第 5 章 First Objects との関連 40
5.2 密度揺らぎを用いた First Objects 出現時期の推定
5.2.1 密度揺らぎの成長と天体形成
まずJeans長3)よりも十分大きなスケールλλJの揺らぎを持った、圧力の無視できる物質の揺らぎが自己重
力によってどのように成長していくかを線形理論により調べる。物質優勢期に入った後から、現在に至るまでの
2)ρcは(2.7)で与えられる臨界密度であるが、ここではvirialize時期での宇宙膨張を繰り込んだ臨界密度である。
3)宇宙の膨張に引きずられながらであるが、重力が圧力に勝って収縮可能となる特徴的な揺らぎの波長のこと。実距離:λJ≡cs
pπ/Gρ¯。
第5章 First Objectsとの関連 44 DMの揺らぎの線形成長は、この場合に対応している。また、DMについてはCDM (Cold Dark Matter)が存在 する場合を考える[77, 78]。このときは、宇宙初期において小スケールの天体が最初に収縮するbottom-up型構 造形成シナリオが支持される。さらに、CDM (ΩCDM ≡Ωm−Ωb)については、Table 2.1で示すパラメータと (3.36)のΩˆb= 0.019を用いてSCDM(A)、ΛCDM(B)、VCT-CDM(C)を考える。
さて、密度揺らぎの空間成分をフーリエ分解δ∝exp(ik·x)した時のδに関する微分方程式は
∂2δ
∂t2 + 2H∂δ
∂t = 4πG¯ρδ (5.20)
で与えられる。ここで、密度の一様等方成分(平均密度) ¯ρからのずれを表す量としてδ≡(ρ−ρ)/¯ ρ¯とした。ま た、(5.20)は一般的に2つの独立解を持ち、それぞれ成長モード(growing mode)と減衰モード(decaying mode) と呼ばれている。
今、微分方程式(5.20)の解を考察する。そのために、まず(2.36)を dz
dt =−H0(1 +z)Pmodel12 (z) (5.21)
と書くことにしよう。モデルA、B、Cに対してPmodel(z)は
PA(z) = (1 + Ω0z)(1 +z)2 (5.22)
PB(z) = Ω0z3+ (2Ω0−ΩΛ0+ 1)z2+ (Ω0−2ΩΛ0+ 2)z+ 1 (5.23) PC(z) = Ω0(1 +z)3+λ10+λ20(1 +z)m−(Ω0+λ10+λ20−1)(1 +z)2 (5.24) である。例えば、モデルBの場合に(5.20)は(5.21)によって
(1 +z)PB(z)d2δ
dz2+QB(z)dδ dz −3Ω0
2 (1 +z)2δ(z) = 0 (5.25)
QB(z) = 1
2Ω0z3+3
2Ω0z2+3 2Ω0z+
1
2Ω0−ΩΛ0
(5.26) となる。一般に、(5.21)を用いると(5.20)の変数をzにとった特解はδ−(z)≡D−model(z) =Pmodel1/2 (z)で与えら れるので、これからもう1つの解は
δ+(z)≡D+model(z) =CPmodel12 (z) ∞
z
1 +z Pmodel32 (z)
dz (5.27)
と求められる[79, 80]。ここで、Cは積分定数でありa→0の極限でDmodel+ (z)→aとなるようにとる4)。D−model(z) が密度揺らぎの減衰モードを表す減衰ファクターであり、(5.27)のD+model(z)が成長モードを表す成長ファクター
(growthfactor)である。ある適当な初期条件のもとでは成長モードが密度揺らぎの成長を支配し、それが非線形
に移るまで共動座標系においてgrowthfactorに比例して成長していくことになる5)。
密度揺らぎは、いろいろなスケールに存在している可能性があるので、あるサイズと質量を持つ天体がどのよ うに形成されるかを決定するためには、スムース化6)された密度場(smoothed density field)の統計的分布を考え ると便利である。そして、スムース化された揺らぎ場を調べるということは、共動半径Rの球内の質量揺らぎを 測定することになる。スムース化された揺らぎ場のトップ・ハット型質量揺らぎの振幅に対するr.m.s. 7)は
< δM >2≡σ2(M) =σ2(R) = ∞
0
dk
2π2k2P(k)
3j1(kR) kR
2
(5.28)
4)これは、a→0で曲率や宇宙項が無視できるときは、Einstein・de Sitterモデルが適用でき、そのときはδ∝aとなるのでこの条件を 用いた。
5)つまり、減衰モードは急速に小さくなっていくので、時間が経てば無視できる。よって、揺らぎの成長を考える限り成長モードのみを考 慮すれば良い。
6)実際の銀河分布は離散的であるので空間的に滑らかと仮定し、常にある領域でならした平均密度を扱う。
7)root-mean-squareの意味。つまり、δM の分散のこと。
