(1) 委任契約の任意解除権(民法第651条)
民法第651条の規律を維持した上で,委任が,委任者の利益だけでなく 受任者の利益をも目的とするものである場合には,委任者が委任の解除をし たときは,相手方が被った損害を賠償しなければならない旨の規定を設ける ものとしてはどうか。
○ 中間的な論点整理第49,4(1)「委任契約の任意解除権(民法第651条)」
[154頁(384頁)]
判例は,委任が受任者の利益をも目的とする場合には委任者は原則として民法
第651条に基づく解除をすることができないが,やむを得ない事由がある場合及 び委任者が解除権自体を放棄したものとは解されない事情がある場合には,同条に 基づく解除をすることができるとしている。しかし,このような判例法理の解釈や 評価をめぐっては様々な見解が主張されていることから,規律を明確にするため,
委任が受任者の利益をも目的としている場合の委任者の任意解除権に関する規定 を新たに設けるかどうかについて,更に検討してはどうか。
その場合の具体的な規定内容として,①委任が委任者の利益だけでなく受任者の 利益をも目的とする場合には,委任者は契約を解除することができるが,解除によ って受任者が被った損害を賠償しなければならないこととし,専ら受任者又は第三 者の利益を目的とする場合にはやむを得ない場合を除き任意解除権を行使できな いとする考え方,②有償委任においては,当事者が任意解除権を放棄したと認めら れる事情がある場合には,当該当事者は任意解除権を行使することができないこと とし,無償委任においては,解除権の放棄は書面をもってする必要があるとする考 え方があるが,これらの考え方の当否について,更に検討してはどうか。
【部会資料17-2第3,5(1)[44頁]】
《参考・現行条文》
(委任の解除)
民法第651条 委任は,各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,その当事者の 一方は,相手方の損害を賠償しなければならない。ただし,やむを得ない事由が あったときは,この限りでない。
(比較法)
・ドイツ民法第671条
・フランス民法第2004条
・DCFR第4編第D章第1節第104条,第105条
(補足説明)
1 民法第651条は,委任の各当事者に任意解除権を認め(同条第1項),その上 で,相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,相手方の損害を賠償しなけ ればならないとしている(同条第2項)。任意解除についての原則を定めたこれら の規定自体を改める必要はないと考えられる。
民法第651条について問題となるのは,委任が受任者の利益をも目的として いる場合に,任意解除権が制約されるかどうかという点である。判例は,委任が 受任者の利益をも目的としている場合には委任者には同条の適用はなく,任意解 除権を有しないとしているが(大判大正9年4月24日民録26輯562頁),委 任者が解除権を放棄したものとは解されない事情がある場合には,委任を解除す
ることができ,受任者は委任者に損害賠償を請求することができるとしており(最 判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁),実質的には任意解除を広く認めて いると評価されている。そこで,この判例法理を踏まえ,委任が受任者の利益を も目的としている場合に関する規律を設けるかどうかが問題になる。
2 本文は,上記の判例法理を踏まえ,委任が受任者の利益を目的としている場合 でも,委任者は民法第651条第1項に基づいて委任を解除することができ,た だし,受任者に生じた損害を賠償する義務を負う旨の規定を設けることを提案す るものである。
「受任者の利益を目的とする」とはどのような場合を言うかについては,単に 受任者が報酬を得ることができること,すなわち委任が有償であることのみでは
「受任者の利益を目的とする」とは言えないとされている。学説では委任事務処 理と直接関係のある利益がある場合であるなどとされているが,この意義も必ず しも明らかではないように思われる。「受任者の利益を目的とする」という基準は 上記の判例法理において用いられており,これに基づいて実務は運用されている こと,これに代わる適切な基準を設けることは困難であることから,本文では,
この基準をそのまま維持することを提案している。
委任が受任者の利益を目的としている場合には,委任者はこの利益を奪っては ならないと考えられる。したがって,民法第651条第1項に基づいて解除した 場合に負う損害賠償の範囲は,委任契約が解除されなければ受任者が得たと認め られる利益から,受任者が債務を免れることによって得た利益を控除したものと すべきである。委任が有償である場合には約定の報酬を損害として請求すること ができることはもとより,「受任者の利益」は報酬だけではないから,これを超え る部分の賠償も必要になると考えられる。上記の昭和56年最判も同様の考えに 立つものと考えられる。同条第2項の「損害」は解除の時期が不当であることに よる損害のみを指すものであり,この点で,本文とは損害賠償の範囲を異にする ことになる。
3 以上のほか,学説には,債権担保の目的をもってする債権取立の委任のように,
委任契約が受任者の権利の保全のための手段としてされる場合は,解除の効果は 生ずるが損害賠償責任を負うのではなく,解除の効果そのものが生じないことと すべきであるとするものがある。このような学説をも踏まえ,立法提案には,委 任の利益が受任者又は第三者の利益のみを目的としている場合には,やむを得な い事由があったときを除いて解除することができない旨の規定を設けるべきであ るとするものがある(参考資料1・検討委員会試案[375頁])。例えば,受任 者に担保権を付与するための委任,債務整理のための委任,権利移転の実現のた めの委任などについては,委任者は任意解除権を有しないとする。
しかし,このような場合には,委任された事務の内容等を考慮すると,契約当 事者間において,委任者が任意解除権を有しない旨の特約があるとして処理すれ ば足りるのではないかと思われる。そして,委任者が任意解除権を有しない旨の 特約がある場合には,委任が受任者又は第三者の利益のみを目的としているかど
うかにかかわらず,委任者は契約を解除することができないことになるはずであ る。そうであるとすれば,仮に規定を設けるのであれば,より一般的に,委任者 が任意解除権を有しない旨の特約がある場合には,委任者は任意解除権を有しな い旨の規定を設けるべきであると考えられる。これは,上記の昭和56年最判が,
「委任者が解除権を放棄した」場合には解除の効果が発生しないことを前提とし た判示をしていることとも一致する。しかし,任意解除権を認めた民法第651 条第1項は任意規定であると考えられ,それと異なる特約があれば特約が優先す るのは当然のことであり,これを規定する必要はない。したがって,本文では,
委任が受任者又は第三者の利益のみを目的とする場合の任意解除権に関する規定 を取り上げていない。
なお,判例は,委任者が任意解除権を放棄した場合であっても,やむを得ない 事由がある場合には,委任の解除をすることができるとしている(最判昭和43 年9月20日集民92号329頁)。その明文化の可否も問題になるが,これは,
委任者が任意解除権を有しないという特約の射程の問題として,契約の解釈によ って解決することができると考え,本文では,この点の明文化を取り上げていな い。
(2) 委任者死亡後の事務処理を委託する委任(民法第653条第1号)
委任契約は委任者又は受任者の死亡によって終了するという民法第653 条第1号を維持し,委任者の死亡後の事務の委任に関する新たな規定は設け ないものとしてはどうか。
○ 中間的な論点整理第49,4(2)「委任者死亡後の事務処理を委託する委任(民 法第653条第1号)」[155頁(386頁)]
委任者が自己の死亡後の事務処理を委託する委任の効力については,特段の規定 が設けられていないことから,規律を明確にするため,新たに規定を設けるかどう かについて,更に検討してはどうか。
その場合の規定内容として,遺言制度との整合性を図る観点から,委任事務の内 容が特定されていることを要件として認めるべきであるとの考え方があるが,その 当否について,更に検討してはどうか。
【部会資料17-2第3,5(2)[47頁]】
《参考・現行条文》
(委任の終了事由)
民法第653条 委任は,次に掲げる事由によって終了する。
一 委任者又は受任者の死亡
二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。