(1) 受任者が債務を負担したときの解放義務(民法第650条第2項)
受任者が委任事務を処理するために負担した債務についての代弁済請求権 を規定する民法第650条第2項については,次のような考え方があり得る が,どのように考えるか。
【甲案】 同項本文を,受任者は委任者に対してその弁済資金の支払を請求 することができる旨の規定に改めるものとする。
【乙案】 同項本文を維持し,受任者は委任者に対して代弁済を請求するこ
とができるものとする。
○ 中間的な論点整理第49,2(1)「受任者が債務を負担したときの解放義務(民 法第650条第2項)」[152頁(379頁)]
受任者が委任事務の処理に必要と認められる債務を負担した場合には,受任者は 委任者に対して代弁済を請求することができる(民法第650条第2項)が,より 一般的に弁済資金の支払を請求することができる旨を定めるべきであるとの考え 方がある。このような考え方の当否について,受任者の他の債権者による弁済資金 請求権の差押えが可能となることへの評価や,費用前払請求権との関係などに留意 しながら,更に検討してはどうか。
【部会資料17-2第3,3(1)[38頁]】
《参考・現行条文》
(受任者による費用等の償還請求等)
民法第650条 (略)
2 受任者は,委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは,
委任者に対し,自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。こ の場合において,その債務が弁済期にないときは,委任者に対し,相当の担保を 供させることができる。
3 (略)
(比較法)
・スイス債務法第402条
(補足説明)
1 民法第650条第2項は,委任者が委任事務を処理するのに必要と認められる 債務を負担した場合の代弁済請求権を規定している。同項が代弁済請求という方 法を定めていることについては,委任事務の処理に当たって負担した債務から受 任者を解放する方法の一つを規定したに過ぎず,委任者は,受任者を債務から解 放する義務を一般的に負っているという見解が主張されている。この見解からは,
受任者を債務から解放する最も端的な方法として,弁済資金を委任者に請求する ことができることとするのが妥当であると考えられる。本文の甲案は,このよう な考え方に基づき,同項を改め,受任者が弁済資金請求権を有する旨の規定を設 けるという考え方を取り上げている。これに対し,本文の乙案は,受任者が債務 を負担した場合には委任者に代弁済を請求することができるという同項の規律を 維持する考え方を取り上げるものである。
2 甲案と乙案の具体的な対立は,委任者が受任者に対して債権を有している場合 に,民法第650条第2項に基づく債権を受働債権として相殺することができる かどうかという点に現れる。本文の甲案によれば,受任者は委任者に対して金銭
債権を有することになるから,委任者が受任者に対して債権を有している場合に は弁済資金請求権を受働債権として相殺することができることになるが,本文の 乙案によると,受任者が有するのは金銭債権ではないから,相殺ができるかどう かについては疑義が生ずることになる。
判例は,民法第650条第2項の代弁済請求権を受働債権とする相殺は許され ないとしており,その理由として,代弁済請求権は金銭債権と異なる目的を持つ ものであり,互いに同種の目的を有する債務を負担するという相殺の要件を欠く こと,委任者は受任者に対して何らの経済的負担をかけることのないようにする 義務を負っているのに,代弁済請求権を受働債権とする相殺ができるとすると,
受任者は自己資金を調達して委任事務を処理するための費用を立替払せざるを得 なくなり,受任者に立替払の義務がないことを前提とする民法第649条及び第 650条第2項前段の趣旨に反することなどを挙げている(最判昭和47年12 月22日民集26巻10号1991頁)。
これに対し,代弁済請求権は民法第649条の費用前払請求権と同様の機能を 有しており,同条の費用前払請求権を受働債権とする相殺ができることは明らか であるから,代弁済請求権を受働債権とする相殺も許されるべきであること,現 実に弁済を受けさせるほど受任者を保護する政策的理由を見いだすことは困難で あることなどを挙げて,代弁済請求権を受働債権とする相殺を認めるべきである とする立場がある。
3 相殺の可否のほか,本文の甲案によると,受任者が委任者に対して金銭債権を 有することになるから,受任者の債権者がこれを差し押さえて満足を得ることが あり得るが,そうすると,委任者は現実に弁済資金を出捐したにもかかわらず,
自分とは関係ない事情によって,その資金が委任事務とは異なる用途に用いられ ることとなり,委任者にとっては不合理な結論になるおそれがあるとも考えられ る。
4 仮に甲案を採って弁済資金請求権を認めるものとする場合には,これと民法第 649条に基づく費用前払請求権との関係が問題になる。この両者は実質的には 異ならないという見解によれば,同法第650条第2項を削除し,同法第649 条に委ねることも考えられる。
これに対し,弁済資金請求権と費用前払請求権とは区別されるとの見解もある。
この見解は,民法第649条の費用前払請求権が対象とする「費用」とは委任事 務処理に客観的に要求される費用であるの対し,民法第650条第2項が対象と する「必要と認められる債務」を弁済する費用とは,受任者が事務を処理する際 に相当の注意をもって必要と考えた費用であり,結果的に必要でなかった費用や 効果のなかった費用も含まれるであるから,両者は異なると解している。このよ うに両者の範囲が異なるとすると,民法第649条の費用前払請求権とは別に,
