関東平野の中小河川の上流地域では、昭和になってもまだ数多くの舟渡しが見られていた。荒川支流の入間川・
高麗川・越辺川・都畿と き川・槻つ き川では、晩秋から早春にかけての渇水期には、農民や行商人たちは、これらの渡し を渡舟、渡渉や仮橋で渡っていた。入間川の「金兵衛渡」は、比企郡出丸で ま る中郷(現、埼玉県比企郡川島か わ じ ま町出丸中郷) と植木村(現、川越市芳野台)を結ぶ舟渡であったが、渇水期には浅瀬の砂を盛り上げて堤道とし、浅い流れには 杭を打ち板を渡して板橋を造り、深場にはさらには数隻の渡舟を利用して舟橋を架けていた 1。この渡しの小さ な舟橋は、昭和15年(1940年)ころにまで用いられていた。これらの小さな村の舟橋の建設費・維持費は部落民 の持ち寄りで集め、無関係の通行人からは料金を徴収していたが、これらの小さな不定期の舟橋が、県や政府の 免許を得て行っていたかについては詳らかでない。また、村落営や篤志家の負担による無料舟橋が存在していた が、その記録が残されていることはほとんどない。
埼玉県埼玉郡尾ヵ崎新田村(現、岩槻市尾ヵ崎新田)の綾瀬川新川岸の渡には、川の中央に大きな船を川の中央 を横断する形で、横に錨で係留し両岸から板を渡して、簡単な有料舟橋として用いていた 2。大水の際は板を取 り外し、舟は艫側の錨を外し流れに任せていたと考えられる。渡し賃は明治20年ころの他の綾瀬川の渡し賃や 有料橋賃が1人2厘程度であったので恐らく、同程度の料金であったと考えられる。橋賃2厘は、当時の人夫の
日当が25‐35銭であったので、現在の日当を8,000円とすれば、当時の橋賃の負担は現在の50円ぐらいに換算
される。
多摩川水系の支流でも、渇水期には荒川水系と同様な小さな舟橋が架けられていた。このような舟橋は全国で おそらく近世でもでも用いられていた。この、日本農村地帯の秋・冬の風物を象徴する舟橋に関しては、記録や 記憶に留められることも少なく、ひっそりと終焉していった。
昭和11年(1936)11月15日に催された、三重県志摩郡鳥羽町(現、鳥羽市)の「アコヤ貝供養」祭りの際、明慶 川の河口から真珠島までに95間(170m)ばかりの浮橋を架けたことが、当時の朝日新聞に報道4されている。こ の浮橋は、真珠養殖用のアコヤガイを海中に吊り下げる為の筏「タンポ」を浮かばせ連結して浮橋としていた。
当日、この橋を渡った来賓、鳥羽町民の数は約1万人と報じられた。
2002年2月14日の朝日新聞は、長年の間、造船の町相生のシンボルとなっていた浮橋「皆勤橋」が撤去され ることを報じた。兵庫県相生町(現、相生市)の市街地と相生湾をはさんで、対岸の石川島播磨重工業社の工場と、
連絡してきた、通勤者用浮橋「皆勤橋」の撤去が、13日から行われることが報じられた。この橋は、浮体に長さ 15m、幅 7.5mの鋼製ポンツーン(鉄函)10基を用いて繋いだもので、昭和18年(1943)の完成以来、59年の間、
親しまれてきたこの橋も、重厚長大産業衰退の社会情勢の変化にはなす術もなかった。最盛期には1日に1万人 以上が利用していたが、最近では300人ほどに減少しあまっさえ橋の老朽化が進み、浮体の1個は解体時には半 ば水沈していた。
現在、湖沼・河川に臨む公園の整備、多目的ダム・電力ダム・貯水池などの横断の便宜のため、あるいは景観 を沿え景勝を楽しむる目的で、歩道専用およびサイクリスト用の小さな浮橋が、各所に架けられている。親水の 祭りのイベントとして、また、自然環境保護をうったえるために、臨時・仮設の浮橋が架けられている。以下に 北から順にこれ等の浮橋の例を紹介する。
胆振い ぶ り支庁白老し ら お い郡白老町の自然休養林「ポロトの森」の遊歩道には、水芭蕉の群生地を保護するために、桁橋で
なく浮橋が架けられている。
