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第1款 問題 提 起

わ が 国 商 法660条1項 は,そ の 本 文 に被 保 険 者 の損 害 防 止 義 務 を 定 め る と と も に,同 但 書 を も って 保 険者 に損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 を 課 す 。 しか し な が ら,両 義 務 の 内容 は,当 該 規 定上 明 らか に され て い な いた め,そ の具 体 化 は法 解 釈 に委 ね られ て き た。 な か で も保 険者 の 損害 防止 費 用 負 担 義 務 を定 め た 同項 但 書 に つ い て は,通 説 は,こ れ を任 意 規 定 と解 し,保 険 者 に よ って 作 成 され た 損 害 防止 費 用 負 担 に 関 す る如 何 な る保 険 約 款 につ い て

小 町 谷 ・前 掲 注(2)594頁

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も,そ のす べ て に効 力 を認 めて い る。 そ の た あ,保 険 者 の大 部 分 が,損 害 防 止 費 用 不 担 保 約 款 を 設 け,当 該 費 用 の負 担 を免 れ る と い う状 況 を もた ら

して い る。

しか しな が ら,実 際 に は保 険 者 に よ る損 害 防 止 費 用 負 担 の行 われ て い な いわ が 国 に あ って,商 法660条1項 但 書 と異 な る保 険約 款 の有 効 性 につ い て は異 論 もあ り,同 項 但 書 の 強 行 性如 何 を 含 め,議 論 が 尽 きな い㈱。

わ が 国 の 非 海 上 保 険 を 中 心 とす る損 害 保 険 分 野 にお け る この よ う な状 況 に鑑 み,ま た,こ の よ うな 状 況 に対 して,海 上 保 険 契 約 にお いて 損 害 防 止 義 務 お よ び損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 を規 定 す る商 法660条1項 が如 何 に解 釈 され,運 用 され て い るの か,こ の 点 に視 座 を 据 え,当 該 分 野 にお け る先 行 研 究 を 中 心 にそ の 学 説 を 検 討 す る こ とが,本 稿 の 目的 で あ った 。 海 上 保 険 法 制,特 に損 害 防 止 義 務 お よび 損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 にか か る規 定 を め ぐ る歴 史 的 背 景 に加 え,他 の保 険 に 比 して,国 際 的 な保 険 分 野 で あ る だ け に, 保 険 実務 が 先 行 す る海 上 保 険 の 中 で の 当 該 規 定 を め ぐる現 状 へ の 理 解 が, 保 険 契 約 に お け る損 害 防 止 義 務 お よび 損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 の 本 質 的 な 位 置 付 けを 明 らか に す るた め に,検 討 す べ き課 題 を 浮 き彫 り にす る こ と につ な が る と考 え た た め で あ る㈹。 こ こで は,ま ず,か か る考 察 を通 じて 明 ら

損 害 保 険契 約 に お け る議 論 状 況 に つ い て は,拙 著 。前 掲 注⑲62〜107頁 を 参 照 の こ と。

こ の よ うな 見地 か ら,筆 者 は,海 上 保 険 制 度 の生 成 と,そ れ に伴 って 形 成 さ れ て き た海 上 保 険法 制 に存 す る損 害 防 止 義 務 お よ び損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 に か か る わ が 国 の先 行研 究 を 通 して,損 害 防 止 義 務 お よ び損 害 防 止 費 用 負担 義 務 の 有 す る法 的 な性 格 に つ い て は,保 険 契 約 にか か る法 制 史 上,保 険 契 約 そ れ 自体 の持 つ法 的性 質 に照 ら して 再 考 す る余 地 が あ る こ と を,既 に指 摘 して い る。 な お,詳 細 につ い て は,拙 稿 ・前 掲 注 ⑧25〜53頁 お よ び拙 稿 「海 上 リス ク対策 と して の損 害 防止 義 務 」 日本 リス ク研 究 学 会2007年 度 第20回 研 究 発 表 会 講 演論 文 集283〜288頁(2007年)を 参 照 の こ と。

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損害防止費用負担義務 の制度的淵源(二 。完) か にな った こ とを 小 括 した上 で,若 干 の問 題 を提 示 した い。

冒 頭 で も指 摘 した よ う に,わ が 国 の保 険 法 分 野 に お い て,少 な く と も商 法660条1項 を あ ぐ って は,解 釈 論 上,海 上 保 険 契 約 と非 海 上 保 険契 約 とに 区 別 した 議 論 は展 開 され て い な い。 よ り正 確 に は,そ の議 論 は,非 海 上 保 険 を 含 あ た 損 害 保 険 分 野 に取 り込 まれ,現 在 で は,非 海 上 保 険 契 約 に お け

