5.1.1 観測者
本実験の観測者は 1型2色覚者1名(観測者1)と2型2色覚者1名(観測者2)であ る.観測者の色覚は石原色覚検査表,標準色覚検査表,アノマロスコープで確認した.本 実験は,名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科倫理審査委員会の承認を得て行っ た.承認番号は2017-NCU-NS-51である.実験において観測者として参加した全員からイ ンフォームドコンセントを得た上で実験を実施した.
5.1.2 実験の実施までの手順
実験の実施までの手順は図5.1に示すとおりである.観測者は暗室に入り,部屋の明るさ に慣れるまで5分間待った.ディスプレイの背景色に慣れるために,観測者に背景色が2 分間*1提示された.その後,観測者は提示される色刺激(4.2.1項)における小片の位置を 2AFCで応答した.
5.1.3 色刺激の提示
使用した液晶ディスプレイはColorEdge CG247(24.1インチ,8ビット深度)である.
ディスプレイの設定は白の輝度を56 cd/m2 とした他はsRGBに従った.使用した背景色 Oは4種類(Gray,Yellow,Magenta,Cyan)であり,ディスプレイ全面に表示した.使用 したO及び白のRGB値,xy色度,輝度を表5.1に示す.輝度はKonica Minolta CS-2000
*1Fairchildらはディスプレイの明るさに3人の観測者が順応する(慣れる)までの時間経過を調べている[58].Fairchildらの実 験では,全ての観測者はディスプレイの明るさに1分後に90%以上順応した.
図5.1 実験の実施までの手順
表5.1 背景色O及び白のRGB値・xy色度・輝度
色 RGB xy色度
輝度[cd/m2]
R G B x y
Gray 204 204 204 0.313 0.329 35.3 Yellow 204 204 153 0.347 0.386 34.1 Magenta 204 153 204 0.315 0.272 24.1 Cyan 153 204 204 0.279 0.329 31.9 白 255 255 255 0.313 0.329 56.0
で測定した.提示する色刺激はMATLABにてPsychtoolbox [5557]を用いて制御した.
この実験で使用した色刺激は,図5.2に示すように提示した.ディスプレイ中央に表示し た固視点+の上または下に小片を提示した.小片の中心は固視点の1.5◦ 上または下で,
小片の直径は1.0◦とした.小片の色はOを基準に6方向(R+,R−,G+,G−,B+,B−) に変調した.各方向の変調強度は8〜10段階とした.各色刺激は10〜15回提示し,これら の色刺激はランダムな順で提示した.
5.1.4 RGB原色の分光分布と錐体の分光感度
実験で使用した液晶ディスプレイのRGB原色*2の分光分布とL・M・S錐体の分光感度 を図5.3に示す.L錐体は,R,Gによく反応し,Bにも少し反応する.M錐体は,Gに対 する感度が高いが,R,B にも反応する.S錐体はB に対する感度が高く,Gに少し反応 し,Rには(ほとんど)反応しない.
*2原色のRGB値は,R:(255,0,0),G:(0,255,0),B:(0,0,255)である.
(a)
(b) (c)
図5.2 色刺激の提示(a)色刺激(1)または(2)をランダムに提示,(b)色刺激(1)の小片の位置,(c)色 刺激(2)の小片の位置
図5.3 RGB原色の分光分布とL・M・S錐体の分光感度
5.1.5 背景色と変調方向
図5.4は,提示Aでの背景色と変調方向をxy色度図上に示したものである.背景色の決 定にあたり,色域 [52]を考慮した.色域の境界近くの色を背景色とすると,変調の段階を 十分にとれないことがあるからである.また,背景色によっては変調の段階が小さいうちに 正答率が100%になってしまうことがあり,その場合は色弁別閾Θ˜ が適切に求められない.
図5.4 提示Aでの背景色と変調方向(xy色度図)
(a) (b) (c) (d)
図5.5 MS平面における提示Aでの変調方向(a) Gray,(b) Yellow,(c) Magenta,(d) Cyan
(a) (b) (c) (d)
図5.6 LS平面における提示Aでの変調方向(a) Gray,(b) Yellow,(c) Magenta,(d) Cyan
例えば,背景色からRGB値を1増減させただけで色の違いが明確な場合はその時点で正答 率が100%になってしまい,Weibull関数による適切な近似ができない.そのようなことが 起こらない色を背景色として指定した.
図5.5及び図5.6はそれぞれ,提示Aでの背景色と変調方向をMS平面及びLS平面上に 示したものである.ここでは錐体の感度の個人差は考慮していない.いずれの背景色にお
いても,R方向とG方向の変調はMS平面においてM軸にほぼ平行(LS平面においては L軸にほぼ平行)であり,B方向の変調はS軸にほぼ平行であることが分かる.R方向とG 方向の変調ではM錐体あるいはL錐体の反応を,B方向の変調ではS錐体の反応を調べる ことになる.
5.2 実験結果
2名の観測者それぞれについて,Θ˜A とΘ˜Bを決定した.5.1.3項で述べたように,Oが 4種類あり,それぞれについて6方向の変調を行うので4×6 = 24組のΘ˜AとΘ˜B が得ら れる.
5.2.1 Weibull関数による近似
Θ˜AとΘ˜B の決定にあたり,2AFCの正答率の分布をWeibull関数により近似するが,そ の精度について述べる.
