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医療保険改革と市場経済への転換との関連

ドキュメント内 第6章 医療保険制度の再編 (ページ 34-41)

1.基本医療保険制度の創設意義と問題点

医療保険制度は、失業および年金保険制度と同じように、社会保障制度の重要な部分で あり、その改革の成否は中国の新たな特色のある社会保障制度の再編にとって重要な意味 を持っている。新たな特色のある社会保障制度の再編は社会主義市場経済体制21の基本的 な枠組を作るにあたって重要な要素である。その意味で、医療保険改革は社会主義市場経 済体制の確立にとって欠くことのできないものである。ここで、これまでに見てきた医療 保険改革をまとめ、従来の公費・労保医療制度と比較してみよう。

(1)被保険者範囲の拡大

医療保険制度への加入は、中国の憲法と労働法によって決められた労働者の基本的な権 利である。このため、医療保険改革の主旨は、「対象範囲を拡大し、都市部のすべての賃金 労働者に対し基本的医療を保障しなければならない」22としている。

1990 年代後半から、長年の経済成長によって国民の生活水準が上昇してきたが、所得格 差はますます拡大している。低所得者の増加、医療・年金などの社会保険の非適用者の増加

21 社会主義市場経済体制とは、社会主義の枠内(公有制を主体とする)で私営や市場機構を認め、商品 生産・流通を活発化させることを目的とする経済体制である[1993 年 11 月の第 14 期三中全会で「社会 主義市場経済体制確立の若干の問題に関する党中央の決定」より]。

22 「国家体改委、財政部、労働部、衛生部関于職工医療保険制度改革拡大試点意見」(1996 年 4 月 22 日)

に改革の目標として記載。労働社会保障部医療保険司編(1999a)、pp.28-36 に所収。

という問題が、社会の不安定要因として浮上してきている。特に、経済発展の遅れた地域 では、このような不安定要因は中央政府と地方政府を悩ませる重大な課題の1つである。

今回の医療保険改革は一応、賃金労働者の大部分に対して医療保障を与えることができた。

そのため、社会安定の維持にとって、新しい基本医療保険制度の実施は重要な役割を果た すものと期待されている。また旧来の求人制度や労働人事制度の革新にも影響を与えた基 本医療保険制度は、企業の形態と賃金労働者の就業形式を問わず、賃金労働者の医療保険 の平等な享受を促進するものである。以前と違って、従業員個人は医療費のことを心配せ ず、労働市場で自由に移動することができる。そういう意味で、新しい医療保険制度の実 施は労働市場に良い環境を作り出している。

ところが、今回の改革は被保険者範囲を広げたといっても、都市部の個人企業とそれに 属している従業員、農村部の郷鎮企業とその従業員などの医療保険への参加は地方政府の 決定次第となっており、具体的な政策はまだ見えてこない。さらに、総人口の 7 割ぐらい を占める農民の医療保険制度の成立についてはまだその目途が立っていない。医療保険改 革には残された課題は少なくない。

(2)国と企業の医療費拠出の抑制について

これまでの医療保険制度においては、個人の費用負担意識が低く、需要と供給の両方に 費用制約がないため、医療費の浪費がかなり大きかった。こうした点を改善するため、今 回の医療保険改革は従業員からも保険料を徴収し、個人口座を設置することにした。それ らの措置を通して、患者に医療費用の負担意識を与え、医療給付の効率化を図った。医療 保険の財源負担を国、企業、従業員の3つに分けた結果、国と企業の負担が減少した。

医療保険改革は国有企業改革と経済の持続的成長に対して重要な影響を及ぼしている。

社会主義市場経済体制の確立を図り、労働生産性を更に高め、経済全体を発展させるには、

旧来の企業制度を変えなければならない。以前は、企業には生産・経営、そして生活・福祉 サービスという二重の負担がのしかかっていた。近年のグローバル化のなかで、企業は国 内外の市場で激しい競争にさらされている。従って、国有企業従業員とその被扶養者の医 療を担うことは企業の競争力を弱めてしまう。医療保険の負担を企業から分離し、地域や政 府、従業員も一緒に負っていくことは、企業が生産に専念できることを可能にする。それに よって、企業が公平に競争できる環境が作られる。市場経済の正常な運営にもよい外部環 境が提供される。新しい医療保険制度は社会保険体系の一部として、新しい企業制度と社