第5章 First Objectsとの関連 45 で与えられる。j1(x) = (sinx−xcosx)/x2はBessel関数で、質量Mと共動半径Rの関係はM = 4πR3ΩCDMρc/3 である。また、Power spectrumについては次のものを採用する[81]:
P(k) =Ak(1 +αk+βk2)−2 (5.29)
ここで、α= 6(τ /h)2 Mpc、β= 2.65(τ /h)4Mpc、τ=Tγ0/2.7 Kである。(5.28)は
σ8≡σ(R= 8h−1Mpc) (5.30)
で規格化されている。σ8とは半径R= 8h−1Mpc内のスムース化された揺らぎ場のσ(M)である。関数σ(M)は
First Objectsがいつ頃形成されたかを見積もるのに重要な役割を果たす。
次に赤方偏移zとσ(M)の関係を考える。Einstein・de Sitterモデルの場合にトップ・ハットがある1点に崩 壊した瞬間のoverdensityはδL= 1.686と線形理論から予言され、そのΩ0 やΩΛ0への依存性は小さいことがわ かっている8)[80, 82]。従って、ある赤方偏移zでのトップ・ハット崩壊は、その線形的overdensityが現在まで 外挿されるとすれば
δcrit(z) = 1.686
Dmodel+ (z) (5.31)
で与えられる。これは、崩壊のための臨界密度と呼ばれており、我々はDmodel+ (0) = 1とした。Fig. 5.3、Fig. 5.4 に6つのzに対するδcrit(z)と、(5.28)から得られるσ(M)の関係をプロットした。
以上から、σ(M)−M 平面上でσ(M)とδcrit(z)の交点を考慮すれば、それぞれの赤方偏移での天体の質量を 求めることができる。そして、その赤方偏移のもとで、(5.19)を用いればこれらの質量に対するvirial温度が計 算できる。結果として、Tvir−(1 +zvir)平面上に揺らぎσ(M)の線を引くことができる。Fig. 5.5とFig. 5.6に は1σ、2σ、3σの揺らぎの線を示す9)。この図から具体的にいつ頃、どれぐらいの質量を持った天体が形成される か推定可能となる。
8)今回、モデルA∼CにおいてδL= 1.686とした。
9)1×σ(M)、2×σ(M)、3×σ(M)である。
第5章 First Objectsとの関連 46
100 101
109 1011 1013 1015 1017
σ σ σ σ ( M ) σ σ σ σ ( M )
z=0 z=2 z=5 z=10 z=20 z=30
M/M
Fig. 5.3: Ω0 = 1、ΩΛ = 0の時のδcrit(z):点線。h= 0.67、Tγ0 = 2.73 K、σ8 = 0.9と規格化したσ(M):実線
(SCDM)。交点が赤方偏移zで崩壊する天体の質量を表す。
100 101
109 1011 1013 1015 1017
z=0 z=2 z=5 z=10 z=20 z=30
σ σ σ σ ( M )
M/M
Fig. 5.4: Ω0= 0.3、ΩΛ = 0.7の時のδcrit(z):点線。h= 0.67、Tγ0= 2.73 K、σ8= 0.9で規格化したσ(M):実
線(ΛCDM)。VCT-CDMの場合と線が重なっていることに注意。
第5章 First Objectsとの関連 47
1 σ σσ σ 2 σ σσ σ 3 σ σσ σ
103
101 102
T
vir(K)
1+z
vir 108M
107M
106M
105M
t
H< t
cool
t
ff< t
cool
< t
H
t
ff> t
cool
Fig. 5.5: モデルA (中細線)とモデルC (太線)の比較。揺らぎの線はSCDMのものである。
1 σ σσ σ 2 σ σσ σ 3 σ σσ σ
103
101 102
T
vir(K)
1+z
vir 108M
107M
106M
105M
t
H< t
cool
t
ff< t
cool
< t
H
t
ff> t
★
cool★
★
★
▲
▲
▲
▲ ■ ■ ■ ■
Fig. 5.6: モデルB (細線)とモデルC (太線)の比較。揺らぎの線はVCT-CDMのものである。この線は、モデ
ルB (ΛCDM)に対してほぼ同じである。
48
第 6 章 Concluding Remarks
本研究では、宇宙項問題を念頭にKimura et al. (2001) [22, 23]、Sakoda et al. (2002) [43]に従いVCTモデル を採用して宇宙初期の元素合成、化学合成、そしてFirst Objects形成への影響を調べた。
特にBBNは、現在精密科学の時代へと入ってきたことを背景に、我々は統計的な手法を用いてBBNの計算 を行った。その手法はCyburt et al. (2001) [33]のものを採用したが、その計算結果はほぼ一致するものとなっ た。このことは、BBNからの予言が核反応ネットワークなどに依らず確証的なものであると言うことができる。
実際、Burles, Nollett & Turner (2001) [25]の独立的な研究の結果η10= 5.5±0.3 (68% C.L.)と、今回得られた ˆ
