第 2 章 関連研究
3.3 基礎的評価
部下は上司から与えられた命令を自らの目的として行動し,自分の認識する状況を上
司に報告(Report)し,上司はそれを自らの判断材料として次の行動判断に活かす.組
織が大規模になれば,上司と部下の関係が多数の階層を有することとなり,構成員は 上司,部下,あるいは上司及び部下の両方の役割を持ち,再帰的な構造によりモデル 化される.
A commander in chief
Division commanders
Members A leader
Command (C)
Report (R)
An objective of this org. is given
An objective of this division
図 3.1: 官僚制システムのモデル化
3.3 基礎的評価
組織構造の有無による避難行動の変化について検討するため,MASに官僚制システ ムを導入することに対する基礎的な評価を実施した.
上記の官僚制システムをもっとも単純な形でモデル化すると,上司と部下の2層構 成となる.今回は,群衆の建物からの避難行動を対象にし,避難民の中にリーダーを 設定することとして,2階層の組織としてモデル化を実施した.避難民エージェントは リーダーエージェントに自分の知っている情報を送信し,リーダーエージェントは避 難民エージェントに避難方法を指示する.官僚制システムの特徴としては,項目1か ら項目3までを実装した形となる.
3.
3.3.1 評価プログラムの設計
組織構造による避難行動の変化を検討するため,評価プログラムを作成することと した.今回は,国内で広く用いられているMASフレームワークであるartisocを用い てシミュレーションを実装した[72].
今回設定した環境は,建物内における火災からの避難である.建物は単純な正方形 とし,複数の壁によって内部が仕切られる構造とした.壁にはいくつかの狭い通路が 設けられている.今回利用した環境を図3.2に示す.避難民エージェントはシミュレー ション開始時に建物の左端に配置され,右端のゴールを目指す.エージェントの衝突 等に関する物理的な挙動については,群衆シミュレーションで多く利用されるHelbing の方程式を利用した [50].
図 3.2: 設定した環境
各エージェントは当初からゴール地点の座標を知っているが,建物内の壁の配置や 通路がどこにあるかは知らないものとした.それらの情報は,実際に避難が始まり,壁 や通路がエージェントの視界に入った時点で認識される.各エージェントの行動ルー ルは,基本的に以下の5つのルールで構成され,IF-THENルールにより実装した.
1. ゴールの方向へ移動する
3.3 基礎的評価 2. 壁に衝突した場合,右手法または左手法によって壁伝いに移動する.そのエージェ ントが右手法を利用するか左手法を利用するかは,シミュレーションの開始時に 決定される
3. 一定時間移動できない状況だった場合,右手法と左手法を切り替える
4. 周囲が他のエージェントで混雑している場合,エージェントの少ない方に向かう 5. 前方に通路を発見した場合,通路の入り口に向かう
各エージェントの視界は非常に制限されたものとなっており,縦横2mの範囲の地形 及び他のエージェントのみ認識できる.リーダーが存在する場合には,避難者エージェ ントは視界から得られた自己の周囲の情報をリーダーに報告する.
リーダーが環境をどのように認識しているかを可視化したものを図3.3に示す.右側 の図において,未知の場所を点,既知の床を白い四角形,既知の壁を黒い四角形,通 路を等号で表現している.
図 3.3: シミュレーションの状況(左)とリーダーの認識(右)
また,リーダーエージェントには上記のルールに加え,避難民エージェントを指揮 するルールが加わる.
1. エージェントを通路に誘導する
2. エージェントを混雑していない方向へ誘導する
3.
混雑を判定するために,空間を1mごとのメッシュに分割し,メッシュセルごとに混 雑値を設定した.
Crowdxy =
Agents∑
N
1
|x−⌜AXN⌝|+|y−⌜AYN⌝|+ 1 (3.1) ここでCrowdxyとはメッシュセル(x,y)の混雑値であり,AXN及びAYNはエージェン トNの座標である.例えば,あるメッシュセル(x,y)にエージェントが1人存在し,隣 のメッシュセルにも1エージェントが存在する状態では,メッシュセル(x,y)の混雑値
は1+0.5で1.5となる.リーダーエージェントはシミュレーションサイクルごとに各
メッシュセルごとの混雑値を格納した混雑マップを生成する.リーダーエージェント が保持する混雑マップのイメージを図3.4に示す.
