この章では,法的判断の終了した時点(第1節),法的判断の開始の時点(第 2節),法的判断が進展している間(第3節),という順序で,性質決定の対象が 何であるかを考える。
次に,性質決定の対象を簡単にまとめ(第4節),諸説がどのような考え方に 立っているかを最後に検討する(第5節)。
第1節 法 的 判 断 の 終 了 と 性 質 決 定 の 対 象
山田(錬)は「第1次法性決定にもとづき準拠法が指定され,その適用の段 階においてなされる第2次法性決定は〔……〕無用の重複を繰り返すものであ り意味をなさない」という (前出第2章第3節第2参照)。この趣旨は,性質決 定は(法律問題ないしは生活関係に対して) 1回行えば必要にして十分である,
という点にある。この点を検討してみよう。
第1款 法 的 判 断 の 終 了 と 国 際 私 法 の 必 要 性
実質法上の法的判断が終了した時点には,裁判官は,いうまでもなく,特定 の法域の実質規定を基準として法的判断を完了している。例を挙げれば次の通
りである。
「XがYの不法行為に基づいて損害賠償請求権を取得したか否かを判断する。
入国の民法0 0条は……と解するのが相当である。本件では……の事実が認め られる。従って, XはYに対して損害賠償請求権を取得したというべきである。」
それでは,法的判断が終了した時点に国際私法は必要であろうか。
上に挙げた事例では, A国が不法行為地でなければ上の判決理由は国際私法
(法例II条1項。同条2項3項はいまは無視する)に反する。従って,裁判官は,
自己の完成させた実質法上の法的判断が国際私法の命令に反していないかを確 認すべきである。例えば,上の事例のように不法行為の成否に関して判断した 場合には,その判断が不法行為地法(法例II条1項)を基準として行なわれた か否かを確認すべきである。そして,法的判断が国際私法の命令に従っていな
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かったことが判明すれば,国際私法の定める法域の実質法を基準として法的判 断をやり直すべきである(
□
頭弁論の終結から判決書の作成,判決の言渡を経 て判決が確定するまでの間のどの時点まで法的判断をやり直すことができるか は手続法上の問題である)。第2款 性 質 決 定 の 対 象
それでは,実質法上の法的判断が終了した時点においては,裁判官は,法律 問題・実質規定・結論のどれを性質決定すべきであろうか。また,性質決定す べきはこの3者のうちのひとつか,ふたつか,それとも,すべてであろうか。
この問題は,裁判官が法律問題を実質規定を基準として判断して結論を得た 場合には,その3者が別個の送致概念に該当することがあり得るのか,という 点にある。結論を先に述べれば,この3者は必ず同じ送致概念に該当する,と 考えるべきである。
まず,裁判官が国内法を適用した場合を考えてみよう。例えば, A国では,あ る法律問題を解決する際には民法典の中の相続編に所属する甲という条文と物 権編に所属する乙という条文のどちらを基準とすべきかに関して学説が分かれ,
判例も分かれているとする。そして, A国の裁判官が学説・判例の少数説に従 って乙という条文を適用したとする。この場合にはこの判例に対して,「その法 律問題に対応するのは乙ではなく甲である」という批判を加えることは可能で あるが,これは実質法の解釈の問題である。
このことは日本の裁判官にとっても違いはない。すなわち,上の法律問題に 関して日本の裁判官がA国の乙規定を基準として判断したとする(そして,そ の前提として,裁判官はその法律問題が法例26条の「相続」に該当すると判断 し,被相続人がA国籍を持っていたとする)。この場合には,この判例に対して は,「その法律問題に対応するのは乙ではなく甲である」という批判を加えるこ とは可能であるし(実質法の解釈),あるいは,「その法律問題と乙はどちらも 法例10条の物権に該当すると解すべきである(から目的物所在地法たるB国法 を準拠法とすべきである)」という批判を加えることも可能である(国際私法の 解釈)。しかし,「その法律問題は法例26条の相続に該当するけれども乙は法例 10条の物権に該当する」という批判を加えるべきではないであろう。なぜなら,
裁判官による「この法律問題と乙は対応する」という判断は実質法の解釈とし
て行なわれた判断であるから国際私法はこの判断を受け入れるべきだ,と思わ れるからである。
