第Ⅰ章 ヒト iPS 細胞由来小腸幹細胞の維持培養法の検討
4. 小括
本検討において、ヒトiPS細胞由来腸管幹細胞の維持培養方法を確立した。これまで、オ ルガノイドと呼ばれる 3 次元構造をとることで腸管幹細胞を維持することが可能であるこ とが報告されていたが、本方法は腸管幹細胞を 2 次元で培養することを可能とした。さら に、維持した腸管幹細胞は薬物動態学的機能を有した腸管上皮細胞への分化が可能である ことを明らかとし、薬物動態評価に利用可能であることを示した。
第Ⅱ章 ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞の粘膜傷害作用及び粘膜保護作用評価への利用 消化管は栄養や水分を吸収する重要な役割を担うとともに、腸内細菌や外的刺激からの 防御においても重要な役割を果たしている。腸管上皮細胞は、主に吸収上皮細胞、杯細胞、
Paneth細胞、腸内分泌細胞、タフト細胞、M細胞に分けられ、腸内細菌や外的刺激からの防
御には腸管粘液を分泌する杯細胞が大きな役割を担っている。腸管粘液の主成分であるム チンをコードする遺伝子は、現在ヒトで約20種類が知られている。ムチンは、分泌型ムチ ンと膜結合型ムチンの二種類に分けられ、腸の杯細胞から分泌される腸管粘液の主要成分 は分泌型であるMucin 2(MUC2)である。臨床的にはムチンの分泌の減少が、クローン病、
炎症性腸疾患、壊死性腸炎等様々な疾患において報告されている。例えば、感冒患者の解熱、
変形性関節症や関節リウマチなどの骨関節疾患患者の鎮痛などで広く使用されている非ス テロイド性抗炎症薬(NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs)は潰瘍やビランなどの 胃粘膜傷害を引き起こすだけでなく、腸管粘膜傷害をも惹起させることが内視鏡の発達に より近年、多く報告されている44-48。ラットにおいても、最も一般的なNSAIDsであるイン ドメタシンを投与することにより、胃腸傷害が誘発され49-51、これらの原因の一つとしてム チンの減少が考えられている52。一方、レバミピドやイルソグラジンなどの胃粘膜保護作用 を有する薬物(MPAs:mucosal protective agents)は胃粘膜のムチン分泌を上昇させることで 胃粘膜保護作用を示し、胃潰瘍を治療する薬として使用されている薬物であるが、腸管粘膜 の保護作用も有することが、動物を用いたin vivo試験やヒトの臨床試験においても報告さ
れている53-55。結腸癌由来細胞であるLS174T細胞を用いたin vitro試験では、レバミピドに
よりMUC2のmRNA発現量が上昇することを報告している18。
このように MUC2の発現量の変動は疾患や薬物により一定の頻度で起こっており、ヒト 大腸における炎症過程の程度と相関することが報告されていることから 56、MUC2 の変動 は粘膜傷害や粘膜保護を評価する指標として有用であると考えられる。しかしながら、その 多くが動物を用いたin vivo試験であり、in vitro試験での報告は少ない。これは、MUC2を 安定的に発現している入手可能な細胞が少ないことが考えられる。例えばもっとも汎用さ
れているCaco-2 細胞ではMUC2の発現はほとんど確認されない57。LS174T細胞はMUC2
の発現が確認されているが、結腸癌由来細胞であるため、正常な細胞の生理的反応とは違う 可能性がある。最適な細胞として、ヒト初代腸管上皮細胞が考えられるが、その入手は困難 であり、さらに、培養可能期間が短いという問題がある。
そこで、本研究では、ムチンの構成成分であるMUC2を指標とした薬物による粘膜傷害作 用、及び粘膜保護作用を評価できる新しいin vitro評価系としてヒトiPS細胞由来腸管上皮細 胞が利用可能か検討を試みた。
30 1 実験材料及び実験方法
1-1 細胞
第一章で用いたヒトiPS細胞(#51:Windy)及びCaco-2細胞を用いた。
1-2 試薬・培地・剥離液・保存液
第一章で用いたものと同様のものを用いた。
1-3 MEFの培養
第一章で用いたものと同様のものを用いた。
1-4 ヒトiPS細胞の培養
第一章で述べた方法と同様に行った。
1-5 ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化 第一章で述べた方法と同様に行った。
1-6 NSAIDs及びMPAsの腸管上皮細胞への影響
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞へと分化させる6日間(Day 21からDay 26)にNSAIDs、
MPAs又は両薬物(インドメタシン+レバミピド)を培地に添加し、培養を行った。NSAIDs 及びMPAsの高濃度群の終濃度は、臨床用量を250 mLで除して算出した腸内薬物濃度を考 慮して設定した。
1-7 Real-time RT-PCR法による解析
RNA の抽出、RNAの定量、逆転写反応、real-time RT-PCR は、第一章で述べた方法と同 様に行った。
1-8 免疫蛍光染色及びタンパク質発現量の定量解析
分化した細胞をPBSで3回洗浄し、-20°Cに冷却したメタノールを加え、4°C、5分で固定と 膜透過処理を行った。PBSで3回洗浄し、0.5%FBSを含むPBSを用いて室温で20分間ブロッキ ングした。続いて抗MUC2抗体及びビリン抗体(Santa Cruz Biotechnology,SantaCruz,CA ,
USA)を希釈倍率(1:100)でPBSに希釈し、室温で60分間インキュベートした。その後、4°C
で一晩インキュベートした。翌日、細胞をPBSで3回洗浄し、Alexa Fluor 488及び568標識二 次抗体(Thermo Fisher Scientific)を希釈倍率(1:200)でPBSに希釈し、室温で60分間インキ ュベートした。PBSで3回洗浄した後、1 μg/mL DAPIを含むPBSで室温、5分間反応させ、PBS で1回洗浄した。次いで、細胞をSlowFade Diamond Antifade Mountantを用いてスライドガラ ス上にマウントし、ECLIPSE Ti-S顕微鏡(Nikon,Tokyo,Japan)を用いて観察した。また、
MUC2またはvillin陽性細胞数の定量はIN Cell Analyzer 6000(GE Healthcare,Little Chalfont,
