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同上誌  p36

ドキュメント内 日本ファシズム体育思想の研究 (III) (ページ 47-50)

10 

同上誌

 p36

 同上誌

 p36 89 

同上誌

 p37 10 

同上誌

 p37

1501 同上誌 p37 傍点大石

60 

同上誌 p郎7〜38 傍点大石

6か 同上誌 p38 傍点大石

60 「哲学 と体育運動」 「体育 と競技」 日召和15年2月 号 p3

60 

同上誌 p3

60 

同上誌 p3

60 

同上誌 p3

60 

同上誌

 pp3〜

4

1531 同上誌 p6

60 

同上誌 p6

60 

同上誌 p6

GD 「体育 と競技昭和15年6月 ppll〜17

この体育 の技術論 は唯物論研 究会 (昭7年創設)を中心 とした戸坂潤,岡邦雄,永田広志,相川春喜等 の技術論争 によって触発 された ものであることが推測 され る。

この他 に篠崎謙次 の「技術の考察」(「体育 と競技」  昭和 15年12月)がある。

篠崎 はこのなかで「技術 とは何 であ るか。之 を単 に肉体 の物理運動 と観 る事 は勿論反射運動の如 き生理学 的な活動形式 と考 うる事 も,到底技術の本質 を把握 す る事 は出来 ないであ ろう。吾 々が技術の問題 を論ぜん とす るな らば,その行動性

,形

式性の如 き身体の本質に帰 らなければな らない。身体 な き行動が考 えられな い如 く技術 にお て も身体 な き技術 はない。否技術 は常 に吾々が直面す る行動の技術であ り,身体的表現の技 術でなければな らぬ。行為 をはなれ て技術 は真の技術 た るを得ぬ。吾 々が呼ぶ ところの技術か ら行為 をはぎ とって考 えるな らば,それ は単 なる客観的肉体 の物理運動 に過 ぎないであろう」と述べ るとともに,「技術 が 真 に技術た る為 には,その主体 と共 に働 く意味的な ものでなければな らぬJといい技術 の主体 的意味 を問 う ている。

この観点か ら篠崎 は,「機械技術 と体育技術 とは如何 なる関係 を結 ぶのであ るか」と述 べ,体育技術の性格 を「吾々 は技術 の基礎的一般 的陶冶 を以て体育技術 と呼 ぼう」と規定 する一方,「型の技術」として とらえて 次のよ うにいPている。

「一般 的な技術が道具 にお て物 を生産 した如 く,体育技術 は身体 に船 て型 を生産 す るといってよいだ ろう。

而 も道具 の外 に物 を生産 す るが如 き方法でな く,型は自己の身体 の中 に生産せ られ る。一般的技術 にお ては 道具 を媒介 とす る生産 の技術であ る如 く,体育技術 は身体 を媒介 とす る型の技術であ る。而 も生産技術 に於 ては生産 その ものが 目標 であ った。而 るに体育的技術 に船て は,生産 せ られた固定的 な型 その ものが 目標 な のではな く,無限 に型 を克服 すべ き能力及働 が 目標 であ る。」

そ して体育 的技術 は,「一般的 なる陶冶の意味 に船 て,技術 に開 く通路 を形成 する」 ものであ り,「技術 に 開 く出 口を形成す る意味 にお て,基礎的な技術の教育 の一面 を措 うもの とい うべ きであ る。」したが って「か ゝ る性能の陶冶 を こそ体育的技術 と称 じ得 るとす るな らば

,体

育的技術 の陶冶 は一般的技術 の形式陶冶 として の一面 をもつ ものた る事 は最早 うたが うを得ぬJとい う。(同上誌 pp62〜64)

同書 成美堂 昭和11年 pp71〜73 同上書

 p71

同上書

 p73

202 入江克己:日本 ファシズム体育思想の研究 (m)

1651  同」ヒ書  p76

60 

同上書

 p76〜

77 1671 同上書 pp77〜78

1681 同上書

 p79 60 

同上書 pp81〜82 10 同上書 pp16〜22

90「体育 と競技」 昭和12年 4月 号 pp14〜24

このほか大石 は,「現代体育 の諸問題」(F体育 と競技コ  昭和 15年10月)のなかで「世界史的役割 を演 じ つ ゝあるわが 日本 が その行動的要素 としての国民の体育的錬成 に対 して どれだけの真剣 さをもって,如何 に よってなされ るのではな くして,むしろ国家的意識か ら起 った ところの意志 の発動 をまって実行せ られ るよ うに組 織立 てる ことが重要な問題 となって来 る」 と述べてい る。(p22)

tD 「 日本人体格の諸 問題 」 「体育 と競技」  昭和12年4月 p2

10 

同上誌

 p21

10 

同上誌 pp27〜28

TD 同上誌

 p31

その他 この特集 には次 のような論稿が ある。「普ね く実行主義 を提言す」 山本壽延 「積極策の実施 を要 望す」  岩野次郎 「体育 を義務制 とせよ」 高尾卯之助 「女性 を して活躍せ じめ」  須 囲四郎 「体操

