5.1 問題解説
授業ではこの科目全体の復習のために「問題解説3」をやる.「試験対策用課題一覧」(科目Webページ掲 載)を参照.
5.2 おわりに
この科目と同等の科目でカバーすべき内容をカバーし終えた時点で以下の文章は書かれた.きちんと構成さ れていないが,掲載しておく.
シラバスに書いたことを振り返って,思いつくことをいくつか書いてみる.
この科目は数学として開講したが,経済学として教えた.つまり単に与えられた問題が解けるというだけで なく,解いている問題とその解の意味もじゅうぶん説明するようにした.それらの問題のもととなった現実世 界についての説明は十分とは言わないが,現実を単純化しモデル化したものの意味は十分に説明するようにし た.数学がリアルな世界と結びついていることを感じてもらいたかったからだ.他の数学科目でも「数学は 社会の理解や変革に役立つ」といった主張をするかもしれないが,どう役立つのか具体的にしめすことはほ とんどないだろう.この科目では具体的にいろいろな場面を取り上げて,ゲーム理論という数学で解明して 行った.
この科目をマスターできたひとは一定の自信を持っていい.経済学大学院のミクロ経済学のゲーム理論にか んする試験問題で合格点を取れるレベルにほぼ到達したと言えるだろう.
ただしあくまで応用分野の経済学大学院生に求められるレベルに近づいたという意味であり,経済理 論を専門とする大学院生のレベルには,数学的にはおよばない.理論を専門とする者にとって欠かせな い「証明」を,この科目ではほとんどスキップしたためだ.
講師もこの科目に適任だったと言えよう.非協力ゲーム理論を専門にばりばり研究しているような若 手理論家には及ばないところがあるだろうけど,三原も大学院時代から非協力ゲームにはかなり真剣 に取り組んで来たひとりだ.(大学院はミネソタだが,経済学では有力校であり,べつに辺境ではない.
たとえば三原の指導教授のひとりで長年ミネソタにいたLeonid Hurwiczは,ゲーム理論の重要な応用 理論であるメカニズム・デザインでノーベル経済学賞を受賞している.どうでもいいが,Hurwiczはう ちの祖父によく似てた.)香川大学の学生のレベルも把握できている.大部分の受講者にとって,テキ ストも自分で選択して完全に独学するよりは,この授業に参加した方が効果的にゲーム理論を学べたこ とと思う.
この授業でやったことを知っているだけでも,応用分野にかかわるゲーム理論文献のかなりを利用できるよ うになったはずだ.別の言い方をすれば,大学教授でもこのていどの勉強さえしたがらない人が多く,そのた め自分の専門分野にかかわるゲーム理論文献を利用できないでいる.
経済学の話題についても期待効用,リスク,逆選択,オークションなどいくつか学んだ.
特定の研究対象に関する知識を獲得することだけでなく,ゲーム理論や統計学(理論および統計解析プログ ラム)のような研究方法をマスターすることが大学生にとって大事だとシラバスに書いた.ゲーム理論は,理
論をつくって現象を説明する方法を提供し,統計学は事実を明らかにする方法を提供する.「自分は学者には ならないから関係ない」と思うかもしれないが,MBA (経営学修士)プログラムではゲーム理論や統計学がひ じょうに重視されていることを思い起こして欲しい.じつはビジネスや公共団体をめざすひとにとっても, 意 思決定のために論理的に考えたり他人に説得的に説明したり事実を明らかにしたりといったスキルが大切なの はまちがいなく,*33それらの学問に触れて頭を使うことは,そういったスキルを高めるのに役立つと考える.
ただし他人を説得するときには,その相手にとって有利になる点を強調すべきであり,必要におうじ て自分自身にとっても不利にならないと付け加えることにより信頼性を高めるのがいいだろう.相手に とって不利益なことであれば,自分にとって有利で合理的だと強調すると逆効果なので注意.また,自 分がいくらゲーム理論的に合理的に行動できていても,それを他人に言明しない方がいいことも多い.
相手の弱点を適格に把握することにより勝てたスポーツ選手にとって,勝因を正直に語ることは通常は 合理的でないだろう.
ゲーム理論のひとつのおもしろさは思考する対象をあつかうところにある.「このプレーヤーの立場から見 て最適なのは?」と絶えず考える.ところが統計学では自然現象だけでなく社会現象もあつかっているのに,
人間が出て来ない.いや,まったく出て来ないわけではないが,あくまでも過去の行動などがデータとして出 て来るのみであり,人間の思考には立ち入らない.そのデータが未来の予測にどうつながるかは,人間の思考 に立ち入らなければ分からないはずなのに,その重要な部分をスキップしている.
