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︑ 医

ドキュメント内 ω 富山大学薬学部時代 第 (ページ 74-78)

薬 資 源 研 究 室

昭和二十七年に富山大学設置期成同盟会の寄付により旧敷地に並ぶ薬草圏内に木造平屋建︑室数八︑建物商

積二三八平方米の研究室が建てられ︑薬物学講座がその一部を使用し︑薬学部教官の多くが兼任の形で医薬資

源の開発研究に従事してきた︒

文部省からは年間四十五万円乃至五十万円の設備充実および維持費が出されてきた︒

︑ 和 漢 薬 研 究 施 設 昭和三十八年に特徴ある大学と地方産業の特色を生かす研究方針が文

部省により認められ﹁国立大学薬学部として初の和漢薬研究施設が認可 された︒五部門の申請に対して︑初年度に資源開発部門として定員五名

(教授一︑助教授一︑助手一︑教務員一︑雇員一)と設備備品費として

一千五百万円の予算が許可され次の資源開発部門人員で発足した︒

教 授

薬学博士

木 村

i正

助教授

正 雄

τ k   E

l時

助子

子 室

合百

教務員

条 ち に

西

技能員

一方施設拡充のため地元県市から二年間にわたり一千万円相当の研究備品を寄付された︒

平日 深

医 薬 資 源 研 究 室 昭和三十九年度に更に生物試験部門︑昭和四十年度に臨床利用部門が認められ︑京都大学薬学部より木栄康

一教授を施設長並びに資源開発部門の専任教授として迎え︑岡山大学医学部より日合助教授︑大阪大学癌研究

‑325

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所より中島助手が着任され︑更に近く米凶より塚田助教授が着任される予定であり︑活発な研究が行なわれて

‑326

臨 生 資

助 助 教 床 技 教 助 講 教 物 技 教 助 教 源 現

教 利 能 務 試 能 。 務 。 教 開 在

手 授 授 用 員 員 手 師 授 験 員 員 授 授 発 部 研の

部 部

~~ 門 薬 門 究陣

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中 日 大 栗 池 室 長 木 橋 塚 加 金 吉 木 と

島 合 浦 山 田 田 村 本 越 藤 岡 崎 村

松 彦 政 治 郁 永 正 竹 章 美 又 正 康

一 郎 一 司 紀子 雄 雄

τ 彦 子 子 郎 康

/戸町、 学 部 兼

、任

J

教務員

研究主は宇部一号館四階の一部と二号館の三階の一部に設けられていて︑昭和四十年度四八

O

坪四階の新建 洋子

1 :日

築が認められ︑昭和四十一年三月に完成が予定されている︒

更に今後徐々に郎門の増設︑拡大が計画され︑その研究成果とともに研究所への昇格が期待されている︒

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三︑放射性同位元素研究室

近年原子力の科学および産業利用化は進展めざましいものがある

奥田における放射性同位元素研究室

が︑昭和三十年︑全国薬学部のトップを切って設立認可され︑奥田

の旧衛生化学教室の西側を改築して設置された︒

アイソトープは薬学の分野に画期的な研究手段を提供し︑薬学の

進歩に大きく寄与しつつある︒

その設備内容は次のとおりである︒

建 物 総 坪 数

二十五坪

額金

九三

六︑

000

間仕切り工事(昭和三十四年)

二四

000

廊下

五 坪 実験室一二・五坪測定室三・七五坪 ジャワ

l

0

・七

五坪

管理室︑倉庫︑暗室各一・五坪

昭和三十八年︑学部の五福移転に伴ない︑全学的な施設として新

たにアイソトープ綜合研究室が設立され︑大学本部の直接管理下におかれ︑鉄筋コンクリート六十一坪の近代

的な施設として発足することになった︒

更に薬学部は他学部とことなり︑特に学生用実験室が必要なことから︑昭和三十九年に薬学部専用のアイヅ

l

プ学生実験室が鉄筋ゴシクリ

l

ト四十坪︑予算七︑

000

000

円で敷設された︒

設備および建物の概要は次のとおりである︒

アイソトープ総合研究室および学生実験室平耐図(下記)

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放射能ペーパークロマトグラブ自動測定装置

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