第 5 章 評価 37
5.2 ケーススタディとその結果
5.2.2 研究課題 2 に対する結果
研究課題2を評価する。これは研究課題1で扱った2つのリアクティブシステム のそれぞれ15個のケーススタディにおいて、提案手法による要求緩和に要した時
間を測定する。
研究課題1で比較した既存手法ではそれぞれの段階での環境モデルに対応した 要求が事前に与えられており、それらがそのまま採用されることからこの要求緩 和のプロセスを必要としないため、研究課題2では比較対象となりえない。よっ てこの研究課題2においては第3章で述べた単純手法との比較を行う。単純手法 では全順序的に段階を付けた複数の要求の集合を候補として用意する必要がある。
本ケーススタディでは荷物運搬ロボットシステムにおいて5段階、ロボットアー ムシステムにおいて16段階の要求の集合を入力として用意することで、提案手法 と同様の緩和能力を付与している(従って研究課題1における実験をこの単純手 法を用いて行った場合、提案手法と同様の結果が得られるということである)。た だし、単純手法では要求緩和と制御器合成を併せて行っている。条件をそろえる ため提案手法でも要求緩和に加え制御器合成を行った上での実行時間を評価する。
荷物運搬ロボットシステムを対象として行った実行時間の測定結果を、単純手 法は図5.1に、提案手法は図5.2にそれぞれ示す。
図5.1: 単純手法の実行時間:荷物運搬ロボット
単純手法では実行時間を出力した制御器を合成した時間とそれ以外の時間とに 分け、後者をオーバーヘッドとしている。図5.1から分かる通り単純手法では目的 となる制御器を合成する時間に比べてオーバーヘッドの方が著しく長い。これは 単純手法では、要求緩和の際に何度も制御器を合成しているためであると考えら れる。表5.5に各ケースの要求緩和時に行われた制御器合成の回数を示す。この表 より最も時間のかかっているcase11では4回と最多の制御器合成回数を行ってい ることがわかる。一方でcase6は合成回数が2回であるにも関わらず、合成回数が
case11と同様に4回であるcase4に比べて実行時間が長くなっていることから、本
結果からは一概に制御器の合成回数が多くなるほど実行時間が長くなるとはいえ ない。おそらく環境モデルの更新の内容などによって制御器合成が容易になるか
2015年度 修士論文
早稲田大学 基幹理工学研究科 情報理工・情報通信専攻 深澤研究室
図5.2: 提案手法の実行時間:荷物運搬ロボット 否かが変動しているためである。
表5.5: 単純手法の要求緩和時の制御器合成回数:ロボットアームシステム ケース case1 case2 case3 case4 case5 case6 case7 case8 制御器合成回数 1 2 3 4 2 2 3 3
ケース case9 case10 case11 case12 case13 case14 case15 制御器合成回数 2 2 4 3 1 1 2 一方で提案手法では実行時間の大半が制御器合成に要した時間であり、要求緩 和の実行時間はこれらに比べて微々たるものであることが分かる。単純手法では 最大でおよそ400ミリ秒の実行時間がかかっていたのに対し、提案手法では全て 100ミリ秒以下にまで削減している。図5.1と5.2から分かる通りいずれのケース においても目的となる制御器の合成にかかる時間は同じである。従って提案手法 では単純手法でかかっていたオーバーヘッドを大幅に削減出来たといえる。しか し、この荷物運搬ロボットシステムの例は非常に簡単なものであり、表5.1でも確 認した通りモデル自体も非常に小規模なものである。
次にロボットアームシステムの結果を単純手法は図5.3に、提案手法は図5.4に それぞれ示す。このロボットアームシステムは前述の荷物運搬ロボットシステム に比べて大規模なシステムであり、より現実的なケーススタディとなっている。
ここで注目すべきは表5.5に示した単純手法の制御器回数と図5.3に示した実行 時間との間に強い正の相関があることである。ロボットアームシステムの例では 荷物運搬ロボットシステムの例と違い、候補として用意されている要求の集合が 16と多く、実際に行われている制御器合成の回数も最大が9回と荷物運搬ロボッ トシステムの2倍の回数が見られる。このことから、単純な手法では要求の候補
図5.3: 単純手法の実行時間:ロボットアーム
