本節では、精神障害者が社会生活を送るために必要な社会基盤について、特に医療、
福祉と地域社会に注目し、それらの問題点と、また精神障害者の医療、福祉へのアク セスに関わる問題点を取り上げる。精神障害者を近い距離でとりまくアクターの語り に注目することで、生活に密着したレベルでの社会の基盤のあり方について考察した い。
(1) 医療、福祉と地域住民
地域で生活する人々は、精神病を発症したときに、その症状を抑えるために医療に アクセスする。医療施設を出た後は、その症状の程度によってはリハビリが求められ る。その際には就労や共同生活の訓練などを行う目的で、福祉にアクセスする必要が 生じる。それらにアクセスする上でどのような問題点があるのだろうか。
多くの家族は自分の家族が精神病を有していることに、身近に生活していてもなか なか気付かないという。
「病院へと行くまでには、何となくおかしいと感じてから4,5年も経ってしまい ました。当事者の息子が暴力的になってしまい、窓ガラスを割ったことが原因で 医療と繋がりました」(家族:Eさん)。
当事者の異変に気付くことができず、その様子が爆発した形で表れたときに初めて
「何かおかしい」と感じ、「病院へ連れて行こう」という考えにシフトしていく。そう した状況を踏まえて、A病院の院長であるMさんは以下のように述べる。
「そもそも精神病であることが分からないということもありますが、自己開示と いうものがなかなかできないのも現状なんですね。当事者も家族も隠そうとして しまうんです。気兼ねすることなく精神科に来てもらえるようにすることが精神 科病院の課題だと思っています」(A病院院長:Mさん)。
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病気への理解がないこと、そしてそれにまつわる偏見が当事者にも家族にもあるた めになかなか医療へと繋がりにくいことをMさんは指摘している。以下の語りは、偏 見が精神科に存在することを物語る。
「精神科にやってきても『本当はこんなところに来たくなかったんです』と言わ れることもあったり、また、自殺未遂の精神病の娘が病院に入院することになっ た時、その母親が『やっぱり、こんなところにいさせておけません。自殺図って でも何でもいいから家に連れて帰ります!』と言ったこともありました」(A病院 院長:Mさん)。
こうした精神病や精神科病院に対するイメージは、これまでの精神科医療、精神科 病院に関する歴史にも一因がある。世論を元に構築されてきた精神病のイメージ、ま た「監禁」や「隔離収容」といった精神科医療のイメージを作り上げてきた歴史を本 論第2章では述べてきたが、これらが偏見として地域住民の中に根付いてしまってい る可能性は十分にある。そしてそれが結果的に、精神科医療へのアクセスを遠ざける ことの原因となっているとの見方ができる。またこうした地域社会に暮らす人々の一 般的なイメージは、福祉の領域にも影響を与えている。精神保健福祉士のPさん、多 機能型事業所のUさんは、グループホーム建設の難しさを語る。
「グループホームを建設しようとして説明会を開くと、少なからず反対意見が出 ます。地域住民による偏見があって、結論として認められないことはやっぱりあ りますね」(精神保健福祉士:Pさん)。
「『24 時間一緒に生活するので、ご迷惑をお掛けすることはありません』と個別 訪問しながら一件、一件、説明して回りましたね。地域住民との関わりや数回に 渡る説明会の他に、町内自治会長、県の住宅課、民生委員なども巻き込み、話し 合いを行うなど、偏見を超えて納得してもらうまでには時間のかかることでした」
(多機能型事業所:Uさん)。
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グループホームへの需要は高まるものの、資金的な事柄とは関わりなく供給量が追 い付かない場合もあるのである。グループホームが地域社会に建てられることに対し て、地域社会との間にある種の衝突が起こりうる。そこに、グループホームの建設を 推進することの難しさ、当事者が福祉へアクセスすることの難しさが存在すると言え るだろう。
精神病は「早期治療」が非常に大切である。統合失調症においては、認知機能障害 や陰性症状の進行に伴い、脳の萎縮が始まる。神経細胞がダメージを受けることによ って萎縮が積み重なっていけば、遂にはそれが不可逆的な変性に至ってしまうという
[岡田 2012:212]。そのため、症状の回復が見られなくなってしまう程、神経細胞がダ
メージを蒙る前に早急に治療に繋げることが大切なのである。また、精神病は「生活 の選択肢」を必要とする。家族に受け入れ先がなく、病院施設に残らざるをえないケ ースがあること、そして長く病院に残りすぎることで、外に出ることを本人から拒む ようになってしまうこともあることを述べたが、脆弱な神経を持つ当事者は、環境の 変化に苦手であることもあり、早期に「生活の選択肢」がもたらされない限り、どん どん生活を不可逆的な変性に至らせてしまうこともある。これらのことからも、治療 を受ける場である医療、そして病気を抱えながらも生活していくことを支援してもら う場や、生活の選択肢をもたらしてくれる場である福祉は、当事者にとって早期に必 要不可欠なものであることが分かる。このように病気の性質を見ると、偏見が存在す ることによって医療や福祉へのアクセスが遠のいてしまうことは、解消しなければな らない問題として存在していることが理解できるだろう。正しい病気の理解と意識の 改革を促進することにより、当事者の身近にいる家族が自主的に当事者を、早期に医 療や福祉へ繋ぐ必要があり、また、よりよいサービスや生活の選択肢を当事者が享受 できるように、地域に存在する偏見を積極的に取り除いていく必要がある。