弁済資金請求権に関する規定を設けるべきことになる。本文の甲案は,差し当た り,この立場に立って弁済資金請求権の規定を設けるという考え方を取り上げて いる。
(2) 受任者が受けた損害の賠償義務(民法第650条第3項)
受任者は,委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは,
委任者に対してその賠償を請求することができるという民法第650条第3 項の規律を維持した上で, 「賠償」という用語を,例えば「補償」などと改め るものとしてはどうか。
○ 中間的な論点整理第49,2(2)「受任者が受けた損害の賠償義務(民法第6 50条第3項)」[152頁(379頁)]
受任者が委任事務を処理するため過失なく損害を受けたときは,委任者はその損 害を賠償しなければならないとされている(民法第650条第3項)が,同項は有 償委任には適用されないとの学説もある。そこで,この点を明確にするため,有償 委任に同項が適用されるか,適用されるとしても損害賠償責任の有無や額において 有償性が考慮されるかを条文上明記すべきであるとの考え方の当否について,更に 検討してはどうか。後者の問題については,受任者が委任事務を処理するについて 損害を被る危険の有無及び程度を考慮して報酬の額が定められている場合には,委 任者の損害賠償責任の有無及び額はこれを考慮して定めるという考え方があるが,
このような考え方の当否について,有償委任の場合であっても損害を被る危険の評 価がされていない場合もあるという指摘があることにも留意しながら,更に検討し てはどうか。
【部会資料17-2第3,3(2)[39頁]】
《参考・現行条文》
(受任者による費用等の償還請求等)
民法第650条 第1項・第2項略
3 受任者は,委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは,委任 者に対し,その賠償を請求することができる。
(比較法)
・スイス債務法第402条
(補足説明)
1 受任者は委任者のために委任者の事務を処理するものであるから,委任者は事 務処理に随伴する負担から受任者を免れさせる義務を負うとされる。このような 義務の一つとして,民法第650条第3項は,受任者が委任事務を処理するため に過失なく損害を受けたときは,受任者はその賠償(補償)を請求することがで きる旨と規定している。これは,委任事務は委任者のために行われるものであり,
受任者が過失なく受けた損害は,委任者が自ら当該事務を処理していたら委任者
自身に生じていたであろうと言えるから,委任者が負担すべきであるという考え 方に基づくとされている。
2 民法第650条第3項の趣旨については,現代の専門家への委任の多くは委任 者が自ら行うことができない仕事を対象としており,この補足説明の上記1記載 の同項の趣旨が常に妥当するとは限らないとの指摘がある。このような指摘を踏 まえると,受任者の専門性等の要素によって同項の適用範囲を限定すべきである とも考えられるが,適用範囲の限定の在り方について具体的な立法提案が示され ていないことから,本文では取り上げていない。
3 学説には,民法第650条第3項は無償の委任に適用すべき規定であり,有償 委任には適用されないという考え方があり,このような見解に従って規定を設け るべきであるとの考え方もある(参考資料2・[研究会試案]217頁)。しかし,
通説的な見解は,この補足説明の上記1に記載した同項の趣旨は有償委任である ことから直ちに妥当しないとは言えないとして,有償委任を一律にその適用対象 から除外するものとはしていない。本文においても,この通説的な立場に従い,
有償であることから直ちに同項の適用を排除するという考え方は採らないものと した。
有償であることから直ちに同項の適用が排除されないとしても,有償委任にお いては,委任事務の処理に当たって受任者が損害を被る危険の有無や程度を考慮 して報酬を決定している場合がある。そこで,受任者が損害の賠償を二重に受け 取ることを回避するため,報酬において損害の危険の有無が考慮されている場合 には,委任者の損害賠償責任の有無及び額はこれをしんしゃくして定めるという 立法提案がある(参考資料1・[検討委員会試案]374頁)。論理的には合理的 な考え方であると思われるが,賠償額の有無及び額を定めるに当たって一定の事 項を「しんしゃくする」という効果が明確なものとは言い難く,また,報酬の額 において受任者が損害を被る危険の有無等が考慮されていたかどうかも判断が困 難な場合も多いと考えられる。同項が任意規定であると考えられることからする と,デフォルトルールとしては損害を賠償する義務を委任者に認めておき,損害 の賠償の減免については当事者の合意に委ねるものとした方が合理的な結論を導 くことができるように思われる。現に,報酬の額において受任者が損害を被る危 険の有無等が考慮されていたと明確に判断できる場合には,その危険が顕在した 場合の賠償については減免の合意があるものと解釈し得ることが多いと考えられ る。以上から,本文では,民法第650条第3項の規律を維持することを提案し ている。
4 現在の民法第650条第3項は,受任者が損害の賠償を請求することができる としているが,委任者の責任は委任者の何らかの義務違反を要件としたものでは ない。そこで,本文では,「賠償」という用語を,例えば「補償」などと改めるこ とを提案している。どのような用語が適切であるかは,今後の検討課題である。