の増加に伴って実行時間も増大する可能性があるといえる。もちろん、候補とな る要求を削減することによってこの実行時間を減らすことも可能であるが、単純 手法では要求の緩和は事前に用意した候補の範囲でしか行えないことから、過剰 な要求緩和につながりかねないのである。ロボットアームの例では緩和の対象と なる補助的な要求は4個である。単純手法における緩和の候補としてはこの補助 的な要求の集合のべき集合を用意しなければ過剰な緩和を回避できず、従って候 補の数は16となった。単純手法においては緩和の対象になる要求のべき集合だけ 緩和の可能性が存在することから指数関数的に候補が増大することが予測される。
従って複雑な要求の緩和を要するリアクティブシステムでは要求緩和時のオーバー ヘッドが膨大になり、利用出来ないことが予測される。
表5.6: 緩和によって取り除かれた要求の数:ロボットアームシステム ケース case1 case2 case3 case4 case5 case6 case7 case8 制御器合成回数 3 3 5 2 7 4 4 5
ケース case9 case10 case11 case12 case13 case14 case15 制御器合成回数 4 4 9 7 6 1 5 提案手法では荷物運搬ロボットシステムの結果と同様に、単純手法で実行時間 大部分を占めていたオーバーヘッドが大幅に削減できている。また、単純手法の ような要求緩和の候補も必要としないため、実行時間が指数関数的に増加するこ ともないと考えられる。
また、本結果に基づいて、提案手法が単純手法からどの程度の実行時間が改善 できたのかを割合によって評価する。図5.5は要求緩和に要した実行時間のみに
2015年度 修士論文
早稲田大学 基幹理工学研究科 情報理工・情報通信専攻 深澤研究室
図5.4: 提案手法の実行時間:ロボットアーム
関して、既存手法に対する単純手法の割合を示したものである。最悪の場合でも 6.5%にまで削減されており、定量的にも提案手法が優位である事が分かる。ここ で注目すべき点は大規模なロボットアームシステムにおける削減率が荷物運搬ロ ボットシステムのそれに比べて著しく良いことである。ロボットアームでは最悪 でも1%程度にまで実行時間を削減しており、また中央値は0.1%を下回っている。
これは大規模で複雑なシステムであっても環境の部分的な変化によって受ける影 響はごく限られた部分であるためではないかと考えられる。つまり、環境モデル の更新によって影響を受ける分析対象空間の規模は、その分析対象空間自体の規 模に対して比例よりも緩やかな増加の傾向を持っているのでは無いかと予測され る。ただし本考察はわずか2つの結果から導き出されている。結果に偏りがある 可能性は十分にあることから一般性に欠くことを否定できない。
最後に、制御器合成までを含めた実行時間がどの程度削減できたのかを評価す る。図5.6は要求緩和から制御器合成までに要した実行時間に関して、既存手法 に対する単純手法の割合を示したものである。最悪の場合90%程度にまでしか削 減出来ていないが、これは単純手法においても1度しか制御器合成が行われない、
すなわち環境変化による要求緩和を必要としなかった場合であり、単純手法にお いても実行時間は大きくなっていないようなケースであった。全体としては概ね 50%にまで削減が成功しており、提案手法は単純手法に比べてより効率的になって いるといえる。しかし提案手法によって制御器合成を行わずに適切な要求緩和が 出来たとしても、制御器合成は必ず1度行わなければならず、その実行時間の削 減は本研究では対象外である。このため、1度の制御器合成に要する実行時間が致 命的な問題を引き起こすような時間的制約の厳しいリアクティブシステムには利 用出来ない。しかし今回のようなロボットシステムであれば、制御器合成に要す る時間が重大な問題を引き起こすには至らない。しかし一方でシステムの生産効
図5.5: 単純手法に対する提案手法の要求緩和実行時間の割合
率や配達効率の観点からこのような環境変化への対応はより速やかに行われるべ きである。このことから提案手法による要求緩和の高速化はやはり有効であると 考えられる。
図5.6: 単純手法に対する提案手法の総実行時間の割合
以上より、研究課題2について提案手法は要求の緩和を現実的な時間で実行で きていることを確認した。ただし、制御器合成を必ず1度は利用するという側面 から、リアクティブシステムの種類にも大きく依存し、時間的制約の厳しいシス テムに対しては必ずしも現実的な時間で実行出来るとはいえない。