第3章では、宇宙初期に合成される軽元素について調べた。この時期は、宇宙が非常に高温状態にあるために元素 は電離状態にある。しかし、宇宙の断熱膨張の結果、温度が104 Kになると電離していた原子核は自由電子と 結合し原子を形成する。この宇宙の再結合(recombination)1)の過程は、自由電子が様々な原子によって、異なる atomic energy levelに捕獲されるので基底状態への落ち方が異なる。またその後(post-recombination)、再結合 により形成された原子は化学合成により新たに原子や分子などを形成する。一方、宇宙膨張が再結合よりも速け れば結果的に自由電子がわずかに残される(residual electron)。この電子の量は、第5章で調べるFirst Objects の形成時期の推定に影響してくる。
この章では、前章で求めた軽元素量を初期組成として、再結合後の原子・分子の化学合成の過程が、VCTモデ ルを用いた場合に標準モデルと比べてどのような影響を受けるかを調べる[34, 43]。
4.1 原子・分子の組成変化
原始ガス中の化学組成は、e−、H、H+、H−、D、D+、He、He+、He++、Li、Li+、Li−、H2、H+2、HD、HD+、HeH+
、LiH、LiH+、H+3、H2D+ の21種類を考慮する。また、赤方偏移1 +z= 104∼1までの数値計算に含まれる反 応は84種で、それらの反応率はGalli & Palla (1998) [34]の結果を採用する。以下で見るように、原子・分子の 組成変化はBBNと同様な方法で計算できる。
4.1.1 進化モデル
化学組成の時間変化を表す方程式は dyi
dt =nN
j
k
kjk(Tm)yjyk+
l
kl(Tγ)yl (4.1)
で与えられる。ここで、yi:i番目の粒子の組成(abundance)、nN:全核子数密度、kform≡kjk:形成(formation) の反応率、kdes≡kl:破壊(destruction)の反応率である。(4.1)は(3.8)に対応する化学反応ネットワークである。
このような化学組成の時間発展を数値計算するには、BBNの場合のように宇宙膨張と物質温度の時間変化を カップルして解かなければならない。宇宙の膨張については(2.36)と(2.37)から計算できる。今、1 +z= 104∼1 の物質優勢期を考えているのでΩΩm= Ωm0(1 +z)3Ω0(1 +z)3 と置け(2.36)は
dz
dt =−H0(1 +z)
Ω0(1 +z)3+λ10+λ20(1 +z)m−(Ω0+λ10+λ20−1)(1 +z)2 (4.2) となる。この式はλ= 0とした標準モデルの場合
dz
dt =−H0(1 +z)2
Ω0z+ 1 (4.3)
に帰着する。また、あるzでの全核子の数密度nN(z)はmbmpとして nN(z) = ρb
mp
= Ωbnc(1 +z)3 (4.4)
1)電子の再結合により光子が脱結合(decoupling)することは‘宇宙の晴れ上がり’、そして光子が最後に散乱した時期は‘最終散乱面(Last Scattering Surface:LSS)’と呼ばれている。
第4章 宇宙初期化学合成 37
10-3 10-2 10-1 100 101 102 103 104 105
100 101
102 103
104
Temperature (K)
1+z
Tγγγγ
Tm
Fig. 4.1: モデルA、B、Cに対する放射温度Tγ (実線)と物質温度Tm(点線)。ただしモデルA、Bは細線で、モ デルCは太線で表されており、モデルA、Bに対しての線は重なっていることに注意。
10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
100 101
102 103
104
y
e1+z
Fig. 4.2: モデルA (破線)、B (点線)、C (実線)に対する赤方偏移の関数としての電離度yeの変化。
第4章 宇宙初期化学合成 38 と書ける。ただし、nc= 1.12×10−5cm−3は臨界密度ρcに対応する数密度である。Ωbについては、η10= 274 Ωbh2 の関係式を使って§3.1.7で得られたηˆ10= 5.3を代入して求まる。また、化学合成の計算には元素の初期組成も 必要となる。これには、Big Bang時に合成されたabundanceが化学合成過程の段階までそのままの状態で存在 すると考えられるので、Likelihood解析により制限されたabundanceの平均の量を用いる(Table 3.3)。つまり、
化学合成を計算するためには第3章で求めたBBNでの制限が必要となる。
一方、膨張宇宙における物質温度の時間変化の方程式は dTm
dt =−2Tma˙
a+8σTarTγ4
3mec ye(Tγ−Tm) (4.5)
で与えられる[73]。ここで、σTはThomson断面積。右辺の第1項は宇宙の断熱膨張の効果を、第2項はCMB
と電子のCompton散乱による放射から物質への熱の移動をそれぞれ表している。従って、第1項は宇宙進化の
モデルに依存することになる。VCTモデルの場合は、式(2.36)を用いて dTm
dt =−2H0Tm
Ω0(1 +z)3+λ10+λ20(1 +z)m−(Ω0+λ10+λ20−1)(1 +z)2 +8σTarTγ4
3mec ye(Tγ−Tm) (4.6) と表すことができる。すなわち(4.1)と(4.2)、(4.6)をカップルさせれば膨張宇宙での化学合成が計算できる。
4.1.2 化学合成のシミュレーション
Fig. 4.1にはモデルA、B、Cに対する赤方偏移の関数としての放射温度と物質温度の変化を示す。また、Fig.
4.2とFig. 4.3には電離度yeとH、D、He、Li speciesの化学合成を赤方偏移の関数として示している。これよ りモデルA、Bに対してその振る舞いは同じであるが、VCTモデルに対してはそれらの形成が∆z∼1000だけ 早められていることがわかる。また、Table 4.1にはz= 1における電離度とH2のHに対する相対的組成比を示 す。これから分かるように、yeとyH2はηˆ10の値にあまり依らないので、以下の章ではNACREによるηˆ10= 5.3 のみの結果を用いて議論する。
Table 4.1: 2種類のηˆ10に対応した初期組成(Table 3.4)を用いた化学合成の計算結果。z= 1での電離度と、H2
のHに対する相対的組成比が示されている。
ˆ
η10= 5.3 ηˆ10= 8.8 Model
[e/H] [H2/H] [e/H] [H2/H]
A (standard) 1.2×10−4 1.2×10−6 7.3×10−5 1.1×10−6 B (constant-λ) 6.9×10−5 1.2×10−6 4.2×10−5 1.2×10−6 C (variable-λ) 2.3×10−5 1.7×10−6 1.4×10−5 1.7×10−6
第4章 宇宙初期化学合成 39
100 101
102 103
104
D D+
H2D+ HD+
10-25 10-20 10-15 10-10 10-5 100
100 101
102 103
104
He
He+
He++
HeH+
100 101
102 103
104
Li+ Li
LiH
LiH+
Li -10-25
10-20 10-15 10-10 10-5 100
100 101
102 103
104
H H+ H2
H2 +
H -H3
+
1+z
F rac tional abundanc e
Fig. 4.3: モデルA、B (細線)とモデルC (太線)に対する化学組成の変化。モデルAとモデルBについては、そ の線は重なっていることに注意。
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