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旧市街地における商業店舗の回復

旧市街地における新規開業店舗にみられるもう一つの特徴は,旧市街地に残存する建築 物や物件に価値が見出されていることである。例えば中央市場の物件に典型されるように,

選択される店舗物件では,リノベーション・コンバージョンによって既存物件の老朽化が 解決されており,内装の施工は自身か身近な関係者によって行われている。そこには,築 年数の深い物件に関心を寄せ,旧市街地の建築物を活用しようという経営者らの意図が読 み取れる。

この取り組みの動機となっていたのが旧市街地の活性化や,老朽化する建築物そのもの への再評価である。前者は,「門司港レトロ事業」によって門司港レトロ地区の整備が進む

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一方で,旧市街地が事業対象に含まれなかったことに起因すると考えられる。すなわちⅢ 章の栄町銀天街に示された傾向と同様に,港湾地区の観光地化が推進されてもなお,中央 市場において閉業・廃業店舗の続出に歯止めがかからなかった状況への対応である。後者 は,門司港における局所的な観光開発手法の反動ともいえる。つまり,門司港レトロ地区 における観光施設の大半は,新設施設によって占められ,さらに,歴史的建造物の保存修 復と観光利用は門司港レトロ地区の立地物件において優先され,旧市街地に立地するもの は一部を除いて取り壊される憂き目にあってきたことへの認識である。

このように,彼らの立地選択プロセスの過程には,観光開発の結果としての「門司港レ トロ地区」の形成に対する意識があることが確認でき,こうした意識を次第に強化したの が,現在の新市街地と旧市街地との分化によって,門司港市街地における両者の地域的性 格の差異が明確になった経緯である。このため上記はいずれも,「観光からみた市街地の地 域分化」によってもたらされた,旧市街地側の反応として捉えることができる。

以上のとおり,新規開業店舗の立地と経営者らによる立地選択理由に踏み込んで検討す れば,門司港レトロ地区の形成にみられる市街地の観光地区の形成と,それにともなう新 市街地における観光地化の直接的な進展が,経営者らの意思決定に影響を及ぼしているこ とが認められる。たしかに,門司港の旧市街地では,主要な観光施設の立地や,観光客に よる活発な観光活動は確認されない。しかし,観光客による滞留の偏りや限定的な行動範 囲など,門司港における観光空間の特徴が考慮されたうえで,旧市街地に出店することに 対してそれぞれ意義が見出されている。したがって,旧市街地における新規開業店舗の立 地範囲の拡大過程は,その空間的・質的な意味において,観光地化の進展過程の一端とし て捉えることができよう。

113 4.小括

以上では,観光地化の進展の観点から,2007 年以降の門司港市街地における新旧市街地 別での新規開業店舗の地域的展開について確認してきた。そこでは,「門司港レトロ事業」

による門司港レトロ地区の形成に端を発して,近年の門司港市街地では,観光地化の影響 を含んだ空間現象がもたらされていることがわかった。また,観光地化による影響の程度 と内容は新旧市街地において差異があることを指摘した。

また本章では,門司港市街地における新規開業店舗の経営者による立地選択の経緯につ いて明らかにした。図Ⅳ-8 は,経営者らの立地選択プロセスのパターンを模式化してまと めたものである。新市街地への出店はおもに北九州市民によって,一方,旧市街地への出

図 IV-7 門司港市街地における新規開業者の立地選択プロセス(2007-2018年)

(2017年9月および2018年3月の現地調査により作成)

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店はおもに門司港に居住する地域住民によって選ばれる。各経営者による営業形態の志向 性から新旧市街地がそれぞれ選好され,知人の紹介,物件への再評価などをとおして物件 を選定する。このうち,旧市街地では,開業準備に際してリノベーション・コンバージョ ンをともなう物件の修繕が行われる。また,旧市街地への店舗の移転に際しては,経営展 開,営業形態の変更を理由に移転が計画され,そこでも店舗物件の修繕が行われて開業準 備が進められる。

さらに,門司港市街地において,営業店舖が「観光」と関係を持ちながら商業活動に取 り組み,その立地範囲を拡大させていく空間的プロセスは,広く市街地スケールからみれ ば,観光地化の進展として捉えられる。これはとくに新市街地側を起点とした観光地化の 状況を捉えた場合において,より有効な視点である。一方,旧市街地側からみれば,新市 街地側の観光開発と観光地化の進展に対する地域的対応として捉えることが可能である。