の国家的強制 と国民精神」  稲垣三郎 「社会体育の振興 に完壁 を期 せ」  佐々間敬三 10 「体育 と競技」 昭和14年10月

 pp2〜

3

1771 同論文 (―「体育 と競技」  昭和15年5月 号

 pp7〜

原文 の まま。

90 

同上誌 p9 90 同上誌 p9 00 同上誌 p9 0' 同上誌

 p10

0か 同上誌

 p10

1831 同上誌 p ll

lMl  同論文 (二「体育 と競技」  昭和15年 6月 号 p9

1851「体育 と競技」  昭和14年 5月 号

 pp8〜

9

00 「教育」 5巻 9号 昭和 12年9月 ppllo〜114

この他体力問題 を社会,経済的観点か ら論究 した ものに赤坂静也 「徴兵検査 の再検討」(「教育5

 第一号 昭和12年1月 )が あ る。このなかで彼 が従来 の体力問題 がせ いぜい個体の 自然的成長 の問題 に留 っている点 を指摘 した ことは注 目されて よい。すなわち赤坂 は

,現

在の体力問題 は「 自然現象 としての体力 を対象 として居 るに過 ぎない。適齢 (徴兵―― 註)低下問題 と体力問題 とは確かに密接な関係 はあるが,そ れ は文化現象 としての体力 に関係が あるので,自然現象 としての体力 とは直接の関係 はない」 ことを指摘す る とともに,「現在 の体 力問題 に関す る研 究 は総 て此の範囲 に属す る問題 のみを考察 して居 るのであ る。従 っ て体力問題 と言 えば

,直

ちに個体 的体力問題 と考 えられ るのであ るJと述べている。(同上誌 pp85〜89)

0り 「体育 と競技」 11月

 pp2〜

5

00 

同上誌 pp 9〜10

10 同上誌 ppll〜12 1ml  同上誌

 pp6〜

7 00 「体育 と競技」 pp37〜39

0り 「体育 と競技」  ■月号 pp23〜27 1931「体育 と競技J 3月  pp53〜56

川本 は「混乱 と秩序一―今 年 のスポーツ界 回顧J(「体育 と競技」  昭和14年12月)のなかで も皇道主義 スポーツ観 を批判 している。少々長 くなるが引用 してお きたい。

「厚生省が出来てか ら,日本 の体育行政 は厚生,文部両省 の もとにハ ッキ リニ元化の形 を とった。文部省 で はその所管す る学生 スポー ッに対 して は,よかれあ しかれとにか くこれをスポーツ として認識 す る立場

鳥取大学教育学部研究報告 数育科学 25巻

か ら,これに検討 をカロえ,指導統制 を試み ようと努力 す るかの如 くであった。 しか し厚生省 では,スポーツ に対 しては,というよ りも,むしろ体育 その もの に対 してす ら,頭か ら素人 的な認識 と態度 とを以 て臨んだ としかいえない。いいかえれば,厚生省 で は『国民体位向上』とい う題 目の前 には,結核予防 も乳児保健 も,

体操 も武道 も,厚生運動 も体力章検 定 も,何もか もが混 沌 として渦 を巻 き,当局者 はた ゞもう無我夢 中にそ の渦の中 に身 を捲 き込 まれて,体育 やスポーツの本 質を見極 めるな どは到底 思 い もよらぬ有様 にな って しま ったのだ。鴻れ る者 はの讐 えの如 く,こ ゝえ例 えば武道偏重論が勢い よく投ぜ られ ゝば

,必

死 の形相で これ にカジ リつ く。 この辺 にわれわれ は否応 もな く,体育 に対す る認識の憐 むべ き貧困 さを見せつ け られたので ある。

神 宮大会 の演技種 目を選定 すべ く開かれた厚生省 の体育審議会で は,一部 の委員が しき りに武道尊重論 を 力説 し,彼等のいわゆる『外来 スポー ツ』 はまるで 日本精神のヌケガラである とするかの ような見方 を披露 した。 この よ うな考 え方は,何か時局的 なイデオ ロギーを製造 しようとあせ っていた厚生省 当局 に相 当高 く 買われた ようである。