る議 論 に終 始 して い る㈱。

そ の よ うな 現 状 に あ って,損 害 防 止 義 務 お よ び損 害 防 止 費 用 負担 義 務 を 規 定 す る わ が 国 商 法660条1項 に つ い て は,古 くは海 上 保 険 分 野 に お い て も,そ の 解 釈 を め ぐる学 説 が 展 開 され て い た。 時 に,そ の議 論 が他 の保 険 法 分 野 にお け るそ れ に先 ん じる こ と も あ っ た こ と は,忘 れ て は な らな い。

既 述 の よ う に,商 法660条1項 を め ぐっ て非 海 上 保 険 を 中 心 に論 じ られ て き た 保 険 法 分 野 は も と よ り,海 商 法 分 野 にお い て も,古 くか ら,「商 法 ハ 海 上 保 険 ヲー 般 ノ保 険 ヨ リ分 離 シ海 商 編 中 二規 定 ス レ トモ,海 上 保 瞼 モ 亦 損 害 保 瞼 ノー 種 ナ ル カ故 二 第 三 編 〔現 第2編 〕 中 ノ損 害 保 瞼 ノ総 則 規 定 ハ 當 然 適 用 セ ラ ルヘ ク,只 其 ノ編 別 ヲ異 ニ スル ニ 因 リ疑 義 ヲ避 クル 爲 『海 上 保 瞼 契 約 ニ ハ 本 章 二 別 段 ノ定 アル 場 合 ヲ除 ク外 第 三 編 〔現 第2編 〕 第 十 章 第一 節 第 一 款 ノ規 定 ヲ適 用 ス』 ル 趣 旨 ヲ言 明 セ リ。 而 シ テ海 商 編 ノ規 定 ノ解 説 ヲ主 トス ル 本 書 二 於 テハ 是 等 ノ総 則 規 定 二 亘 ル ノ逞 ナ キ ヲ以 テ,之 力説 明 パー 般 ノ保 険 法 二 關 スル 著 書 二 譲 ラ ン トス 」 との 理 由か ら,議 論 さ れ る こ とは皆 無 で あ った(森 清 『海 商 法 原 論』336〜337頁(有 斐 閣,1936年))。

わ が 国 で は,現 在,商 法 分 野 に お け る民 事 基 本 法 制 の 整 備 の 一 環 と して,保 険 法 の 現 代 化 に向 けた 検 討 作 業 が,法 制 審 議 会 保 険法 部 会 にお い て 進 め られ て い る。 同部 会 は,2006年11月1日 に 行 わ れ た 第1回 会 議 に 始 ま り,こ の ほ ど 2008年1月16日 に 開催 さ れ た第24回 会 議 を も って終 了 した。 そ の 内容 に は,勿 論,損 害 防止 義 務 お よ び損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 に か か る規 定 も含 まれ る。 しか

しな が ら,そ の 検 討 の 中心 は,陸 上 保 険 に 関す る規 律 とす る こ と と し,海 上 保 険 に関 す る規 律 の 実 質 は,将 来 の海 商 法 の現 代 化 に お い て検 討 す る こ と と され て い る(詳 細 は,江 原 健 志 「保 険 法 の 現 代 化 の 展 望 」NBL848号32〜34頁 (2007年))。 な お,同 部 会 にお け る議 題,議 事 概 要 お よび 議 事 録 等 につ い て は,

2008年3月 現 在,法 務 省 ホ ー ム ペ ー ジ(URL:http://www.moj.go.jp/)に お い て 参 照 で き る。

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特 に,損 害 防 止 費 用 負 担義 務 を 定 め た 商 法660条1項 但 書 に関 して は,極 め て 精 緻 な 解 釈 論 が 展 開 され て い た の で あ る。

と はい え,商 法660条1項 につ いて,海 上 保 険 契 約 上 の 解 釈 と非 海 上 保 険 契 約 上 の そ れ と に差 異 は な い とい うの が,わ が 国 の 海 上 保 険 分 野 にお け る 先 行 研 究 を 中心 と して,当 該 規 定 を あ ぐる学 説 を 整理 ・検 討 した 本 稿 で の 結 論 で あ る。 商 法660条1項 に 規 定 す る損 害 防 止 義 務 お よ び 損 害 防 止 費 用 負 担義 務 に つ い て は,非 海 上 保 険契 約 に お い て で あ れ,海 上 保 険 契 約 にお い て で あ れ,解 釈 論 上,そ の理 解 に相 違 は な い。 した が って,海 上 保 険 契 約 に お い て も,勿 論,保 険 者 の 損 害 防 止 費 用 負 担 義 務 を 規 定 す る商 法660条

1項 但 書 は任 意 規 定 で あ り,当 該 規 定 と異 な る保 険約 款 の す べ て が有 効 で あ る と解 さ れ て い る。 結 果,海 上 保 険契 約 に つ い て も,非 海 上 保 険契 約 と 同様,定 型 化 さ れ た保 険 約 款 に よ って取 引 さ れ て い る の が実 状 で あ る。

