1. 目的
第6章からは,研究課題3への対処として,職業に対する自己効力感が進路指導に果たす役割 を検討する。本章では,その第一歩として,工業高校生の職業に対する自己効力感が,進路実現 に向けた将来展望の形成にどのような影響を及ぼしうるかについて検討することを目的とする。
第1章で述べた通り,生徒に進路に対する将来展望を持たせ,それに繋がる意識や行動を学校 生活での中で,適切に促すためには,職業に対する自己効力感が生徒の過去・現在・未来という 時間的な連続性の中で,将来展望の形成にどのような役割を果たしうるかについて把握する必要 がある。白井(1994)59)はこれを時間的展望体験と呼んだ。そこで,本章では,工業高校生の職業 に対する自己効力感と時間的展望体験との関連性を明らかにすることを試みる。
具体的には,白井(1994)59)の作成した時間的展望体験尺度 (「目標指向性」因子,「希望」因子,
「現在の充実感」因子,「過去受容」因子) を用い,これらの4因子を基準変数,職業自己効力 感構成因子群を説明変数として,その影響力を検討する。
2. 研究の方法 2.1 調査対象
O市内の公立工業高校3校計479名(男子471名,女子8名,1学年181名,2学年161名,
3学年 137名)を対象とした。学科の構成は機械系132名,電気系165名,化学系182名であっ た。有効回答数は468名(男子460名,女子8名,1学年179名,2学年158名,3学年131名) であった。有効回答率 97.7%であった。なお,有効回答者の学科構成は機械系 124 名,電気系 164名,化学系180名であった。
2.2 測定尺度
測定尺度には,白井(1994)59)の作成した「時間的展望体験尺度」と第2章で作成した「工業高生 の職業に対する自己効力感尺度」を準備した。「時間的展望体験尺度」には,将来の目標があるか, そのために何を準備しているかという「目標指向性」 因子, 自分の将来に希望が持てるか, 将来 を切り開く自信があるかという 「希望」 因子,現在の生活が充実しているか, 現在の生活に満足 しているかという「現在の充実感」 因子,過去を受け入れることができるか, 過去の出来事にこ だわっていないかという 「過去受容」 の4因子が含まれている(18項目)。回答は,「5 : あては まらない」,「4 : どちらかといえばあてはまらない」,「3 : どちらともいえない」,「2 : どちら
第6章 工業高校生の職業に対する自己効力感と時間的展望体験との関連性
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かといえばあてはまる」,「1 : あてはまる」の5件法とした。調査に使用した「時間的展望体験 尺度」を図Ⅵ-1に示す。
また, 同様に第 2 章で作成した「工業高校生の職業に対する自己効力感尺度」(11 項目)は,
「適応資質効力感」因子,「専門性効力感」因子の2因子で構成されている。回答は,「5 : とて も思う」,「4 : 少し思う」,「3 : どちらでもない」,「2 : あまり思わない」,「1 : まったく思 わない」の5件法とした。加えて,本調査では第2章で用いた「学校生活に対する意識」3項目 を準備した。これは,Lewin,K.(1954)53)が時間的展望体験という概念を将来展望と現在の行動と
図Ⅵ-1 時間的展望体験尺度 (白井 1994 ) 3.次の質問にどのくらいあてはまるか○をつけてください。
(1) 私には、だいたいの将来計画がある。 5-4-3-2-1
(2) 将来のためを考えて、今から準備していることがある。 5-4-3-2-1
(3) 私には、将来の目標がある。 5-4-3-2-1
(4) 私の将来は、漠然としていてつかみどころがない。 5-4-3-2-1
(5) 将来のことは、あまり考えたくない。 5-4-3-2-1
(6) 私の将来には、希望がもてる。 5-4-3-2-1
(7) 10 年後、私はどうなっているのかよくわからない。 5-4-3-2-1
(8) 自分の将来は、自分できりひらく自信がある。 5-4-3-2-1
(9) 私には、未来がないような気がする。 5-4-3-2-1
(10) 毎日の生活が、充実している。 5-4-3-2-1
(11) 今の生活に、満足している。 5-4-3-2-1
(12) 毎日が、同じことの繰り返しで退屈だ。 5-4-3-2-1