η10= 5.1とは68%の信頼区間ぎりぎりのところで一貫している。一方、COBEに引き続き、2001年6月に打ち
上げられたNASAのMAP (Microwave Anisotropy Probe)や、今後打ち上げ予定のESAのPlanckによるCMB の温度揺らぎの測定によって、さらに高精度のバリオン密度や、他の宇宙論パラメータの制限が計画されている
[71, 83]。そのため、ますますBBNの精密化は進んでいくと期待されるので、今回のような統計的解析を取り入
れたBBNの計算は必要であると考えられる。
次に、BBNからの制限を初期組成として用い化学合成の計算を行った。その結果、VCTは原子・分子形成を
∆z∼1000だけ早めることがわかった。さらに、この化学合成の結果はηの違いからくる初期組成に大きく関係 しないことがわかった。最後に、VCTによる原子・分子形成の早期化の効果が、First Objects形成へ与える影響 をその天体の進化に関するtime scaleを比較することで推論した。これにより、Tvir−(1 +zvir)平面上でのFirst
Objects形成可能領域は∆z∼20だけ高赤方偏移側へシフトする効果があるということがわかった。さらに、密
度揺らぎからの制限を今回新たに取り入れ具体的なFirst Objectsの形成時期と質量を見積もった。結果として、
3σピークの揺らぎからの制限を考慮すると標準モデル(A):z∼40、M ∼1×106M (Fig. 5.5の丸印)、定λモ デル(B):z∼50、M ∼8×105M (Fig. 5.6の四角印)、VCTモデル(C):z∼50、M ∼2×106M (Fig. 5.6 の星印)を得た。また、一般的な球状星団の質量は106Mとされているので、その場合VCTモデルにおいて、
その形成時期は先の赤方偏移に比べて少し大きくなる(Fig. 5.6の三角印)。しかし、この領域では形成は可能で あっても、あまり効果的ではないと考えられる。
一方、今回考慮しなかったがFirst Objects形成時期に誕生する星々から、それらの母天体へのフィードバック が存在する可能性もある。実際、Nishi et al. (1999) [41]は超新星爆発を考慮し、標準モデルに対して3σピーク からFirst Objects形成時期を推定した:z∼30、M ∼3×107M。この場合に、超新星爆発を考慮しない結果は z∼40、M ∼1×106Mと報告されており、我々の標準モデル(A)に対して得た結果と一貫している。しかし、
これらの得られた結果はtime scaleの比較による大まかな見積もりであるということを注意しておきたい。VCT による原子・分子形成早期化により、First Objectsは従来の標準モデルに比べて早く出現するだろうと考えられ る。従って、現実的にはこれらの化学進化とFirst Objects形成のメカニズムを相互に考慮しながらdynamicな 計算をする必要がある。さらに、前述したようなフィードバックの可能性も考えなければならない。
現在、サブミリ波を使ったFirst Objectsの観測も計画されており[84]、ますます観測・理論ともにFirst Objects 形成に関連した研究は進むことが考えられる。我々の研究はVCTモデルが宇宙の熱史全体を通じて、First Objects 形成に関連し得ることを初めて示したと言える。
49
Acknowledgements
本研究を進め、この修士論文を書くにあたり適切な御指導、御助言を頂きました橋本正章先生には心から感謝 しております。また、ゼミなどにおいて観測面の視点からも貴重な御意見を頂いた山岡均先生、宇宙論をはじめと して研究の細部にわたり貴重な御意見を下さった荒井賢三先生(熊本大学)にも大変感謝しております。そして、
より鋭い御意見を投げかけ、自身で考える機会を与えて下さったPD.の吉田さん、D.の小池さん、黒水さん、内 藤さん、M2の野田君、M1や4年生の皆さんにも2年間研究室においていろいろお世話になりました。このよう な環境において、研究できる機会に恵まれたことは非常に幸いでした。
この修士論文をまとめるにあたり、この研究に没頭した2年間に出会った方々と、研究を進める際にいろいろ と支えて頂いた方々に、この場をお借りして感謝の意を申し上げたいと思います。
本当に、ありがとうございました。
Additional Comments
2003年2月12日に、人工衛星WMAP1)によるCMBAの観測データの解析結果(1年分)が公開され、宇宙年齢 は13.7±0.2 Gyr、H0= 71+4−3km s−1 Mpc−1、Ωbh2= 0.0224±0.0009、Ωmh2= 0.135+0−0..008009、Ωtot= 1.02±0.02 であることが大々的に報告された[85, 86, 87]。Ωtot 1により、以前から予言されていた‘宇宙は平坦である’とい うことを、そしてΩm0.27により宇宙には物質以外のエネルギーに寄与する負の圧力を持った成分‘dark energy’