と こ ろ が,で あ る。 海 上 保 険 は,船 舶 所 有 者 の所 有 船 舶 に対 す る被 保 険 利 益 を対 象 とす る船 舶 保 険 と,海 上 運 送 され る貨 物 の輸 送 中 に生 ず る お そ れ の あ る損 害 を填 補 す る こ と を 引 き受 け る貨 物 海 上 保 険 に大 別 され る。 船 舶 保 険 の 中で も日本 籍 船 を対 象 とす る船 舶 保 険,お よ び,貨 物 海 上 保 険 中 のわ が 国 の沿 岸 輸 送 貨 物 を 対 象 とす る 内航 貨 物 海 上 保 険 にお いて,わ が 国 の 海 上 保 険 実 務 で は,船 舶 保 険 にお いて は,各 保 険 会 社 に よ る個 々の 約 款 が 用 い られ て い る もの の,そ の 内 容 に実 質 的 な 差 異 はな く,ま た 内 航 貨 物 海 上 保 険 に至 って は,各 保 険 会 社 に共 通 す る統 一 約 款 が 用 い られ て い る こ と は,既 述 の 通 りで あ る。 そ して,そ の い ず れ の 約 款 もが,非 海 上 保 険 の そ れ と異 な り,損 害 防止 費 用 につ い て は 保 険 者 が 負 担 す る 旨約 定 して い る の で あ る。

船 舶 保 険普 通 保 険約 款 は1933年 に,内 航 貨 物 海 上 保 険普 通 保 険約 款 につ い て は1943年 に,そ れ ぞ れ統 一 約 款 と して作 成 ・実 施 さ れ た が,そ の 当 初 は,他 の保 険分 野 に違 わ ず,保 険契 約 者 ま た は被 保 険者 に対 して損 害 防止

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損害防止費用負担義務 の制度的淵源(二 ・完) 義務 を 課 す と同 時 に,当 該 義 務 違 反 の 効 果 に つ い て も約 定 しな が ら,い ず れ の約 款 に お い て も,損 害 防 止 費 用 は 保 険者 に よ って 負 担 され て い な か っ た。 確 か に,船 舶 保 険 で は,当 事 者 が船 舶 保 険 特 別約 款 を 利 用 す るの が 常 で あ り,実 際 に は船 舶 保 険 第一 種特 別約 款 に お け る 「全 損 の み 担 保 」 の 場 合 を 除 き,救 助 費 の 名 目で 損害 防止 費用 が保 険者 に よ って 填 補 され て い た し,内 航 貨 物 海 上 保 険 に お い て もま た,当 該 契 約 に,内 航 貨物 海上 保 険 普 通 保 険約 款 附則25条 に基 づ く分 損 担 保 に か か る契 約,あ る い は,当 該 附 則 26条 に基 づ く分 損 不 担 保 にか か る契 約 を 別途 締 結 した場 合 には,保 険者 が い わ ゆ る救 助 費 を負 担 す る こ と とな って い た。 しか しな が ら,そ れ は,あ くま で特 約 あ って の こ と で あ った。

そ れ が既 述 の よ うに改 定 さ れ た の は,内 航 貨 物 海 上 保 険普 通 保 険約 款 は 1989年,船 舶 保 険 普 通 保 険 約 款 に あ って は1990年 の こ と で あ る。 当該 改定 を経 て,現 在,船 舶 保 険 に お い て も,内 航 貨 物 海 上 保 険 に お い て も,損 害 防 止 費 用 は保 険 者 に よ っ て負 担 さ れ て い る。 船 舶 保 険 普 通 保 険 約 款 改 定 理 由書 に は,明 記 され て い る。 新 船 舶 保 険 普 通 保 険 「約 款 で は,旧 約 款 の救 助 費 を損 害 防 止 費 用 と規 定 す る と と もに保 険 契 約 者 ま た は被 保 険 者 に損 害 防 止 義 務 を課 した以 上,そ の義 務 の履 行 の た め に要 した必 要 ・有 益 な費 用 を保 険 者 と して て ん 補 す る の は 当然 で あ る と の損 害 保 険 一 般 の考 え に基 づ き,特 約 が な けれ ば損 害 防 止 費 用 をて ん 補 しな い と い う 旧約 款 第15条 第2 項 の規 定 を 削 除 し,損 害 防 止 費 用 を て ん 補 す る こ と と した 」 と㈱。 結 果, 旧船 舶 保 険 普 通 保 険 約 款 で は,救 助 費 の 一 つ と して 取 り扱 わ れ,か つ,特 約 が あ る場 合 を 除 いて,保 険 者 は これ を 負 担 しな い 旨約 定 され て い た損 害 防 止 費 用 は,新 船 舶 保 険 普 通 保 険 約 款 にお いて は,旧 船 舶 保 険 普 通 保 険 約

日本船 舶 保 険 連 盟 ・前 掲 注 ㈲39頁 。 一131一

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