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大学授業料と学生支援をめぐる諸問題

第2章 イギリスにおける授業料と奨学金制度改革

1. 大学授業料と学生支援をめぐる諸問題

1 授業料の引き上げ

2006年度改革の見直しの最大の争点は、授業料の上限をどこまでとするかであった。

これについても、様々な意見が見られた。たとえば、イギリス大学協会(Universities UK,

UUK)は5,000ポンドまで引き上げても需要に影響しないとして、上限5,000ポンドを

主張(2009年3月19日のホームページ)した。さらに、Oxford大学は上限 7,000あ るいは10,000ポンドと主張した。商工会議所(the Confederation of Business Industry) の 高 等 教 育 タ ス ク フ ォ ー ス 報 告 書 も 値 上 げ は 不 可 避 と 主 張 し て い た (Higher Education Task Force, the Confederation of Business Industry 2009)。また、1994研 究大学グループは、7,000 ポンドの上限を主張した(The Times Higher Education Supplement, 2009年10月29日)。なお、UUKの学長(Vice Chancellors)は、7,000 ポンド(Daily Miller 2009年7月28日)、場合によっては、2万ポンドまでの上限もあ り得るとしていた(The Independent 2009年3月26日)。さらに、労働党も保守党も、

7,000ポンドで合意したという観測記事も出された(The Sunday Times 2009年7月 26日)。全国学生組合(National Student Union)は、値上げ自体に一貫して反対して いる(The Guardian 2009年7月28日)。このように、授業料をどこまで引き上げるか は、社会的にも大きな関心事になっていた。党首討論でも度々取り上げられた。結局2006

1 2006年改革については、委託事業報告書 200720092013、小林編(2012)の他、芝田20062012 村田2012、米澤2012を参照されたい。

年度改革では最高3,000ポンドの3倍値上げとなった。その後も授業料の値上げの議論 は続き、様々な主張に対して、2010 年のブラウン報告(An Independent Review of Higher Education Funding and Student Finance, Securing a Sustainable Future for Higher Education 2010, 以下ブラウン報告と表記)は、最高7,000ポンドを主張した。

しかし、2011年の教育白書では、最高9,000ポンドが提案され、2012年度以降、最高

9,000ポンドで推移している。

2 大学財政への影響と奨学金の大学間格差

2006 年度改革により、授業料が 3 倍値上げされたため、大学財政は明らかに好転し たことは、政府だけでなく、多くの論者が認めている。問題は、この値上げによる追加 収入のうち、どの程度が大学給付奨学金や大学裁量給付奨学金にあてられたかである。

大学独自義務給付奨学金については、2006年度改革で、2,700ポンド以上の授業料を 設定した大学には最低300ポンドの大学独自義務給付奨学金の設定が求められた。これ について、公正機会局 (Office for Fair Access, 以下OFFAと表記)では、比較的多くの 大学が大学給付奨学金に多く支出していると評価している。OFFAによれば、高等教育 機関は授業料収入の増加の約4分の1を低所得層の支援のために使っている。

図2-1 アクセス協定に基づく投資の授業料相当額に占める割合の推移

(出典)OFFA 2013, Access Agreements: Institutional Expenditure and Fee Level, p. 4.

図2-1はアクセス協定に基づき大学が授業料相当額のうち、大学授業料水準別にアク セスに投資する総額を示したものである。高授業料の大学より低授業料の大学の方が、

多く投資している。これは低所得層の学生などの比率が高いためと考えられる。また、

特に2012年の授業料の3倍値上げ以降、授業料水準による投資比率の大学間の差が拡 大している。それでも平均で授業料収入の約2割から3割がアクセスのために用いられ ている。

しかし、特に大きな論争点となっているのは、大学別に奨学金の受給額や受給率に格 差が生じていることである。大学に奨学金の決定に裁量権を認めたために、個別大学ご とに奨学金の受給率と受給額は大きく異なることになった。2008年度で大学給付奨学金 は、大学により310ポンドから3,150ポンドと大きな差がある。約8割の大学は、最低 水準の310ポンド以上に設定している。このうち約6割は、2.5から6万ポンドを受給 基準の上限に設定しているが、15%は 6 万ポンド以上に設定している。さらに、5%の 大学ではすべての学生に大学給付奨学金を支給していた(OFFA Quick Facts)。生活費 給付奨学金と同じ受給基準で同額を支給する大学や、50から2,000ポンドまで所得に応 じたスライドスケールで支給している大学もある。このように各大学が独自で受給基準 を決定できるため、大学によって受給率や受給額に大きな差異がみられた2

この大学間格差については、イギリス議会報告書でも、大学によって、同じ経済状況 の 学 生 で も 奨 学 金 の 受 給 に 大 き な 相 違 が あ る こ と が 指 摘 さ れ て い る (House of Commons Universities, Innovation, Science and Skills Committee, 2009)。たとえば、

オックスフォードとケンブリッジ(Oxbridge)大学では、低所得層の割合が低く、社会

的混合(social mix)が遅れているということはかねてより批判されてきた。より多く

の裁量給付奨学金をこのために当てるべきだとの主張もある(Daily Telegraph 2008年 9月18日)。

また、フルタイム学生への学生支援が充実しているのに対して、パートタイム学生へ の支援が遅れているという批判もある。2009年当時では、パートタイム学生はフルタイ ム学生の50%の授業を履修しないと受給の対象にならなかった。Callenderらの調査に よれば、2009 年には、パートタイム学生の 9 割は経済的支援を受けていなかった。し か し 、 パ ー ト タ イ ム 学 生 の 約 3 分 の 1 は 雇 用 主 か ら 何 ら か の 援 助 を 受 け て い た