以下では,本章で明らかになった内容に基づいて,門司港市街地における観光の地域的展 開についてまとめ,観光地化がもたらした市街地における空間的作用について考察する。

(1) 新旧市街地における観光地化の進展

まず,新市街地における観光地化の進展は,西海岸地区のウォーターフロントにおいて 顕著にみられ,なかでも新海運ビルのテナントに新規開業した雑貨販売店は象徴的な存在 である。そこでは,観光客を主な顧客対象とした商品が販売され,店舗経営が行われてい る。オフィスビルの物件が店舗として開放されていることから,業務施設を観光利用へ転 換する点で,門司港レトロ地区の土地利用転換と同様のパターンを示している。門司港レ トロ地区と観光ゲートウェイとしての門司港駅,関門汽船のりばと近接した立地条件は,

観光客を集客するうえで優位性が高く,このため直接的な観光地化の進展をみることがで きたといえる。

また,新市街地のうち港町地区の店舗は,門司港レトロ地区の観光開発とマンションの 建設用地の対象から免れた地割に単独店舗として立地したものであり,空間的には観光地 区と近接している。しかし,とりわけ旧日銀通り沿線の店舗では,旧市街地の住民を対象 とした店舗経営が行われており,観光への専門化は確認されない。このため旧日銀通り付 近の店舗については,観光地化の進展の観点からは,新市街地と旧市街地との遷移地帯と しての特色が指摘できる。つまり当該地区は,観光地区と非観光地区との緩衝地帯として 位置づけられた旧日銀通り沿線地区の地区性格を受け継いでいると考えられる。

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さらに,立地選択理由をとおして新市街地における観光地化の進展を説明する際には,

経営者らが門司港市街地を除いた市内に居住する北九州市民によって構成されている点に 留意が必要である。その理由は,経営者自身が観光客として門司港を訪問し,物件オーナ ーと直接の交渉機会を得て,門司港での新規開業を決意しているからである。つまり新市 街地の経営者による立地選択の経緯には,観光客による盛んな来店が前提とされており,

彼らは門司港における立地条件のうち観光的側面を重視している。そのうえで,とくに新 海運ビルの事例に顕著にみられるように,小規模店舗が複数入居することによる拠点性と ビルオーナーによる施設の運営方針によって新規出店が後押しされている。このように,

観光地区と近接した立地条件が経営者の経営意欲をかき立てているのである。

一方の旧市街地では,とくに2012年以降の段階において,新規開業店舗による立地範囲 が拡大する傾向にあった。このうち中央市場に比較的多数の店舗が立地し,近接した周辺 の店舗とともにまとまりのある分布域を形成している。それ以外の新規開業店舗について は分散的な立地を示しており,一部には山地の傾斜地に立地が求められて外延化する特徴 も指摘できる。この外延化を可能にしているのが市街地の縮小にともなう旧市街地におけ る空き店舗・空き家の増加である。店舗では,観光客の来店にも一定の期待が寄せられる とともに,立地の特性上,地域住民が主要顧客として設定されている。こうした立地の外 延化は,顧客としての高齢者を中心とした定住人口が居住している生活空間へ接近してい るとも捉えられる。

旧市街地における分散的な観光地化の進展は,新旧市街地の関係によっても説明するこ とができる。本章で取り上げた事例では,新市街地の新海運ビルがその窓口となって新規 開業希望者を招き入れている様子が確認された。さらに,そこでの経営歴を蓄積した経営 者が旧市街地に単独店舗の移転先を求めている。このパターンは,観光地化された新市街 地で経営経験を積んだ経営者が,旧市街地にオーバーフローする事例として位置づけるこ とができ,港湾地区の観光地化が門司港旧市街地に向けて段階的に浸透するプロセスを示 している。この場合,とくに新海運ビルでは,店舗の入れ替わりによって連続的に新規開 業者を迎えており,旧市街地に移転する経営者の送出拠点としても位置づけられる。この ように,観光開発によって分化した新旧市街地では,店舗移転をともなう個人経営者の存 在によって,新たに空間的な結びつきが与えられつつある。

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