UK)を用いて、マウントした細胞の16(4×4)地点をハイコンテントアナリシス用画像解析
ソフトウェア(IN Cell Developer Toolbox software 1.9,GE Healthcare)を用いて解析した。
1-9 膜透過性試験 TEER値の測定
第一章で述べた方法と同様に行った。
FD-4の透過性評価
ヒトiPS細胞から分化後、7日目に0.5 µg/cm2となるようにiMatrix-511でコーティングした カルチャーインサートに播種し、19日間培養した。その内の最後の6日間(Day 21からDay 26)にインドメタシン、レバミピド又は両薬物(インドメタシン+レバミピド)を培地に添 加し、培養した。HBSSで20分間プレインキュベートした後、FD-4を終濃度として1 μg/mLに なるようにapical側に加え、basal側から30分間隔で120分までサンプリングした。各サンプリ ン グ 後 は 、 直 ち に 等 量 のHBSSをbasal側 に 加 え た 。 測 定 は 蛍 光 プ レ ー ト リ ー ダ ー
(SYNERGY/HTX multimode reader,BioTek,Winooski,VT,USA)を用い、励起波長:485 nm、蛍光波長:530 nmで測定を行った。
見かけの膜透過係数の算出
第一章で述べた方法と同様に行った。
1-10 統計解析
統計的有意性は、2群間の比較についてはスチューデントt検定を、多重比較は、分散分析 を行った後、ダネット法を用いた。その際の統計分析は、EXCEL統計Ver.4.0(株式会社エス ミ,東京,日本)を用いて行った。
2 結果
2-1 ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞におけるMUC2発現量の評価
ヒトiPS細胞(Day 0)、ヒトiPS細胞由来腸管幹細胞(Day 7)、ヒトiPS細胞由来腸管上皮 細胞(Day 26)、Caco-2細胞におけるMUC2のmRNA発現量を評価した(Fig. 15)。分化が進 むにつれ、MUC2の発現量は上昇し、Day 26(ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞)におけるMUC2 の発現量はヒト小腸と同程度であった。一方、Caco-2細胞におけるMUC2の発現量はヒト小 腸の1/100倍以下であった。
32
Figure 15.
Relative mRNA expression levels of MUC2 in cells at Days 0, 7, and 26, and in Caco-2 cells
MUC2 mRNA expression levels are presented relative to those in the human adult small intestine (set as 100).
Target gene expression was normalized to HPRT1 levels.
Data represent the mean ± standard deviation (n = 3).
Levels of statistical significance were compared with Day 0: **p < 0.01.
2-2 NSAIDs及びMPAsのMUC2及びvillinのmRNA発現量に与える影響
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞へと分化させる6日間(Day 21からDay 26)にNSAIDs(メ ロキシカム、インドメタシン、ケトプロフェン)、MPAs(イルソグラジン、レバミピド)
又は両薬物(インドメタシン+レバミピド)を培地中に添加し、MUC2のmRNA発現量を評 価した(Fig. 16)。NSAIDsを添加した場合、メロキシカム、ケトプロフェンの低濃度群を除 いてコントロールと比較してMUC2の発現量が有意に低下した。Cyclooxygenase(COX)-2 選択的阻害薬であるメロキシカムを添加した場合では、他の非選択的COX阻害薬である
NSAIDsと比べてMUC2のmRNAの発現量の低下は緩やかであった。一方、MPAsを添加した
場合、コントロールと比較してイルソグラジン添加群はMUC2の発現量が上昇する傾向が認 められ、レバミピド添加群は高濃度群を除いて有意に上昇した。両薬物を添加した場合では MUC2の発現量が低下した。
同様にvillinのmRNA発現量を評価した結果、インドメタシンとケトプロフェンの高濃度 群でvillinの発現量が顕著に低下した。レバミピドを添加した場合はvillinの発現量が上昇し たが、イルソグラジン添加群では大きな変化は認められなかった。また、両薬物を添加した 場合はvillinの発現量の低下がみられた。
Figure 16.
Effects of NSAIDs and MPAs on MUC2 and villin mRNA expression in enterocytes derived from human iPS cells
MUC2 and villin mRNA expression levels are presented relative to the level in the human adult small intestine (set as 100).
I + R reveal the treatment of 300 μM indomethacin and 250 μM rebamipide.
Data represent the mean ± standard deviation (n = 3).
Target gene expression was normalized to HPRT1 levels.
Levels of statistical significance were compared with the control; *p < 0.05, **p < 0.01.
2-3 インドメタシン及びレバミピドのMUC2のタンパク質発現量に与える影響 MUC2及びvillinの免疫蛍光染色
評価するNSAIDs及びMPAsとしてインドメタシン及びレバミピドをそれぞれ選択し、コ
ントロール群、インドメタシン添加群、レバミピド添加群、両薬物添加群のMUC2、villin、