団の地域という﹁人
大プリデン
J
︐
﹄ 冒t 司 ・ ‑ J ηノ
セレベス ジ ャ ワ
本間島﹂なる考え方は当然否定しなけ
九
九
ればならないし︑また︑ 一般に︑大雪とかその他の災害などで陸上交通の杜絶して孤立した地域を ﹁陸の孤島﹂と
表現される場合があるが︑これも正しい表現ではない︒更に︑多くの論者によって︑
を︑何の論証なしにひき出す前提として用いられることの多い﹁離島性の故に﹂とか
う用い万も決して正しいものではない︒少くとも﹁島﹂という概念には孤立性︑
「 あ 離、る
島、島 的、興 位 の
置 孤 の 立
た 的
」 進 め 後
と 的 か 性 い 格
後進性という意味はなく︑
ま た
﹁島という地域﹂が﹁孤立的︑後進的地域﹂をそのま﹀意味するものでもない︒大村は︑浅野の島の概念規定に関
向UV
して︑筆者と同様の疑問を発し︑島に対比される本土
冨 巳
巳
ω ロ 門 同
という概念を設定し︑自を本土との相対的関係
浅野の考えを是認している︒彼によると︑
ヂ ヂ ガ タ ク ガ ホ ン ド
冨 巳
巳
ω ロ仏とは﹁水にかこまれていない状態として考えられている大陸をはじめ︑地︑地方︑陸あるいは本土など
といわれているもの﹂である︒本土も島も共に水図にかこまれてはいるが︑向は常に︑ において成立するものとして︑ 乙の疑問を自ら解決し︑ 基 本 的 に は ︑
﹁水圏と陸地とのコンビネ
ーションによって地域的限界が考えられている﹂のに対して︑本土もやはり水固にかこまれているが︑島より面積
は大きく︑心理的に︑或は︑あるばあいには(このばあいの説明はない)﹁か冶る要素による地域的限界を考えな
品川吋
い﹂もので︑﹁大陸は常にか﹀る限界を考えないから常に最大の本土であり︑四国や九州は場合によっては本土と
向UV
なる︒﹂かくして島とは
州
υ て区別された陸地で﹂︑ ﹁本土との相対的関係において︑ 水圏と陸地との組み合わせによる位相的相違にもとづい
而U
﹁ 本
土 l 水圏 l
白地という一連の秩序的関係において把握されねばならない﹂ことにな
ところが︑われわれの見解では︑島とは地球上の陸地を︑面積の大小で大陸と区別した単なる自然的概念であり る ︒
当然大村のいうような︑心理的な本土との相対概念ではない︒もし︑ 対比されるべきものがあれば︑本土ではなく
自然的意味での大陸である︒従って︑例えば︑ブリテン島や本州島において︑たとえ︑水圏にかこまれていること
を︑心理的に或はばあいによって意識しなくても島であることに変りはない︒
大村のとりあげた本土 セン︒フルにおいても︑しばしば用いられたものであるが︑彼
冨 巳
ロ 戸
山 口
円 四
と い う 用 語 は ︑
女のばあい遂にこのことについての論及はなかった︒
しかしながら昭和二十八年に︑わが国において離島振興法が制定されて以来︑ 離島に対比される本土という概念
が一般用語として用いられてきている︒従ってたとえ︑大村の概念規定に多くの問題がある (次の項で詳論しなけ
ればならない) にしても︑彼の島に対比される﹁本土﹂なる発担は貴重なものとして︑ 更に発展せしめねばならな
い で
あ ろ
う ︒
序章一離島地理学の方法と対象
デガタ
本土と地方(地潟)
離島振興法第一条に
﹁乙の法律は︑本土より隔絶せる離島の特殊事情よりくる後進性(下略)﹂
( 傍
点
l
筆者)
﹁隔絶﹂という事実を媒介として︑本土と離島とが対置されている︒ 注意すべきことは︑本土と対比さ
と あ
っ て
︑
れているのは﹁島﹂でなく﹁離島﹂である︒
﹁島﹂に対比されるものは﹁大陸﹂であった︒ブリュン
ハ匂
向
υ ヌが︑海島の例としたパレアル諸島の説明において︑対岸のヨーロッパ大陸を︑単に﹁対岸﹂とよぴ︑そこに本土 ラッツヱルやブリュンヌには︑本土という思想はない︒
という考えはなかった︒セン︒フルにはしばしば冨包巳 ω
ロ 品
という語句がみられたが︑ ほとんど大陸と同意語に用
