-基づくものであるが、内容としては当該書籍館を飯塚中学校に附属させる
こと、
中学校長が館長を兼ねること、
両郡公費より毎年百円の支弁と有志者の義指金で維持すること、書籍の購入は町村聯合会議員、学務委員、義指 金主の投票で決めること基本
的な利用者は両郡人民であることなどが盛り込まれている。
一応議案の説明には
「知識ヲ拡充シ益々国家ノ利益ヲ計画スルハ愛国者ノ最モ急ニスル所ナリ抑モ知識ヲ拡充セント欲セハ弘ク政事 ノ沿革ヨリ経済等ノ学ヲ研究セサルヘカラス之ヲ研究セント
欲スルモ地理ヲ始メ物理修身法律数学其他諸子百家 ノ著述翻訳等ニ至ル迄之ヲ座右ニ備ヘサルニ非ラサレパ之ニ通スルコト能ハス」と国家的な視野か
らの書籍館の
必要を謡ってはいる。
それが議案説明のための形式的な言い方であることは確かであ
るが、
同じ説明の終わりに
は「一丁字ヲ見サルノ者モ亦大ニ研究スル所アツテ亦教育ノ隆盛ヲ助ケ則チ村ニ不学ノ戸ナク家ニ不学ノ人ナキ ニ至リ始メテ本舘ノ目的ヲ達スルト謂ハン」としているところから人民の知的欲求の水準とでもいうべき一定の 幅の中で想定されていることがわかる。
飯塚中学校が嘉麻穂波両郡のいわゆる「上等人民」の再生産機関だとす ると附属書籍館は彼らの自己教育機関として位置づけられるものであった。
これが中学校に併設されたというこ とは中学校教育の要求とまったく重なるわけではないとしても、
郡レベルでの中学校教育への期待と同様の教育 要求の存在を裏づけるものとして附属書籍館の設置要求はあったのではないだろうか。
(一)中学校通則における学校設置廃止等の手続きは原則として関申制をとっており(府県立学校幼梶園書籍館等
設置廃止規則)、町村立私立の中学校については「中学校設置廃止等ノ手続・・・・其町村立私立ニ係ルモノハ該府
県ノ町村立私立学校等設置廃止規則ニ拠ルヘキモノトス」(中学校通則第八条)とされ、当該府県の裁量に委ね
られていた。
(二)『福岡県議会史明治編上』昭和二十七年福岡県議会事務局
会一)『福岡県議会議事録』福岡県議会図書室蔵
以下『議事録』と略す。
但し、『議事録』の名称は随時変わる
のですべて『議事録』で統一することにする。
〔困》『福岡県教育百年史』昭和五十二年福岡県教育百年史編さん委員会
き『文部省第六年報』
会ハ)学資金についての県属仁尾惟茂による説明は「種々ノ物ヨリ成立セリ。則チ起業公債証書壱万円及ヒ学校不
用ノ書籍物品等ヲ売却シテ得タル処ノ者ナリ」というものであった。
(七)原案は本校費四校分で一万七百二十二円六十銭、分校貨は十五校分で一万八百三十六円で、それぞれ一校あ
たり本校は二千六百八十円余、分校は七百二十二円ばかりであった。
八)参考までに中学校教則大綱を全文掲載しておく。
三二
五
中学校教則ノ大綱別冊ノ通可相心得此旨相違候事
第一条
第二条
第三条 中学校教則大綱
中学校ハ高等ノ普通学科ヲ授クル所ニシテ中人以上ノ業務ニ就クカ為メニ必須ノ学科ヲ授クルモノトス
中学科ヲ分テ初等高等ノ二等トス
初等中学科ハ修身、和漢文、英語、算術、代数
、幾
何、
地理
、歴史、生物、動物、植物、物理、化学、
経済、記簿、習字、図画及唱歌、体操トス
高等中学科ハ初等中学科ノ修身、和漢文、英語、記簿、習字、図画及唱歌、体操ノ続ニ三角法、金石、第四条
本邦法令ヲ加へ又更ニ物理、化学ヲ授クルモノトス
中学校ニ於テハ土地ノ情況ニ因リ高等中学科ノ外若クハ高等中学科ヲ置カス普通文化
