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第3章 青年期における自傷行為の開始・維持・改善と「居場所」との関係

第 1 節 問題の所在

1.自傷行為の語りに関する研究について

学校での自傷行為への対応を追究する上で,自傷者の語りを質的データとして分析すること は,有効な研究方法の1つであると考える。坂口(2013)は,自傷をする若者のインターネット 上のブログでの語りを質的データとして,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,

GTA)(Charmaz, 2006)を用いて分析し,“自傷行為をする生徒たちにとってサポートされたと

感じるプロセス”によって,教師との関係が強化され,自傷が改善する可能性を示している。

また,欧米においては,自傷者へのインタビュー記録を基にしたGTA等の質的研究がみられ,

自傷行為を克服していく過程についての分析もある(Huband & Tantam,2004;Kool,van Meijel,

& Bosman,2009)。このように自傷者の語りを質的に分析することが有効と思われるにも関わ らず,日本では,インタビュー等への悪影響の懸念からか,自傷者の語りに基づいた質的研究 はほとんどみられない。

そこで,本章では学校現場で自傷行為をする生徒への支援をする中で得たインタビューの語 りをいくつかの質的分析法を用いる中で検討し,「自傷行為がどのように開始・維持され,回復 するのか,その時家庭や学校がどのように関わったか」を明らかにし,自傷行為をする生徒に 学校教員として対応していく方法を検討する。

2.自傷者から自傷行為についての語りを聞き取ることの適否

自傷者から質的データを入手するのが,困難な主な理由は,自傷者にインタビューしたり,

語らせたりすることが,自傷行為に悪影響を与えることが懸念されることであろう。しかし,

Linehan(1993)は,弁証法的行動療法のセッションの場で,クライエントに自傷行為を含む自 殺関連行動について十分語らせ機能分析していくことで,問題を改善させている。また,

Shea(1999)は,自殺専門医の立場から,自殺に関する話題をオープンに話すことで支援の可能

性が高まることを指摘している。本研究でもいくつかの倫理的条件の下,自傷者に対して,自 傷について尋ね,十分語らせることを試みた。

3.自傷行為と居場所に関する研究について

本研究では,自傷者の質的データを「居場所」の問題と関連させて検討を行った。それは,

自傷者の相談に乗ったり支援したりする中で,自傷者が“居場所がほしい”あるいは“居場所 がない”と語ることがあり,居場所の問題と自傷行為とが関連していると考えることができる からである。

日本では,近年になって,「居場所」という言葉が,心理的安定をもたらす場としての意味を 持つようになり,研究が行われ,定義や内容について議論がなされ,居場所の認知に関する尺 度も作成されている(原田・滝脇,2014;石本,2009)。しかし,学校教員の立場から居場所を提供 するということがどのようなことかを具体的に明らかにした研究は少なく,特に,自傷行為と

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居場所の関係を追究した研究はほとんどない。それに,これまでの居場所の研究の多くは,学 齢期や青年期における,心理的安定を回復したり実現したりすることを期待された二次的な場 としてのものである。

しかし,自傷者の“居場所がない”という語りは,物心つく以前の誕生時から継続して居場 所がなかったということを示している可能性も十分に考えられることであろう。さらに,今回 の調査対象者 A(Table3-1,Table3-2)から得られた“大声で泣く赤ちゃんは,いい子いい子って すると,たぶん安心して泣きやむのといっしょで,自分もリストカットをすると落ち着く”と いう発言は,居場所の問題が乳幼児期から継続してきていることを仄めかすものであるとも思 われる。これらのことから,出生直後から成長のある時期まで一貫して捉える居場所概念が必 要であると考えられる。

北山(1993)は,Winnicott(1965)の「抱える環境 holding environment」を「居場所」と表 現し,それは「ほどよい母親 good enough mother(注・時々失敗しながらも適度に役割を果 たす母親)」による母子二者関係の中で形作られるものであるとしている。そして幼い時,母子 関係の中で居場所を形成できなかったクライエントに対して,治療室が「抱える環境」となり,

居場所を提供することが必要であること,さらには,人間が対象と関わる際に「いること」を 可能にしているのが「抱える環境」であり,居場所であると述べている。同様に竹森(1999)も 発達という観点から居場所の問題を追究し,Winnicott の指摘する母子関係にみられる「抱え る」機能を居場所と捉え考察している。本研究においても北山,竹森の指摘するように,「抱え る環境」を提供する機能や場を,居場所として定義する。それは,当初,母親をはじめとした 家庭において提供され,そして,その後成長過程で,学校や友人関係,さらには職場等に拡充 していくことで,人は心理的に安定して成長をしていくものと考えられる。

また,Balint(1969)は,自我が未熟で人間関係を二者関係でしか捉えることができないクラ

イエントの状態を「基底欠損 basic fault」という概念で表現している。これは,Winnicott が指摘する「抱える環境」が与えられなかったため,基本的信頼感が育たず,二者関係にとど まるクライエントの状態を示すものと考えられる。このような状況は,居場所が生誕当初から 欠落した状態であるとみられるため,Balintのfaultの訳語である「欠損」を用いて「居場所 欠損」とも表現できる。「欠損」という表現は最初から欠落していることを示すのであり,途中 からなくなる「喪失」とは異なる。そして,本研究では,居場所の欠損と獲得の問題が自傷行 為の発生改善とどのように関係するか,追究する。

