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第 4 章 不完備情報ゲーム 47

4.6 コメント

• 天谷5章122頁の封筒の交換ゲームの結果は,あくまでふたりとも合理的でありそのことをふたりと も知っている場合の話.たとえばPlayer Aが合理的であることをPlayer Bは知っていることになる.

それだけでは実は不十分で,「Player Aが合理的であることをPlayer Bは知っている」ことをPlayer A は知らない可能性があり,そうなるとPlayer AとしてはPlayer Bの行動を読めなくなり「それな ら自分も」とおかしな行動を取るかもしれない.というわけで,200円ならたぶん交換を申し出た方が いいかも.笑

• 武藤127頁.B社が強いタイプか弱いタイプかといった,プレーヤーの「属性」あるいは私的情報は

「タイプ」(type)と呼ばれる.実際のプレーヤーは自分がどのタイプであるかを知っているはずなのに,

なんで不完備情報ゲームでは自分と異なるタイプを想定したり,そのタイプの行動まで考える必要があ るのか?  (たとえば,強いタイプのB社はなぜ自分が弱いタイプだったときに取る行動まで考える 必要があるのか?) 一般論としては以下のような回答ができる.プレーヤーiは自分の行動を選ぶとき,

他のプレーヤーの行動を予測しなければならない.彼らの行動は彼らが想定するこちらiの行動に依存 する.しかも彼らはこちらのタイプをいくつか想定しているので,彼らの行動はこちらの各タイプ ti

ごとの iの行動に依存するはずである.したがって自分のタイプが決まったあとでどう行動するかを決 めるときであっても,プレーヤーiは自分と異なるタイプが何をしたであろうかを考えなければならな いことになる.

高度な思考方法かもしれないけど,恋愛なんかでは,より高度な思考を巡らせていることは多いん じゃないか.たとえばある男性がある女性を好きだとしても,相手には無関心であると思われたい 状況はあるだろう.(余計な警戒心を抱かせたくないなどの理由で.)そのようなときは,単に自 分がその女性にたいして無関心だったときの行動を考えるだけでなく,それとまったく同様の行動 を(自分はその女性が好きであるにもかかわらずに)取ることによって,自分の本当のタイプを相 手に気づかれないようにしたりするかもしれない.それとは逆に(恋愛の進行段階によっては),自 分が相手を好きであることをはっきりとしめしたい場合もあるだろう.そういう場合は,その女性 に無関心であったらできないような行動を取ったりするかもしれない.

• 武藤128頁.情報集合内の点にかんする「信念」というのは“belief”を訳した専門用語であり,確率の

「見積もり」といったていどの意味を持つ.日本語の通常の用法では,「信念」の背後に何らかの重大な 決意や価値観が含意されていることがある.(たとえば女風呂に入って捕まった男性が,「自分は男女差

別は許せないという信念を持って女風呂に入ったのだ!」などと自己主張する場面.)ここでいう術語 としての「信念」には,そういった意味は込められていない.言葉から受ける印象に惑わされないこと.

• 完全ベイジアン均衡で出てくる「戦略に整合的な信念」という条件は意外と理解しにくいようだ.4.3 節ではこの問題をより一般的にあつかっている.三原ノートで出てくる難病の例は,渡辺 [15, 10.3.1 節(382–383頁) ]から取った.以下は補足.

「エイズ検査で陽性が出た場合に実際にエイズにかかっている条件付き確率」の求め方は,ベイズ の定理(「ベイズ・ルール」)の応用問題として確率論や統計学のテキストによく載っている(語呂 合わせにもなっている).通常はなかなか理解しにくいベイズの定理だが,授業で紹介したような ツリーの図(および水量のたとえ)で考えると分かりやすくなるはず.

この例では数値は単純化してあるが,これはリアルな問題であり,医療統計学でも取り扱われてい る.ゲーム理論との比較で言えば,そもそもプレーヤーが出て来ないので,合理的であるとか限定 合理的であるとかの仮定には依存していない.

「100 人に1人しか当たらないなら,この検査を飛ばしてはじめから精密検査に進んだ方がいいの では?」と学生から指摘があった.10,000人につき約9,900人については正しい判定をしているこ とになるので,*23この検査の精度が特に低いわけではない.この例のポイントは事後確率(条件付 き確率)の意味を認識させることにあり,たとえ高い精度の検査でも事後確率(条件付き確率)を 見るとハズレが意外と多いことを理解すればいい.それでも検査前は10,000分の1の確率で難病 にかかっているとしか言えなかったものが,検査で陽性と出たことによって100分の1の確率に 高まったと見れば,検査は十分情報を与えてくれたと言える.かりにこの9,900人にはじめから精 密検査をしたら,(ほんとに精密検査が必要なひとになかなか順番が回って来ないことをふくめて) はるかにコストがかかるだろう.

ベイズの定理はビジネスはじめいろんな分野で応用されている.たとえば迷惑メールの自動判定の ためのベイジアンフィルタなどで利用されている.

• (蛇足)能力のシグナリングというか,シグナリング以前の能力開発に関しては(職業柄?) いろいろ言 いたくなる.新しい知識を素早く学習する能力なんかは重要だけど,資格試験ではうまく判定できない かもしれない.英語の勉強法,資格の意味,そして大学教員の能力については,「大学新入生へ(リン ク)」という記事で平凡助教授がアドバイスしている.その記事はあらゆる大学生に熟読してもらいた い.次に英語の勉強について(独断を混ぜつつ)補足しておく.