太宰治の故郷、青森県五所川原市ご し ょ が わ ら し
金木町の面積80ヘクタールの県立芦野公園の芦野湖には、小さな浮橋が架 けられている。芦野湖の正規の名称は「藤枝ため池」といい、元禄年間(1688‐1704)に津軽藩によりつくられた 灌漑用池である。太宰治記念碑の近くからこの池をまたいで吊橋(桜松橋)が架けられている。「芦野夢の浮橋」
は1997年に完成した長さ265m、幅2.4mの歩道橋であり、橋の中央部には休憩所が設けられている。
秋田県大仙市刈和野字山堂の大佐沢公園には、長さ63mの浮橋が架けられている。
宮城県仙台市の堀川公園には鋼製の浮橋が、道路橋の下の濠に架けられている。
新潟県村上市岩崩の、二子島森林公園キャンプ場がある三面み お も てダム湖には、キャンプ場と諸施設のある二子島を連 絡する、浮橋が架けられている。新潟県南蒲原郡下田し た だ村を流れる信濃川水系五十嵐川の支流大谷川の大谷ダムに
は、小さな浮橋が架けられている。
福島県相馬郡飯舘い い た て村を流れる真野川の上流の「村民の森あいの沢」には、「あいの浮橋」が架けられている。
茨城県取手市と千葉県我孫子市にまたがる古利根沼に、2002年10月に両岸を連絡する舟橋を、野外美術展の 展示作品として出品したことが報じられた。この舟橋は、印旛沼・利根川水郷で用いられている伝統的な小型和 船(サッパ舟)17艘を連結し、歩み板を舟間に渡し、欄干を設けて人が渡れる全長60mの形式となっており、半月 間の展示を行なった。
茨城県久慈郡大子だ い ご町にある鷹彦スリーカントリーゴルフ場の8番ホールの池には、PC製の浮橋が架けられて いる。この橋は、全長 56.37m、幅 4.0mの歩道橋であるが、これに用いられているコンクリート製品の、補強 用およびプレストレス導入用には、鋼材を使用せずにすべて合成繊維や炭素繊維を用い、鉄さびの発生によるコ ンクリートの損傷を予防している。橋床版の下地には、ステンレススチール角柱を6個のポンツーン間に5本ず つ架け渡し、さらにその上に木製床板を横に敷き並べて歩行面を構成している。浮体のPCポンツーンの形状は、
チャンネル型(⊓)で、発泡スチロールで空洞部を充填している。主体構造の大部分は工場製品のため、工期の大 幅短縮が可能となった。
千葉県成田市大竹の坂田ヶ池公園の池には、回遊のために歩行用の浮橋がかけられている。
東京都品川区江南2-4の御楯橋は堀川を横断する橋ではなく、道路橋の下の堀縁に沿って両岸に添って架けら れている水上通路である。綱製ポンツーンを用い水位の上下に絶えられる構造であり、橋幅はm、橋長さは東側 でm、西側でmを有し、歩行者専用になっている。
東京都区の横十間川堀親水公園にはかって浮橋が架けられていたが、現在は小さな吊橋に架け替えられている。
東京都西多摩郡奥多摩町の貯水ダム奥多摩湖には、現在ドラム缶製の2本の浮橋が架けられている。ダムの上 流5.6kmの川野の麦山む ぎ や ま浮橋と9.5kmの地点留浦と ず らの留浦浮橋とである。ドラム缶4個ずつを用いて構成した幅1.5m、 長さ4mのユニットを、53個連結して総長さ212mの舟橋を構成している。増水期には予備のユニットを増設し、
渇水期や補修の場合には、その都度、停止期間が東京都のホームページに記載されている。
上野不忍池博覧会工兵隊舟橋、
長野県上水内か み み の ち郡牟礼む れ村(現、飯綱町牟礼)の飯綱い づ な高原雲仙寺湖には、発泡スチロールの浮体を用いた長さ50.5m(1 号橋)と長さ237.5m(2号橋)の「天の浮橋」が架けられている。