その一方で、精神科医のNさんは、近年では病院へのアクセスが増加傾向にあるこ とを指摘する。
「これまでは古い共同体でカバーされていたような心の病の問題が、今の時代に おいては第三者による医療によって解決してもらいたいと思う風潮へと変わっ てきました。そのことが精神科へのアクセスを少しずつ可能にしているとは思い ます」(精神科医:Nさん)。
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社会のあり方、また人付き合いなど、人々の関係性に見る世間のあり方の変化が、
結果として人々に精神科医療のニーズを生み出した部分はあるだろう。そしてそのニ ーズが大きくなるほど、相対的に精神科医療や福祉への偏見を減らす一因となること は、十分に考えられることである。そうした社会的背景の変化による「偏見の減少」
とは別に、A病院やその関連福祉施設では彼らの側から偏見をなくす取り組みも始ま っている。
「日常的な相談の対応や、地域交流活動を行っています。病気の理解を促進する 家族教室を開いたり、また『憩いの場』としたオープンスペースを設けてレクリ エーションを開催し、地域住民の人が参加できるようにもしています」(地域活 動支援センター:Vさん)。
「地域での講演会に出向いたり、県や国の行政機関に出向き、政策を作るにあた って『現場の声』を伝える役割を担っています。また民間企業における産業医な ども務めていますが、そうすることで精神医療への敷居をどんどん下げてもらえ ればと思っています」(精神科医:Nさん)。
「精神科病院における病院祭りを毎年行っていますね。毎年1500人もの地域住民 が遊びに来るんですよ。自治会長や県の役員も来賓としてお招きしたり、地域の 新聞やテレビなどのメディアにも入ってもらえるように尽力しています。病院か らイメージを変えていきたいと思っているんです」(A病院院長:Mさん)。
精神病への無理解、偏見をなくすこと、そして医療と福祉への偏見をなくし、アク セスのハードルを下げることが、当事者の症状と生活を不可逆的な変性に至らせてし まわないために必要である。そしてそれは、医療、福祉から地域社会へ働きかけるこ とによって、その解決に寄与していくことが可能であることが分かる。
(2) 医療、福祉と行政
医療も福祉も、行政との関わりはとても深い。それは、医療においては診療の基準
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や診察報酬などの制度、福祉においてはその財源の確保やサービスの決定といった部 分で必ず行政が関与するからである。その関わりを通じて、医療と福祉はどのような ところに問題があり、またどのような双方の関わり方がありうるのだろうか。
精神科だけでなく、様々な科を持ち合わせる総合病院において勤務経験のある臨床 心理士のQさんは、様々な科の制度を見てきた経験から、精神科を相対的に評価する。
「総合病院にいたときに、月1回各科の点数をもとに、『これだけ稼ぎました』
という報告会をします。その時に、精神科はまだまだだとの見方はいつもされて いましたね。診察報酬の単価が、精神科の場合は非常に低いことが主な原因だと 思っています。でもこれって国が決めている方針なんです。そしてそれって、国 が精神科に対して安い評価を与えていることだし、もっと言うと、今の世の中の 評価ってこういうことなんですよね」(臨床心理士:Qさん)。
現在の精神科に対する評価は低く、その重要性は認識されていない。それは、現行 の精神科医療体制においては、「精神科特例」により、「精神科における医師の数は他
科の3分の1、看護師の数は3分の2でよい」とされており、精神科への国の政策と
しての注力度合が低いことからも読み取れる。精神科自体が軽んじられていることが、
世間レベルにおいて、そして国レベルにおいても見ることができると言えるだろう。
そして、その影響を被るのは当事者である。日常生活活動、創作活動やレクリエーシ ョンなどを行う作業療法において、専門の知識を有しながら患者のリハビリに取り組 む作業療法士のOさんは、その作業療法における懸念点を以下のように説明する。
「作業療法士の仕事は、『何回やれば何点』という国から決められた点数制度に基 づいています。そして1回の作業療法2時間あたり、25人まで1人の作業療法士 が担当するという仕組みになっています。正直1人でこれだけ相手にするのは大 変です。ただ診察報酬がこうした仕組みで決まっていくこともあり、国としての 決まり、病院としての決まりなのです。そのため、なかなか患者さん一人ずつ個 別で対応するのが難しいという現状があります」(作業療法士:Oさん)。
Oさんは、当事者の方と関わる上では、時に意思の尊重に配慮しながらコミュニケ