ある。任務が同様だと競合が起こり、協力が難しいのではないかという反論もあろう。競 合により協力が難しくなるのは、細部は後述するが、任務というよりは活動期間及び活動 地域の要因が大きく影響している。基本的には任務が同じであれば住み分けが可能であり、
軍隊は文民組織の支援の手が届かない点を補完するので、協力はしやすい。
次に活動期間について、任務と密接に関連しているが、スマトラでは軍隊の活動期間が
2005
年3
月末までと限定されていた。アフガニスタンでは、2001年12
月から活動が開始 され、現在も継続中である。活動期間が限定されると任務も限定され、民軍協力関係が構 築されやすい。一方、軍隊の活動期間が未定で長期化すると、軍隊の活動の焦点が緊急の 救援活動から人道復興支援や開発に移行する。その結果、軍隊の活動が人道的スペースに 入り込み、軍隊の人道復興支援の実施をめぐり文民組織間で意見の対立が見られる。また、文民組織の活動が、救援活動から人道復興支援活動や開発へと移行するにしたがい、文民 組織が軍隊と協力するメリット及び必要性が低下するに傾向にあり、民軍協力が難しくな る。活動期間が長いと、民軍協力にラーニング・プロセスが働き協力が容易になるという 意見もある。しかしながら、軍隊はそもそも人道復興支援活動を専門にする組織ではなく、
人道復興支援に関する知識・経験が乏しく、またいずれは文民組織より早い段階で撤収す るため、中長期的な影響をあまり考慮せずに速効的な成果を求める傾向が強いので、文民
表 2 事例研究のまとめ
任 務
軍 国際機関
スマトラ沖災害復興支援活動 アフガニスタン平和構築支援活動 救援活動
救援活動、じ後復興
民軍間の競合は見られず 2004.12〜2005.3末(約3ヶ月間)
活動期間を限定
米軍→残存勢力の掃討 ISAF→治安維持
米軍→国連憲章第51条・個別・集団的自衛権 ISAF→国連憲章第7章・平和維持活動
国際機関等が展開していた場所に軍があ とから展開
対象国の政府機関は機能していない
→2002.6暫定政権、2004.12移行政権発足 治安状況が不安定
UNAMAによる「オーナーシップ」支援 米軍及びISAF主導のPRTの設置 ISAFによるCIMIセンターの設置 人道復興支援及び開発
2001.12〜継続中 活動期間未定 対象国の政府機関は機能している
治安は安定している
地上の交通路が途絶し、孤立化
米軍主導のCCCの設置 国連主導のCivil Military会議 OCHAによる調整・連携の実施 ASEAN主導緊急首脳会議の開催 実態は別としても、国連主導で実施 活動期間
活動地域
活動の枠組み
民事競合 民軍活動の 調整機関・要領
組織との協力は難しい。また、戦後復興支援においては、活動期間の長期化に伴い、文民 組織と軍隊との境界が曖昧になり、人道支援活動に従事している文民職員がテロのソフト ターゲットになる可能性が高まることへの懸念から民軍協力が困難な状態がアフガニスタ ンで報告されている。災害復興支援活動だけでなく戦後復興支援活動においても、時間の 経過とともに、文民組織に対するニーズが増大する一方で、軍隊に対するニーズは減少す る傾向にある。軍隊のアセットにしかできない任務が終了したならば、軍隊は文民組織に 業務を移管し、速やかに撤退すべきである。軍隊が文民機関の実施可能な業務を肩代わり する理由がなくなり、文民機関の活動が同地域で開始されたならば、軍隊の活動と文民組 織の活動とが競合する可能性が高まり、民軍協力は難しくなる。民軍協力の可能性と限界 として、活動期間が限定されていれば協力は容易であるが、活動期間が未定の場合、協力 は難しくなる。ただし、ここでいう活動期間というのは、単なる時間的なスパンではなく、
政治的プロセスのような進捗過程という意味である。
第
3
番目に、活動地域について、スマトラでは被災国であるインドネシア政府は機能し ており、アチェ州の独立を主張する自由アチェ運動(GAM)の問題はあったが、全般的に 治安は安定していた。ただ、被災地へのアクセスは、地上の交通路が途絶し孤立した状態 であった。一方、アフガニスタンでは、被支援国であるアフガニスタン政府は、2001年12
月に暫定政権、2002
年6
月に移行政権が誕生したが、カルザイ政権の国内基盤は脆弱であり、国際社会に依拠していたため、移行政権が十分に機能していたとは言い難い。治安状況も、