石川県加賀市山中や ま な か温泉栢野か や の町の菅原神社内には、檜造りの幅1.5m、長さ33.3mの浮橋が2003年3月に架け られた。この「うきはし」は水に浮く浮橋ではなく、空に浮く1径間の木造反橋・拱橋(アーチ橋)のことであ る。中国でも古くから虹橋のように高く架けられたアーチ橋のことを浮橋とも称している。この橋は、境内にあ る国指定天然記念物の樹齢2,300年といわれる、樹高54.8m、樹幹の周囲11.5mの「栢野大杉」の根元を覆って いる、参詣用の石畳を撤去して、人が地面を踏まないよう橋を架け、大杉の延命賦活対策を行っている(北国新 聞社資料による)。
2005年、金沢市犀川で「金沢犀川・犀星まつり」のイヴェントして金沢駐屯自衛隊の設営による、恒例の徒歩 用の浮橋がかけられている。
福井市中藤島地区の人たちは、平成15年(2003)11月2日に10艘あまりの大小取り混ぜた小舟を、渇水期の九 頭竜川に浮かべて舟橋をつくり、柴田勝家が架け明治8年まで使用されていた舟橋をしのんで楽しんだ(市政広報 ふくい2004.7.10)。
静岡県引佐郡引佐町の奥山公園の池には、「夢の浮橋」と称する木製の浮橋が架けられている。
愛知県岡崎市高隆寺峠地域に設けられている、岡崎市中央総合公園内の石の野外ミュージアム内の「恩賜苑」
の池には、木製の小さな浮橋が架けられている。
滋賀県近江八幡市内の掘割には、2 艘の和船を用いた木製の小さな浮橋が架けられている。また同県高島郡の 琵琶湖に望む新旭町の「しんあさひ風車村」の菅沼内湖には、浮橋が架けられている。
大阪市建設局は、2008年12月20日から、浪速区の複合施設地域と西区の南堀地区とを結ぶ
ミナミ道頓堀川に、歩行者専用の「浮庭橋」を供用することを発表した。この橋は浮橋ではなく長さ76.3m、復 員6.2mの鋼製吊橋である。
岡山県倉敷市溜川には、浮体にドラム缶を3列に浮かべ、上部構造の桁、橋板、手摺を鋼製とした、長さ約70m の浮橋が架けられている。両端の接岸部分は、ピン構造となっている。
岡山県倉敷市児島味野の「瀬戸大橋架橋記念館・橋の公園」の展示用池には、体験用に渡れるわが国の著名な 11の浮橋の模型が架けられているが、北斎の版画「かうつけ佐野のふなはし」を模した舟橋が架けられ展示され ている。
香川県木田郡三木町総合運動公園の山大寺池には、浮橋が架けられている。この浮橋の構造は、鋼製の円筒形 のタンク2個を2本の梁材で繋いだ浮体2組を、鋼製の床板で1節とし、連結して浮橋を構成している。中央部 2 箇所に展望・休憩の箇所を設けている。この浮橋は、中生代白亜紀に繁茂していたメタセコイヤが、発見者の 三木茂を記念して2,700本植えられている「太古の森」への連絡橋である。
福岡県北九州市の「瀬板の森公園」には、中心部の瀬板貯水池の水辺のテラスと水の丘、および水の丘とこど もの丘とを結ぶ、それぞれ長さ46mと62mの2本のコンクリート製ポンツーンを用いた、浮橋が架けられてい る。
長崎県北松浦郡江迎え む か え町の「白岳国民休養地キャンプ場」の池には、日本一長いと称する歩行者用浮橋が架けら れている。また、1999年、福岡県飯塚市の遠賀川には、祭りのイベントとして和船を用いた舟橋が架けられてい た。
沖縄県沖縄市の貯水用の倉敷ダムには、横断用の浮橋が架けられているが、現在は老朽化により歩行が禁止さ れている。
今後も、電量ダム・貯水湖などの水辺公園化に伴う施設としての橋梁には、その添景として吊橋のほか浮橋が 架けられる場合が多くなるであろう。
注 第 6 節 小さな舟橋・祭りの浮橋
1『歴史の道調査報告書 第九集:入間川の水運、埼玉県教育委員会編』(埼玉県、1983年)
『新編埼玉県史 別編1 民族1』(埼玉県、1988年)
「第6章 交通・運輸・通信 第2節道路と川」
2『歴史の道調査報告書 第十四集:綾瀬川の水運、埼玉県教育委員会編』(埼玉県、1991年)
3『多摩川の渡河点、内田和子著:多摩川のあゆみ 28号』(たましん地域文化財団、1982年)