いている︒要するに︑
ζれ ら 先 学 に は ︑ 本土という概念はなく︑まして︑島を本土の相対概念として把えるような
一 九
三
一九 四
いかなる考えもなかったといってよい︒
離島航路整備法には︑本土を四つの主向としているのみで︑その説明はないし︑ 離島はその附属する島々として
いる︒また浅野には︑いうところの対置地域に関する説明がない︒従って本土なる概念は大村の規定が唯一のもの
で あ
る ︒
大村によると︑さきにふれたように①本土は島の相対概念で︑②面積が常に島より大きく︑かつ③常に︑或は場
ヂ ヂ ガ タ ク ガ ホ ン ド
合によっては海による限界を考えない陸地ーーすなわち大陸︑あるいは白から地︑地方︑陸︑木土とよばれるもの
であった︒明確でないが自然的概念である'品との相対概念であるから︑ 木土もまた自然的概念として把えられてい
ると思う︒しかし筆者の考えでは白から地︑
ヂ ゴ ゼ ン
いる︒広島県厳島の対岸に地御前という地名があり︑
ヂ・刀ム口
地家室という集落がある︒宮本の研究によると︑少くともこの両者の問に親村││子村の関係はなく︑閃発はむし 地方とよばれるものと︑本土とよばれているものとは意味がちがって
オキカムロ
また山口県の瀬戸内海にある沖家室島の対岸の周防大島に
ろ︑沖家室が早く︑十七世紀末には農耕のぬとして完全に閃かれ︑ かつ港としてすぐれた条件をもった仮泊場であ
ったが︑それよりおくれて地家室が閃かれ︑かつ港の体裁をと﹀のえて︑船岩場となった︒沖家宝は次第に一本釣
内句
漁村に変っていった︒現在︑ 瀬戸内において︑広島県の品々では︑中国地万の対岸を︑
ヂ ガ タ ヂ ガ
7 1
ツイ
今治︑松山方面をそれぞれ漠然と地潟︑あるいは地方(相互の島をよぶのは在という)とい¥中国地方に近い
イ ワ キ ヂ ガ タ
岩城島(愛媛県)でも︑地方というのは︑今治方面をきしている︒
タ イ リ ク ヂ ヂ ガ ク タ イ リ ク
を対陸とよんでいる︒要するに︑地︑地方︑対陸というのは︑ また愛媛県のお々では︑
佐賀県や長崎県北松の島々では対岸の九州地方
白の対岸にある大きい陸地を漠然とさすのみで︑丁
度ブリュンヌが︑パレアル諸島で用いた対岸と全く同意義であって︑そこには︑ 向と対比された対等の立場で取り
序平一離島地理学の方法と対象
ヂ カ ム ロ
地家宝(周防大島)と沖家室
地という言葉に本土的内容はない。両者の問 lヂ こ親一子村の関
係はなく、?中家宝島の方が開発が早い。
あげられた全く自然的な意味での陸地にすぎな
ヂ ガ タ
い︒従って︑地方と島との問には︑先進的︑後
進的といった階層的な考え方は全くない︒
ところが︑本土冨包ロ
Zロ 仏
になると︑イギ
リス東北にあるセットランド諸島
N2 Z
ロ 仏
の
中心島をメ l ンランド
冨 巳
ロ 目
白 ロ
門 同
とよんでい
るし︑またハワイ島民が
宮 包
ロ
Eロ 円 四
とよぷの
はアメリカ本土である(ハワイ諸島の中心島で
あるオアフ島 O えロを叶︒巧ロとよんでいる)
向
υ ように︑根本的に島に対して階層的差異をふく
内 り
向
υ んでいると思われる︒しかし︑ ﹁本土﹂という
一口葉は︑少くとも︑わが国の離島民の間の日常
会話において︑ 一般的の問には全く使用されて
い ず
︑
これはむしろ離島振興法以降一般化した
官庁用語である︒それがやがて島の側でも使用
されるようになっているが︑主に島の官公吏︑
或はそれに準ずる立場にある人々(たとえば農︑漁協の幹部)の用語で︑そこにあるものは︑離島振興法にうたわ
一 九
五
一 九 六
れているような ﹁本土は島よりもより先進的である﹂という考えが根底にある︒島と本土とを対比した場合︑階層
的なニュアンスが強い︒
われわれは︑本土とは何らかの意味(あとで詳論する) でその島にとって主要な地域であるという人間の主観︑
価値判断︑選択が加わった人文的概念であると考える︒従って自然概念である島との相対概念としては把えていな