(13) 毎日が、なんとなく過ぎていく。 5-4-3-2-1
(14) 今の自分は、本当の自分でないような気がする。 5-4-3-2-1
(15) 私は、自分の過去を受け入れることができる。 5-4-3-2-1
(16) 過去のことは、あまり思い出したくない。 5-4-3-2-1
(17) 私の過去は、つらいことばかりだった。 5-4-3-2-1
(18) 私は、過去の出来事にこだわっている。 5-4-3-2-1
5 あてはまる
4 どちらかといえばあてはまる 3 どちらともいえない
2 どちらかといえばあてはまらない 1 あてはまらない
第6章 工業高校生の職業に対する自己効力感と時間的展望体験との関連性
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を関連づける心理的要因として位置付けていることに基づき,本調査の妥当性を確認するために 使用するものである。「学校生活に対する意識」3項目への回答は,「4 : とても思う」,「3 : 少 し思う」,「2 : あまり思わない」,「1 : まったく思わない」の4件法とした。
2.3 手続き
調査は,各高校のホームルーム(終礼)の時間を利用し2008年9~10月に実施した。調査後,
「学校生活に対する意識」の学年別推移傾向及び職業に対する自己効力感2因子との関連性を検 討し,第2,3 章で得られた知見との整合性を確認した。その上で,職業に対する自己効力感各因 子を説明変数,時間的展望体験各因子を基準変数とする重回帰分析を行った。得られた重相関係 数の有意性を確認した後,有意で絶対値が0.10以上の標準偏回帰係数をパス係数とするパス・ダ イヤグラムを作成し,両尺度各因子間の因果関係について学年間の変容を把握した。
3 結果及び考察 3.1 調査対象者の状況
(1)学校生活に対する意識の状況
まず,調査対象者の状況を把握するために,「学校生活に対する意識」3項目の学年別平均値を 求めた(表Ⅵ-1)。学年間の差異について 1 元配置分散分析を行った結果, 学年の主効果が有意 であった(F (2,465)=5.02, p<0.01)。LSD法による多重比較の結果, 2学年に比べ,1・3学年の平 均値が有意に高くなった。
(2)職業に対する自己効力感の状況
次に,職業に対する自己効力感2因子の学年別平均値を求めた(表Ⅵ-2, 表Ⅵ-3)。学年間の差 異について1元配置分散分析を行った結果,「適応資質効力感」因子,「専門性効力感」因子共に 学年の主効果が有意であった。LSD法による多重比較の結果,両因子共に1・2学年に比べ3学 年が高い平均値を示した。
しかし, 1学年と2学年においては, 有意な差は見られなかった。これらの結果は, 第2章と 同様の傾向であった。
1学年 2学年 3学年 (n=179) (n=158) (n=131)
平均 2.91 2.69 2.91 F(2,465)=5.02 **
S.D. 0.71 0.72 0.70 3学年≒1学年>2学年
**: p<0.01
学年間の差異の検定
学校生活に対する意識 学年別
表Ⅵ-1 学校に対する意識の学年別の実態
第6章 工業高校生の職業に対する自己効力感と時間的展望体験との関連性
- 67 - (3)時間的展望体験の状況
同様に,時間的展望体験 4 因子の学年別平均値を求めた(表Ⅵ-4, 表Ⅵ-5, 表Ⅵ-6,表Ⅵ7)。 学年間の差異について1元配置分散分析を行った結果,4つの因子全てで学年の主効果が有意であ った。LSD 法による多重比較の結果,「目標指向性」因子,「希望」因子,「過去受容」因子の 3 因子においてはいずれも 1・2学年よりも3学年の平均値が有意に高かった。しかし, 「現在の 充実感」因子では, 1・3学年の平均値が2学年よりも有意に高くなる中弛み現象が見られた。
1学年 2学年 3学年 (n=179) (n=158) (n=131) 平均 2.97 3.07 3.14 S.D. 0.60 0.56 0.51
**: p<0.01
学年別 学年間の差異の検定
「希望」因子 F(2,463)=7.70 **
3学年>2学年≒1学年 表Ⅵ-5「希望」因子の学年別平均値
1学年 2学年 3学年 (n =179) (n =158) (n =131) 平均 3.25 3.12 3.25 S.D. 0.78 0.85 0.90