(Callender and Heller 2009)。こうした批判を受け、現在では序章で見たように、パ

ートタイム学生についても、授業料ローンが受給できるようになっている。

さ ら に 最 近 の 状 況 に つ い て 、2015 年 度 に つ い て み る と (OFFA 2014 Access Agreement for 2015-16 Key Statistics and Analysis)、NSPを除く大学の支出の総額は

7.352億ボンドと推計される。これは授業料収入増額分の約25.4%にあたる。その内訳

は下記の通りである。

・4.122億ボンドは学生への経済支援(56%)

2 この点について、詳細は文部科学省委託事業報告書2013年を参照されたい。

・1.457億ポンドはアクセス活動3(20%)

・1.309億ボンドは学生の学業達成(success)支援(6%)

・4,640万ポンドは学生の向上(progression)支援4(6%)

これは、各種の調査結果から、学生への直接の経済的支援よりアウトリーチ活動の方 が、高等教育機会への影響が大きいと考えられているためである。また、大学進学以前 すなわち中等教育学校在学時だけでなく、大学入学後の卒業までの支援も含まれている。

全体の授業料と学生支援の設定状況はOFFAのガイドラインに従っている。

アクセス協定による高等教育機関の各項目の支出(予定)は図2-2の通りである。

図2-2 アクセス協定の各項目への支出状況の推移

(出典)OFFA (2014) Access Agreement for 2015-16 Key Statistics and Analysis, p. 6.

各大学の授業料水準と大学給付奨学金については各教育機関について、すべてアクセ ス協定が公開されているが、その他の学生への経済的支援については、必ずしも個別大 学毎の状況が明らかにされているわけではない。

3 低所得層の生徒の、高等教育進学への認識やアスピレーションや業績を高めるためのプログラムで、

サマースクール、メンタリング、放課後授業料補助などがある。アウトリーチ活動とほぼ同じと考え られる。

4 学士課程の学生に対するインターンシップ、キャリア・アドバイスなど、就職や大学院進学を支援す るプログラム。

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Data: Student Income and Expenditure Surbey,

(注)2007年以降は「給付奨学金」と「学生ローン」は分けて尋ねていない。

(Callender 2003, Callender and Jackson 2005)。Barrはローン回避がローンの最大の 難点のひとつであることを認め、その解決のために、25年以上で帳消しとなる所得連動 型返済ローン(Income Contingent Loan Repayment、ICR)の導入を提起した(Barr

2001)。このため、2006年度改革の後で、ローン回避傾向がなお生じているのかが争点

となっている。

スタッフォードシャー大学(Staffordshire University)による研究センターのイギリス 中部の2つの大都市圏の16歳から20歳の学生調査の結果によると、進学予定学生は授 業料と奨学金の変化に混乱していることを示す証拠があり、大学非進学を決定した学生 の59%が、負債回避が決定に影響したと回答している(Davies et al. 2008)。

また、West らは、AimHigher(イギリス政府の大学進学促進政策)の教育機会給付

奨学金(Opportunity Bursary) (2001/02から2002/03)の応募者を調査した結果、約8 割の学生が負債の恐れを感じていることを明らかにした(West et al. 2006)。さらに、

先に紹介した学生生活調査によれば、フルタイム学生の 25 パーセントとパートタイム 学生の32パーセントが、負債への関心が進学を阻んだとしている(Johnson et al. 2009)。

これに対して、ローン回避は提起されているほど大きな問題にはなっていないという 論者も多い(BISの学生支援政策担当者(2009年当時)のMian5、Barr、 Bekhradnia

(Higher Education Policy Institute, HEPI所長)、 Vignolesら)。いずれもアンケー ト調査では、学生はローン回避と回答する傾向があるにしても、実際の行動は異なると 主張している。Mian は、82%の学生が生活維持ローンと授業料ローンを受給している が、ローンを受給していないのは高所得層に多く、中低所得層の学生はローンを組むこ とに躊躇していないとしている。また、Barrは、高学力の学生はローンを組むことに抵 抗はないばかりか、ローン負担は進学の阻害要因になっていないし、一般に給付奨学金 は参加拡大に重要とはいえないとしている。Barrは、授業料収入の増加分を大学独自給 付奨学金に使うことにも反対で、これは参加拡大に回すべきだとしている。しかし、ロ ーン回避ではなく、負債回避が問題であり、将来が不安定であれば、進学を断念するよ うな場合には、帳消しのある所得連動型ローンでもこの問題は完全に解消できないため、

目標を明確にした給付奨学金が必要であるが、その規模はごく小規模であるべきだとし ている。また、Vignolesは、Callenderらの調査は、一時点に過ぎないと批判している。

5 利子補助の問題

2006年度の生活費と授業料ローンは、インフレ分を除いて、実質無利子であった。言 い換えれば、政府が多額の利子補給をしていた。Barrによれば、この利子補給は、ロー ン総額の約30パーセントにものぼると推計されている(Barr 2009)。また、Callender らによれば、2006 年度の新授業料政策による、新しいグラント、実質ゼロ利子率、25

5 Emran Mian はブラウン報告の作成に大きな役割を果たしたとされており、現在は社会市場財団

Social Market Foundation)の理事長となっている(Cost of new fee regime may soon exceed the old, Times Higher Education, 20 March 2014)