い︒また︑もし︑島を本土と対比する場合には人文的概念としての﹁島という地域﹂ でなければならない︒その場
合︑両者の関係は︑人文的歴史的関係であるから︑単に面積の大小という自然的な要素を︑ 或は島の自然的成因を
媒介とする対比ではなく文化的︑政治的︑経済的等社会的条件が媒介され︑
とする島興である﹂というような個定的超歴史的な関係とはみない︒ それは歴史的関係であるから︑
﹁ 日
本
の本州島はアジア大陸を
冨 包
ロ 目
白 ロ
門 凶
し か
も︑両者の聞を離島振興法にうたわれているように階層的に本土(先進的)︑離島(後進的) の関係として把える
べきであるとするならば︑両者の関係の歴史的変遷は一居明らかとなる︒例えば︑ 中国の文化がその四国に大きい
影響をもった古い時代には︑日本は明かに中国大陸を本土とする島興群とすることが出来るが︑ その鎖国時代︑或
は︑日本の大陸進出以降︑中国大陸をその本土とみるととは出来ないはずである︒同様に︑ 大ブリテン島にしても
古い時代にはヨーロッパ大陸をその本土とするという乙とが肯定出来ても︑ イギリスが世界帝国として発展して以
降乙の関係は変っている︒ そして本州島や大ブリテン島に本土なるものは少くとも現在存在しないと考えられる︒
ハワイ諸島の島民がアメリカ本国のことを冨巴巳 ω ロ品とよんでいるように︑ ま た さ き に ︑ 本土はその島にとっ
て何らかの意味で主要な地域であるとしたように︑単に︑本土と島との関係を︑ 階層的にのみ把えるのでなく︑両
者の聞に主従関係或はある島がその本土に対する依存関係にあるものと推定される︒従って︑特定の島に対する本
土の決定︑或は両者¢関係のあり様は︑実は両者の地誌的な研究によって始めて明かにする乙とが出来るのである
が(次に詳細に︑実証的研究によって明かにする)︑ ここでは︑議論を進める上に必要な結論だけを述べると︑日本
のそれぞれの離
L砧は︑現在安価な新学卒の若年労働力および成人の出稼労働力と︑水産物︑鉱産物を近代資本の充
填している特定の地域に送
h J ︑またそこの資本制生産物を受入れ︑しかも資本交流では︑その地域に対して離島は全
く一方的依存関係にあり︑あたかも本国対植民地のような交易の構造が形成されている︒離島とこうした関係のもと
にある﹁近代資本の充填した特定の地域﹂を同一の陸地内にもつものこそ当該の離島に対する本土と考えられる︒
従って︑島の動向に対する主導権は全く一方的に本土の手中にある︒近代社会において︑
か
﹀ る 主 導 権 を も つ も
のは﹁資本﹂である︒そして資本と権力の癒着した近代社会にあっては︑ ことに国家独占資本の性格の強い日本の
如きは︑更に︑そこに国家権力或はそれらの出先き機関の集中した地域をもっ陸地が島に対する本土である︒
つ ま
り︑国の首都であり︑近代工業地域や州庁或は県庁所在地をもっ陸地が具体的にそうである︒乙の場合には︑ 両者
の聞の面積の大小は問題でないし︑またそれが島であっても問題でない︒例えばインドネシア国において︑本土を
序章一離島地理学の方法と対象
以上のように解するならば︑むしろ面積の小さいジャワ島こそ︑より大きいスマトラ︑ ボルネオの本土であろう︒
かくして当然︑島から対陸とか地万(地潟)とよばれている地域は本土とは全く意味を異にしたものと思われる︒
離島の隔絶性
本土と対比されている離島という用語は︑ さきにあげた先学には全くみられないし︑もちろん島と離島とを区別
する思想はない︒わが国の古い辞典にも離島という言葉はあまり見当らないし︑ またわが国の離島の側からも島民
語としてはつかわれていない
Dや は
り ︑
離島振興法で本土と対比してつかわれて以降の官庁用語から︑ 一 般 化 さ れ
九
七
一 九 八
たものといえよう︒そして︑本土の反対概念として︑やはりよりおくれているという階層的な考えが内在してい
ヂ ヂ ガ 仰 い