1.はじめに
多国籍企業では、世界本社の経営方針、戦略においてその一貫性に加えて柔軟性が必要 とされるのみならず、活動する地域が多様であり、したがってその世界的組織内部に各種 の利害対立や異質性を抱えているがゆえに、組織内部では常時、内部葛藤が発生している。
このため、伊丹(1991年)も指摘するように、活動地域の複雑性に対応するためには 現地とのインターフェース、つまり良好なコミュニケーションが重要で、同時に利害対立 をミニマイズするための不断の努力と処方策の実施が必要であることは疑いようがない。
このような諸課題を内部に抱える多国籍企業が海外でのオペレーションを息長く継続す るには、現地での社会・経営環境に的確に反応し、それに適合するような経営を行い、同 時に、その経営活動が世界本社統制の下に技術・技能・知識・ノウハウの蓄積を伴う、競 争の優位性を保持するものでなければならない。つまり、この海外オペレーションは、当 該多国籍企業の事業活動の一環であることを前提としつつ、現地の社会・経営環境に根付 きながら人的資源を蓄積し、かつ最終的に利益の出る経営活動となることを求められるの である。
本章では、国際展開に伴い形成される日本企業の「多国籍内部労働市場」システムの現 地展開の実情とその諸課題について実証的に検討する。叙述は次のような順序で進める。
まず第2節では、本章で集中的に利用する3つの調査、ならびにその調査対象について説 明し、その特徴を概観する。第3節では、海外における日系企業の経営諸課題と日本人派 遣者との関連を整理する。第4節ではこれらを踏まえ、日本人派遣者比率の決定要因につ いての分析枠組みを提示し、それに基づき諸変数の定義と計測を行う。第5節では、世界 本社の統制と現地人材の育成・蓄積が利益率に及ぼす影響について、前節と同様に計測を 行い、その意味するところについて考察を加える。第6節では、以上の検討に基づき、本 章の結論を述べる。
2. 分析対象企業の特徴
(1)データ・ソース
ここでは以下で利用する日本のグローバル企業の海外オペレーション拠点に対し実施さ れた3回にわたる経年的企業調査データを利用して、実証的に考えてみる。調査票は本論 文末尾に添付したので参照願いたい。
データ・ソースは以下の3つである。第1が、1999年実施の「第1回調査」(日本労 働研究機構(2000年12月))、第2が、2001年実施の「第2回調査」(日本労働研究 機構(2002年))、第3が2003年実施の「第3回調査」(日本労働研究機構(2004 年))である(注1)。
なお、一連の上記3つの調査の対象は、駐在員事務所を除く、海外の現地法人と支社・
支店である。世界本社から海外の別法人に経営管理層を派遣する理由としては、世界本社 による海外現地法人の統制・調整、技術・ノウハウの移転、グループ企業間の調整・情報 流通の促進、派遣人材ならびに現地人材の育成、現地における情報の収集など様々なこと が考えられる(注2)が、支社・支店は日本の本社機構の一部に他ならないということで、
以下で分析するサンプルは支社・支店を除いて、現地法人のみに限定した。このため、分 析対象企業数は若干少なめとならざるを得ないというデメリットを伴わざるを得なかった
ことはいうまでもない。
以下の分析に先立ち、分析対象企業の諸特徴を見ておくことにする。
(2)分析対象企業の諸特徴
まず、現地法人の企業規模、主たる業種、現地での操業年数、所在地域、それに日本側 出資比率を見ると以下の通りある。
従業員規模は表2-1に明らかなように、3回の調査を通じて平均で約400人である。
ただし、標準偏差が平均値の2倍を超えており、規模の分散がきわめて大きいといえる。
規模別分布状況で明らかなことは、平均値は約400人であるが、これは一部の規模の大 きなサンプルに引っ張られているからであり、50人未満の企業の占める比率がきわめて 高い。すなわち、「第1回調査」27.8%、「第2回調査」34.7%、「第3回調査」3 5.6%と50人未満の小企業のシェアが約3分の1となっており、100人未満の企業 比率を同表により計算すると、「第1回調査」で約4割、「第2回調査」、「第3回調査」で は5割を超えるのである。
表2-1 現地法人の従業員規模
(a)平均値
(単位:社、%)
