博士課程において、リサイタルを二度行ったが、それを実践的研究とし、それぞれの目的 と検証結果を見ていくことにする。
第一節 第一回博士リサイタル
第一項 研究目的
第一回目の博士リサイタルでは、長唄≪娘道成寺≫と新作≪五障の桜≫を上演の演目と した。この 2 曲を選んだ理由は、古典作品の中に詰まった日本人としての生活様式や普遍 的な感情を、舞踊の振りの中から抽出して、日本舞踊独自の表現方法を見出そうとしたから である。また、「女」という存在に潜む、恋と執念の中で巻き起こる普遍的な感情や、輪廻 転生した魂や業、性といった概念を立体的に捉えて表現することで、日本舞踊の表現への可 能性の余地を導き出そうとした。
徳穂は転機となる舞台には、必ず≪京鹿子娘道成寺≫もしくは≪娘道成寺≫を選曲して いる。そこには、日本舞踊の代表曲といえる有名な作品であり、舞踊を習う上で、誰もが憧 れ、一度は踊りたいと思う作品であり、日本舞踊の代表曲ともいえる作品であることと、≪
娘道成寺≫に関しては、徳穂の研究した集大成が詰まっていることが考えられる。そのよう な作品を自らが習得して表現することにより、徳穂の踊りに対する研究心の深さを知るこ とができるのではないかと考えた。
徳穂自身の研究心も生涯怠ることはなく、≪京鹿子娘道成寺≫を会に出すとき、その時々 に必要な師を仰ぎ、教えを乞うている。
徳穂は≪娘道成寺≫を生涯で 500 回以上は踊っているという。作品に対する研究の発端 に、母の手ほどきと、七代目坂東三津五郎の教え、芝居公演の25日間中 23日通って目に 焼き付けた六代目尾上菊五郎の≪京鹿子娘道成寺≫がある。この演目に対して、さまざまな 師の教えと独自の研究により、徳穂なりの≪娘道成寺≫を完成させたのであるが、そこには 娘形研究の意気込みを感じることができる。では、いったいどのように集大成としていたの であろうか。三代目花柳寿美にインタビューをさせていただいたが、三代目寿美は徳穂の≪
娘道成寺≫について、「女の踊りの集大成」と語っていた。それは、どのような経緯があり、
どのように研究を重ねていったのかを第二の目的として考察していきたい。
107 第二項 具体的な検証
平成25年2月22日、東京藝術大学音楽学部構内奏楽堂において、博士リサイタルを実 施する。上演演目は、上記のとおり、長唄≪娘道成寺≫と新作≪五障の桜≫である。
長唄≪娘道成寺≫は、長唄≪京鹿子娘道成寺≫のことであり、素踊りで上演する場合のこ とを指す。≪京鹿子娘道成寺≫は、日本の代表的な歌舞伎舞踊で、不朽の名作といわれる、
とても有名な曲である。紀州にある道成寺の安珍清姫伝説がもとになって作られた能の≪
道成寺≫より出典した作品は数多くあるが、その中でも≪京鹿子娘道成寺≫は道成寺物の 決定版と呼ぶに相応しい。
内容は、道成寺の再建にあたり、白拍子が鐘の供養にあらわれて、鐘への執着を底流にし ながらも女心が華麗な踊りとして、女の美を余すところなく魅せている。格段ごとに変わる 衣裳の色彩で、年齢と共に成長していく様も見所の一つである。
この作品は、初世中村富十郎(1721~1786)によって、宝暦3年(1753)3月に江戸中 村座で初演された。作詞は藤本斗文で、作曲は初世杵屋弥三郎である。
長唄≪京鹿子娘道成寺≫の構成は、道行から始まり、烏帽子をつけた中啓で踊る能ガガリ の部分、手踊り、鞠唄、花笠の踊り、手拭いを使用したクドキ、鞨鼓、「ただ頼め」の手踊 り、振鼓(鈴太鼓)、鐘入り、祈り、押し戻しとなるが、日本舞踊では「ただ頼め」の手踊 りを抜いた鐘入りまでが定番である。
博士リサイタルでは、新舞踊運動で確立された素踊りという形式で、幕開は謡で始まり、
乱拍子、急の舞、中啓ではなく仕舞仕立ての扇子を持って能ガカリの部分、手踊り、鞠唄、
手拭いのクドキ、鞨鼓、振鼓、鐘入の、素踊り形式の構成とした。急の舞は宝生流で、踊り の振りは吾妻流のものである。
筆者は修士課程在学時に、「安倍真結・西国領君嘉 修士リサイタル」を開催して≪娘道成 寺≫を踊っている。この時の解釈を修士論文『舞踊作品≪菊≫(吾妻徳穂振付)にみる女性像』
から引用する。
長唄≪娘道成寺≫は、女性であるという業を背負った踊りである。
好いた男にふれたい、抱かれたいなど、生まれながらにして持つ女性の強い想いを、
急の舞で魂として表現し、長唄の部分では女(男を知った女性)を表現した。
108