** : p <0.01
学年別 学年間の差異の検定
「専門性効力感」因子 F(2,463)=8.47 **
3学年>2学年≒1学年 表Ⅵ-3「専門性効力感」因子の学年別平均値
1学年 2学年 3学年 (n=179) (n=158) (n=131) 平均 3.35 3.43 3.74 S.D. 0.89 0.83 0.88
**: p<0.01
「適応資質効力感」因子
学年別 学年間の差異の検定
F(2,463)=16.57 **
3学年>2学年≒1学年 表Ⅵ-2「適応資質効感」因子の学年別平均値
1学年 2学年 3学年 (n =179) (n =158) (n =131) 平均 2.92 3.03 3.64 S.D. 0.95 0.96 0.95
** : p <0.01
学年別 学年間の差異の検定
F(2,463)=23.84 **
3学年>2学年≒1学年
「目標指向性」因子
表Ⅵ-4「目標指向性」因子の学年別平均値
1学年 2学年 3学年 (n=179) (n=158) (n=131) 平均 3.15 2.86 3.20 S.D. 0.91 0.82 0.85
**: p<0.01
「現在の充実感」因子 F(2,463)=2.33 **
3学年≒1学年>2学年
学年別 学年間の差異の検定
表Ⅵ-6「現在の充実感」因子の学年別平均値
第6章 工業高校生の職業に対する自己効力感と時間的展望体験との関連性
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(4)学校生活に対する意識と職業に対する自己効力感及び時間的展望体験との関連性
ここで,前述した「学校生活に対する意識」の平均値2.50以上の生徒を上位群(n=236),2.50 未満の生徒を下位群(n=232)として,職業に対する自己効力感2因子及び時間的展望体験4因 子の平均値を比較した(表Ⅳ-8,表Ⅳ-9)。前述したLewin,K.(1954)53)の指摘に基づけば,学校生 活に満足感を有する生徒ほど,時間的展望体験,職業に対する自己効力感共に高くなることが予 測される。群間の差に対するt検定の結果,予測した通り「適応資質効力感」因子(t (466)=8.89,
p<0.01),「専門性効力感」因子(t (409)Weltch=10.09,p<0.01)共に上位群が下位群に比べて有意 に高くなった。また,時間的展望体験についても,「過去受容」因子(t (466)Weltch=1.75,n.s.)を 除く,「目標指向性」因子(t(466)=3.38,p<0.01),「希望」因子(t(466)=4.56,p<0.01),「現在の 充実感」因子(t (466)=6.99,p<0.01)において群間に有意な差が認められた。このことから,本 調査対象の生徒は概ね両尺度に適切に回答し,妥当な反応を示したことが確認された。以上の実 態を持つ生徒の傾向として以下の分析を進めた。
1学年 2学年 3学年 (n=179) (n=158) (n=131) 平均 3.89 3.06 3.39 S.D. 0.90 0.83 0.84
**: p<0.01
学年間の差異の検定 学年別
「過去受容」因子 F(2,463)=5.43 **
3学年>2学年≒1学年 表Ⅵ-7「過去受容」因子の学年別平均値
平均 S.D.
平均 S.D.
**:p<0.01
t(464)Weltch=1.75 n.s.
0.93
「目標指向性」因子 「希望」因子 「現在の充実感」因子 3.33 3.27
1.01 0.80 0.83
上位群(n=236) 3.31 3.26
3.13 0.80
「過去受容」因子
下位群(n=232)
0.97 0.81
t検定 t(466)=3.38 ** t(466)=4.56 ** t(466)=6.99 **
3.00 2.92 2.79
0.84 学校生活に対する意識
表Ⅵ-9 学校に対する意識と時間的展望体験との関連性 平均
S.D.
平均 S.D.
**:p<0.01
「適応資質効力感」因子 「専門性効力感」因子
0.69 0.68
下位群(n=232) 3.04 3.11
上位群(n=236) 3.62 3.86
t検定 t(466)=8.89 ** t(409)Weltch=10.09 **
0.72 0.90
学校生活に対する意識
表Ⅵ-8 学校に対する意識と職業に対する自己効力感との関連性