会主義市場経済体制の早期の確立にとって、必要不可欠である。

ところが、新しい医療保険制度には2つの懸念が残されている。1つ目は、医療保 険改革において、特定の人を優遇している点である。特定の人とは、二等乙級以上の 身体障害を有している軍人、離休者と退休者である。前 2 者の場合は、個人口座を持 たず、医療保険料も納付しない。その医療費の全額は統括医療基金から支払われ、自 己負担は一切ない。後者の退休者の場合には、新制度が実施された前に定年退職した 者には、個人口座を設けないが、新制度が実施されてから定年退職した者には個人口 座を設ける。退休者の医療費はまず個人口座から支払われるが、口座を持たない、あ るいは口座にある金額がなくなった場合は、統括医療基金から支払われる。統括医療 基金から支払う場合は、退休者の自己負担率は在職者の半分である。このような優遇 は疾病構造の変化や高齢化進展の急速化によって、プ-ル基金である統括医療基金の 逼迫化を招くであろう。そのため、近い将来に統括医療基金の資金不足が懸念される。

2つ目は、自己負担率が極端に高められたことである。新しい基本医療保険制度におけ る給付の仕組みを見てみると、1年間の医療費が当該人の住む地域の年間平均賃金総額の 10%以下になった場合は、全額自己負担となっている。また、統括医療基金から支払って もらうときも自己負担が必要である。さらに、統括医療基金からの支払いに上限(当該地 域の年間平均賃金の4倍)が設けられている。このような制度設計によって、医療サービ スを受けるための自己負担はかなり高くなる。また、そのような制度設計は医療サービス の質を確保できなくなる恐れがある。さらに、平均賃金総額を基準にしていることは所得 格差が拡大しつつある現状のなか、医療給付における逆進性が強まる。新しい基本医療保 険制度の給付の仕組みは、負担を個人に負わせ、政府と企業はできれば避けたい、という 印象が強い。

(3)医療機関における合理化について

今までの中国の医療保険制度では、医師の技術に応じた対価は認められていない。その ため、医療機関側は高い医療報酬を受け取るために不必要な検査や医薬品の過剰投与など を行っている。最近の資料によると、病院収入の内訳のなかで投薬収入が全体の 60%以上 を占めている。医療機関の収入構成における薬品収入の割高という現象には医薬の分離が 行われていないという背景がある。被保険者の基本的医療を保障するとともに、浪費を最 小限にするために、今回の医療保険改革は病院側と患者側の間に制約し合うメカニズムの

確立を目指しながら、医薬分離の方針を打ち出している。

医療機関への制約としては、今回の医療保険改革では「一分二定三目録」23というよう な制約メカニズムが打ち立てられている。「一分二定三目録」とは、まず第 1 に、医薬の分 離管理を実施し、医療機関と医薬品の売買の間の利益関係を打ち切ることである。第 2 に は、医療保険の実行する医療機関を定めることである。第 3 には、医療保険を実施するに あたって、その診療項目、サービス内容と適切な薬種を目録化することである。

「一分」については次のことを述べておきたい。「医薬一家」、「以薬養医」(薬で病院経 営と医師の収入を支える)というような医療サービスと薬品販売との癒着は医療費高騰の 主因の1つである。このような「以薬養医」の問題は今回の医療保険改革において解決し ようとする重要な問題の1つである。長期的な計画であるが、医療サービスの価格を調整 した上で、医療サービスと薬品販売の別計算を実施し、患者が処方箋を持って他の病院、

薬局で薬を購入できるようにする。このようなメカニズムができれば、病気に対する適切 な投薬が実現できるだろうし、医師の誘発要因も大きく改善されるだろう。

「二定」とは、企業が抱えている病院を含むすべての病院は、社会保険機構の資格審査 に合格すれば医療保険の指定契約病院になることを指す。社会保険機構が指定病院と契約 を結び、双方の責任、権利、利益を明確に規定する。規定されていない医療サービスの費 用は、個人口座からも統括医療基金からも支払うことができない。政府の関係部門と社会 保険機構が指定病院に対して、定期的にチェックを行い、医療サービスの質に対する評価 と審査制度を確立し、強化させていく。また、企業側と患者も、病院のサービスの質、費 用の基準などに対して監督の権利を持ち、不合理な医療サービスに対しては医療費の支払 いを拒否し、賠償を求めることもできる。さらに、契約違反の病院の資格を取り消すこと や契約を解除することもできる。旧来の医療保険制度と違って、今回の医療保険改革では 被保険者が数カ所の契約病院で治療を受けることができると定められている。このように 患者が多数の契約病院で医療サービスを受けられることによって病院と病院との間に競争 メカニズムをもたらし、医療費を抑制するとともに医療サービスの質的向上も図ることが できる。

「三目録」とは薬品と技術を分けてそれぞれの精算範囲を決める。薬品費用を抑制する ために、政府はかつて何度も自費薬品のリストを発表し、公費・労保医療制度が栄養薬の費

23 一分二定三目録という言い方は、劉貫学他編(1999)、pp.192-197、董(1996)、pp.148-151 を参照 されたい。

ドキュメント内 第6章 医療保険制度の再編 (ページ 34-41)

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