こうして急造 された厚生省的 スポーツ観 は,と もすれ ば,従来のスポーツに形式的な変化 を求 めてみた り,

更 に従来 のスポーツに対 して,狭い主観 に基 いた選 り好 みを敢 て し,甚だ しきに至 っては既存のスポー ツに 対 し,奨励すべ きもの と然 らざる もの とに分類 しようとす る意図を持 つ ことす ら観取 された。 もとよ り現在 の 日本 のスポーツ界 には種 目の問題 にして も,なお大 いに検討すべ き余地が残 されている。 しか しこの問題 ,その ような俄 か健 らへのスポーツ観 によっては徴塵 も解決 され るもので はない。(中)今 ,スポー ツに対す るわれわれの理念 は,一口にいえば―切の文化 と ゝもに,国家民族の発展 の方向に沿 って,その本 質的な もの を役立たせ るとい うことにつ きる。 日本人 のや るスポーツに,日本人 的な精神 がない とかあると ,そんな愚劣 な問題 に とり合 っている暇 はないのであ る。但 し,よ くいわれ る『日本文化 の宣揚』 という ことは,決して 日本独特 の もの を,ひとりよが りに見せび らかす ことではな くて

,世

界的 に交流す る文化 の 中 に,日本独 自の もの を活か してゆ くことだ とい う考 え方 を強調 してお きたい。(中)事変以来,世の中 で妙 に内容の空疎な形式的なことが流行 してい る。形式 は内容の伴 った ときに,はじめて人 の心 をゆ り動か すのであ るが,近頃われわれの周囲 に見 うけられ るのは,一種 の形式主義の氾濫で ある。 むろん

,体

育やス

ポーツの方面 にもこの流れが及 んでい る。 その二、三 の例一一文部省か ら『一本勝 負』 とい う意見が飛出 し た。一本勝 負 とい うことは,競技 し

,試

合す る者の『′い構 え』 として唱導す る限 りにおいて は,一つの卓抜 した意見である。 ところが一本勝負の理窟 か ら,野球一試合や水泳一発 レースを発案 し,実行 させ ようとな る とこれ はもはや単 なる形式主義 の とりこで しかな くなってしまう。

神宮大会の青年団陸上競技 は,陸上競技 と称 しなが ら,今年 は国防競技の真似 ご とをや った。 そして惨湾 たる失敗 を演 じて しまったがこれな どは極端 な形式主義 の峨 うべ き一例 であ る。

また最近 はすべてのスポーツ的 な行事 で,式典が重視 されている。神宮大会 で も

,厚

生省 で は初 めか ら式 典 を表看板 に した くらいである。 しか しこれ も余程気 をつけない と,中味のない殻だ けの もの になって しま う。宮城蓬拝 とか黙濡 とかい うことを千遍―律に くり返 してゆ くと,式典 としての感銘 をいつ まで も維持 し てゆ くことは困難 になって くる。(中要 す るに,われわれは今年のスポーツ界 か らもっぱ ら『混乱』

とい う印象を うけた。」(同上誌 pp74〜78)

ちなみにベル リン大会 をきっか けに体力向上論 が巻 き起 り,それが国民体力政策 を生 み,かつ また国民体 位 の向上 が官民一体 のスローガ ン となった との川本の分析 は,戦後 の東京大会 を契機 とした体力論 の動向 と 近似 してい る。

00 

いずれ も「体育 と競技」  昭和14年8月

00 

同上誌 p5

1961 同上誌

 pp5〜

6

1971 いずれ も「体育 と競技」 昭和 15年H月

この新体制運動の性格 は次 のよ うに とらえることがで きよう。つ ま り「 日中戦争が満州事変 と太平洋戦争 (大東亜戦争)の中間の時期 にあた り,局地戦争か ら世界戦争への橋渡 じとなった ように

,昭

和十二年か ら 十七年 にかけて盛 り上 げ られて くる新体制=大政翼賛運動 はかっての急進左翼の弾圧 と転 向また急進 ファ シス トの跳梁の時期 と,一切の 自主的思想 に対す る徹底 した圧迫,言論表現の統制 によって思想 その ものが 窒息 しようとしたその後の時期 との中間 にあた り,主として自由主義的思想家達の転向・ 便乗 を生 み出 し,

ドキュメント内 日本ファシズム体育思想の研究 (III) (ページ 47-50)

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