第 2 節 方法

1.分析方法

本研究では自傷者の語りという質的データの分析を,木下(2007)の修正版 GTA(以下,

M-GTA)を用いて開始した。M-GTAの方法論に従って,切片化をせず,データ収集開始直後か

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ら分析ワークシートを用いて,概念を生成し,これ以上データを収集しても新しい概念が生成 できない理論的飽和化に至るまで収集と分析を続けた。しかし,途中「居場所」等の既存の概 念を用いる方が分析を深めることができると判断したため,結果として,佐藤(2008)の提唱す る「質的データ分析法」の考え方でM-GTAの方法を修正した。佐藤の方法論は,GTAを参考 としながらも,データの収集と分析,問題の構造化(定式化)を同時並行的に行っていく漸進的 構造化法を用いる。そして,コーディングや概念生成において帰納的アプローチのみではなく 演繹的アプローチも用いることに特徴がある。それは「必要に応じて演繹的な発想に基づいて 既存の理論的枠組みから導き出される概念的カテゴリーをコードとして使う(佐藤,2008)」方法 である。質的データの分析において,これまでの方法を「関心相関的」に修正することの有効 性を西條(2008)は指摘している。

2.分析テーマ

本研究の分析テーマは,最終的に「居場所の欠損と獲得という視点からみた自傷行為の発生・

維持・改善プロセス」とし,そうした観点で分析を行った。

3.調査対象者

調査対象者は,「定時制高校に在籍経験のある自傷行為をする若者(在校生,卒業生,退学者)」 である。それらは,全員,調査者が高校の教育相談係教員(学校心理士,臨床心理士の資格を持 つ)として日常的に相談支援に関わっていた生徒12名である。なお,自傷行為の改善・回復状 況も含めてTable3-1に示す。なお,後述するが,「改善」とは自傷の頻度が明確に減った状態,

「回復」とは自傷行為をしなくなった状態を指し,一時的中断とは違い,自傷者の語りの中に,

その背景や理由が明確にみられるものである。

4.データ収集の時期

X+6年8月からX+13年1月まで(2010年前後の時期)。 Table 3-1. 調査対象者一覧

No. ID 入学

年度 性別 面接 年度

面接時 年齢

面接時の自傷等の

状況 その後の状況

1 A X年 女性 X+6年 22歳 未改善,受診 退学,医療継続 2 B X+2年 女性 X+7年 21歳 改善 卒業,回復,結婚 3 C X+2年 女性 X+7年 21歳 改善 卒業,回復,結婚 4 D X+3年 女性 X+6年 19歳 未改善 卒業,医療継続 5 E X+3年 女性 X+7年 20歳 回復 卒業,結婚 6 F X+4年 女性 X+6年 18歳 未改善 卒業,改善,結婚 7 G X+5年 女性 X+7年 18歳 改善 卒業

8 H X+5年 女性 X+6年 17歳 改善,退学後 退学 9 I X+8年 女性 X+11年 19歳 未改善 卒業 10 J X+8年 女性 X+13年 21歳 回復 回復,就労 11 K X+8年 女性 X+13年 21歳 回復 回復,就労 12 L X+9年 女性 X+11年 18歳 改善 回復,就労

38 5.インタビューガイド,データの取得方法

自傷者の支援のヒントを得るという目的で,支援者(著者)と信頼関係ができている自傷者の 了解を得て,自傷行為に関する半構造化面接を行い,その録音を逐語記録に興した。

半構造化面接では,①自傷開始前の家庭や学校の状況,②自傷開始のきっかけ,③自傷行為 をする理由,④現在の自傷行為の状況頻度,⑤最近の自傷行為エピソード,⑥自傷以外の自己 破壊的行動,⑦自傷中断の理由やきっかけ,⑧自傷が改善した場合その理由や背景等について 確認した。支援者(著者)が自傷者の相談に乗ったり支援したりした時に書いた相談日誌(支援記 録)もコーディングの際に参考にしている。

インタビューでは過去に遡って家庭や学校の状況を語るため,その内容が記憶違いや思い込 み等客観的事実ではない(いわゆる虚偽記憶)の可能性もある。しかし,自傷者の語る内容は,

少なくとも本人は事実とみなしている主観的真実であり,その心理に影響を与えている。その 語りを分析することは,心理的対応や支援のヒントを得るための有効な作業になると考えられ る。

6.倫理的配慮

調査者(著者)が相談係教員として勤務し十分な配慮や対応,支援ができるA県B高校定時制 1 校の生徒を対象に行った。管理職の許可を得,同校のスクールカウンセラーや教育相談係職 員との連携の中,調査が行われた。インタビュー協力者には,研究や面接の意図に関する理解 と同意を得た。研究発表にあたっては,本人が特定されないよう,具体的内容の公表を最小限 にし,概念の具体例や引用において,方言や本人独特の言い回しがみられる場合,意味が変わ らない範囲で修正した。また,公表予定の原稿を,本人(論文発表時全員成人になる)にみせる ことで同意を得た。調査の時期の範囲が広いことで,結果として個人を特定できなくしている。

インタビューの対象者は全員,調査者(著者)が人間関係・信頼関係を形成できた生徒である。

面接後,いつでも調査者と連絡をとれるようにしており,状態が悪化した場合,直ちに連絡す るよう面接終了時に約束した。12名中1例も,面接後に自傷等の状態が悪化したという報告は なかった。また,面接直後調査者の方から,学校場面等で本人の状況の悪化がないかどうか見 届けている。

第 3 節 結果

1.概念,カテゴリーの生成過程について

本研究では,M-GTA の方法に従って,分析を開始した。最初は,家庭や学校での居場所の 欠落状態に関する語りや自傷との一体化と表現せざるをえない状況の概念化を試み,おおよそ

Table3-2の概念生成過程1にみられる概念を作成した。しかし,理論的飽和化に至らないため,

データ収集を続け,調査対象者Lのデータを得た。Lのデータは,幼少時から自傷改善に至る までの語りの内容が一番豊かであり,Lの語りによって概念生成過程1の概念を補強できるこ

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