清姫は安珍への想いが叶わず、狂おしいほどの「好き」という感情の果てに、悲し みや他の女性に対する嫉妬の念を抱き、逃げられることで恨みの念まで抱くのであ る。
清姫の命が尽きた時、この念は浄化されたとしても、魂の中の業は消えるものでは ない。その繰り返しで人は女になるのである。よって、清姫は蛇体となり、炎で鐘と 一緒に焼け死んでも、鐘の再建にあたり、白拍子花子として、魂は鐘の元にもどって くる。
博士リサイタルでも上の解釈を根底に踊ったのであるが、それだけではなく、特に日本舞 踊の型に秘められた感情という点に着目して踊ることを重視した。
新作≪五障の桜≫は、山田流箏曲≪鐘の岬≫をもとにした作品で、三味線と箏の代わりに チェンバロが主旋律を奏でている。それに山田流箏曲の唄が付き、尺八、篠笛と能管、鳴物 を楽器の編成として、表現者は日本舞踊とモダンダンスの舞踊家である。
詞章の付いている部分はそのまま古典の旋律で演奏したが、詞章のない部分、いわゆる手 事の部分は、ルイ・クープラン(1626頃~1661)による古楽曲のクラウザン小品である≪
パッサカリア≫と≪プレリュード・ノン・ムジュレ≫の2曲と完全に入れ替えた。
女の持つ障りに、日本舞踊の演じる娘が一歩ずつ近づいて行く様として、心情の絶え間な い揺れ動き、桜の花びらで作った鞠と戯れる場面の象徴として≪プレリュード・ノン・ムジ ュレ(拍子/小節を持たない前奏曲)≫を選曲し、続けて≪プレリュード・ノン・ムジュレ
≫、その終盤から能管と小鼓のみの≪急の舞≫へと変わっていき、≪娘道成寺≫で表現した 魂としての女の苦悩を入れたのである。また、幕開きの笛とお囃子や終幕部の笛は、藤舎推 峰による作曲であった。
表現した日本舞踊の振りは、吾妻流の荻江≪鐘が岬≫のものをほとんど引用し、モダンダ ンスと絡む要所だけを変更した。
舞台美術は、桜の木を象徴するものとして、テンセグリティ構造による木材の集合体を舞 台中央に設置した。
内容は、一人の娘に芽生えた未熟な恋が、未熟さゆえに悲恋へと変わり、五障の魂が宿っ た満開の桜は、やがて娘を蛇身にかえる。純粋な恋心から悲恋へと変わったことで、娘の中 に生まれた邪心から湧き上がる負のエネルギー。それは五障を呼び起こし、女性の性として 万人へ受け継がれて行く、という流れである。この作品においての五障とは、煩悩・業・生・
109
法・所知の五つの障りのことを指す。今も昔も、誰しもが恋をするし、恋をする身には≪道 成寺≫に唄われている想いが理解できると思う。清姫も一人の娘であり、安珍への想いが強 すぎるあまり、蛇と化してしまったのであるが、もしかしたら恋をする上では、だれもがあ りえることかもしれない。
道成寺の鐘にまつわる悲恋の伝説を元に、時を越えて持続する「女の性」。叶わぬ恋と知 ったとき、そこに表れる「女の業」。そこに着目し、日本舞踊で一人の娘と、それに近づく 女の障りを、五障の象徴としてモダンダンスを用い、新作≪五障の桜≫の演出とした。
≪娘道成寺≫は鐘に執着し幾度もその鐘を焼こうとするが、≪五障の桜≫は、桜の木を鐘 の象徴として、女であるならば必ず抱く感情を、道成寺とは趣を変えて、作品を表現した。
題材とした山田流筝曲≪鐘の岬≫は、本来、三味線と筝で主旋律を演奏するが、この演目 にチェンバロを使用した理由として、その音色があげられる。論者の印象として箏は木の音 色で、チェンバロは金属的な音色と感じる。それは、箏が爪を付けた人の手によって弾かれ る音であることと、チェンバロが鍵盤を弾いて糸をはじく音での違いであると思うが、この 独特の金属的に感じる音が、道成寺の鐘を連想させ、チェンバロの一つ一つ音の途切れるメ ロディーが蛇のうろこと、≪五障の桜≫で描いた桜の木からはらはらと舞い散る花びらに 通じ、≪鐘の岬≫を応用した新作を創るにあたり、上手く融合するのではないかと考え、上 演通りの演奏形態とした。
この二つの演目の共通点は、女の業である。
日本舞踊の型とは、いわゆる形の伝承であるが、そこには意味があり、過去の生活様式や 感情の動きが詰まっていて、人間の普遍的な想いを呼び起こすための一つの手段である。
今回の長唄≪娘道成寺≫では、その型に重点を置きたいと考えたため、古典として継承され ていることに忠実に従い、その型から伝わる感情を繊細に読み解くことも重点的に考えた。
第三項 研究結果
この実証的研究で得られた成果は、型に込められた感情がいかに大切で、言葉を用いない でも、強い伝達力を持っているかである。また、新作でモダンダンスを使用したことによっ