(b)規模別分布状況
(単位:社、%)
製造業、非製造業別に分けてみた業種別構成は、表2-2の通りである。「第1回調査」
では製造業、非製造業の割合はほぼ同じであったが、「第2回調査」、「第3回調査」では、
製造業の方が若干多くなっている。
第1回調査 第2回調査 第3回調査
10人未満 5.9 8.4 7.7
10~50人未満 21.9 26.3 27.9
50~100人未満 12.8 16.6 18.1
100~200人未満 11.0 13.7 13.6
200~500人未満 12.8 14.5 13.9
500~1000人未満 6.5 8.9 8.5
1000~5000人未満 6.7 9.5 8.2
5000人以上 0.5 1.2 1.2
無回答 21.8 0.8 0.9
合計 100.0 100.0 100.0
サンプル・サイズ(社) 794 841 742
第1回調査 第2回調査 第3回調査
平均値 365.0 440.2 406.9
標準偏差 820.7 1015.7 952.2
サンプル・サイズ(社) 621 834 735
表2-2 現地法人の業種別構成
(単位:社、%)
表2-3に示されるように、操業年数は、平均で見ると、いずれの調査においても16
~17年である。標準偏差も12~13年と安定的である。このため、操業を開始して数 年の企業から30年におよぶ企業にまで幅広く分布していることが想定される。
表2-3 現地法人の操業年数
(単位:社、年)
企業の地理的分布、つまり所在地域は、表2-4のようになっている。所在地域で最も 多いのがアジアで、約4割を占める。次に多いのがヨーロッパであるが、この比率は調査 回数が進むにつれて減少傾向にある。その後は北米、さらには中南米が続いている。
表2-4 現地法人の所在地域
(単位:社、%)
現地法人への日本側出資比率は、表2-5の通り、平均で85~87%となっており、
第1回調査 第2回調査 第3回調査
平均値 16.6 15.8 17.5
標準偏差 12.2 12.8 13.3
サンプル・サイズ(社) 768 837 735
第1回調査 第2回調査 第3回調査
アジア 36.8 42.7 43.7
中近東 2.5 2.5 2.8
ヨーロッパ 27.3 24.4 20.6
北米 14.5 14.5 13.3
中南米 11.5 8.4 11.9
アフリカ 0.5 0.8 1.6
オセアニア 6.7 6.7 6.1
不明 0.3 -
-合計 100.0 100.0 100.0
サンプル・サイズ(社) 794 841 742
第1回調査 第2回調査 第3回調査
製造業 48.9 61.4 54.0
非製造業 49.4 37.5 42.7
不明 1.8 1.2 3.2
合計 100.0 100.0 100.0
サンプル・サイズ(社) 794 841 742
標準偏差の値から見てほとんどの企業は日本側出資比率が100%かマジョリティと見ら れる。実際、分析対象企業のうち、日本側出資比率が100%の企業は、「第1回調査」で は62.5%(496社)、「第2回調査」では65.7%(533社)、「第3回調査」6 6.9%(480社)と過半数を占めている。
表2-5 現地法人への日本側出資比率
(単位:社、%)
第1回調査 第2回調査 第3回調査
平均値 84.6 86.0 87.4
標準偏差 27.1 26.5 35.8
サンプル・サイズ(社) 768 811 718
次に、分析対象の現地法人の親会社である日本本社の特徴も見ておく必要がある。まず、
表2-6(a)で従業員規模を見ると、平均で10,000人を大きく上回っており、現 地法人の平均規模約400人と格段の差がある。標準偏差は平均値の約2倍となっており、
分散が大きいことは否めないが、日本本社には大企業が多いといえよう。実際、規模別分 布状況を同表(b)により見ると、10,000人以上の企業のシェアが「第1回調査」
33.9%、「第2回調査」31.1%、「第3回調査」29.6%と漸減ながらも約3割 を占めているのである。
表2-6 日本本社の従業員規模
(a)平均値
(単位:社、%)
(b)規模別分布状況
(単位:社、%)
第1回調査 第2回調査 第3回調査 平均値 15763.8 12741.1 12463.2 標準偏差 28805.1 20370.0 24605.3
