これまでに有理数同士での対応をつけたので,これをふまえて「無理数」同士の対応をつけよう.
22一意性については5.4節で,少し別の角度からもう一度考察する
5.3.1 写像の構成
まず,KとK0別々に「実数と極限」の議論を(通常の解析の講義のように)行っておく.これは実数の公理1.1.1 に基づけば行えるので,問題はない.このノートではそのような普通の議論はくり返さず,その結果(の一部)を 用いる.
さて,Kの任意の元xに対し,lim
n→∞xn =xとなるような有理数のコーシー列{xn}が存在する.x∈Kに収束 する有理コーシー列はいろいろあり得るが,それらのうちの2つを{xn}と{x˜n}とすると,これらは
nlim→∞|xn−x˜n|= 0 (5.3.1)
をみたす.(この関係は3章での「同値」な条件と同じである.) 同様にK0の任意の元y0に対しては lim
n→∞yn0 =y0となるような有理数のコーシー列{y0n}が存在する.
この準備の下に,Kの無理数からK0の無理数への写像Sを以下のように定義する.まず任意のx∈Kを固定 する.上で注意したように,xに収束する有理コーシー列{xn}がKの中にとれる.そこでこれを用いて写像Sを
S(x) := lim
n→∞S(xn) (5.3.2)
と定義する.
5.3.2 写像がwell-definedなこと
3章での議論と同じく,まずは上の定義がちゃんとした定義になっている(代表元の取り方によらない)事から確 かめる必要があるが,これは大丈夫だ.実際,{xn}と{x˜n}が共にx∈Kに収束する有理コーシー列だとしよう.
このとき,
nlim→∞|S(xn)−S(˜xn)|= lim
n→∞|S(xn−˜xn)|= lim
n→∞|x0n−x˜0n| (5.3.3) である(x0n,x˜0nは前節までに作ったxn,x˜nに対応するK0の有理数を表す).ところが写像Sは絶対値を保存する
(|x0n−x˜0n|=|xn−x˜n|)ので,上の右辺は lim
n→∞|xn−˜xn|= 0に等しい.つまり,lim
n→∞|S(xn)−S(˜xn)|= 0が示 され,(5.3.2)の結果が代表元である{xn}によらない事が示された.
Sと同様にTも定義する.つまり,x0 ∈K0に対してx0に収束するK0内の有理コーシー列{x0n}を持ってきて,
T(x0) := lim
n→∞T(x0n) (5.3.4)
とするのである.この定義が代表元の取り方によらないのはSと同様にして証明できる.
5.3.3 写像の性質
さて,このように定義したS, T が我々の望む性質をもっていることを証明して行こう.
(1)x∈Kが有理数の場合,上の定義によるS(x)は前節までの定義による(有理数の対応としての)S前節(x) と一致する.Tについても同様である.
(証明)S(x)は代表元の取り方によらないのだから,{x, x, x, . . .}(各項がx∈Q)という代表元をとって計算 すると
S(x) := lim
n→∞S前節(xn) = lim
n→∞S前節(x) =S前節(x) (5.3.5)
となって一致.
(2)Sは四則演算と両立する.例えば,加法に関して
S(x+y) =S(x) +S(y) (5.3.6)
が成り立つ.Tについても同様である.
(証明)x, y ∈ Kの代表元をそれぞれ{xn},{yn}とすると,x+yの代表元の一つはzn := xn +yn である.
従って,
S(x+y) = lim
n→∞S(zn) = lim
n→∞S(xn+yn) = lim
n→∞
³
S(xn) +S(yn)
´
= lim
n→∞S(xn) + lim
n→∞S(yn)
=S(x) +S(y) (5.3.7)
となる.最初と最後の等号はSの定義(5.3.2)によるもので,その次の等号はznの定義,またそのあとの2つの等 号はK0において成り立つ極限の性質による.
(3)SはK, K0の順序を保存する.つまり,x, y∈Kに対して,
x < y =⇒ S(x)< S(y) (5.3.8)
が成り立つ.Tについても同様である.
(証明)有理数の順序を保存する事を用いるのが一番、簡単だろう.つまり,Kにおいて成り立つ極限の性質か ら,x < yならば両者の間の有理数rが存在する——x < r < yとなる有理数rがある.x, yの代表元を{xn},{yn} とするとき,すべてのnにおいてxn < r < ynとなっているようなものがとれる.このとき,有理数に対しては順 序がSによって保存されるからS(xn)< S(r)< S(yn)が成り立っている.ここでn→ ∞の極限をとると,K0に おける極限の性質から
nlim→∞S(xn)≤S(r)≤ lim
n→∞S(yn) (5.3.9)
が成立する.この式の左辺はS(x),右辺はS(y)だから,
S(x)≤S(r)≤S(y) (5.3.10)
が得られた.最後に,どちらの等号も成り立たないことを示せば、証明は終わる.
(4)SはK→K0の,T はK0 →Kの単射である.
(証明)上の「順序の保存」からすぐに出る.つまり,x6=yということはx < yまたはx > yということであっ て,この時は順序の保存からS(x)< S(y)またはS(x)> S(y)となる.つまり,S(x)6=S(y)が保証される.
(5)任意のx∈Kに対して,T¡ S(x)¢
=xである.また,任意のx0∈K0に対して,S¡ T(x0)¢
x=x0 である.
(証明)SやTの結果は代表元の取り方によらないことを用いる.xに収束するK内の有理コーシー列の一つを {xn}とする.定義により,S(x) = lim
n→∞S(xn)であるので,S(x)の代表元としてはx0n=S(xn)を使うことができ る.すると,Tの定義により
T¡ S(x)¢
= lim
n→∞T(x0n) = lim
n→∞T¡ S(xn)¢
(5.3.11) となるが,有理数xnに対してはT◦Sは恒等写像であったから,T(S(xn)) =xnである.つまり,
T¡ S(x)¢
= lim
n→∞T¡ S(xn)¢
= lim
n→∞xn =x (5.3.12)
が得られる.S◦T も同様.
(6)SはK→K0の,T はK0 →Kの全射である.
(証明)SによるKの像S(K) :={S(x)|x∈K}がK0を部分集合として含む事,つまりS(K)⊃K0 を証明 したい.そこでy0 ∈K0を任意にとってみる.このy0 ∈ K0 に対しても写像T を施す事はできる(なぜなら,T はK0全体で定義されているから)から,Tによるy0の像をz:=T(y0)とおく.更にzにSを作用させた結果を x0 :=S(z) =S(T(y0))とおこう.
ところが,任意のy0∈K0に対してS(T(y0)) =y0であることは既に見た.従って上から,y0=S(T(y0)) =x0=S(z) が得られる.これはy0がz∈KのSによる像である事を意味する.これが任意のy0 ∈K0について成り立つから,
S(K)⊃K0である.
T の方も同様である.
以上から,これまでに構成したS, Tは我々の欲しい性質をすべて満たしており,特にKとK0の間の同型写像を 与える事がわかった.よって,この意味でKとK0は本質的に同じものであり,「実数の全体」は一意に定まる.