、普
通理科ヲ置キ第五条
又農業、工業、商業等ノ専修科ヲ置クコトヲ得
普通文科ハ高等中学科中ノ三角法、金石、物理、化学、図画等ノ某科ヲ除キ或ハ其程度ヲ減シ修身、和第六条 第七条 漢文、英語、本邦法令等ノ某科ノ程度ヲ増シ又歴史、経済、論理、心理等ノ某科ヲ加フルモノトス
普通理科ハ高等中学科中ノ和漢文、英語、本邦法令等ノ某科ヲ除キ或ハ其程度ヲ減シ金石、物理、化学、
第八条 図画等某科ノ程度ヲ増シ又ハ代数、幾何、測量、地質、重学、天文学等ノ某科ヲ加フルモノトス
初等中学科卒業ノ者ハ高等中学科ハ勿論普通文
科、普通理科其他師範学科、諸専門ノ学科等ヲ修ムルヲ
得ヘシ
三一一ムハ
頁
三 二
七 第九条高等中学科卒業ノ者ハ大学科、高等専門学科等ヲ修ムルヲ得ヘシ
但大学科ヲ修メントスル者ハ当分ノ内必須ノ外国語学ヲ修メンコトヲ要ス
第十条
初等中学科ヲ修メントスル生徒ハ小学中等科卒業以上ノ学力アル者タルヘシ 第十一条中学校ノ修業年限ハ初等科ヲ四箇年トシ高等科ヲ二箇年トシ通シテ六箇年トス
但此修業年限ヲ伸縮スルコトヲ得ヘシト難モ一箇年ヲ過クヘカラス
第十二条中学校ニ於テハ一年三十二週以上授業スルモノトス
第十三条中学校授業ノ時間ハ一週二十八時高等科ハ一週二十六時ヲ以テ度トス
但此時間ヲ伸縮スルコトヲ得ヘシト難モ一週二十三時ヲ下ルヘカラス三十時ヲ過クヘカラス
右掲クル所ノ中学科毎週授業時間ノ一例ヲ一不スコト左表ノ如シ
《表略す》
(九v従来の教育令(自由教育令)に於いては「学校ハ小学校中学校大学校師範学校其他各種ノ学校トス」
第
条)と学校種の区分がなされ、「中学校ハ高等ナル普通学科ヲ授クル所トス」(第四条)、また「大学校ハ法学
理学医学文学等ノ専門諸科ヲ授クル所トス」
(第五条)とそれぞれの学校種の性格及び目的については明記され
ているが、それらの接続関係については必ずしも明確な規定があるわけではなかっ
た
。
東京大学では東京大学予
備門を併置し、
その卒業を入学資格は年齢と学力に限っていた。そして東京大学予備門では東京大学での専門教
育に堪えうるに充分な外国語能力を培養することが主たる目的とされていたのである。
三 二 八
頁
3福岡県議会事務局『詳説
福岡県議会史明治編上巻』福岡県議会-九五二年」コニ阿い百H戸
(十一v黒崎勲「自由民権運動における公教育理論の研究」
『教育学研究第三八巻第一号』それが理論的実践的
(十二)
土木改正に言及しているのは十ニ名中七名である。
(十三)『詳説福岡県議会史明治編上巻』
〔十四)同
右 (十五)『久留米市誌
下巻』
一九五五年
(十六)議員総数は七十三名、筑後選出議員は二十八名である。(『詳説福岡県議会史明治編上巻』)
〔十七)『福岡県
教育百
年史資料編』
(十八)この前文は中学校教則大綱第一条をそのまま使っている。(注八参照)
〔十九v県会に提出された中学校費原案によれば校長の月給は二十五円、
一般教科の教諭の月給が平均十七円であっ
たのに対して、英語科教諭の月給の平均は三十円であった。
ちなみに常置委員会の英語専修校案では専修校の校
長の月給は二十五円、英語学教師は三名で一名は月給六十円、
二名はそれぞれ二十五円の月給とされており、
英
語教諭は高給を以て遇せられていた。
二十)第三章第
二節参
照
二十二九日付の広告にのみ()内の住所が記されている。
〈二士乙『修猷館再興録』明治三七年