第 9 章 置換の符号について 64
26.3 基底の取りかたによる表現行列の違い
線形写像T :U →V の表現行列が基底の取り換えによってどう変化するか考察しよう. U の基底: u1,· · · ,un および u′1,· · · ,u′n,
V の基底: v1,· · · ,vm および v′1,· · · ,v′m,
とし, u1,· · · ,unとv1,· · ·,vmに関するT の表現行列をA,u′1,· · · ,u′nとv′1,· · · ,v′mに関するT の表 現行列をBとする. また, 基底u1,· · · ,unによる基底u′1,· · ·,u′nの変換行列をP, 基底v1,· · · ,vmに よる基底v′1,· · ·,v′mの変換行列をQとする. このとき,
命題 26.3.1. 上の設定のもとでB =Q−1AP.
この命題は,それぞれの表現行列に関する可換図式をまとめた次の可換図式からほとんど明らかとも 言える.
Rn ←−−−−F2 U −−−−→F1 Rn
TB
y Ty yTA Rm ←−−−−G2 V −−−−→G1 Rm
(26.3.1)
ここで,F1, F2, G1, G2は次の対応を意味する線形同型写像である:
F1: F1(uj) =ej ∈Rnを満たす写像, G1: G1(vi) =ei∈Rmを満たす写像, F2: F2(u′j) =ej ∈Rnを満たす写像, G2: G2(v′i) =ei∈Rmを満たす写像.
上の図式においてF1◦F2−1=TP およびG1◦G−21 =TQである. これは変換行列の定義から直ちに得ら れる(詳しくは備考25.5.4を見よ). 可換図式(26.3.1)における左上のRnから左下のRmへの写像が近道 と遠回りで同等なことからTB=TQ−1◦TA◦TP であり,これはB =Q−1AP であることに他ならない.
命題26.3.1の証明. F1◦F2−1 =TP およびG1◦G−21=TQであり,次の可換図式が成り立つ: Rn −−−−→TP Rn
TB
y yTA Rm −−−−→TQ Rm
可換図式(26.3.1)から上の可換図式が導かれること(つまりTA◦TP =TQ◦TB)はほとんど明らかではあ るが,一応確認しておこう. G1◦T =TA◦F1の両辺に左からG1−1を合成することでT =G−11◦TA◦F1
を得る. また,同様にT =G−21◦TB◦F2でもある. G−11◦TA◦F1 =G−21◦TB◦F2の両辺に左からG1
を右からF2−1それぞれ合成すると
G1◦G−11◦TA◦F1◦F2−1=G1◦G−21◦TB◦F2◦F2−1 idRm◦TA◦TP =TQ◦TB◦idRn
TA◦TP =TQ◦TB.
ゆえに命題21.3.3よりTAP = TQBおよびAP = QBを得る. この両辺に左からQ−1 をかけてB = Q−1APである.
定理の主張への理解を促すため,上では図式を用いて説明した. 計算結果が正しければそれでよいとい うのであれば,次のような証明もある.
命題26.3.1の別証明. [T(u′1),· · · , T(u′n)]を二通りの方法で計算する. [u′1,· · ·,u′n] = [u1,· · ·,un]P にT をほどこすと練習25.3.2より
[T(u′1),· · · , T(u′n)] = [T(u1),· · · , T(un)]P = [v1,· · ·,vm]AP.
一方で,
[T(u′1),· · · , T(u′n)] = [v′1,· · ·,v′m]B = [v1,· · ·,vm]QB.
以上より[v1,· · ·,vm]AP = [v1,· · · ,vm]QBである. 練習25.3.1よりAP =QB. したがってQ−1AP = B.
線形変換T :U →Uにおいて,Tで写すことによりベクトルが元の位置からどう変化するかを見るので あれば,定義域と終域において同一の基底を取っておくことが望ましい. そこで,定義域の基底u1,· · · ,un
および終域の基底u1,· · · ,unに関するTの表現行列のことを, 以下では単に基底u1,· · ·,unに関する Tの表現行列と呼ぶことにしよう. 前命題の特別な場合として次を得る.
196
系 26.3.2. T :U →Uを線形変換とし,U の二組の基底u1,· · · ,unおよびu′1,· · · ,u′nが与えられてい るとする. このとき, u1,· · · ,unに関するTの表現行列をA, u′1,· · · ,u′nに関するT の表現行列をB, u1,· · · ,unによるu′1,· · ·,u′nの変換行列をPとすれば,B =P−1APである.
線形写像を分析する立場からは,表現行列に現れる成分があまり複雑でないことが望ましい. そのため には基底を上手く選ぶ必要がある. 次章以降では,与えられた線形変換と相性のよい基底,すなわち表現 行列が複雑にならないような基底の探し方を考察する.
定義 26.3.3. 同じサイズの正方行列A, Bにおいて,B=P−1AP を満たす可逆行列P が存在するとき, AとBは相似(similar)であるという.
行列A, Bが相似であるとき,これらは異なる座標軸を通して同じ線形変換を表したものと捉えること ができる. 実際,B =P−1AP とすれば,標準基底に関するTAの表現行列はAであり,P の列ベクトル の組からなる基底によるTAの表現行列はBである.
練習 26.3.4. 二つの行列が相似であるという関係は同値関係である. これを示せ.
命題 26.3.5. 正方行列A, Bが相似ならば, trA= trB.