5.2.1 三原麗珠の自己紹介への補足
以下は2011年度に開講された類似科目の授業時間に行った自己紹介への補足である.参考までに掲載して おく.
三原麗珠の自己紹介では,(エリートによくある東京の有名中高一貫校や外国の高校じゃなくて)地方公立 中学・高校出身であること,東大理科I 類に進学して落ちこぼれたこと(詳細は省略したけど,理科の実験を サボってたのとフランス語で単位が取れなかったことが大きい; いまでもときどき語学で苦しめられる夢を見 る),啓示により転学した国際基督教大学(ICU)社会科学科を卒業要件の例外を認めてもらって卒業したこと (古い歴史の必修科目をアメリカ現代史で代替することを認めてもらった)など,思いつくままにしゃべった.
• あまり勉強してなかったように聞こえたかもしれないが,じっさいは好きなことはよく勉強してたの で,誤解なきよう. ICUで学部生だった頃の勉強時間は,大学の授業もふくめると一日14時間程度 だったか.
• 数学やゲーム理論を教えている大学教員にしては頭が悪そうに聞こえてしまって不安になった学生もい るかもしれない.(「合理的な」プレーヤーを想定している関係上かどうか,あるいはフォン・ノイマ ンが創設した分野であるためかどうかは知らないが,アホでも大学教員が勤まる他の多くの分野と異な り,ゲーム理論は頭の良さがけっこう重要な分野じゃないかと思う.だからその種の不安には一理あ る.)そういったひとにたいしては,「心配することはない」と答えておこう.もちろん「そんなことを 言われても,証拠がなきゃ信じられないじゃないか」と疑うのが,健全な学生というものだろう.それ
*33[蛇足]二流以下でいいと思う人については知らん.じっさい,二流三流の人にとって学んでもしょうがないようなスキルというも のはある.「英語をマスターしたかったら,何らかの分野で一流をめざした方がいい.学ぶ意義も高まるから」という議論を思い浮 かべるといい.逆に二流三流になるほど学ぶべきスキルというのもあって,大学がそちら(就職面接対策の類とか?) ばかり重視す るようになったら少し危ないかもね.
については,ちょっと調べれば分かる証拠は存在する.経済学,特にゲーム理論をふくむ経済理論で は,国際ジャーナル(専門学術誌)に論文を発表することが学者として認められる条件だが(これがなか なかむずかしくて,本学の経済学部ではこの条件を満たす教員は少ない),自分の場合そこそこ論文は 書いているからだ.あとはこちらのページ (リンク)に載っている「記録」でも読んで安心してもらい たい.ちなみにそこにあるErdos数を「エロ度数」などと読むひともいるが,それはまちがいである.
5.3 コメント
• ゲーム理論で仮定するプレーヤーの合理性については(今さら指摘するまでもなく) いろいろな批判が ある.それに対するゲーム理論あるいは経済学側からの反応は,そのような仮定を正当化する議論に留 まらない.実際にゲーム的状況に人々を置いてゲーム理論の予測を検証する「実験経済学」のほか,合 理性の仮定を修正して(実験などで得られた結果をうまく説明できるような)理論を構築していく「行 動経済学」が発展中である.それらの分野名を参考に,各自調べてみるといいだろう.
5.4 課題
5.5 最後の読書案内
ゲーム理論の重要な応用分野であるメカニズム・デザイン(mechanism design) あるいはマーケット・デザ
イン(market design)について授業ではあまり触れることができなかった.これらは,与えられた環境におけ
る人々の行動を記述することを目的とする「説明的・事実解明的理論(positive theory)」にとどまらず,人々 にとって望ましい結果を導くようなルールを設計することを目的とする「規範的理論(normative theory)」の 色彩をも帯びた分野である.社会選択(social choice)とよばれる,より規範的理論色の濃い分野と合わせて ここで文献を紹介しておく.
• メカニズム・デザインあるいはマーケット・デザインでよく研究されている具体的問題としては,望ま しいオークションの設計がある.たとえばこの科目で学んだように,セカンドプライス・オークション
(Vickrey auction)は「各入札者が自分の評価額をそのまま提出するのが最適」という望ましい性質を
持つ.(このオークションを考案したヴィックリーは,ノーベル賞受賞発表[にびっくりして? ]数日後 に心臓発作で亡くなった.ちなみにメカニズム・デザインで受賞したミネソタのハーヴィッツはノーベ ル賞受賞の翌年に亡くなった.二人ともぎりぎりで受賞したことになる.)オークション設計は,コン ピュータ・サイエンティストによる研究の盛んな分野でもある.