そもそも,法解釈の本質は,裁判官が法律問題を提起して具体的事実に実質 法上の価値判断を加えて結論を作り,この結論を正当化するために実質規定を 作る,という点にある。すなわち,法律問題・実質規定・結論は裁判官の1個 の精神活動が3個の形式で発現したものである。従って,この3者のうちのひと つが法例26条の「相続」に該当すれば他のふたつも必ず「相続」に該当する,
という関係がある(この節の冒頭に掲げた山田(錬)の叙述はこのことを意味 する)から,裁判官は,法的判断が終了した時点においては,この3つのうち の少なくともひとつを性質決定すれば十分である(この3者のどれを性質決定 する場合でも,性質決定は Raapeのいう3つの行為により構成される,と考え るべきである。 Raapeの見解については前出第2章第2節第6款第1参照) 167) 0
また,国際私法規定が法律問題を中心に据える形式(前出第3章第3節第2款, 後出第4節第2款参照)をとる場合であっても,裁判官は,実質規定を性質決定
してもよいし,結論を性質決定してもよい。この点で,国際私法規定の形式
(法律問題と結論のどちらを中心に据えているか)と性質決定の対象との間には 直接の関係はないといえよ
つ 。
、168)第2節 法 的 判 断 の 開 始 と 性 質 決 定 の 対 象
多数説が性質決定の対象は法律問題であるとする一方で,法律問題を作るた めには実質規定を見ることが必要である,と主張する説がある (Krophollerな ど)。以下ではこの点を検討してみよう。
1 判決理由には「法律問題→実質規定→結論」という定式で法的判断の過 程が表現されるが,これは裁判官の心理が現実に変化した過程を表現するもの ではない。法解釈とは,裁判官が「このような事実関係の下ではこの者の権利 取得を認めることが妥当である」というように結論を作ってからこの結論を正 当化するために実質規定を作る過程であると考えることができるし,あるいは,
裁判官が法律問題・実質規定・結論の3者の間に視線を往復させて3者を同時 並行的に形成する過程であると考えることもできる(前出第3章第2節第2款
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参照)。
法解釈の過程をどのようなものとしてとらえるにせよ,法解釈は裁判官によ る精神活動の過程である。従って,法解釈の過程を最も単純化して考えると,
最初に裁判官の精神世界になんらかの原動力が発生し,次にその原動力が国際 私法の定める法域の実質法と結び付き,最後に判決理由の「法律問題→実質規 定→結論」という定式が作られる,ということができる。それでは,この精神
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的な原動力とは何か 。
何が裁判官をして法解釈を開始させ,前進させ,完成へ導くかという問題は 困難な問題であるが,以下では法解釈の原動力を人為的な方法で求めることに する。
今述べたように,法解釈を最も単純化すると,裁判官の精神的な原動力が国 際私法の定める法域の実質法と結合して判決理由の「法律問題→実質規定→結 論」という定式に結実する,と考えることができるから,判決理由に表現され る法律問題・実質規定・結論の共通要素から特定の法域の実質法の色彩を奪え ば法解釈の原動力の姿に戻るであろう。法解釈の開始の時点に裁判官が性質決 定すべき対象はまさにこれである。
2 そこで,まず,判決理由に表現される3つの法的形象(法律問題・実質規 定・結論)の特徴を明らかにすることが必要になる。この3つの法的形象はす べて次の 3つの特徴を持つ。
...
第1に,この 3者は裁判官の精神活動の産物であり,事実ではない。法律問題 はもちろんのこと,法的判断の結論や実質規定はどれも事実として存在するも のではなく,裁判官の精神活動の結果として作り出されたものである。
...
第2に,この3者はすべて特定の法域の実質法の色彩を帯びている。例えば,
ドイツ法を準拠法として不法行為の成否が判断された場合には,判決理由に表 現される法律問題・実質規定・結論はどれもドイツ法の色彩を帯びている(こ の点は,特定の国の実質法にしかない法制度を考えれば理解しやすいであろう)。
これは法律問題でも同様である。判決理由に表現される法律問題は,特定の法 域の実質規定を基準として直ちに解答することができるほど明確な形を持って いるからである(法律問題は特定の法域の実質規定と直ちに結合できるような 形に彫刻されている,といってもよいであろう)。