Proof. 仮定より,B =P−1APと書ける. 命題20.4.3を用いれば, trB = tr(P−1AP) = tr(
(P−1A)P)
= tr(
P(P−1A))
= trA.
トレースは相似な行列について不変な線形写像であり,相似について不変な性質(例えば座標軸の取り 換えについて不変な性質)を調べる際の指標2となることだろう.
26.4 1 対 1 の対応と可換図式
一般の線形写像Tを表現行列Aを用いて調べるにあたって,T が持つ性質とTAが持つ性質が同等で あることを理解しておく必要がある. 例えば,次のような性質をT が持つこととTAが持つことは同値で ある:
単射性, 全射性, 像の次元がℓ, 核の次元がr.
これらの同値性が可換図式(26.1.2)における全単射F, Gを通して導かれることを確認しておこう. 上の 四つの性質のほかにも,λ∈Rが固有値となること,および固有値λに関する固有空間の次元, あるいは 一般固有空間の次元について同様の対応を次章以降で論ずることになる.
線形空間の枠組みの外でも通用する基本的な事実として,次の命題が成り立つ.
命題 26.4.1. 次の可換図式が成り立っているとする(すなわちG◦T = S◦F が成り立つ). ここで, U, V, Rn, Rmは集合であり(線形空間でなくてもよい),T, S, F, Gは写像である.
U −−−−→T V
F
y yG Rn −−−−→S Rm FおよびGが全単射であるとき次が成り立つ.
(1) T =G−1◦S◦F, S =G◦T ◦F−1.
(2) Tは単射 ⇐⇒Sは単射, T は全射 ⇐⇒Sは全射, T は全単射⇐⇒Sは全単射. (3) X⊂U について,T(X) =G−1
( S(
F(X)) ) . (4) Y ⊂V について,T−1(Y) =F−1
( S−1(
G(Y))) .
Proof. (1): G◦T =S◦F の両辺に左からG−1を合成すればT =G−1◦S◦Fを得る. また, 両辺に右 からF−1を合成すればS =G◦T ◦F−1.
(2): 単射の合成は単射であること,および全射の合成が全射となることから, (1)より直ちに従う. (3): 写像T =G−1◦S◦FにおけるXによる像として,T(X) =G−1◦S◦F(X) =G−1
( S(
F(X)) ) である.
(4): 逆写像G−1のY による逆像について(G−1)−1(Y) =G(Y)であることに注意して,T =G−1◦S◦F におけるY の逆像を取ると,命題19.4.5により
T−1(Y) = (G−1◦S◦F)−1(Y) =F−1 (
S−1(
(G−1)−1(Y)) )
=F−1 (
S−1(
G(Y)) ) .
備考: (3)および(4)の証明にFの全単射性は実は不要であり,これらはGの単射性のみから導かれる:
Gの単射性のみを用いた(3)と(4)の別証明.
(3): Gの単射性より各B ⊂ V についてG−1(G(B)) = B である(練習19.2.5(1)). S ◦F = G◦ T より S◦F(X) =G◦T(X) =G(T(X)). この両辺によるGの逆像をとれば,G−1(
S◦F(X))
=G−1(
G(T(X)))
=T(X).
(4): 両方の包含関係を示す. 各x∈T−1(Y)に対して,T(x)∈Y より(S◦F)(x) =G◦T(x) =G(T(x))∈G(Y).
ゆえにx∈(S◦F)−1( G(Y))
=F−1(
S−1(G(Y)))
. 一方,各w∈F−1(
S−1(G(Y)))
= (S◦F)−1( G(Y))
に対して, S◦F(w)∈G(Y)より,あるy∈Y を用いてS◦F(w) =G(y)と書ける. G(T(w)) =G◦T(w) =S◦F(w) =G(y) よりG(T(w)) =G(y)であり,Gの単射性からT(w) =y∈Y. したがってw∈T−1(Y)である.
上の命題の応用として,一般の線形写像T :U →V の像と核が表現行列についての線形写像の像と核 にそれぞれ対応することを見よう.
命題 26.4.2. U の基底u1,· · · ,unおよびV の基底v1,· · ·,vmに関するT :U →V の表現行列をAと すれば,次が成り立つ.
(1) ImT ≃ImTA, (2) KerT ≃KerTA,
(3) dim ImT = dim ImTA= rankA, (4) dim KerT = dim KerTA=n−rankA.
Proof. 可換図式(26.1.2):
U −−−−→T V
F
y yG Rn −−−−→TA Rm について前命題を適用する.
(1): X =Uについて前命題(3)を適用すると ImT =T(U) =G−1
( TA(
F(U)))
=G−1 (
TA(Rn) )
=G−1(ImTA).
(↑ここで前命題(3)を用いた)
すなわち,線形同型写像G−1: ImTA→ImT が存在するゆえ,これらは同型である. 198
(2): Y ={0V}について前命題(4)を適用すれば, KerT =T−1({0V}) =F−1
( TA−1(
G({0V})))
=F−1 (
TA−1( {0}))
=F−1 (
KerTA )
. (↑ここで前命題(4)を用いた)
線形同型写像F−1 : KerTA→KerTにより,これらは同型である.
(3)と(4): 前半の等号は(1)と(2)より明らか. 後半の等号は, 既に例22.1.3(2)で述べた通りであ る.
TA:Rn→Rmにおける次元定理は例23.2.5でみた通りであり,これと上の(3)および(4)を合わせる ことで,一般の線形写像T :U →V における次元公式の別証明を得る.