• ある財(モノ)を,それをいちばん高く評価する者に,金銭の支払いを要求することなしに配分するメ カニズムも存在する.そのもっとも簡単なものとして,セカンドプライス・オークションをもとにした 三原による配分メカニズムがある.(著者自身の解説(リンク)あり.)このメカニズムの10分間解説 ビデオ (リンク)も存在する.
• この分野の概要を手ごろに知るには伊藤『ひたすら読むエコノミクス』[11, 8章]を読むといい.一般 向けの読み物としては坂井『マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学』[19]と川越『マーケッ ト・デザイン: オークションとマッチングの経済学』[17]がある.川越の3章末コラムでは上記の三原 メカニズムが丁寧に解説されている.
• メカニズムデザインは大学院レベルのミクロ経済学では標準的な内容なので,そのレベルのテキスト を読めばきちんと学べる.Tadelis [3, Part IV], Jehle and Reny [1, Chapter 9], そしてMas-Colell,
Whinston, and Green [2, Chaper 23] を挙げておこう.ただし,これらの書籍の別の章で不完備情報
ゲームをきちんと理解した上で学ぶべきである.これらの一歩手前として,不完備情報ゲームの知識を 要求しない三原の「メカニズム・デザイン: レクチャー・ノート(リンク)」あるいはほとんど要求しな
い林[5, 31章]が参考になるかもしれない.
• 日本語で書かれた本格的なテキストあるいは研究書としては坂井,藤中,若山『メカニズムデザイン: 資源配分制度の設計とインセンティブ』[22]が有用である.三原メカニズムも最初の方に登場する.た だしこの本は学部レベルのミクロ経済学とゲーム理論をマスターした上でないと読みづらいだろう.
(英語力不足で大学院テキストが読みこなせないようないちぶの日本人大学院生にとっては最初の方の 章はありがたいだろうが,普通の学部生なら通常は読む必要がない本.)著者のひとり若山琢磨は香川 大学経済学部出身で,ゼミナールをふくむ三原の授業の多くに参加していた.現在はメカニズムデザイ ンの分野で国際的な業績を積み上げている.*34
メカニズム・デザインでは,プレーヤーがなんらかの均衡概念にしたがって行動したときの結果が望ましい ものになるようにルールを設計する.一方で,プレーヤーの行動にかならずしも仮定を置かなくとも,ルール が満たすべき望ましい性質を考えることはできる.社会選択理論とは,投票制度や資源配分メカニズムをふく む意思決定ルールがそういった性質を満たすかどうかを考察することにより,ルールの良し悪しやその限界を 数学的に分析する(抉り出す)分野である.(プレーヤーの行動に仮定を置かないこともあるので,ゲーム理論 を使わない研究も少なくない.)特定の一つのルールを取り上げて分析することよりも,一定範囲のあらゆる ルールを同時に分析することが多い.たとえば望ましい性質を何個か列挙した上で,一定範囲のルールのなか にそれらを同時に満たすものがなければ「不可能性定理」を得るし,一定範囲のルールのなかでそれらを同時 に満たすものが特定のものに絞られるならば「特徴付け定理」を得る.三原麗珠の専門分野でもある社会選択 理論の紹介になりそうな情報源をいくつか挙げておく:
• YouTubeに置いた社会選択理論10分間コース (リンク)では,授業でやった投票のパラドックス(コ
ンドルセのパラドックス)にもかかわる根本的な定理であるアローの不可能性定理を紹介している.
• 坂井(2015)『多数決を疑う: 社会的選択理論とは何か』[21]は一般向けの概説書であり,同著者による
『社会的選択理論への招待』[20]はこの分野の入門テキストである.
• 社会選択の研究をやるためには必ずしも社会選択理論のテキストを読む必要があるわけではない.大学 院レベルのミクロ経済理論(ただしメカニズムデザインの場合とちがって不完備情報ゲーム理論はあま り必要ではない)と多少の抽象数学を学んだ者ならば,アローの定理とギバード・サタスウェイト定理 と呼ばれる定理を学ぶだけで社会選択理論の論文をかなり読めるようになっているはずだ.これらふた つの定理とその証明は林[5, 30–31章],Jehle and Reny [1, Chapter 6],Mas-Colell, Whinston, and
Green [2, Chapers 21, 23] などのミクロ経済学テキストにも載っている.これらの定理と最近の社会
選択理論の論文数本を取り上げた科目の例としては,2013年に三原が筑波大学大学院で担当した社会 選択理論の科目(リンク))がある.
• Eric PacuitによるCourseraコース: Making Better Group Decision: Voting, Judgement
Aggrega-*34香川大学経済学部出身者で,ゼミナールをふくむ三原の授業の多くに参加した学生は極めて限られる.その中にはゲーム理論や経 済理論の研究者になった宇野浩司もいる.