図 3.4: エージェントの周囲のメッシュセルの混雑度
リーダーエージェントは混雑マップとその勾配という2つの情報を利用して避難民 エージェントに指示を下す.これは,ある避難民エージェントに指示する際に,単に 混雑マップの値だけを参照しているだけでは適切な指示が出せないからである.
例えば,ある避難民エージェントが属するメッシュセルの混雑値が非常に高いとし ても,勾配が小さいのであれば,それは周囲のメッシュセルも非常に混雑していると いうことであり,混雑を避けるための適切な方向を指示することはできない.よって,
混雑値と勾配が共に大きい場合に,混雑したメッシュセルから離れるように指示を出 すことになる.
これらのルールによって,リーダーエージェントは避難民エージェントに目的地を
3.3 基礎的評価 設定していき,最終的なゴールへと誘導する.また,避難民エージェントはリーダー エージェントからの指示がない場合には自分の有する情報に従って行動を判断する.
エージェントの行動判断のフローチャートを図3.5に示す.
^ƚĂƌƚŽĨŝƚĞƌĂƚŝŽŶ
/сϭƚŽEƵŵ͘ŽĨ ĂŐĞŶƚƐ
/с/нϭ
;/фсEƵŵ͘ŽĨĂŐĞŶƚƐͿ ŽĞƐĂƉĂƚŚĞdžŝƐƚ ŶĞĂƌ
ƚŚĞĂŐĞŶƚ͍
ŽŵŵĂŶĚƚŽƐĞƚƚĞŵƉŽƌĂƌLJŐŽĂů ŽŶƚŚĞĞŶƚƌĂŶĐĞŽĨƚŚĞƉĂƚŚ
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図 3.5: リーダー及び部下の行動のフローチャート
3.3.2 評価実験
前節までで設計したエージェントを計算機上の仮想空間に置き,リーダーが存在す る場合と存在しない場合について実験を行い,それぞれ全てのエージェントが避難を 完了するまでのシミュレーションサイクル数を計測した.実験条件を表3.1に示す.
また,環境についても複数の建物モデルを準備し,それぞれについて実験を行った.
図 3.6 に示すように,壁が存在しない場合から4枚の壁を有する場合までの5パター ンを用意することで,環境の複雑さが違う場合にリーダーの有無がどのように影響す るかを調査した.
3.
Ϯ ϯ
ϰ
ϭ͘EŽtĂůů
ϱ ϭ
Ϯ͘KŶĞtĂůů ϯ͘dǁŽtĂůůƐ
ϰ͘dŚƌĞĞtĂůůƐ ϱ͘&ŽƵƌtĂůůƐ
図 3.6: 実験環境
3.3 基礎的評価 表 3.1: 実験条件
建物の1辺の長さ 50m 各エージェントの半径 0.3m 各エージェントの視野 2m× 2m
通路の幅 1m
エージェント数 50 1条件での試行回数 50回
3.3.3 評価結果
実験の結果を表3.2に示す.結果の数字は全てのエージェントが避難完了するまでの シミュレーションサイクル数であり,小さい方が良好な結果となる.それぞれ50回試 行した平均値を取っている.結果が示すように,壁が0枚の場合以外の全ての条件で,
リーダーが存在することにより約12%から17%の改善が見られた.
壁が存在しない場合,全てのエージェントがゴールに向かって一直線に進むため,
ゴール近くで混雑が多く発生する.リーダーが存在することにより,その混雑を回避 しようとして,必要以上の迂回が発生しているものと思われる.これに対して,壁が 存在する場合にはエージェントが通る経路が分散し,また狭い通路が存在するために 混雑回避も有効に働き,リーダーによる交通整理が効果的に働いていると考えられる.
壁の枚数とリーダーの存在による優位性との関係については,壁の枚数が0枚よりは 1枚,1枚よりはそれ以上の場合に有意に効果が高まった.一方で,壁が2枚以上の場 合には優位性について明確な差は表れなかった.
表 3.2: 実験結果
壁の枚数 0 1 2 3 4
リーダー有(平均サイクル数) 560.2 848.0 979.1 1113.2 1195.6 リーダー無(平均サイクル数) 520.5 950.0 1147.0 1300.7 1394.2 リーダーによる優位(%) -7.1 12.0 17.1 16.8 16.6
3.