サンプル・サイズ(社) 746 815 725
表2-7の日本本社の業種別構成を見ると、いずれの調査においても、製造業の比率が 6割強となっており、他方で、非製造業の比率は3割強にとどまっている。現地法人の業 種別構成(前掲表2-2参照)と比べると、製造業の比率が高くなっている。
表2-7 日本本社の業種別構成
(単位:社、%)
そこで、日本本社の業種別構成と現地法人の業種別構成とを比べられるように整理した のが、表2-8である。このクロス表から明らかなように、本社は製造業であるが現地法 人では非製造業となる比率(第1回調査では例えば26.1%)が、本社は非製造業であ るが現地法人では製造業となる比率(第1回調査では例えば6.5%)を各調査で上回っ ており、このことは、製造業は海外では販売やサービスなど非製造部門に進出する傾向が より強いことを示している。
表2-8 日本本社の業種別構成
(単位:社、%)
第1回調査 第2回調査 第3回調査
製造業 63.1 65.5 61.2
非製造業 35.3 30.4 36.4
不明 1.6 4.0 2.4
合計 100.0 100.0 100.0
サンプル・サイズ(社) 794 841 742
第1回調査 第2回調査 第3回調査
100人未満 1.9 3.1 4.2
100~500人未満 4.9 6.4 5.8
500~1000人未満 3.7 6.1 6.9
1000人~5000人未満 26.8 28.3 31.7
5000~1万人未満 22.8 21.9 19.5
1万~5万人未満 26.1 24.6 24.5
5万~10万人未満 6.4 5.8 3.6
10万人以上 1.4 0.7 1.5
無回答 6.0 3.1 2.3
合計 100.0 100.0 100.0
サンプル・サイズ(社) 794 841 742
以上のような諸属性を持つ企業を分析対象としているということを念頭に置きながら、
続いて、日本企業の海外オペレーション上の諸課題と日本人派遣者との関連について検討 することにしよう。これは、後続の諸節での派遣者比率の決定諸要因、本社統制ならびに 現地での人的資源蓄積との企業業績との関連についての議論につなげていくために必要と 考えられるためである。
3.海外における日系企業の経営諸課題と日本人派遣者
現在の日本企業の海外オペレーションでは HRM 上の諸問題は存在しないのだろうか、
また存在するとすればそれは具体的にどのような問題だろうか。人材に関する経営諸課題 についての日系企業の各種調査のうち、ASEAN の日系企業に対する調査結果では、(a)
日本人派遣者とローカル・スタッフとの意思疎通、(b)採用難やジョッブ・ホッピング等 による現地の優秀人材の不足、(c)経営理念浸透の不徹底、(d)世界本社―子会社間の 意思疎通などが上位を占める大きな課題であった。(注3)
そこで、以下では同様の設問を、約60の世界各国・地域に所在する日系企業に対して 実施した「第1回調査」(実査1999年)、「第2回調査」(実査2001年)、「第3回調 査」(実査2003年)によって検討してみよう。なお、すでに述べたように、ここでは、
特に断りのない限り支社・支店を除く現地法人だけを集計し、分析した。支社・支店は海 外に所在するとはいえ、世界本社機構の一組織と位置づけられ、原則として世界本社から 独立した別組織である現地法人とは異なる位置づけにあると考えられるためである。
(1)経営諸課題に関する調査結果
「第1回調査」、「第2回調査」、「第3回調査」により、人材に関する現地経営上の諸課
現地・ 現地・ 合計 サンプル・
製造業 非製造業 サイズ(社)
本社・製造業 73.9 26.1 100.0 494
第1回調査 本社・非製造業 6.5 93.5 100.0 277
合計 49.7 50.3 100.0 780
本社・製造業 88.3 11.7 100.0 549
第2回調査 本社・非製造業 6.3 93.7 100.0 255
合計 62.1 37.9 100.0 831
本社・製造業 85.2 14.8 100.0 440
第3回調査 本社・非製造業 6.5 93.5 100.0 263
合計 55.8 44.2 100.0 718