2AFCの正答率をWeibull関数で近似した例を図5.7に示す.観測者,提示Aあるいは
(a) (b) (c)
(d) (e) (f)
図5.7 2AFCの正答率の実測値と推定値(各項目では「観測者,提示の種類,背景色,変調方向,RMSE」 を示している)(a)観測者1,提示B,Cyan,G−,1.1,(b)観測者1,提示B,Gray,G−,7.5,(c)観測 者1,提示A,Gray,G+,13.1,(d)観測者2,提示B,Cyan,G+,19.1,(e)観測者2,提示A,Cyan, R+,25.5,(f)観測者2,提示B,Cyan,B+,48.9
表5.2 2AFCの正答率の実測値と推定値のRMSE(観測者1,提示A;単位は%)
背景色 変調方向
平均値 R+ R− G+ G− B+ B−
Gray 21.2 12.3 13.1 12.8 11.8 13.0 14.0 Yellow 9.7 21.7 4.4 6.3 16.5 14.3 12.2 Magenta 18.9 15.5 5.4 13.5 12.6 13.3 13.2 Cyan 20.8 19.7 6.7 6.7 10.6 10.4 12.5 平均値 17.6 17.3 7.4 9.8 12.9 12.7 13.0
表5.3 2AFCの正答率の実測値と推定値のRMSE(観測者1,提示B;単位は%)
背景色 変調方向
平均値 R+ R− G+ G− B+ B−
Gray 10.8 5.0 7.7 7.5 22.8 15.5 11.5 Yellow 22.8 14.6 11.9 4.7 13.5 13.3 13.4 Magenta 9.6 15.4 4.4 1.3 19.3 12.9 10.5 Cyan 23.3 14.3 13.3 1.1 22.5 20.4 15.8 平均値 16.6 12.3 9.3 3.6 19.5 15.5 12.8
表5.4 2AFCの正答率の実測値と推定値のRMSE(観測者2,提示A;単位は%)
背景色 変調方向
平均値 R+ R− G+ G− B+ B−
Gray 2.3 13.5 16.7 11.4 15.7 3.6 10.5 Yellow 20.9 17.8 13.2 11.0 15.6 20.4 16.5 Magenta 13.2 19.2 6.2 13.3 10.0 32.9 15.8 Cyan 25.5 11.1 6.9 7.1 15.3 13.6 13.2 平均値 15.5 15.4 10.7 10.7 14.2 17.6 14.0
B,背景色,変調方向の組み合わせによって正答率の分布は異なり,Weibull関数での近似 誤差の大小が変化する.2AFCの正答率の実測値とWeibull関数での近似値(推定値)の二 乗平均平方根誤差(root mean squared error)をRMSEと表現する.図5.7ではRMSEが 小さいものから大きいものまでの例を示している.
正答率の実測値と推定値のRMSEについて,観測者1については表5.2及び表5.3,観 測者2については表5.4及び表5.5に示す.RMSEは平均的には14%程度である.大きな 場合は48.9%という例(表5.5におけるCyan,変調方向はB+)があるが,それは1例の
表5.5 2AFCの正答率の実測値と推定値のRMSE(観測者2,提示B;単位は%)
背景色 変調方向
平均値 R+ R− G+ G− B+ B−
Gray 0.5 18.1 27.9 12.9 27.1 1.4 14.7 Yellow 16.7 12.3 17.9 12.8 11.8 18.5 15.0 Magenta 14.8 19.9 11.6 14.9 16.4 9.6 14.5 Cyan 21.1 3.3 19.1 11.7 48.9 20.5 20.8 平均値 13.3 13.4 19.1 13.1 26.0 12.5 16.2
みであり,多くの場合RMSEは20%以下である.すなわち,たいていの場合は図5.7(a)〜 (d)のような状況であり,RMSEが適合性の判定に与える影響は小さいと考えられる.
5.2.2 適合性の判定
2名の観測者それぞれについて,Θ˜AとΘ˜Bの相関係数は表5.6のとおりであった.どち らの観測者についても相関係数は0.7以上であり,Θ˜AとΘ˜B から傾きが正の回帰直線が求 められる.
2名の観測者のΘ˜AとΘ˜Bの散布図と回帰直線を図5.8に示す.図の横軸はΘ˜Aで縦軸は Θ˜B である.観測者1のΘ˜AとΘ˜Bの回帰直線は
y= 0.51x+ 2.57 (5.1)
であった(図5.8(a)).また,観測者2のΘ˜AとΘ˜Bの回帰直線は
y= 0.99x+ 1.05 (5.2)
であった(図5.8(b)).観測者1及び2の回帰直線の傾きについての帰無仮説を「回帰直線 の傾きは1」とし,切片についての帰無仮説を「回帰直線の切片は0」として,それぞれに ついて有意性検定を行った.t検定(両側検定)を用い,有意水準は0.05とした.それぞ れの観測者の有意確率の値を表5.7に示す.これらの結果は,BrettelモデルはOに関して
(そのままでは)観測者1には適しておらず,観測者2には(調整の必要なく)適している ことを示している.観測者1の色刺激に対する視覚的な反応は,(Brettelモデルにおいて想
表5.6 2名の観測者のΘ˜AとΘ˜Bの相関係数
観測者 相関係数 観測者1 0.89 観測者2 0.78
(a) (b)
図5.8 2名の観測者のΘ˜AとΘ˜Bの散布図と回帰直線(a)観測者1,(b)観測者2
表5.7 Θ˜AとΘ˜Bの回帰直線の「傾きが1である」あるいは「切片が0である」確率
観測者 傾きが1である 切片が0である 観測者1 <0.0001 0.0004 観測者2 0.97 0.39
定されている)平均的な観測者の反応からずれており,モデルの調整が必要であると考えら れる.一方,観測者2の色刺激に対する視覚的な反応は平均的な観測者の反応と一致すると 考えられる.