アフガニスタン全土、特に南部・東部でテロ事件が頻発しており、また米軍を中心とする 多国籍軍による掃討作戦が今でも実施されており、治安は不安定である。国際平和協力活 動において、活動地域の被支援政府が機能している場合、民軍協力は行われやすい。スマ トラの場合、被支援国であるインドネシア政府がイニシアティブを発揮し、被支援国とし ての意思を明確にして、国際社会からの救援活動を受け入れた。支援国・支援機関は、イ ンドネシア政府の意思を中心に活動を行ったため、民軍間の協力関係は構築されやすかっ た。つまり、明確な共通目標が軍隊と国際機関で共有することができると民軍協力の可能 性は高まり、アフガニスタン戦後復興初期のように、移行政権が機能していない場合、そ れぞれの組織が自ら目標を定め、何の擦り合わせもないまま活動を行ったので民軍協力は 難しかった。また、治安の安定の有無は、民軍協力に大きな影響を与えている。軍隊が人 道的支援活動に従事することに対して議論はあるが(85)、治安が安定している場合、軍隊の 活動は国連・国際機関の人道支援活動を補完する場合が多い。例えば、輸送能力の支援、
あるいは国連・国際機関では対応しきれない地域への人道支援とかの役割分担が考えられ、
(85) 早瀬「紛争地域での人道支援活動における文民と軍の関係」119~127ページ。
民軍協力関係は構築されやすい。一方、治安が安定していない場合、文民組織は軍事組織 の必要性をより強く認識して、民軍協力が成立するのではないかと考えられがちであるが、
実際は、軍隊の任務が掃討作戦・治安維持と軍事色に強いものになると文民組織の関与度 は低くなり、民軍協力は難しい。それは、文民組織が人道支援活動にあたって、人道性、
中立性、不偏不党性といった原則を遵守しなければならないからである。文民組織にとっ て政治性を帯びた軍事部門への依存は最後の手段という認識である(86)。しかしながら、人 道支援活動の現場では、治安維持と人道復興支援というのは表裏一体である。治安の安定 なしに本格的な人道復興支援はなく、目に見える本格的人道復興支援が民心を安定させ、
治安の安定を可能にする。文民組織にとって、原則的には軍隊には依存したくないが、現 実的には依存せざるを得ない。そういうディレンマの解消を目指して考えられたのが、
PRT
である。当初より軍と文民組織とがチームを組んで活動するという新たな民軍協力の 活動形態である。整理すると、活動地域の対象国の政府が機能し、治安が安定していると 民軍協力は行われやすい。また、活動地域がスマトラのように被災地へのアクセスが悪く、軍事組織の輸送能力に頼らざるを得ない場合、必然的に民軍協力関係は構築されやすい。
第
4
番目に、活動の枠組みについて、スマトラではASEAN
が主導して緊急首脳会議を 開催し、国連主導で救援支援活動が行われた。米国主導の「コアグループ」の解消の後遺 症もあり、必ずしもCSF
司令部と国連との関係は良好ではなかったが、緊急首脳会議で国 連主導の緊急支援体制が一本化され、民軍協力関係が構築されることになった。一方、ア フガニスタンでは、UNAMAを中心とする国連・国際機関の活動、国連憲章第51
条に基 づく個別的・集団的自衛権の行使である米軍を中心とする多国籍軍の掃討作戦、そして国 連憲章第7
章に基づく平和維持活動であるISAF
という3
つの活動が同時に行われていた。アフガニスタンの政治プロセスの進展に応じ、多国籍軍及び
ISAF
の任務、活動時期、活動 場所が流動的であり、民軍協力関係の構築は難しかった。つまり、スマトラでは、緊急人 道支援という1
つのフレームワークで民軍協力の調整が行われていたが、アフガニスタン では、人道支援・政治プロセスの推進、治安維持、掃討作戦という3
つの異なるフレームワー クで民軍協力の調整が行われていたことに、民軍協力の難しさがあった。民軍協力の可能 性と限界として、活動の枠組みがシンプルであれば、軍及び文民組織の利得構造は簡単で あり、協力は容易であるが、活動の枠組みが複雑になれば協力も難しくなる。第
5
番目に、民軍活動の調整機関・調整要領について、スマトラでは国連主導の民軍会(86) OCHAの『複合緊急事態における民軍関係』では、13の原則が示されている。①人道主義、中立性、
不偏不党、②人道的なアクセス確保、③現地の人々から認知を受ける、④差別を廃しニーズに基づ いた支援、⑤人道的支援における民と軍の区別の明確化、⑥独立性の確保、⑦人道機関の職員の安 全確保、⑧相手に危害を与えない、⑨国際法の遵守、⑩現地の文化や慣習の尊重、⑪紛争当事者の 合意、⑫軍事部門への協力は最後の手段、⑬軍事部門にはできるだけ依存しない。