– 高卒レベルの英語をマスターしたら,あとは自分の専門(仕事)にかんする英語を勉強することが,

英語上達への近道である.(厳密に言えば専門分野にもよるだろう.)自分の専門を英語で勉強す る,あるいは勉強し直す感じで専門書を読み進め,専門分野と英語をいっぺんにマスターしよう.

(経済学分野などの大学教育は,もともとそれに近かった.)英語教師にありがちなアドバイスに従 うと英語ばかりを追うことになり,「一兎を追う者は一兎も得ず」とでも言えそうな失敗を起こし がち.具体的には,小説やニュース記事など教養性とか社会性の高い読みもの,あるいは滅多に使 わない単語の習得,はたまた和訳などに多大な時間を費やしてしまい,その割には自分にとって必 要な英語力が身に付かない結果になりがちという意味.

–「英語が出来るようになりたいって?  英語をたくさん使う仕事をしたら? 」「そういうところ

*23難病にかかった1人を含む10,000人を考えると,その1人に残り9,999人のうちの99パーセントである約9,899人を加えた約

9,900人程度が正しい判定を受けると予想できる.

に就職するのが難しいです」「でも面接で聞かれる質問ってある程度予測できるよね.“Tell me

about yourself”とか.そういう質問に対する回答をしっかり準備しておけば?」「ほかの人も同じ

立場なんですけど」「まあそうだけど.笑」といった感じ.

– 英語が出来るようになりたければ,なんらかの分野で一流を目指すといい.たいていの分野では一 流に近づくほど英語が必要になって来る.だから一流を目指すことで英語を勉強するインセンティ ブも高まることになる.

• 梶井・松井88頁.資格を取得しても企業にとっての価値は変わっていないことに注意.つまり資格取 得は能力(生産性)を高めないと仮定している.この仮定は資格のシグナリングやスクリーニングの機 能に絞って分析するための仮定であり,資格が本当に能力を高めないのかどうかはここでは問題にして いない.このように経済学では分析の目的によってはやや不自然な仮定を置くことがある.

ちなみにシグナリングの理論を提唱したスペンスは,例として大学の卒業資格をもちいた.シグナ ルが効果を持つのは,卒業するためのコストが能力の高低によって異なるという点にのみ依存し,

大学でなにを学んだかには依存しない.卒業できない者も多い米国大学で言えば,大学での教育が 能力を高めたかどうかは関係なく,落ちこぼれずに卒業できたという事実がシグナルとして機能す るということだ.容易に卒業できてしまう日本の大学でいえば,大学での教育内容に関係なく,潜 在能力のある人間が入学試験で選別できてさえいれば,その大学へ入学できたという事実がシグナ ルとして機能するということ.なんだか米国大学よりも日本の一流大学文系のほうが当てはまりそ うな感じがする.

経済学者がドライなものの見方をすることにうすうす気づいている学生は少なくないだろう.たと えば個人に能力の違いが存在することを当然の前提にすることでさえ,(教育に能力を高める効果 がないという仮定ほどでないにしても)一部教育関係者には不評な見方かもしれない.

• シグナリングゲームにかんする授業では,すべての完全ベイジアン均衡を求めることは目標にはしな い.「自然」と思われる均衡のうちふたつだけに注目して,そのような均衡が存在するかどうかを探る ことにする.もしすべての均衡を求めることが目標であれば,場合分けを考慮した注意深い議論が必要 であり,このゲームだとそれが結構面倒なはずだ.すべての均衡を求めることにこだわった議論はたと

えば渡辺11.2.2節にはある.しかしそのような議論は技巧的になりがちで,(手際よく均衡を見つける

のには有用だが)必ずしもゲームの分析している状況や均衡概念自体に対する理解を深めるとは限らな い.(「ゲーム理論をやった」というのに2人戦略形ゲームのナッシュ均衡も求められないようでは話 にならないから,利得に下線を引いて機械的に均衡を求める技法は教えた.でもそれを知ったからと 言って必ずしもナッシュ均衡の理解が深まるとは限らない—という主張を思い浮かべるといい.あと,

「出来上がった技法を覚えさせるのは数学的思考力を高めるか?」という数学教育的視点から議論した い人もいるだろう.キリがなくなるので止めるけど.笑)授業では時間的制約もあって,シグナリング ゲームの均衡すべてを求めることには拘らなかった.

• 梶井・松井83頁下から2つめの段落に完全ベイジアン均衡の戦略組は部分ゲーム完全均衡になるとい う記述があるが,(この授業で採用した信念の「整合性」の定義にしたがうかぎり)これは実は正しくな い.渡辺 [15, 11.3.2節]に反例がある.

• 天谷129頁.プロ野球のポスティングシステムはその後金額に上限が設けられたりしたため,第一価格 封印オークションの例とは言えなくなった.

• 天谷134頁下段2段落.[0, V] 区間で一様分布するふたつの評価額の低い方の期待値がV /3になり高

い方の期待値が2V /3 になることの説明は,当面この科目の「範囲外」とさせてもらう.それを説明す

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