(Ωdark energy0.73)が存在していることをより確証的なものにした。またΩbh2をη10に改めるとη10 6.1で あり、今回の研究から得られた結果(3.36)と比較するとより近い値となっている。一方、宇宙の再電離が起こっ た時期に関してもz= 20+10−9 (95% C.L.)という新しい結果が得られた。つまり、z20 (t 2×108yr)では宇 宙の再電離が起きるようなエネルギー放出の機構は存在しないと考えられる。言い換えれば、その頃宇宙で初め て輝く星が形成され、その星によるUV放射などの効果で宇宙が再電離を起こしたと推論される。
これらの新しい観測結果を慎重に受け止めると、第6章で述べたような今後の課題をさらに追究していくこと は興味深く、意義があるものと思われる。WMAPの観測により宇宙論はますます精密科学の時代へと向かうで あろう。しかし、WMAPのデータはまだ1年分にしかすぎない。3年後にWMAPはその任務を終えるが、その 頃には宇宙論パラメータは高精度で決められ、さらに宇宙の超初期の状態や‘dark energy’の性質について新しい 新事実をもたらしてくれると期待される。今後10年の間で、宇宙の新しい姿が発見できるかもしれない。
1)2002年に亡くなったD. T. Wilkinson氏にちなんで、MAP (http://map.gsfc.nasa.gov/)はWMAPに名称変更された。彼は、CMB に関する研究の草分け的存在で、1989年に打ち上げられたCMBの最初の観測衛星COBEの計画にも参加していた人物である。
50
Appendix A
A.1 BBN の観測的バックグラウンド
ここでは、§3.1.4と§3.1.7で触れた観測値について、特に重要と思われるD/HとΩbh2の観測からの制限方法 を簡単に説明する。
A.1.1 QSO スペクトルを用いた D/H 測定
まず、赤方偏移zと波長の関係を定義しておく。zは、光の伝播の途中で宇宙の膨張によりひきずられて観測 される光の波長が長くなる割合を示す物理量である。
z≡ λo−λe
λe → λo=λe(1 +z) (A.1)
λeは光が放たれた(emit)時の波長で、λoは観測(observe)地点での波長である。
次に、QSOのスペクトル測定上で必要な知識となるLyαseriesについて説明しておく。これは、水素原子が高 いエネルギー準位から基底状態に遷移(transition)する時に放出・吸収される一連の輝線・吸収線のことである。
静止系では、主に紫外領域に現われ、最長波長のものはLyαと呼ばれている。これは主量子数n= 2→1の遷 移に対応しておりリュードべリ(Rydberg)方程式:
1
λLyα =RH
1 12 − 1
22
(A.2) から、λLyα = 1216 ˚Aと得られる。ただし、Rydberg定数RH = 109678 cm−1である。実際にQSOのスペク トルを観測すると、連続スペクトル上に水素や炭素イオン(CII)などの輝線・吸収線が重なって見える。例えば、
Lyα輝線よりも短波長側には、細く鋭い吸収線が多数存在しているが、これは水素原子のLyα吸収によるもので ある1)。つまり、QSOの光が宇宙空間を通って観測者に届くまでにいろいろなものと出会うので、その情報を得 ることができる。水素原子によるLyαの吸収線が見られるということは、その通過領域には水素からなる雲が存 在していることを意味している。さらに、紫外領域にあったLyαの波長は赤方偏移して、観測者に届くときには 可視領域で観測される。そして、赤方偏移のわずかに異なる水素雲が銀河間には多数存在しているので、森のよ うに吸収線が重なって見える2)。
このように、QSOからのLyαスペクトルは銀河間の物質(Intergalactic medium:IGM)についての貴重な情 報を与えてくれる。水素の同位体であるDの吸収線も、このLyαのそでの方で同定できる(同位体シフト)。さ て、HとDの吸収線波長はどれくらいずれるのか見積もっておく。この違いは換算質量 (reduced mass)µの違 いから生じる。なぜなら、Bohrの原子模型でのエネルギーはE=−(mee4/32π3920n22)であるが、この値か
ら求めたRydberg定数RHは原子核の質量が無限大としたときの値であり実験値と少し異なっている。従って、
meの代わりに重心系を考慮した換算質量を用いなければならずRydberg定数が変更されることになる。今、次
1)このように銀河間ガスを観測する方法は、ガン−ピーターソン(Gunn-Peterson)テストと呼ばれている。
2)このスペクトルの様子は森に似ていることからライマン・アルファの森(Lymannαforest)、そしてそこに存在し得る銀河間の水素の雲 はライマン・アルファの雲(Lymannαclouds)と呼ばれている。